お義父さん
ふと盾の王国での戦いを思い出した。
懐かしい……というほど昔でもないが、あれからもう十年近く経つとは、いやはや時の経つことの何と早いことか。
盾の王国での戦いが終わった後に儂が建国した魔人国も当初想定していた以上に上手く行き、各種族からあの手この手で有望そうな者を引き抜いた結果、配下もかなり増えた。
最近では『魔王の麒麟児』から『魔王の後継者』と呼ばれておるようで、今や儂の人気は若年層を中心に留まることを知らん。最早魔王軍内部に置いて儂が気を使わなければならない相手は三十人も居ないのではなかろうか?
そんな絶好調の儂が今やっていることと言えばーー
「あの、これ、詰まらない物ですが」
魔力が籠った布で丁寧に包装していた物を机の上で開封する。
黒色の瞳と王冠のように輝く金の髪。その男の出自を知らなくとも、その男を一目見れば誰もがそのあまりの気品に、相手がやんごとなき身分の者だと理解することじゃろう。
儂はそんな男と畳が敷き詰められた八畳あるかないかの部屋で机を挟んで向かい合っていた。
男は儂が持ってきた物を手に取ってみる。
「ほう、黄金色の魔力石かね。それも中々の大きさだ」
男ーー吸血鬼族の王スペンサルドはそう言って微笑んだ。その口元から僅かに除く牙。儂は努めて笑顔を作った。
「はい。実はそれ、私の所の研究所で作り出した物なんですよ」
「ふむ。魔工物は天然の物に比べると純度が格段に落ちるものだが、これは素晴らしい出来映えだ。従来の物に比べて天然物に限りなく近いのが良く分かる。惜しいのはやはり所々に起こっている空洞化か」
ふむ。今回持ってきたのは上級魔族ですら天然物と区別するのが極めて難しい最高傑作なんじゃが、やはり王の目は誤魔化せんか。
「ええ。やはり製造過程で余計な魔力を取り込むようで、どうしても天然物に比べると純度、強度共に落ちてしまいます。スペンサルドさんに出すには些か恥ずかしいものなんですが、よろしければどうぞ」
まぁ、一応謙遜はしておくが、天然物の魔力石と比べてもそれほど質が落ちるモノではない。今はまだ大量生産は無理じゃが、これだけの品が作れるというのは儂の能力のアピールになるじゃろう。
しかしーー
「なに、構わないよ。コレはありがたく頂戴しよう。それとリバークロス君」
何故かスペンサルドは怖い顔でこちらを睨んでくる。
「な、何でしょうか」
え? 何か儂ミスったじゃろうか? 心当たりはない。ないんじゃが……。緊張で思わず喉がゴクリと音を立てた。
「私のことはお養父さんと呼ぶようにと言ったはずだが?」
「あ、す、すみません。つい」
反射的に頭を下げる。……って、そんだけかい! まったくビビらせおって。何かとんでもないヘマをしたのではとビビったじゃろうが。
文句の一つでも言ってやろうかと顔を上げると、未だに怖い顔のままのスペンサルドと目があった。ドキリと心臓が跳ね、儂は出しかけた言葉を飲み込む。
「つい…、何かね? まさかとは思うが、私の可愛いカーサアンユウとの結婚に何か思うところでも?」
「い、いえいえ。まさかそんなことは……」
な、何故そんな話になるんじゃ? ああ、ハンカチを取り出して額の汗を拭いたい。いや、別に汗をかいてはおらんが、なんか無性にそんな気分じゃ。
「では私に対してかな?」
じゃと言うのに吸血鬼族の王は更にそんなことまで言ってくる。
「いえいえ。それこそまさかですよ。スペンサルドさんに対して思う所なんてある訳ないじゃないですか」
「スペンサルドさん?」
「い、いえ。お養父さん。お養父さんです」
慌てて訂正する。そこで狼狽する儂を見かねたのか、儂の横に座っておるカーサちゃんが助け船を出してくれた。
「お父様。リバークロス殿が困っておいでです。お戯れはそのくらいで」
「ふむ。戯れていたつもりはないのだが、もしも私が何らかの迷惑を君にかけてしまったと言うのなら、謝るのも吝かではないが。どうして欲しいかね?」
何じゃその質問は? 別に悪いことされたとは思うておらんが、そもそもこやつ、初めから謝る気皆無じゃろう。
儂は俳優だった過去を活かし、イラッとした感情を上手く隠して満面の営業スマイルを浮かべる。
「いえいえ。お養父さんが謝ることなんて何もありませんよ」
くっそー。そもそも何故儂がこんな下手に出なければならんのじゃ。
しかし儂の初めての軍団長補佐であったウタノリアを初め、吸血鬼族は盾の王国での戦いで魔将まで失っている。どれもこれも儂が関わっていることじゃし、彼らの奮闘がなければ盾の王国は奪還されていたかもしれん。何よりもウタノリアに関しては結果論になるが、もしもあそこで命をかけて天軍を阻止してくれなければ、後の戦いで儂は体力が尽きて死んでおったかもしれん。
それを思うと吸血鬼族の王であるスペンサルドには頭が上がらんのじゃよな。
それでなくとも吸血鬼族はマイマザーを昔から支えてきたようじゃし、マイマザーからも吸血鬼族を蔑ろにすることは許さんと、珍しく強く言われとるんじゃよな。
まぁ、このスペンサルドは地位も個人としての実力も非の打ち所がないからの。魔王としても今の友好的な関係を壊したくはないのじゃろう。
そこで儂は改めて目の前にいる王を観察してみる。いや、観察するまでもなく、ただ黙って向かい合っているだけでその実力は嫌と言うほどに伝わって来おる。
超越者級へと至った儂なら基本的な能力では勝っておるじゃろうが、油断すれば単純な力量差など培った技術でひっくり返せる位置にこの吸血鬼が立っておるのが分かる。
これが特級か。
それは上級の一つ上の階級。王達は全てその階級に該当するらしい。儂の場合はその段階を一足飛びに越えて超越者級に至ったわけじゃが、これはかなり稀なことらしく、魔王ですら驚いていた。そう考えるとやはり儂は凄い奴じゃの。天才ではなかろうか。
「…………天才、か」
ふと弟子の顔が脳裏を過ぎった。何年も時間を掛けて天族領に住むその足取りを掴んでみれば、どうも女だけで構成されたギルドを始めたらしい。困ったことにその知名度は年々上がり続けておる。
上級魔族は今のところ歯牙にもかけていないようじゃが、上級以下の魔族からはかなり睨まれ初めておるようじゃ。あまり有名になられると将来儂の傍に置く時に支障が出かねんので気を付けて欲しいところじゃの。
何よりも上級魔族に標的にされたら人間のカエラではどうしようもあるまい。一応天族領内への潜入テストいう名目で護衛をつけはしたが、早いところ仲間に引き込んだ方がええじゃろうな。しかしカエラの近くには守護天使が居るし、潜入だけならともかく接触はリスクが高い。
……もうこうなったら儂が直接乗り込むか?
「どうしたかね? なにか心配事が?」
弟子のことを考え、心ここにあらずの儂にお養父さんが目敏く声をかけてくる。
「い、いえ、スペ…お養父さんとの会話がとても楽しくて、色々考えさせられていました」
「そうか、それは良かった。てっきり私の話が退屈なのかと心配になってしまったよ」
「い、嫌ですねお養父さん。そんなはずがある分けないじゃないですか。……あはは。いや、本当に。あはは」
つ、疲れる。何じゃこれは? 天族との戦いよりよほど疲れるんじゃが。この空間から逃げるためなら喜んで万の軍勢にも突っ込んで行けそうな気がするわい。
などと、現実逃避したところで何か変わるわけもなく、その後も数時間に及ぶお養父との楽しい楽しい会話を儂は満喫するのじゃった。
「すまないなリバークロス殿。お父様も悪気はないのじゃ」
陽が傾き、世界が黄昏に包まれる時間。ようやくお養父さんという全男子の天敵から解放された儂は、重い足取りで自室を目指していた。
そんな儂にカーサちゃんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、気にする必要はない。そもそも一緒に食事をして話をしただけだからな。気楽なものさ」
嘘じゃよー。メッチャ気疲れしとるからね。出来れば会食の機会をもっと減らしておくれ。週に一回は多すぎじゃよ。せめて一ヶ月。出来れば半年に一回くらいにしておくれ。
そう言ってしまいたかったのじゃが、いかに婚約者と言えども相手は王の娘。感情にまかせて不用意なことを口走った結果、万が一にでもそれがスペンサルドの耳に入ればどうなることか。
儂はいかに今回の会食が有意義だったかを、部屋に帰る道すがらカーサちゃんに伝えた。
カーサちゃんは儂の話を黙って最後まで聞くと安堵したように微笑んだ。
「そうか。そう言ってくれると助かる。お父様もリバークロス殿と話せて楽しそうじゃったからの。良ければこれからもお父様の話し相手になってくれると嬉しい」
「あ、ああ。任せとけ」
結婚は人生の墓場。これを考えた者はどういうつもりで言ったんじゃろうか? 儂は将来の奥さんにニッコリと微笑んでみせる。やつれてない? ねぇ、儂やつれてない?
まさかそんな儂の一年が通じた訳ではあるまいが、カーサちゃんが、
「とは言え、リバークロス殿も忙しい身。これからは会食の機会をもう少し減らしてもらうよう頼んでおこう」
何てことを言い出した。
「え? いいの……ハッ!?」
いやいや待てよ? 落ち着くんじゃ儂。ここで素直に喜ぶのは流石に露骨すぎではなかろうか? 大体確かにスペンサルドと会うのは疲れるが、魔王軍のでのパワーバランスを悪い方に傾けることに比べれば百倍はマシじゃ。
慎重に、ここは慎重に答えるんじゃ。
「いやスペンサルドさんも忙しい中時間を作ってくれているんだ。そんなことを言うのは失礼に当たらないか?」
「大丈夫じゃ。これは妾がリバークロス殿と一緒に居たいという我儘。リバークロス殿はお父様との会食を楽しんでいたとちゃんと伝えておこう」
「そ、そうか? それならまぁ、仕方ないかな。うん。些か残念ではあるが、俺としても大事なのはカーサの方だからな」
ああー。本当残念じゃ。お養父さんとの会食楽しかったのになー。しかし婚約者がこう言うなら仕方ない。うむ。仕方ないの。
「お前は本当に良い女だな」
そう言って儂はカーサちゃんの手を握る。実際カーサちゃんは初めて会った時に比べて格段に美しくなっておる。実力も高く、百歳未満の魔族の中では五指に入るくらいには強い。
そんなカーサちゃんじゃが、異性に免疫がないのか手を握っただけで面白いくらい真っ赤になりおった。
「そ、そうか? そう言ってくれると妾も嬉しいぞ。リバークロス……殿」
おお、恥じらうその仕草。可愛いのう。儂の近くにはおらんタイプじゃ。アクエロの奴にカーサちゃんの爪の垢を煎じて飲ましてやりたいわ。
儂はカーサちゃんの頬をそっと撫でた。
「あっ!?」
するとカーサちゃんの肩が大きく跳ね、頬のみならず全身が真っ赤になる。ふーむ。丁度部屋についたしこの可愛らしい婚約者ともう少しスキンシップを取るのも良いかもしれんの。
儂は身長差を考慮してカーサちゃんに少し上を向いて貰った。
「リ、リバークロス殿?」
慌てるその表情、可愛いのう。可愛いのう。あまりにも可愛いものじゃから、儂はゆっくりとその唇にーー
「ゴホン。ゴホン」
もう少しという所で恋人同士ならではの甘い空気を容赦なくぶち壊す、わざとらしい音が割って入ってきた。
イカン。イカン。すっかり忘れておった。
「……どうかしたか? シラキタノ」
カーサちゃんが不機嫌そうに自らの従者兼お目付け役に問いかける。
「いえ、失礼しましたカーサアンユウお嬢様。そしてリバークロス様」
そう言ってペコリと小さく頭を下げるシラキタノ。足首まで届く黒いロングスカートと目の下にいつも出来ておる隈が印象的な女じゃ。一応容姿は整っているものの、どこか不健康そうな感じが吸血鬼族ではなくアンデット族なのではと疑わせる。
カーサちゃんが申し訳なさそうに儂を見上げた。
「すまないな、リバークロス殿。妾の従者の不作法を許しておくれ」
「構わない。カーサ達の種族が男女の関係に厳しいのは知っているし、無礼と言うなら俺の従者の中に飛びっきりのがいるからな」
何せ王の相手は面倒とかいって仕事を放り出す奴じゃからな。まぁ、エイナリンの奴はそれで良いとしても、いちいちアクエロを連れて行くのは止めて欲しい。
あんな奴でも仕事に関しては超有能じゃからな。おらんと結構困る。
もっとも今はアクエロに負けず劣らないハイスペックなのが一人居るから支障が無いと言えば無いんじゃが。
「リバークロス様、少しよろしいでしょうか?」
部屋に入ると今の今まで黙って影のように付き従っていた雪のような髪と純白のドレスを着た美女が話し掛けてきた。儂の三番目の従者、イリイリアじゃ。
「どうした?」
「今、サイエニアスさんから連絡がありましたわ。ウサミンさん達が無事に例の商魔を連れ帰ったそうです」
「そうか。それは良かった」
もしもの世界で儂の愛人の一人であったフーラ。半魔の特性が色濃く出た妹を連れておる彼女は常に力ある者の保護を求めており、儂の女好きの噂を聞き付けて近寄ってきたのじゃ。
アクエロと出会うまではそれなりに面倒を見ておったのじゃが、力に没頭してからはろくに会いもせず、最後の方はどうなったかも不明のまま。
あまり考えたくはないが、魔族との戦争が激化していたあの世界で獣人の特性を隠せない妹を連れて何とかなったとは思えん。
魔術師として『もしも世界』での儂の選択を後悔することも非難することもないが、せっかく力を手に入れたのじゃし、今度はちゃんと守ってやることにする。
儂が存在しない記憶を懐かしんでおると、悪魔の聴力が深々とした溜息を捉えた。何事かと見てみればカーサちゃんが俯いており、その瞳が気のせいか少し濡れておる……ような気がした。
「か、カーサちゃん?」
儂が恐る恐る話しかけると、カーサちゃんがハッした様子で顔を上げた。
「ああ、これはすまん。妾としたことが。良い。良いのじゃ。妾はこれっぽっちも気にしてはおらん。リバークロス殿がどれ程女を侍らせようが、妾を傍に置いてさえくれるのならば、妾はそれで満足じゃ」
いや、そう言ってくれるのは嬉しいんじゃが、儂悪魔じゃからね? 嘘なら直ぐに分かっちゃうからね?
「お嬢様。何と健気な」
ちょ、この従者め。これ見よがしにハンカチなど取り出すではない。何か儂が悪いことしとるみたいでメッチャ罪悪感を感じてしまうじゃろうが。
あ、アカン。経験から言ってこういう時は無駄に話を掘り下げて傷を増やすより、さっさと話題を変えるべきじゃな。
その時じゃ、イリイリアが再び話しかけて来たのは。
「リバークロス様。サイエニアスさん達が近くにいるので挨拶をしたいとのことですが、通してよろしいでしょうか?」
「ああ。構わない」
おお、主のピンチに駆けつけるとは何と出来た女達じゃろうか。愛しておるぞ、お前達。
そんな愛しい女達は五分と経たずに部屋にやって来た。サイエニアスを筆頭にマーレリバーやウサミン達の姿が見える。分かってはおったがこうして無事な姿を見るとやはり安心するの。
「リバークロス様。こちらがご所望の人間です」
サイエニアスのすぐ後ろ、女海賊みたいな格好の女が立っていた。ふーむ。初めて会うのに懐かしい気持ちになるというのは何とも面白い感覚じゃの。
サイエニアスに促されて前へ出たフーラは慌てて儂の前に跪いた。
「あ、あの。わ、私はフーラと言います。お招き頂き感謝の言葉もありません」
なんかメッチャビビられとる。
可笑しいのう。もっと物怖じしない性格だったと思ったのじゃが。…いや、待てよ。あの時は勇者といえども同じ天族側の人間同士。しかし今は天族を裏切り妹と二人で魔族の、それも魔王の息子の元へとやって来ておる。
そして儂の気分次第でどんな目にあうかも分からないのに、フーラは儂の事を何も知らん。極めつけに傍にはまだ幼い妹。……うむ。そりゃビビっても仕方あるまい。
「お前は大切な女だ。膝を付くことはない」
儂はフーラをソッと立たせると青ざめたその顔を優しく撫でた。そしてこのイケメンフェイスを最大限活用した、魅力的な笑みを浮かべて見せる。
「心配するな。お前が馬鹿をやらかさないかぎり、お前達は俺が守る」
はい、ここで歯をキラリ。ふっ、どうじゃ? 決まったろ。
「え? あ、その。あ、ありがとう……ございます」
困惑しておるようじゃが、少し恐怖心が薄らいだのを感じる。しかしマイブラザーがやると女は真っ赤になって異様にモジモジしだすのに、儂がやるとキョトンとした感じになるのは何故なんじゃろうか?
「マーレリバー。この二人を部屋に案内してくれ。それから暫く彼女等の面倒を見てやってくれ」
「かしこまりました。刻印しますか?」
「無論だ。俺の証明印を入れろ」
「……分かりました。左手を出して」
マーレリバーの言葉にフーラは少しだけ身構える。
「え? あの?」
「大丈夫。痛くない」
マーレリバーが戸惑うフーラの左手を有無を言わさずに掴む。そしてマーレリバーの魔力によりフーラの手の甲に儂の証明印が刻まれた。
「あの、これは?」
盾の中にある逆十字の紋様をフーラはしげしげと見つめる。
「それは貴女がリバークロス様の物である証明書。魔族とトラブルが起きたらそれを見せるといい。魔王城にいる大抵の魔族ならそれで面倒事は回避できるはず。後、その印に思念を送ると闇妖精のクラヌイという者に繋がるから、私がいない時に何か困ったことがあったら彼に相談して」
「あ、ありがとうございます。あの……妹にも」
「分かってる。さあ手を出して」
マーレリバーはフーラの妹にも同じように証明印を入れていく。そこで儂は気付く。マーレリバーの腕が小さく腫れていることに。と言うかアレ、折れてないかの?
儂は妹に証明印を入れ終わるのを待ってから、マーレリバーに問いかけた。
「マーレリバー。その腕はどうした?」
「これは……大したことではありません」
いやいや。今のマーレリバーが骨折を直ぐに治せない時点で、かなり強力な魔力を浴びた証拠じゃろう。何か言いにくい事情があるのかもしれんが、さすがにこれは見過ごせんな。
「話せ」
儂は主として眷属に命じる。こうなればマーレリバーに否はない。
そうして儂はマーレリバーから粗方の事情を聞いた。
「カエラと遭遇? まさかその腕はカエラがやったのか?」
だとしたら……素晴らしい!! 人の身で今のマーレリバーにこれほどのダメージを与えるとは。一体どうやったんじゃ? 想像がつかん。
ヤバイ。気になる。マーレリバーの返答次第では今すぐ乗り込んでカエラを拐おう。
「いえ、この腕は……」
どこか言いにくそうにマーレリバーが視線を剃らす。それで興奮が一気に冷めた。何じゃ、カエラではないのか。と言うか何故にウサミン達が挙動不審なんじゃ?
肩透かしを食らった儂は、なんだかチマチマ話を聞くのが面倒になった。
「もういい。見せろ」
儂は眷族であるマーレリバーの記憶を思念を通じて見ることにした。今のマーレリバーの体は儂の魔力で出来ておるようなもんじゃから、こういうことも簡単にできる。
普段これをやらないのはマーレリバーのプライバジーをなるべく考慮してのことなのじゃが、さすがに今のマーレリバーが直ぐに回復出来ない傷を残すような相手の情報を隠すのを看過することはできない。
儂は容赦なく任務中のマーレリバーの行動、感情、思考、その全てを見る。そこで映ったモノはーー
「……ウサミン?」
儂が呆れたような半眼を向けると、ウサミンは文字通り飛び上がった。
「す、すみせんでしたー。少しムキになっちゃいましたー。許してウサウサ」
儂が何か言うよりも早く土下座を敢行するウサミン。こちらが怒る前に出鼻を挫くその早業に儂は呆れるよりもむしろ感心した。
「お前という奴は」
ふーむ。これは怒るべきかどうか難しい案件じゃな。これが普段の任務なら容赦なく叱るべき所じゃろうが、今回の件はほとんど儂の私情じゃし。それで最前線に出てくれる部下を叱るというのもな。……うーむ。悩む。
それにしてもフーラ達が獣人の半人半魔ということでウサミン達を向かわせたが、まさかカエラと鉢合わせするとは。
マーレリバーの記憶を見る限り『色狂い』が儂だと辺りをつけておるように見えるが、それでもギルドの仲間を優先するとはの。相変わらず気に入ったモノに対してはとことん甘くなる奴じゃ。その性格のお陰でどれだけ手を焼かされたことか。
「仕方のない奴だ」
過去にあった弟子の我儘を思いだし、思わず苦笑する。
「リバークロス様?」
そんな儂を不思議そうに見つめてくるマーレリバー。儂は何でもないと首を振って話を変えることにした。
「途中で天族が戻ってこないのは、例の護衛が機能したのか?」
答えたのはサイエニアスだ。
「はい。少し前に連絡が入りました。天族の参戦により戦闘の激化、それにより対象が死ぬ可能性を考慮して介入したとのことです」
「上手く天族の目を誤魔化せているようだな」
「あの者は半分だけ人間の血が入っています。その血を魔王様が利用したのですから、今は人間と変わりません」
「そんな状態で守護天使の足止めを?」
「いえ、さすがにそれは無理なので魔族化したとのことです。今は魔王様に再び『悪魔の契約』をして欲しいとこちらに戻ってきています」
「そうか。上手くやっているようだな。俺も興味があるから後で来るように言ってくれないか?」
「リバークロス様の仰せのままに」
サイエニアスの返事に儂は満足して頷くと、次にウサミンを睨んだ。
「それでウサミン」
「は、はい」
ウサミンのウサギ耳は半ほどから垂れ、その顔も青ざめておる。一見しおらしく見える態度じゃが、こやつの場合は相手を油断させるためなら平気で道化だろうが愚者だろうが演じてみせる怖さがある。あまり見かけで内面を判断せん方が良いじゃろうな。
「お前達も人間、特に勇者に対して思うことはあるだろうから今回の命令違反は不問にする。だが意図して俺の命令を破るのは許さない。次はないぞ。いいな?」
儂がそう言うと垂れていたウサギ耳がピンと伸びた。
「分かりました。以後気をつけます」
シャールアクセリーナの真似でもしておるのか、敬礼してみせるウサミン。そんなウサミンにネコミンとイヌミンがどこかホッとした様子で声を掛ける。
「まったくよ。気を付けなさいよね」
「まぁ、私達も結構やらかしたがな」
「そうよ。それなのに何で私だけ怒られてるの?」
「日頃の行いじゃない?」
「そ、そんなはずは…」
などと、すっかりいつもの調子でじゃれ合う獣人組。基本悪い奴等ではないんじゃが、それでも立場がある以上、あまりウサミン達に対して油断せん方が良いじゃろうな。
やれやれ。いい女なんじゃが。ウサミン達を複雑な気持ちで眺めておると、何か急にビビッと来おった。
「これは……」
直通の思念? ちなみに緊急事態でも戦闘中でもないのに念話を直接格上の魔族に向けるのは失礼とされている。
だから儂に用のある魔族の殆どが先ずは従者を通して用件を伝えるのじゃが、……ああ。この相手なら確かにそんなことをする必要は無いの。
「分かりました。直ちに向かいます」
いきなり敬語を使った儂に全員の視線が集中する。
「如何されました?」
全員を代表してイリイリアが訊ねてきた。儂は端的に先程の念話の中身を伝える。
「魔王様からの連絡だ。魔将の二位から四位に召集が掛かった」
「それは……」
サイエニアスが目を見開く。いや、サイエニアスだけではない。全員の顔に、それこそ戻ってきてからずっと無言を貫いていたギンガにすら緊張が走るのが分かった。
一騎当千どころか当万の魔将。その上位三名を一度に召集。会議や行事等を除けばここ十年の間に一度もなかった事態だ。
「どうやら大きな戦いが始まるようだな」
盾の王国での戦い以降、絶えることのない小競り合いが続いてはおったが、戦線は魔族が少し押している程度でそれほど大きくは動いていない。しかしどうやらそれも終わりのようじゃな。
再び異種族間戦争が大きく動き出す。そんな予感を覚えながら、儂は魔王に会うべく部屋を後にした。
祝、100話達成です。
まぁ、だからって何かあるわけでもないんですけど、とにかく100話達成です。