今日の運勢~〇〇座のあなたは…(みつながめいさんへのクリスマスプレゼント)
「サンタクロースなんて居ないよ」
「何を言っているの?毎年プレゼントをもらっているでしょう」
「芽衣は知ってるもん。プレゼントはパパが買って来るんだもん」
子供の頃、母とこんなやり取りをした記憶がある。それ以降もクリスマスにはパパがプレゼントを買ってきてくれていた。
今年の春から就職を機に家を出て一人暮らしを始めた。
「何か欲しいものはあるかい?」
父からメールが入っていた。父も母も未だに私を子ども扱いする。
「もう子供じゃないんだから、サンタは自分で見つけるわ」
強がってそんな返事をした。テレビの情報番組が『今日の運勢』のコーナーになった。時刻は7時58分。
『今日の第1位は…』
「やばい!そろそろ出なくちゃ。遅刻しちゃうわ」
リモコンを片手にテレビの画面を見る。毎朝、この占いコーナーを見てから家を出る。占いは気になるけれど、良くても悪くても家を出た時には忘れてしまっている。
『○○座のあなたです。素敵な出会いがあるでしょう…』
「やった!」
軽くガッツポーズをしてからテレビを消した。
相変わらず電車の中は混み合っている。
「痛い!」
誰かに足を踏まれた。何が素敵な出会いだよ。
「ごめんなさい!」
背中越しに聞こえて来た声には聞き覚えがあった。身動きが取れないまま最寄りの駅に到着。電車を降りる人の波に流されながらホームに吐き出された。私はさっきの声の主を探した。
「満永」
不意に名前を呼ばれた。同時に頭をポンポンされた。
「日下部さん!」
「さっきは悪かったな。でも、満永で良かった」
声の主はやっぱり日下部さんだった。日下部さんは会社の先輩。
「良くないですよ。痛かったんですから。本当に!」
「ごめん、ごめん。良かったと言ったのはこんな風に満永と話すきっかけが出来たからなんだけど…」
照れくさそうに笑う日下部さん。会社ではいつも堂々としているのに、ちょっと意外だった。こんな笑顔を見せられたら誰だって好きになっちゃうよ!
「お詫びに今夜食事でもどう?」
「えっ?」
「やっぱ、無理だよな。イブの夜に誘う方がどうかしてたよ。ごめん。忘れて」
「是非、お願いします!」
「えっ?本当に?それって、付き合っている人が居ないってことなのかな?」
「お恥ずかしながら…」
「やった!じゃあ、6時半にここの駅の改札口前で」
そう言って、日下部さんはスタスタ歩いて行った。
会社の中ではいつもの凛々しい日下部さん。今朝の出来事なんてなかったかのようにてきぱきと仕事をこなしている。私と目が合っても話しかけてくれない。なんだかだんだん不安になって来た。
「私、からかわれたのかしら…」
思わず独り言を呟いた。
「何のこと?」
まずい!面倒くさいヤツに聞かれてしまった。同期の矢部香織だ。
「なんでもない」
「なんだ。それより、今夜どうする?どうせ、予定ないんでしょう?二人でカラオケでも行こうよ」
そう!香織とは彼氏が居ない者同士。
「ごめん、今日はちょっと…」
「うそ!まさか彼氏が出来たとか?」
「そういんじゃないんだけどね…」
「良かった!私たち独身同盟なんだから裏切らないでよね」
いつの間にそんな同盟を結んだんだ?いや、私は断じてそんな同盟を結んだ覚えはない。
香織と二人でランチから帰ってくると、日下部さんの姿は見えなかった。スケジュール表に“外回り”とあった。私は益々不安になって来た。はぁー。思わずため息が出る。
「どうした?ため息なんかついちゃって。そう言えば日下部さん居なくなっちゃったね。ちょっと拍子抜けだわ…。あっ!芽衣ったら、もしかして…」
「バカねえ、そんなことあるわけないじゃない。日下部さんにちょっかい出そうものなら先輩たちに恨まれちゃうわよ」
「そうよね。先輩たちの日下部包囲網は強烈だからね」
長い長い午後の仕事が終わると、私は半信半疑で駅前までやって来た。約束の時間まであと5分。時間になっても日下部さんが来なかったらそのまま帰ろう。そう決めた時、背後から頭をポンポンされた。
「お待たせ…」
日下部さんだった。いえいえ、全然待ってません。
「おいで」
そう言うと日下部さんは私の手を取って歩きだした。
窓からは都会の夜景がまるで宝石箱をひっくり返したかのようにきらめいている。周りはカップルだらけ。そんな中に憧れの日下部さんと二人で居るなんて…。目の前には美味しそうな料理が並んでいる。だけど、まったく味が解からない。あー!なんてもったいない。これが香織と二人なら思いっきり堪能できただろに…。
「今日は今まででいちばんのクリスマスイブだ」
「すみません。そんな日に私なんかと一緒で」
「ハハハ…」
またまた照れくさそうな笑顔。
「満永と一緒に居られるからいちばんなんだよ」
「御冗談を…」
すると、日下部さんはカバンから何やら取り出した。
「メリークリスマス!午後から仕事をさぼってこれを買いに行ってた」
きれいなリボンが掛ったその箱はまさかのクリスマスプレゼント?私のために仕事をさぼってまで?
「開けてみてよ」
リボンをほどくのがもったいないけれど、言われるままに箱を開けた。万年筆だった。
「満永って脚本とか小説とか書いてるんだって?」
ど、どうしてそれを?恥ずかしーい!みるみる顔が赤くなっていくのが自分でも判る。
「ああ、でも、それはパソコンで…」
「あっ、そうか…。今どきそうだよね…」
うわっ!私としたことがなんて罰当たりなことを言ってしまったんだ!
「い、いえ!手紙を書きます。手紙を書くときはいつも手書きだから…」
「そう!だったら良かった。それなら、僕にも手紙書いてよ」
「はい!書きます。毎日書きます!」
「本当に?それは楽しみだなあ」
引き攣った私の笑顔は日下部さんにはどう見えているのだろうか…。緊張しまくりで頭の中が真っ白だわ。
「…くれないかな?」
日下部さんが何か言ってる。そう言えば、私は何も用意していない。どうしよう!まさか、私をもらってなんて言えないし…。
「どうしたの?ダメ?」
「いえ、とんでもないです!ありがとうございます!」
「良かった。入社してきた時から満永のこと気になってたんだ。僕、こう見えて女の子と話をするのがすごく苦手で…」
えっ、日下部さんは何を言っているの?私は…。
「あの、すみません…。さっき、なんと言ったんですか?」
「えっ?聞こえなかった?入社してきた時から…」
「そうじゃなくてその前…」
「僕と付き合ってくれないかな?って…。あっ、聞こえていなかったの?じゃあ、さっきの返事は…」
なんてこと!初めて告白されたのに聞き逃しちゃった!お願い!時間よ戻って!
「やっぱり、そうだよね。満永みたいに可愛い子なら彼氏が居るよね」
「ち、違うんです!私、てっきりプレゼントのことだと思って…。でも、付き合うなんて…。私、今までずっと女子校だったし、彼氏なんて出来なくて、それで香織といつも二人で…。あー!私何言ってんだろう?」
「じゃあ、もう一度言うから。僕と付き合ってくれないかな?いい?」
「はい!よろしくお願いします」
やった!でも、どうしよう?日下部包囲網に知られたら…。香織に知られたら裏切り者になっちゃう…。同盟は?いやいや、同盟なんか初めから無いし…。
「ありがとう。これからは一生、僕が満永のサンタになるよ」
「サンタ!?」
やった!サンタクロースだ!本物のサンタクロースだ!サンタさんありがとう!
「満永は本当に可愛いな」