Order.07 Eyes Glazing Over.
「アーマー、ジャケ……? なんだそりゃ」
彼らの眼前に鎮座する、全身が濃緑色の装甲で固められたパワードスーツ――嘗て光川重機械工業が造り上げた戦闘歩兵アーマージャケットスーツの試作機『雷光』を眺めながら、アールグレイは怪訝そうにそう言った
彼のそんな言葉に「ま、所謂パワードスーツだ」と適当に返しつつ、戒斗は手近な机の上に置かれていたマニュアルを手に取り斜め読み。読む限り、どうやら以前に戒斗が奪取したモノと全く違わぬ同モデルらしい。好都合だ。これなら手間を掛けずに脱出することも不可能じゃない。
「ホラよ」
軽く読み終えたマニュアルを二人に向かって戒斗は適当に放り投げる。
「アァ? んだこりゃ」
それを受け取ったのは意外にもアールグレイではなく、もう一人のサイコ野郎だった。
「どっちでもいい。もう一機を使ってくれ。頭数は大いに越したことねえからよ」
「ヒャア、面白そうじゃねえか。乗ったぜボーイ」
犬歯を剥き出しにして笑うと、サイコ野郎の彼は凄まじい速度でマニュアルのページを捲っていく。ものの数分で読み終えた彼はマニュアルを投げ捨てると、置かれていたノートパソコンを操作した戒斗が、たった今ハンガーから降ろし地に足を付けたばかりのアーマージャケットへと身を滑り込ませた。
(速読の特技でもあるのか……?)
まるで新しい玩具を与えられた子供のようにはしゃぐ彼に更なる疑問を抱きつつも、戒斗はもう一機もハンガーから降ろし、解放された装甲の中へと身体を滑り込ませる。
両手に当たる部分に仕込まれていたピストルグリップ型のコントロールスティックを握り込み、少し操作すると解放されていたアーマージャケットの装甲は閉じられる。数秒間のフィッティング作業の後、被せられたヘルメットの内側のHUDが起動。黒一色の画面に『機動歩兵アーマージャケットスーツ試作弐号機”雷光”』の文字が浮かび上がり、次に外側のカメラ・アイからの映像が映し出されると共に、各種情報が一挙に視界内に展開される。
「またコイツを使うことになるたぁね」
ひとりごち、戒斗はコントロールスティックを操作し兵装を確認。右腕ハードポイントには12.7mmのブローニング・M2HB重機関銃、そして左腕にはパイル・バンカーのPBM-01ロンゴミアントがマウントされているようだ。残弾数はM2が六十発、パイル・バンカーが五発。少々心許ないが、まあ脱出だけならば問題は無いだろう。
「なぁ後輩君。コイツでエレベーターブッ壊して降りちまえば、一瞬で家に帰れるぜ」
「……言うは易く行うは難し。大方何かしらの邪魔が入るのが、俺達にゃお決まりのパターンだ。そうだろ? 先輩様よ」
アールグレイとそんな問答をしている間にも、既に歩き出していたサイコ野郎はセキュリティ・ゲートを叩き壊しながら全身。やっとエレベーターホールに辿り着いたかと思えば、閉じられていたエレベータの壁面を左腕のパイル・バンカーで貫き、トドメと言わんばかりに扉を蹴り飛ばす。力なく落下する扉だった鉄屑が遠くで床に盛大なキスをかます音が聞こえた気がしたが、もう気にしないでおく。
「おう、開いたぞコレ」
「……ハァ。流石にキマってるだけはあるぜ」
呑気にそんなことを言うサイコ野郎に辟易しつつ、戒斗も彼の後を続く。その後ろを警戒しながらアールグレイも追随。
「――ッ! やべえぞキッド!」
「ンだよ今度は」
「お客様だッ。しかも団体でのご来店だぜ!」
アールグレイは叫びながら、戒斗の後ろに隠れるようにしつつ、彼の背中にマウントされていた金属製パッケージをこじ開け、緊急用バックアップ装備として備え付けられていたドイツ製PDW、MP7A1と予備弾倉一つを取り出した。
「クソッ!」
予備弾倉を左手でベルトの間にねじ込みながら、ズボンの端を使い片手で初弾装填したアールグレイはMP7を構える。
「Contact!!」
英語でそんなことを叫ぶ敵兵達は、それぞれ手にした火器の銃口をこちらへと向ける。位置関係的にはアールグレイ達三人がエレベーターホール、敵兵達が、先程戒斗達が駆け下りて来た階段入り口付近という感じだ。両者の距離、約十五m。
「――ッ! オイそこのお前、キッドとか言ったな!?」
アーマージャケットの装甲は、数発程度なら12.7mm弾の直撃にすら耐える。故に短機関銃の放つ拳銃弾などでは蚊が刺した程度にもならない。そんな装甲を最大限駆使して背後のアールグレイの盾になりつつ、戒斗はサイコ野郎――確かアールグレイに『キッド』とか呼ばれてた奴にそう叫ぶ。「ンだよテメェ……!」とキッドはあからさまに不機嫌そうに言うが、それを無視して戒斗は一方的に続ける。
「俺はアールグレイの盾になるッ。テメーはさっさと突っ込みやがれ!」
「テメェ、俺に命令すんじゃねェッ」
「やかましいッ! さっさと大好きな殺しを堪能してきやがれクソッタレが!!」
「仕方ねェ――」
渋々キッドは了承し、両足の踵付近に取り付けられた小さなタイヤ付きのアーム――ローラーダッシュ・ユニットを地に下ろし、すぐさま急加速にて走り出した。アームの二つと、脚裏一つのタイヤがモーター動力によって高速回転し生み出された強大なトルクを以て、キッドが身に纏うアーマージャケットの数百kgの超重量級の巨体は凄まじい速度で敵部隊に肉薄していく。
「オラオラオラァ!」
右腕ハードポイントに取り付けられていた7.62mm、六つの銃身が短く切り落とされたガトリング・ガンであるM134ミニガン改を乱射しつつ、キッドは尚も迫る。豪雨のような速度で迫り来る幾千のフルメタル・ジャケット弾で二人を屠ったところで、
「ヒャアッ」
閉じられた扉を周囲のコンクリート壁ごと突き破り、二、三人を激しく吹っ飛ばしたキッドは左腕のパイル・バンカーのタングステン鋼で構成された巨大な杭をアッパーカットのように振るい、手近な敵兵の胸へと突き立てる。
「――グブッ」
「もっとだ……! もっと見せてくれよォ」
周囲の他の敵をミニガンの銃身で適当に吹き飛ばしつつ、キッドは左腕にて持ち上げた、胸からタングステンの杭を生やす敵の姿をカメラ越しに眺める。ヘルメットの下に隠された彼の表情は――嗤っていた。
「お前の全てをなァァァッッッ!!!」
恍惚の表情でキッドは叫ぶと、天高く突き上げた左手のファイアレリース・ボタンを押し込む。その瞬間――男の身体が、文字通り弾けた。
薬室に装填されていたコルダイト火薬が撃発し、その衝撃を以て前進したタングステン鋼の杭がもたらす威力は、生身の人間の身体には余りにも強すぎたのだ。全身の体組織が耐え切れず、無残にも弾け飛ぶ。唯一損壊を免れた首から上と四肢が力なく床に落ち、飛び散った大量の鮮血は壁を、床を、そしてキッドの纏う濃緑色の装甲を紅く汚す。
「はぁぁぁ……たまらねェ、たまらねェぜ……」
「な、なんなんだよ……なんなんだよ一体ッッッ!!」
「ンなの契約に無かっただろうが……俺は降りるぜッ」
恍惚の表情で眺めるキッド。彼のあまりのイカれっぷりに怖れを抱いた他のオペレータ達は次々と背を向け全力疾走で階段を駆け下り逃げていく。しかし、
「逃げんじゃねェよ……」
生きたいと、その生への渇望を抱く願いが叶うことは無かった。
急に声色の醒めたキッドが構えた右腕のミニガン。スピンアップした銃身から秒間数千発の速度で放たれた7.62mm弾が、階段を駆け下りていた彼らを背中から、文字通り血煙に変貌させたのだ。『無痛ガン』の異名すら持つミニガンで消滅させられた彼らは、その名の通り痛みすら感じる間も無く冥府へと旅立ったのだろう。
「畜生……!!」
しかしそんな中でも、たった一人だが生き残った者が居た。逃げおおせる仲間のオペレータ達とは敢えて反対側――即ち階段の先、研究フロアへと飛び込んだ一人の男。彼の手にあったはずのMP5は既に喪失している。
「こんなところで……」
階段側のキッドに背を向け、反対方向の別経路から侵入した敵と交戦する戒斗、そしてアールグレイの間をすり抜け、その男は駆け抜ける。
「――ッ! 戒斗、後ろから一匹出てきやがったぞ!!」
「冗談だろ!?」
「キッドの奴が取り零しやがったッ!!」
叫び、アールグレイは手にしたMP7で男を狙う。だがなりふり構わず全力で走り抜ける彼に、アールグレイの放った4.6mm弾は届かない。
「こんな所で、死んでたまるかァッ!!」
彼が破れかぶれに飛び込んだ先は、幸か不幸か――開け放たれたままだった、アーマージャケットの格納施設。見渡せばそこに、吊るされたまま未使用のアーマージャケットが一体残っている。
「これで……!」
万が一の時には使うようにと、クライアントの楠――『インペリアル・アーム』の社長からは事前にマニュアルを渡されていた。故に彼はその中身……戦闘歩兵アーマージャケットスーツ、試作機『雷光』の操縦方法は頭に叩き込んである。
「見てやがれ……この、疫病神共めッ!!」
すぐさま彼はジャケットの中へと飛び込み、装着。『雷光』の文字がヘルメット内のHUDに映し出されると同時に、ハンガーのロックを解放。鈍重な音を立て、その数百kgもの重量を誇る巨体を地に立たせた。
「うおおおおおッ!!!」
ローラーダッシュ機構のアームを地に降ろし、彼は駆け抜ける。置かれた机やら何やらを全て薙ぎ倒し、一直線に向かう先は――階段で仲間達を屠ったアーマージャケット。即ち……。
「アイツらの仇だぁぁぁぁッ!!!」
戒斗とアールグレイには目もくれず突進し、右腕ハードポイントに据えられていた重機関銃、M2HBをキッドへと向けて乱射。
「ンだよ……!!」
彼の身に纏うアーマージャケットの背面装甲は襲い来る12.7mm弾をある程度防ぐものの、その衝撃は今までの比では無い。そして、
『背面装甲、損傷度40%。損傷軽微――現戦域からの離脱を推奨』
機体に搭載された戦闘支援AIは、無機質な声で遂に劣勢を宣言したのだった。
「あハァンッ!? ンだってンだこりゃァッ!?」
突然の警告音声に慌てるキッド。その背後から迫り来る、敵アーマージャケット。
「喰らえぇぇぇっっっ!!!」
その左腕に据えられたPBM-01パイル・バンカー。アーサー王伝説に登場する聖槍――ロンゴミアントの名を授けられたタングステンの杭を、ストレートで殴るようにキッドへと叩き付ける。そして――撃発。弾けたコルダイト火薬の、文字通り爆発的な衝撃。それに振るう腕の加速度を加味した強烈な一撃が、キッドへと襲い掛かる。
「ッ――ンなろォ!!」
キッドは振り向きざまに右腕を掲げ、ギリギリのところでタングステン杭の一撃を逸らす。舞い散る火花と、小規模の爆発音。辛うじて直撃は免れた……が、その代償として右腕ハードポイントに装備されていたミニガンの機関部が完全に貫かれ、お釈迦になってしまった。
「やりやがったなァ、テメェッ!!」
お返しにと言わんばかりにキッドも左腕のパイル・バンカーを振るうが、寸でのところで阻止されてしまう。
「畜生、舐め腐りやがって……ッ」
「――そのまま抑えてろ、ジャンキー」
キッドが歯噛みした瞬間、聞こえるのは戒斗の声。
「しまっ……!」
敵のアーマージャケットはキッドの身体を蹴り飛ばし、すぐさま振り返り戒斗と正対する――が、既に僅か数mの距離にまで、彼は迫っていた。
「喰らいやがれッ!」
右腕のM2HBの銃身を突き刺すようにして、敵の腹部へと突き立てる。
「ッ――!!」
しかし敵も敵で、ギリギリのタイミングで銃身を弾いてズラし、右腕との間に通した。ジャケットの脇腹装甲版が軽く抉れ、虚空に12.7mm弾が舞い踊る。
「残念だったな、仲間の仇だッ!!」
戒斗のM2の銃身を強引に圧し折り、左腕のパイル・バンカーが戒斗の頭めがけて振るわれる。だが、
「――まだだッ!!」
左腕のパイル・バンカーを戒斗はフックで殴り付けるようにして敵の腹部へと突き立てた。そして双方、ファイアレリース・ボタンを押し込み――
「これで終いだァァァッ!!!」
突き出される敵のパイル・バンカー。
「撃ち貫く――止めてみろッ!!」
撃発する、二発のコルダイト火薬。そして、
「――が、はっ」
「分の悪い賭けだったが……どうやら、今回は俺の勝ちらしい」
戒斗へ突き立てられていたタングステンの杭は彼の右肩装甲部を抉るものの、致命傷には至らず。そして戒斗が左腕に装備したパイル・バンカーの杭は伸び切り、敵アーマージャケットの装甲を確実に貫いていた。敵の背中から生える杭は血と肉片、臓物の欠片にまみれ、彼の敗北を決定的なモノとしている。
「お前の運が悪かった。それだけだ」
呟きながら、戒斗はパイル・バンカーの杭を引き抜く。腹に巨大な風穴が穿たれた敵のアーマージャケットは力なくうつ伏せに倒れ伏し、床に大きな血溜まりを作り上げる。
「オイオイ……無茶するねぇ後輩」
駆け寄って来た途端そんなことを言うアールグレイに、「そこのミスター・ジャンキーよりマシさ」と答えながら、戒斗は銃身が九十度に折れ曲がったM2HBをパージする。接合部に仕込まれた爆発ボルトが弾け、単なる鉄屑と化した重機関銃が鈍い音を立てて血だまりの床へと落下した。
「一応は退けたが……まだ湧いて出てくるだろうな。他の奴らは一時的に退いただけのようだ」
「じゃあ、どうするってんだよ」
アールグレイの問いに、戒斗は完全にフリーとなった無骨な右腕を差し出すことによって答える。その腕の先には手――マニュピレータは無く、ただ堅牢な装甲版が嵌められているのみだった。
「……なぁ後輩君? 一応聞くが」
「皆まで言う必要は無い。先輩様の予想通りだ――飛び降りるんだよ、ここから」
先程キッドが扉を吹っ飛ばし、その先がハッキリと風通し良くなったエレベータの方を示し戒斗は平然とそう言う。「……冗談だろ?」とアールグレイ。
「面白ェじゃねェかよ。俺は乗ったぜ」
そう言って戒斗の提案に乗ってきたのは、意外にもキッドだった。彼の身に纏うアーマージャケットはやはりボロボロで、全身返り血まみれなせいか微妙に血生臭い。
「ヘッ……やっぱりアンタ、イカれてるぜ」
「っるせェよ、テメェ」
「というわけで多数決だ先輩様。どのみちここからさっさとトンズラするにはそれしか無ぇ」
「ああ、クソ。なんでこうも毎回毎回俺って奴は、ダイ・ハード並のびっくりアクションする羽目になるんだ」
「アンタがジョン・マクレーン並に不幸だからだろ?」
「冗談になってねえぞ、後輩君」
ブツブツと恨み言を呟きながらも、アールグレイは差し出された戒斗の右腕にしがみ付く。アーマージャケットの肝であるサーボモーター、そして人工筋肉パッケージの恩恵によって、片腕で大の大人一人の体重を支える程度は造作も無い。
「と、いうわけで俺は荷物付きだ。ミスター・ジャンキー。お前から降りてくれ」
「ったくよォ……仕方ねェ」
全力で不快そうに呟きつつも、渋々キッドは解放されたエレベータの前に立つ。そして……
「YEEEEEEAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHH!!!!!!!!」
完全に頭がイッたような歓喜の叫びを上げながら、そこを飛び降りたのだった。
「さて。俺達も行くとするかね先輩様」
「……なぁ、マジでやんの?」
「当たり前だ」
「帰りたくなってきた」
「俺だって嫌に決まってる。悪いが先輩閣下、エチケット袋を用意しといてくれ」
「多分俺の方が先にゲロ吐く」
「冗談だろ?」
そして戒斗、そして彼に抱えられたアールグレイもキッドに続き、意を決してエレベータを飛び降りた。
「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」」
……響き渡った絶叫が二人のものだというのは、敢えて言う必要も無いだろう。