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Order.03 She was my everything, but The night before.

「ふんふふーん」

「なんだ琴音、随分とご機嫌じゃない」

「そりゃそうよ。何たって久しぶりにリサさんと会えるんだもの」

 翌日。都合の良いことに戒斗――偽名・有澤 達也の潜入先である『インペリアル・アーム』が祝日休業だということで、本来の愛車たるWRXの後部座席に琴音を、そして助手席には遥を乗せ、はるばるL.A.からやって来る客人を迎えるべく、四人は一路、中部国際空港へと向かっていた。

 名古屋第二環状自動車道――通称名二環から知多半島道路を経由し、半田中央ジャンクションにて知多横断道路へと乗り入れ、そこからはノンストップで空港へと向かう道順だ。ちなみに今彼らが現在走るのは知多横断道路の終点も終点。空港島へ直接通ずる巨大な橋。一応正式には中部国際空港連絡道路なんて名前の大橋の、丁度ド真ん中だった。

「はいはい。ウキウキ気分なのも別に良いが、足滑らせて海にドボンなんて勘弁してくれよ?」

「いや、流石にそれは無いって」

「どうだかな。矢鱈とそそっかしいお前の事だからあり得るかもだぞ? なぁ琴音」

 そんな片手間の会話を交わす間にも、真紅のWRXは料金所を通り過ぎ空港島内へ。そのまま道なりに進んで行くと、程なくして見えてきたのは幾つもの立体駐車場建屋。しかし祝日ということもあり、ターミナルまで比較的近い場所はほぼ全てが満車。仕方なしに一番遠くのA駐車場へと停めた。

「さてさて到着……っつっても早く着きすぎたか」

 シフトノブを操作しレンジをP(パーキング)に、サイドブレーキを引きつつ戒斗は腕に巻いた高耐久腕時計のG-SHOCKを見てみれば、時刻は現在正午ほぼぴったり。飛行機の到着時刻は午後一時ぐらいだと聞いていた為に間に合わせようとしたつもりが、却って早すぎたらしい。

「まぁ別にいいか。ブラブラしてりゃ時間も潰せる」

「お昼どうすんのよー」

「そりゃアイツが来た後だ」

「……食い意地張り過ぎですよ、琴音」

「むー、仕方ないじゃないのー」

 そんな阿呆なやり取りを交わしつつ、車から降りた三人は駐車場を後にし、嫌になる程長い渡り廊下を歩いていく。

「はぁ~、おっきい……」

 そしてターミナルに入った瞬間、開口一番そんな呆けた言葉を虚空へと呟いたのは、やはり琴音である。「お前別に初めてじゃないだろ、ここ」と戒斗。

「そうだけどさぁ、やっぱり圧倒されるのよねぇこの大きさ」

「ま、まあ国際空港なら比較的新しい方だからな……」

 確かに、ターミナル自体が広く、そして全てが比較的新しい為に小奇麗なのも事実だ。故に、琴音の反応にも一応の納得はいく。

 この中部国際空港――通称『セントレア』は空港としての機能以外にも観光目的。要はレジャー施設が矢鱈と充実しているのが特徴的だ。定番の土産屋や食事処は言わずもがな。ブルガリ、エルメス、フェラガモ、オメガなどの一流ブランドのショップや書店、雑貨屋、カフェ。極め付けが銭湯までが存在している始末だ。だからこそ、他の地方空港と比べここまで整って見えるのであろう。実際、ここには旅行者以外にも多くの観光客がやって来る。寧ろ旅行者のが少ないんじゃないかというレベルだ。

「折角だ。上行ってみるか」

 そんな広いターミナル内を適当に散策し時間を潰し、戒斗はふとそんなことを提案してみた。

「……上?」

 疑問の色を浮かべた遥に、「要は展望デッキさ」と告げ、戒斗は金色のファスナーが幾つも付いた、襟も分厚い厚手の黒いジャケットの裾を翻し歩き出す。そのほぼ隣に追随する遥と、そして琴音。

 エスカレーターを数度昇り、辿り着いた先は屋外――展望デッキ。スカイデッキと大層な名前の付いたこの場所、要はターミナル建屋の屋上であり、中々の広さがある。大きな吹き抜けのガラス天窓を中心に板張りの空間が続き、周囲には転落防止の鉄条網。滑走路まで僅か300mの距離にあるこの場所はマニア達の格好の撮影場所であり、大仰な一眼レフカメラと三脚を携え、一般の観光客に混じり旅客機の撮影に勤しむ彼らの姿は、ほぼ常に見ることになる。それ程までに展望の良い場所なのだ、ここは。

 遥と琴音の二人を連れ、スカイデッキの先端へと歩いていく戒斗。車内と屋内では少々暑く感じていたこの上着ジャケットであったが、流石に潮風の吹き付けるスカイデッキとなれば程良く暖かい。ジーンズの後ろポケットに差した長財布より伸びるウォレットチェーンが揺れ、一歩進む度に小刻みな金擦れ音が僅かに響く。

「もうそろそろか」

 スカイデッキ先端近くに立ち、戒斗は左腕に巻いたG-SHOCKへチラリと視線を移す。現在時刻、午後十二時五十五分。到着までもう間も無くのはずだ。

「え、どれ?」

「分からん。確かデルタ航空だったはずだが」

「――――来た」

 琴音と言葉を交わしていると、唐突にそう呟く遥。見れば確かに、ランディング・ギアを出し、滑走路へと着陸姿勢を取る米・デルタ航空の旅客機が。垂直尾翼が青地に赤色のマークが施され、胴体部には大きく『DELTA』のマーキングが施されたボーイング737。間違いない。遠くアメリカ、デトロイト・メトロポリタン・ウェイン・カウンティ空港よりはるばるこの日本へとやって来た、ヤツ(・・)の乗る機体だ。





 二階へ降り、国際線到着ロビーで待つ三人。

「……まだかよ」

 遂に痺れを切らし、戒斗はひとりごちる。こうして待つこと約十五分。一向に目的の人物が現れる気配が無かったのだ。本当に乗っているのかと疑いたくなるが、残念ながらデトロイト・メトロポリタン・ウェイン・カウンティ空港発・中部国際空港着のDL-1177便で間違いは無かった。

「いやー、流石にこれはちょっと」

「……遅すぎる」

 そう口を揃える琴音と遥。アイツ(・・・)のことだ。大方税関の入国審査か何かでやらかしてるんじゃないのか……?

「……あ」

 そんなことが脳裏によぎった瞬間、やっとのことで現れたその人物のシルエットを、確かに視界内に戒斗は捉えた。

「アレだよね、多分」

「間違いない。確実に」

 それは二人も同じようで、こちらへと歩き寄ってくる人物の姿をまじまじと凝視している。

「おーい、カイトぉー」

 ……あのヤロー、んな所で大声で叫びやがって。

 流暢なる英語で戒斗の名を呼びながらやって来る彼女。ショートカットに纏めた、光を淡く反射する天然モノの金髪を揺らしながら歩く彼女は下に茶色のズボンを履き、上はTシャツの上から濃緑色のフライト・ジャケットにも似た厚手のジャケットを羽織っていた。その肩には縦に長く、そして大仰な黒いバッグ。間違いなくガンケースの類だ。

 右手で保持したキャリーバッグを床に転がせながら、その人物は戒斗達の姿を見つけるなり、屈託の無い笑みを浮かべながらこちらへと歩み寄って来た。

「よぉカイト。何ヶ月振りだぁ?」

「知らねーよリサ。幾らなんでも遅すぎんだよお前。一体俺達をどれだけ待たせりゃ気が済むってんだ」

「そう焦んなって。入国審査でちぃと時間が掛かっただけさね。それとも何かぁ? 私みたいな優しくてナイスバディ―なお姉さんに早く会いたくて仕方なかったってかぁ? 全くこの坊やと来たら」

「なわけ無ぇだろうが、馬鹿」

 開口一番、完全にネイティヴな英語で畳みかけるように言葉を投げつけてきた彼女と、辟易したように、自身もまた慣れ親しんだ英語で返す戒斗。隣に立つ琴音には、ぶっちゃけ二割も聞き取れない。

「あっ師匠! お久しぶりですっ!」

「おー琴音も。久しぶりだなぁオイ。いつ以来だ?」

 思い切って琴音が話し掛けると、次に帰ってきたのは無論日本語であった。

 琴音が『師匠』と仰ぐ、そんな彼女。名はリサ・フォリア・シャルティラール。戒斗と同等の特S級ライセンス保持者にして、傭兵では珍しく遠方からの狙撃を主としている。相当に名の知れた正真正銘腕の立つ狙撃手スナイパーであった。

 彼女は戒斗のL.A.時代には相棒にも近しい関係で、最早腐れ縁に近い。そんな縁もあって、彼を訪ねて日本へとやって来た際に出逢った琴音の才能を見出し、弟子を一切取らなかったリサはこうして自身を『師匠』と呼ばせ、琴音と師弟関係を築いている。実際彼女の指導も、そして琴音の才能も本物であり。今となっては琴音の狙撃技術は戒斗の作戦行動に必要不可欠とまでに成長していた。

「んでそっちは……遥か」

「……お久しぶりです、リサ。あの時(・・・)以来でしょうか」

 遥とそんな風に言葉を交わすリサ。実際二人にはそう深い面識は無く、行動を共にしたのもあの時――シカゴの街で『なんでも屋アールグレイ』、”死の芳香”ことアールグレイ・ハウンドの厄介事に戒斗が巻き込まれた際が二度目だったと記憶している。

「と、いうことでだ戒斗。また暫く世話になるぜ」

「ああ、よろしく頼む。尤も、世話になるのはこっちの方なんだが」

 とりあえず立ち話もなんだ――そう言った戒斗は、遥、琴音、そしてリサを新たに加えた四人で歩き出す。

 国際線ロビーを去っていく戒斗。そのすぐ隣に『Mr.Hound』と書かれた看板を持ち立ち尽くす長身の男と、そしてたった今国際線ロビーより現れた、並々ならぬ雰囲気を放つ米国人の一団の姿に、戒斗は最後まで気付くことは無かった。





「――成程。思った以上に厄介なことになってるみてぇだな」

「残念ながら、な。早速嫌になってきた。代わってくれよリサ」

「別に代われるなら代わってやっても良いが。それじゃあ私がわざわざ、遥々遠くL.A.から来た意味が無ぇだろ。なぁカイト?」

 場所は変わり、戒斗の自宅兼事務所としているマンション。そのリビングに据えられたソファに戒斗、遥。そしてテーブルを挟んだ対面にリサと琴音が横並びに座っていた。

「で、本題だカイト。状況は?」

 話題の方向を修正するようにリサは言う。

「あんまし芳しくねえな。俺が配属されたのは国際二課。ぶっちゃけ微妙も微妙だ。これじゃ何一つ抑えられねえ」

「じゃあどうするってんだ」

「少々手荒な手段を使う他無さそうだな」

「手荒な手段?」

「そ、手荒な手段。どこかしら会社のデータベースに接続できる端末を探して、そこに俺が中継器をブチ込む。後は瑠梨の仕事だ」

「瑠梨――ああ、ハッカーの」

 その名を聞き、リサは合点がいったように数度頷く。

 戒斗が今口にした計画、正直言って不本意極まりなかった。本来の予定ならば社内に潜伏しつつ、スマートに事を運ぶ腹だったのだから。

 しかし、状況はそれを許してくれない。『光川重機械工業の本社ビル、及び倉庫が何者かに襲撃された』と、昨日さくじつ遅くに高岩から連絡があったのだ。

 光川重機械工業――その名は自然と、戒斗に頭痛を引き起こさせる。彼が無実の罪を着せられ逃亡犯の扱いを受けていたあの夏、今と同じ有澤 達也の偽名を名乗って記念パーティに潜入した先が、そこだったのだ。パーティ中に紆余曲折あり、国際テログループ『黒い鳥』を相手取って結局はいつも通りドンパチ。医療用途パワードスーツの技術を応用し、裏で光川が開発していた軍事用パワードスーツ兵器を用いて、因縁のサイボーグ兵である機械化兵士マンマシン・ソルジャーと正面から殴り合ったのは記憶に新しい。

 騒動の後は混乱を極めていた光川だったが、最近になって漸く立て直しの目途が立った。その矢先に襲撃だ。戒斗としては思い当たる節が一つしか無かった。

 軍事用パワードスーツ兵器――『戦闘歩兵アーマージャケットスーツ』の強奪。

 高岩の情報によれば、何かを持ち出した犯人達の足取りが途絶えたのが、丁度『インペリアル・アーム』の本社ビル近くだったらしい。戒斗にとってこれは、とても偶然とは思えない。何せ『インペリアル・アーム』は現在進行形で武器商人(ウェポン・ディーラー)の世界へと足を踏み出そうとしている。そんな彼らにとって、12.7mm弾の直撃すらある程度防ぐ、次世代の歩兵装備であるアーマージャケットは最強のワイルド・カード足り得るのだ。動機としては十分すぎる程に十分だ。尤も、どのようにして機密扱いの光川のパワードスーツ関連の情報を手に入れたのかは謎が深まるばかりだが。

「そこで、だ。リサと琴音には当日、万が一の保険として待機して貰いたい」

「大方合点はいった。分かったぜカイト。それは事前に聞いてたしな。色々準備してきたんだ」

 そう言ってリサが取り出したのは、先程まで肩に担いでいた長い布のガンケース。ファスナーを開き、その中から出てきたのは意外にも彼女の愛銃、ウィンチェスターM70/Pre64では無く、

「……PSG-1か。また珍しいモノを」

「市街戦って聞いてたからな。折角だからコイツを使おうと思ってよ」

 リサが遥々アメリカから持ち込んだ狙撃銃はローラーロッキング機構搭載、ディレート・ブローバック方式の半自動狙撃銃セミオート・スナイパーライフル。ドイツ・H&K社製のPSG-1だった。'74年に発生したミュンヘンオリンピック村のテロ事件――『黒い九月事件』を契機に、名銃G3をベースとし開発されたPSG-1は、自動式の持ち味である速射性と、ボルト・アクション式に劣らぬ高精度を兼ね備えた完成度の高い狙撃銃スナイパー・ライフルだ。しかし製造工程が最早職人技ということもあり、価格は七千ドルと恐ろしく高価。その上重量7.3kgと対物狙撃銃アンチマテリアル・ライフル並に重い為に、早々お目にかかれるモノでは無い。

「MSG90でも良かったんじゃねえのか?」

「ありゃ野戦用だ。今回のケースならPSGの方が適してるだろ」

 ……まあ、この女がそう言うからには確かなのだろう。狙撃は半分門外漢に近い戒斗がこれ以上口を出すことでも無い。それにリサに超高精度のPSG-1を持たせるのなら、1.5kmから一円玉のド真ん中をブチ抜く芸当だって、比喩や冗談抜きで不可能でないであろうから。

「遥もその日は完全武装で待機しておいてくれ」

 戒斗の言葉に、黙ったまま頷く遥。

「この件は既に香華と瑠梨には伝えてある。決行は三日後。背中は預けたぞ」

 どうやら今回も、また派手なドンパチになりそうな予感だ。この後のハードな展開を思うと、どうしても戒斗は溜息をかざるを得ないでいた。

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