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リバークロスの従者達

「リバークロス様、お加減はいかがでしょうか?」


 マイマザーの折檻により、心身にさりげに大きな傷を負った儂は大事を取ってここ二、三日の間、暇があればベットで横になっていた。


「大丈夫だよアクエロちゃん。と言うかそれ、一時間前も聞いたよね」

「まったく心配し過ぎですわ」


 そう言うのは何故かあの日から同じベットで寝たがり、今も同衾していたマイシスター。潜っていた布団からひょっこりと顔を出すその様は中々に可愛いものがあるのう。まさに眼福というやつじゃて。

 

 儂としては姉弟で一緒に寝ると言う家族イベントは嫌いではないのじゃが、儂が寝込むそもそもの原因がアクエロちゃんに対し、呆れたような物言いをするのは如何なものじゃろうか。


 マイシスターの言葉にアクエロちゃんの表情は変わらない。変わらないのじゃが……。


「リバークロス様。こんなところに生ゴミが」

 

 片手でマイシスターの顔面をガシリと掴むと、そのままひょいと容赦なくマイシスターを持ち上げるアクエロちゃん。う~む。怒っとる? やっぱり怒っとるのじゃろうか? 表情が全然変わらんので分からんのう。


「アイタタ。ちょっと、何するんですの? 不敬、不敬ですわよ」


 アクエロちゃんの突然の蛮行にマイシスターはこれでもかと暴れ回るのじゃが、蹴られても炎を浴びせられてもマイシスターの顔面を掴むアクエロちゃんの腕はビクともしない。


「ではリバークロス様。このゴミを捨てて参ります」


 そして本当にそのまま部屋を出ていこうとするアクエロちゃん。やめたげて、それゴミじゃないから。血を分けたマイシスターじゃから。


「うわーん。リバークロス。助けてですわ~」


 このままでは本当にどこぞのゴミの山にでも放り込まれると思ったのか、自力での脱出を諦めたマイシスターが儂に助けを求めてきた。


「あの、アクエロちゃん。姉さんを離してあげてくれないかな」


 儂がそう言うとアクエロちゃんは鼻と鼻がぶつかりそうな距離まで顔を近づけて来て、ジト~と儂を見つめてきおった。


「な、なにかな?」


 なんじゃろうか? 儂も悪魔じゃから他者の感情をある程度読むことがてきるのじゃが、アクエロちゃんの感情は何故か非常に読みにくいのじゃ。


 アクエロちゃんはそのまま暫く儂を見つめると、やがて満足したのかーー


「畏まりました」


 そう言ってポイっとゴミを捨てるかのようにマイシスターをベットに放った。そのあんまりと言えばあんまりな扱いに当然マイシスターは激怒する。


「ちょっと!! 貴方いくらなんでも調子に乗りすぎですわよ。こんなことして、お、お母様が黙っていませんわよ」


 う~む。マイシスターは儂から見ても物凄い才能の持ち主なんじゃが、たまにこういう小物っぽい発言をするのが玉に傷なんじゃよな。


「申し訳ありません。ですが修行と称してリバークロス様を亡き者にしようとする愚か者に払う敬意はないのです。どうかご容赦を」


 まさに慇懃無礼を絵にかいたようなお辞儀をしてみせるアクエロちゃん。

 そんなアクエロちゃんの発言にマイシスターの瞳が宙を泳ぎまくる。まぁつい最近の出来事じゃし、アクエロちゃんが何に怒っておるのか心当たりがありすぎるのじゃろう。


「それは……、その、そのですわね……」

「その、何でしょうか?」


 無表情。何処まで行っても無表情。揺らぐことのない、まるで闇のような二対の瞳がジッとマイシスターを見下ろしておる。


「その、その、……えーん。リバークロス~」


 アクエロちゃんの視線に耐えられなくなったマイシスターが泣きながら儂に抱きついてきおる。おお、何と可愛いのじゃろうか。もしも儂に孫がいたらこんな気持ちになったのかもしれんの。


「ああ、はいはい。ほら姉さん泣かないで。アクエロちゃんもあまり姉さんを苛めないであげて」


 マイシスターの頭をポンポンと撫でる儂。この子は儂が立派に育てて見せよう。そんな気持ちが沸き上がってくるようじゃ。


「……畏まりました。では、私は他に用事がありますのでこれで失礼します」


 一礼してさっさと出ていくアクエロちゃん。アクエロちゃんらしからぬ攻撃的な言動もきっと儂のことを想ってのことじゃろうし、これは体が大きくなったらたっぷりと労をねぎらってやらねばならんじゃろうな。無論、エロいことで。


 ふっふっふっ。聞けば魔族の成人は十三歳からじゃという。最初は早いと思うておったが、魔族の成長速度を考えると納得じゃて。一応エロいことは成人するまで我慢しようと決めておったのじゃが、あとほんの十年待てば良いなんてついておるわ。


 そして何よりアクエロちゃんに嫌が無いのは確認ずみ。ふっふっふっ。今世の最初の相手はアクエロちゃん、君に決めた! などと、儂が煩悩の世界に入っておると、


「まったく。まったく。リバークロスの従者は二魔揃ってとっても生意気ですわ」


 そう言ってマイシスターがポコスカとベットを殴る。


 それにしてもアクエロちゃんが出ていった途端にピタリと泣き止みおったな。うむ。まったくもって見事な嘘泣きじゃて。


「私は魔王の娘ですのよ。とっても偉いのですわよ」


 そして気持ちは分からんでもないが、マイシスターよ。ベットの中で暴れるではない。見かけはポコスカと可愛い仕草でも、お主の力ではベットが破壊されてしまうじゃろうが。かといって今余計なことを言って怒りの矛先がこちらに向いても嫌じゃし。


「やあ、二魔とも。今日も元気そうで何よりだよ」


 そこにやって来たのがマイブラザーじゃ。何とタイミングの良い男なのじゃろうか。これが兄の力。略して兄力と言うものなのじゃろうか。


 そんな風なことを考えたのはどうやら儂だけではないようじゃ。マイブラザーの登場にマイシスターの顔がパッと輝いた。


「お兄様。良い所にやって来ましたわ。今すぐアクエロのお尻を蹴りあげてくるのですわ」


 自分が敵わないからと他者を焚き付けるとは。やれやれこれじゃから権力者は困ったものじゃ。前の世界でいくつか潰した組織の面々が脳裏を過りおるわい。ふっ、あの頃は儂も若かったの。


 などとヤンチャだった時分を思い出しておると、唐突なマイシスターの言葉にキョトンとしていたマイブラザーの視線が儂の方に向きおった。


「何事?」


 実にごもっともな質問じゃなマイブラザーよ。儂が事情を説明すると、マイブラザーは得心が言ったとばかりに頷いた。


「アハハ。なるほどね。それは災難だったねエグリナラシア。でもそれは相手が悪いよ。アクエロさんにしろエイナリンさんにしろ魔王の名にビビるような魔族じゃないからね」


 おや? 以前から不思議じゃったのじゃが、何か妙にあの二魔に対する評価、高くないじゃろうか?


「ふん。百歩譲ってアクエロはまだいいですわ。しかしエイナリンの奴は元々外様の分際で生意気なのですわ」


 あくまでもエイナリンをディスるスタイルを崩さないマイシスター。やれやれ困ったものじゃな。

 儂にとってマイシスターは優しい良い姉なのじゃが、魔族至上主義とでも言うのじゃろうか。自分が認めた仲間以外に対し、少々攻撃的すぎるきらいがある。弟として姉にはもっと広い心を持って欲しいものじゃ。


「ねぇ、姉さん。何でアクエロちゃんは良くてエイナリンはダメなの?」


 良い機会じゃし、前々から疑問に思っていたことを聞いてみるかの。

 マイシスターがエイナリンを攻撃するのは、まぁ元が天使じゃったエイナリンの過去から分からんでもない。しかし魔王の娘であることに並々ならぬ誇りを持っておるマイシスターが一従者に過ぎないアクエロちゃんに強く出れないのは何故じゃろうか?


「あれ? ひょっとしてリバークロスはアクエロさんのこと知らないのかい?」


 儂の質問にマイブラザーが意外そうに儂を見てくる。何のことじゃろうか? と考えている時点で知らんと言うことなんじゃろうな。


「……うん。そうみたい」

「まったく従者の素性も把握してないなんてダメダメですわね。そんなんだからエイナリンの奴が調子に乗るのですわ」


 そして何故かそこから再びエイナリンをディスり出すマイシスター。う~む。いくらマイシスターでもあまり何度も従者を悪く言われると面白くないの。


「姉さんは少し、」


 儂はそっと隣に座るマイシスターのお尻に触れた。


「何ですの?」


 首を傾げるマイシスター。


「黙ってて」


 そして儂は指をクイっと動かして、マイシスターのお尻と言ったらココ、的な場所に触れた。途端ーー


「ひぎゃーー? ごめんなさい。ごめんなさいですわ、お母様。もう二度と城を燃やしたりしないですわ。爆破も我慢しますわ~。だから許してー」


 などと叫びながら布団を被ってブルブルと震えるマイシスター。おお、何と言う痛ましい光景じゃ。まさに魔王恐るべしじゃな。


「やれやれ、重症だね」


 マイブラザーがどこか呆れたように言うが、儂にはマイシスターの気持ちが痛い程よく分かる。それほどまでにマイマザーの折檻は強烈じゃった。


「兄さんは母さんのお仕置きを受けたことはないんですか?」


 でなければ、そんな他人事みたいな顔はできないはずじゃ。


「僕は真面目だからね。ピンチになると適当な誰かのせいにして逃げちゃうんだ」

「それは何と言うか……悪魔ですね」


 あの折檻を人に押し付けるじゃと? 怖いわ~。悪魔怖いわ~。


「そんなに誉めなくていいよ。リバークロスも頑張れば立派な悪魔になれるさ」


 その怖い悪魔がニコリと笑ってそんなことを言う。いや、マイブラザーは純粋に儂の成長を応援しとるのじゃろうが、元人間としてどうにも頷きにくい言葉じゃて。


「それよりも、その、アクエロちゃんのことなんですけど」


 悪魔と人の常識の違いについて考え出すと面倒なので、儂はさっさと話を元に戻し、思考を切り替えた。


「ああ、そうだったね。リバークロスは魔将って知っているかい?」

「確か独自に軍を動かすことのできる権限を母さんから与えられた魔王直属の魔族達ですよね」


 恐らくはマイマザーに続きこの世界で最強クラスの魔族達。魔術師として興味深い存在じゃ。今から会うのが楽しみじゃて。


「そう、魔王軍の最高幹部と言って良い彼等だけど実はその上がいるんだよ」

「? 当然母さんのことではないですよね」


 最高幹部の上に役職。まぁ、あっても不思議ではないじゃろうが、それとアクエロちゃんの話がどう繋がるんじゃろうか?


「勿論違うよ。魔将の上にいるのは各魔族の王達さ」

「王? ひょっとして悪魔なら悪魔の、鬼なら鬼の王がいるんですか?」

「その通り。そしてアクエロさんの母親こそがかつて母さんのライバルと呼ばれていた現悪魔王、ルシフェリナアスなのさ」

「なるほどそれで……」


 これで得心がいったわい。魔王の娘と悪魔王の娘。立場的に二人はほぼ同格だったわけじゃ。それなのに相手が従者をやっとるからとあんなに上から目線で、まったくマイシスターの将来が儂は心配で仕方ないわい。


「でも何でそんな立場の魔族が僕の従者なんか?」


 魔王と各種族の王の間にどんな力関係が存在しているのかは知らぬが、魔王の直下が魔将の時点で恐らくはイエスマンではないのじゃろう。でなければ独自に軍を動かせるという強力な権限は各王に与えておけばすむ話じゃからな。


 つまりアクエロちゃんは魔王でも簡単にどうこうできない実力者の娘と言う訳じゃ。


「それは僕にも分からない。元々悪魔王の娘はかなりの変わり者で有名だったらしいんだ。命令違反も多く魔王軍でも持て余してたみたいなんだよ。それでも戦いに出れば武勲は立てるし、何よりも親が親だけに命令違反をしてもあまり厳しく罰せられなかったみたいだね」

「アクエロちゃんが命令違反なんて少し意外ですね」


 基本的にフリーダムなエイナリンとは違い、アクエロちゃんが儂の命令を無視したことはこの三年間一度もない。


「そうだね。僕も当時のアクエロさんを知らないから、話を聞いた時は少し意外に思ったよ」

「そのわりには詳しいですね」


 確かアクエロちゃんの年齢は儂と同じくらいの三百とちょいくらいじゃったかのう。当然マイブラザーはまだ生まれてもおらんの。


 儂の疑問にマイブラザーの黄金の瞳が輝いた。


「それはね、リバークロス。そこに秘密があるからだよ。秘密が僕に囁くんだ。こっちを見て、でも暴かないでって。だから僕は優しく……」

「うん。その話はまた今度聞くよ。それで? アクエロちゃんは僕の従者になるまでずっと魔王軍で戦ってたんですか?」


 そう言えばマイブラザー、秘密フェチじゃったの。儂ももう少し言動に気を配った方がいいかもしれん。流石に転生者であることを暴かれることはないじゃろうが変に疑われても面倒じゃ。……もう手遅れかもしんがの。


「いや、それが僕達が生まれる少し前、五十年ほど前かな? それくらいから戦いには出なくなったらしいよ」

「じゃあ、何してたんですか?」

「それは分からないよ。アクエロさんにしろエイナリンさんにしろ、謎が多いからね。少し他の魔族に聞き込んだくらいじゃ、二魔が普段何をしてるのかなんて分からないんだ」


 ふーむ。アクエロちゃんに関して言えば儂が命じれば何でも答えそうじゃが、どうするかの。別にアクエロちゃんの過去やプライベートを知ったからと言って何が変わるわけもなし。放っておいて構わんじゃろう。


 と、儂が結論を出したところで。


「これは調査の必要がありますわね」


 などと、マイシスターが言い出しおった。

 おお。えらく復活が早いの、マイシスター。それにしても調査じゃと?


「それって、二魔のことを調べるってこと? それはどうかと思うよ姉さ…」

「素晴らしい考えじゃないか、エグリナラシア。僕も以前からあの二魔の行動には興味があったんだ。でも単独だと危険すぎる相手だから観察するに止めていたんだけど、君達が協力してくれるなら話は別だよ」


 我が意を得たりと言った様子でマイシスターの手を取るマイブラザー。よく見れば頬が赤くなっており、どうやら本気で興奮しているようじゃ。それに対しマイシスターはマイシスターで別の意味で頬を赤くするから始末に終えんわい。


「あ、いけませんわお兄様。初めてはもっとロマンチックな雰囲気でお願いしま……ぴぎゃ!?」


 マイシスターが鳥肌の立つことを言う前に、儂はマイシスターの最早弱点と言っても過言ではない場所に指を突貫させた。マイシスターは蹲ると涙目で儂を見上げた。


「リ、リバークロス、貴方ね。私の中に入りたいなら好きな子を苛めたい子供のようなことをしてないで、正々堂々正面から口説きに来なさいな」

「いや、本当にそういうの止めて。そして僕はまだ三歳児だから。ようなも何もバリバリの子供だからね」


 まぁ、確かにお互いに十にも満たない子供には見えない姿(ナリ)じゃがの。と、言うか魔族も好きな子には意地悪したりするんじゃの。最近人との常識の違いに戸惑うことが多いので、こういう話を聞けると何かホッコリするの。


「何してるんだい二魔とも、さぁいくよ」


 やたらとやる気に溢れたマイブラザーが儂等を急かす。と言うか、本気でやるのじゃろうか? あれこれ影で従者の詮索なぞ不粋なような気もするんじゃがの。


 あの一件以降、互いに遠慮がなくなったと言うか、とにかく兄弟の仲が深まってきたのは良いのじゃが、この調子ではその分厄介事も増えそうじゃな。しかしそれを悪いこととは思わん。むしろ何処かワクワクしておる自分がおるわい。


 ……ふーむ。これが家族か。思い返せばあやつには悪いことをしたの。


 柄にもなく過去(おいてきたもの)を振り返ることで、胸が疼いてしもうた。


 そんな風に儂がセンチになっておると、その間に復活したマイシスターがマイブラザーの横に並んだ。


「ほら、何してますのリバークロス。行きますわよ。今日こそあの二魔にギャフンと言わせてやるのですわ」

「そうだよ。君が居なければ始まらないだろ(いざという時の盾役という意味で)おいで、リバークロス」


 マイブラザーとマイシスターがそれぞれ儂に手を伸ばす。今はもう決して届くことのない過去を懐かしみながら、儂はその手を掴むのじゃった。



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