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Order.02 噛み合わぬ歯車

 そして一週間後。遂に潜入捜査の開始当日がやってきた。

 遥の住む武家屋敷のガレージへと真紅のボディカラーが眩しい愛車、スバル・WRX S4を停めるとドアを開き、外界へと立つ戒斗。しかしその外観は普段とは随分異なっていた。彼を最も印象付けると言ってもある意味過言では無い、四方八方に吹っ飛んだ黒い髪は整えられ、没個性的な印象となっていた。尤も、それは地毛の上からウィッグ。所謂カツラを被っているからなのだが。

 そんな整えられた髪……に見せかけたウィッグの下には、上半分だけフレームの無いアンダーリムと呼ばれるタイプの伊達眼鏡を掛けている。そして身に纏うのは、これまた没個性的な黒いスーツ。

「まるで別人だな」

 WRXのウィンドウに映り込んだ自身の姿を見て、戒斗は自嘲気味にひとりごちる。確かに、やり過ぎな程徹底した彼の変装は、まるで別人のようだった。声だけは変えようが無いが、それでも彼が傭兵”黒の執行者”こと戦部 戒斗だと気付く人間はまず居ないだろう。事実、彼は過去の潜入案件に於いて同じような変装を用い、見事正体を晒すことなく――死人以外には――完遂している。

「後は運を天に任せる他無い、ってか」

 そんな独り言を呟きつつ、遥の愛車たるクロームオレンジのロータス・エリーゼを横目に戒斗はガレージを後にしていく。

 本宅の玄関まで歩き、予め借りておいた合鍵を用いて開錠。引き戸を引き、足を踏み入れた。

「……早かったですね、戒斗」

「まあな。こういうのは早いに越したことねーだろ」

 出迎えた遥とそんな会話を交わしつつ、革靴を脱ぎ宅内へ。いつも通りの畳張りのリビングへと通され、とりあえず長机の前に座り一息つく。

「とりあえずお茶でも」

「おっ、いいねえ」

 遥の持ってきた、熱々の緑茶が並々注がれた湯呑みにチビチビと口を付けつつ、付けっ放しだったTVを眺める戒斗。そこに映し出されているのは早朝のワイドショー。所謂朝のニュース番組という奴であり、最新のホットな情報を次々垂れ流していた。

「……戒斗、これを」

 そう言って遥は、長机の上に幾つかの品を並べていく。重苦しい響きを立てて置かれるそれらは、どれもこれもが物騒極まりなく。

「一応、事前に言われていた通りの物は全て」

「上出来だ。後で何かご褒美でもやろう」

 少し口元を綻ばせながら軽口を叩きつつ湯呑みを置き、遥の広げたそれらを戒斗は一度見渡す。

 回転式拳銃リボルバーのS&W M686と、対応の革製のサムブレイク式SOBホルスター。そして赤い背景に鷹のあしらわれた米国アメリカン・イーグル社の.357マグナム、ホローポイント弾C357Eの紙箱が三つ。対応のスピード・ローダーが二つと、既に樹脂シースに収められた状態の軽量なタクティカル・ナイフ、ベンチメイド・ニムラバス。後は小型の耳小骨振動式インカムと無線機に、偽造社員証とその他諸々書類一式。今回必要と思われる物が一通り並べられていた。

「全部揃ってるようだな。後は手筈通りだ。分かるな?」

 それら装備を次々身に着けながら、戒斗はそう言った。

「戒斗が潜入中、万が一のバックアップで私。そして香華の私兵が数人待機」

「大正解。尤も、肝心の私兵部隊とは顔合わせしてねえがな」

 スーツズボンのベルトループにホルスターを固定し、その中にステンレス・フレームの回転式拳銃リボルバー、M686を突っ込みながら言う戒斗。

「んでもって電子戦部門は上空待機のプレデター経由で、いつも通り瑠梨が行う。今回は香華のとこのキエラちゃんも一緒だ」

 次に左足首、くるぶしより上の、ズボンの裾に隠れて目立ちにくい位置にニムラバスのシースを巻き付け固定。一度ブレードの状態を検分してから、使い慣れた樹脂シースへと突っ込み固定。少々左足が重く感じるが、致し方ない。

「……それで、狙撃支援チームは結局どうなったの?」

「ん? ああ。リサの事か。アイツなら――」

 問いに答える片手間に紙箱を開封し、取り出した.357マグナム弾をスピード・ローダーのクリップへと六発纏めて固定。二つのローダーはスーツジャケットの左ポケットへ。余った弾は適当な数を掴み取りして右の内ポケットへと突っ込んでおく。

「アイツなら、明日にはこっちに到着する手筈だ」

 最後に無線機をジャケットの左内ポケットへ突っ込み、ワイヤレス接続のインカムを左耳に嵌める。ウィッグの髪が上手い具合に耳に掛かり、丁度良くインカムが隠れていた。

「準備はほぼ完璧。後は俺の腕次第ってとこか。燃える展開ですこと」

 そんなことを呟きながら、偽造書類一式を鞄の中へ詰め込んだ戒斗は立ち上がり、玄関へと歩いていく。その後ろを遥も追随。

「そいじゃあ行ってくるわ。後のことは任せたぜ」

「……気を付けて」

 ああ、と言いながら戒斗は靴箱の上に放置されていた車のキーを一つ取りつつ、革靴に足を通す。

「――戒斗」

「ん?」

 背後から降りかかった遥の声に戒斗が何の気なしに振り向いてみれば――その頬に、何やら柔らかく暖かな感触が。

「……ったく。お前そんなキャラだったか?」

「ふふっ。いい加減慣れました」

「そうかい。なら帰ったら約束通り、ご褒美やらねえとな」

「楽しみにしてる。だから」

 言いかけた言葉を紡ぐのを止め、一瞬逡巡するように口ごもる遥ではあったが、意を決したように戒斗へと告げる。

「――だから、必ず帰って来て」

「わーってるよ。どんな危険な仕事でも、常に俺は無事に五体満足で帰ってきた。今回もそうに決まってる。だろ?」

「でも……やっぱり、私はどうしても心配で」

「大丈夫だ。俺は必ず帰ってくる。それに危なくなったらよ遥。お前が助けに来てくれるんだろ?」

 笑みを浮かべる彼の言葉に、遥は「……無論です」と微かな、しかし確かな決意を秘めた声で返した。

「なら安心だ。どんな護符より効果覿面だ」

 言うと、戒斗は最後に片腕にて遥の背中を掴み、その身を抱き寄せる。まるで、彼女の存在が確かなモノだと自身に刻み付けるかのように。

 その時間は、一体どれだけ続いたのだろうか。主観的に見れば永遠にも等しいような一時を終え、遥から手を離した戒斗は彼女に背を向け、引き戸に手を掛ける。そんな戒斗の後ろ姿に何か言いかけた遥であったが、その直前。振り向いた彼の言葉によって意味を失くす。

「――そいじゃあ遥。行ってくる」

「……はい。どうか、お気を付けて」





「――――と、いう訳で我が社に派遣され、今日から一緒に働くことになった有澤ありさわ 達也たつやくんだ」

「どうも。有澤 達也です。短い間になるかも分かりませんが、どうぞ皆さん、よろしくっす!」

 部長らしき小太りの中年に紹介され、有澤ありさわ 達也たつやという名の青年――その正体は誰かといえば戒斗なのだが。兎に角彼は対峙した社員一同に向かい、溌剌はつらつとした口調でそう言った。普段の彼ならばまず有り得ないような言動なのだが、今の彼は傭兵の戦部 戒斗では無く、しがない派遣社員の有澤 達也なのだからこれぐらいは別にどうということでは無い。

「はいはい。それじゃあ解散。皆仕事に戻ってくれ。あ、有澤くんはそこの机使ってね」

「あっはい」

 まるで興味を失くしたように次々と各々の仕事に戻っていく社員達。戒斗も戒斗で、部長に言われた通りの机に座る。

 彼が配属されたのは『国際二課』と呼ばれる、まあ所謂対外相手の取引部署。ある意味好都合な配置ではあったが、同時に動きにくさも感じる。

 今回の依頼の肝になるのは『武器取引の証拠を掴むこと』。しかしこの国際二課ではそういった類の情報は見受けられない――少なくとも、今の段階では。

「はぁ……」

 どうやら、別で諜報活動を行う必要がありそうだ。先行きが余りにも不透明すぎるが故の溜息が、思わず口から漏れてしまう。

≪――戒斗、聞こえる?≫

 左耳に嵌めたインカムより唐突に聞こえる少女の声。無論、現在情報戦支援に当たっている瑠梨の声だ。戒斗は「なんだ、こんなタイミングで」と周囲に気付かれないように小声で返す。

≪オーケー。感度良好みたいね。首尾はどう? 成功したかしら≫

「ちょ、ちょっと待て馬鹿、ここじゃ無理だ。今場所を移す」

 慌てて告げた戒斗は立ち上がり、部長の元へと歩み寄る。「ん? どうした有澤くん」と部長。

「あー……いえ。つかぬ事をお聞きしますが、お手洗いってどちらに?」

「ん、それならここ出て右、廊下の突き当たりをさらに左」

「ありがとうございます」

 社交辞令的な言葉を告げてから足早に国際二課を後にし、言われた通りの道順を辿ってトイレへ。周囲に誰も居ないことを確認した後、漸くにして瑠梨との通信を再開した。

「もう大丈夫だ」

≪あら、随分遅かったのね≫

「無茶言うんじゃねえよ、ったく。間が悪いんだよ間が。初日から怪しまれたらコトだぞ」

 ちなみにこの通信機、受信部は耳小骨振動式、発信部は首に巻いたスロートマイク式の物で行っている。ワイシャツの襟で隠れているので何ら問題は無い。小声でも拾うには拾うのだが、怪しまれる危険は少なからず介在する。大事を取って戒斗はこうして、わざわざ場所を変えたのだ。

≪はいはい。悪かったわね。で本題だけど。首尾はどうなの≫

「良好……と言いたいところだが。少々配属部署が悪かったな」

≪国際二課、だっけ≫

「流石に調べが早いな」

≪伊達にハッカー名乗ってないわよ――ま、確かに厳しいかもね、そこの部署≫

「それは俺も感じた。ぶっちゃけ無理だろ」

≪無理とまで言わないけど、限りなく不可能に近いわね。企業秘密関連からは大分遠いみたいだし≫

「もう嫌になってきた。帰っていいか?」

≪駄目に決まってるでしょうが≫

 そんな阿呆な会話を交わす間にも、一応周囲の警戒は徹底して行う。潜入捜査という性質上、一度バレれば警戒されるどころか、下手をすればそのまま高跳びされかねない。細心の注意を払うのは、至極当然のことだった。

「まあそういうことだ。とりあえずは暫く様子を見つつ、隙を見て奴らのデータベースを漁る方針で行く」

≪了解。こっちでも探りを入れてみるわ≫

「構わねえが、足が付かねえようにな」

≪当たり前のこと言わないで。私を誰だと思ってるわけ≫

「はいはい。そりゃすんませんでした――人が来た。切るぞ」

 強引に通信を終え、戒斗は自然を装いトイレを後にする。

(にしても――)

 国際二課へと戻る道すがら、戒斗はふと思い立ち思案に耽り出す。

(どうにも今回の依頼、妙にキナ臭えな)

 考えてみれば、妙な点が幾つもある。理由は至極当然のモノとして、戒斗も納得できる。彼とて一応は自分の故郷たるこの国を、武器商人(ウェポン・ディーラー)共が睨み合う極東の火薬庫、現代のバルカン半島にはしたくない。この国を統括する行政機関ならば、尚更のことだろう。

 ならば――何故、自分のような一介の傭兵に依頼を持ちかけたのか。高岩個人か、県警程度ならまだ分かる。それだけの実績を戒斗は積んできた。だが……今回の依頼、高岩を仲介役に挟んでいるといえ、警視庁から直接と来たもんだ。そこがあまりにも不自然過ぎる。大体警視庁のレベルとなればそういった荒事(・・・・・・・)専門の連中を抱えてるだろうし、そうでなくとも、正義感に満ち溢れた善良なる社員の内部告発を誘導すれば済む話だ。

 それに、あまりにも今回は羽振りが良すぎる。戒斗の経験上、法執行機関から受けた依頼でここまで至れり尽くせりなのはまず無かった。あったとしてもそれはCIA(カンパニー)の連中か、その類ぐらいなもんだ。しかし今回は警察組織。それも日本の警視庁。普通に考えてもおかしい。

(……ま、一度受けた依頼を今更投げることも出来ねえか)

 だが、それでもやはり、戒斗の頭の片隅には何かが引っかかって離れない。自身が未だ気付けていない、とても重要な何かが……。

 そうしている内に、戒斗の足は国際二課へと戻っていた。真実が何にせよ、自分は今目の前の案件を片付けるだけ。とりあえず少しの間は様子を見させて貰おう。そう思いながら、戒斗は与えられた机へと再び戻る。

(動き出すのは……もう暫く後だ)

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