Order.18 その名はキッド・マーキュリー
≪デルタ・チーム突入、交戦開始≫
「アルファ了解。こっちにもよーく聞こえてるぜ、ド派手な舞踏会がよ」
インカムより響く瑠梨の声に、倉庫の裏150m地点に停車したワンボックスカーを盾に陣取った突入班チーム・アルファを担う戒斗は返す。
「周辺状況は」
≪そこから見える範囲に六人、倉庫の外周に八人ってとこね。中にはもうちょっと居るはず≫
「突破は楽っちゃ楽、か……」
「そうでもねーぜ後輩君よぉ」
戒斗の独り言へ釘を刺すようにして、ワンボックスの陰から顔を出し双眼鏡を覗きこむアールグレイ・ハウンドが呟く。
「連中までの間がちょいと遮蔽物が少なすぎる。開けすぎてんだ」
「そりゃ分かってる。全部織り込み済みだぜ大先輩――エコー、状況開始だ」
≪あいよ。俺達は左側面から回り込む≫
戒斗の指示へ、無線機越しにそう返してきたのは香華から借り受けたPMSCの小隊長、ダニーことダニエルの気さくな声だった。脳裏にあのスキンヘッド頭と黒い肌の笑みを思い浮かばせつつ、「手筈通りに頼む」と戒斗は告げる。
「と、いうわけだ。大先輩にソフィアちゃんは、出来る限りで良い。奴らに近付いてくれ」
「んじゃあお前さんはどーすんだよ、まさか高みの見物決め込むってーんじゃねーだろうなぁ?」
「まあまあグレイさん……にしても、確かにどうするんですか、戒斗さん」
怪訝そうに言うアールグレイを宥めつつも、同じく頭の上に疑問符を浮かべて問うソフィア・エヴァンス。二人に対し、戒斗は、
「――任せろ」
立て掛けておいたブルパップ式狙撃銃、DSR-1の銃把を握り締めることによって答えた。
「……成程。そういうことね」
察したのか、納得したように数度頷くと、握り締めた突撃銃、KTS-03Sのボルトハンドルを前後させ、未だ不思議そうな顔を浮かべるソフィアを引き連れ前進していった。
そんな二人を見送りつつ、戒斗はDSR-1に取り付けられた二脚を展開。ワンボックスカーのボンネットに乗せ、ライフルを安定させた。ボンネット自体が少々斜めに傾斜しているが故に安定性は平地と比べイマイチだが、無いよりはマシだ。
「さて、と」
上部マウントレールに取り付けたリューポルド・Mk4-M3スコープの両端に取り付けたレンズ保護用バトラーキャップを指先で弾き開けつつ、戒斗は銃口部に取り付けた太い減音器の締め具合を確認してから、チークピースに頬を付けスコープを覗き込む。
≪チーム・エコー、現着≫
「そこから見える敵の数は」
≪嬢ちゃんの報告通り、きっかり六人だ≫
瑠梨の情報通り、真横へと回り込んだダニー達チーム・エコーからは六人が確認出来たらしい。しかし正面より狙撃銃で狙う戒斗の、スコープで光学的に増幅された視界で確認できるのは三人のみ。その旨をダニーに伝えれば、
≪ああ分かってる。丁度、お前さんから見て左側のフォークリフトの後ろに一人、右側コンテナ群の陰に二人だ≫
≪その右側の二人とやらは俺達に任せてくれよ後輩。どうにか都合よく回り込めそうだ≫
どうやら、一番厄介だった二人はアールグレイ達に任せても良さそうだ。戒斗は「了解」と短く返してから再びスコープへ意識を戻し、銃床部から生えたボルトハンドルを一度前後させ、初弾装填。予め装填しておいた箱型弾倉より.308ウィンチェスター弾が薬室に送り込まれる感触を感じつつ、一度離した右手を再び銃把へ。そして人差し指を伸ばし、引き金へと微かに触れた。
「大先輩は右側二人を。俺は正面三人をなんとかする。エコーはフォークリフトの陰に隠れてる一人とやらを頼んだ」
≪はいはい。ここいらで先輩の威厳とやらを見せつけてやらにゃな≫
≪エコー了解。気楽にな坊主。万が一撃ち漏らしても俺達がなんとかしてやるさ≫
「手厳しいな、ダニー」
ダニーの軽口に口角を緩ませながら、戒斗はスコープに刻まれた十字レティクルの先に見据えた敵影に意識を傾げる。
「第一射、レディ」
距離にして150m弱。風は東へ5m/s、温度12℃……先程測距計などで観測した狙撃環境データを脳内で反芻しつつ、戒斗はそれに合わせ照準をずらす。
「ふぅ……ッ」
一度大きく息を吸い込み、銃把を力が入り過ぎない程度に握り込む。
「――――生者には祈りを」
彼が呟くは、必中撃滅の呪詛。殆ど願掛けに近いが、不思議と雑念が消え失せ、意識が研ぎ澄まされる――尤も、これとてどこぞの誰かさんの受け売りなのだが。
「死者には鎮魂の歌を」
ゆっくりと、しかし確実に引き金を引き絞り発砲。鋭い反動が肩を襲うと共に、特注品の銃身を潜り抜けた.308ウィンチェスター弾はその発砲音を減音器に相殺されつつ、しかし確実に目標に向かって飛翔――その頭蓋を打ち砕く。
「そして――」
素早くボルトハンドルを前後。エキストラクターに弾き飛ばされた金色の空薬莢が軽快な音と共にアスファルトの床を跳ね、薬室には既に次弾が叩き込まれていた。
狙撃に気付いた敵歩哨が視界の中で警戒の様子を見せる。しかし、戒斗の心は揺るがない。あまりにも冷徹に、氷閉ざされた瞳のまま、スコープ越しに次の標的を捉え、
「――――我が身には、無限の薬莢を」
冷え切った夜闇を切り裂き、彼の放つ.308ウィンチェスター弾は飛翔する。
瞬間、アールグレイ・ハウンドの視界内で紅い華が咲いた。
戒斗の放った.308ウィンチェスター弾は正確に敵歩哨兵の眉間を貫き、頭蓋を砕きつつその場に身体をくずおれさせたのだ。
「ヒューッ、やるじゃねえか」
「グレイさんッ! そんなこと言ってる暇ないですよッ」
感心したように口笛を吹くアールグレイの意識をこちらに戻させつつ、減音器付き突撃銃のハニー・バジャーを構えるソフィア。
「おおっと、コイツぁいけねぇや……」
それに倣い、彼もまた減音器を装備したAK-47……もとい、ソレをベースにマウントレールなどの近代化改修の成された突撃銃のKTR-03Sをアールグレイは構え、上部に取り付けたAimpoint社製の等倍率ダットサイトを覗き込み、
「恨むなよ」
一切の躊躇を見せず、引き金を引き絞った。セレクターが単発に合わせられたKTRからは7.62mm弾が一発のみ吐き出され、減音器によって発砲音を抑えられたフルメタル・ジャケット弾は狙い通りに警備担当のスーツ姿の兵士――丁度、戒斗の狙撃視界から陰になっていた奴のこめかみに突き刺さる。倒れる彼のすぐ近くに立っていたもう一人が振り返るが、手にした自動小銃を構える間も無くソフィアに胴を数か所撃ち抜かれ、崩れ落ちる。
「クリアだ」
≪こっちもクリア。合流するぜ≫
すると、アールグレイの視界の奥。闇夜の中から完全装備の兵士四人が現れた。都市部で目立ちにくいACU迷彩の野戦服にプレートキャリア等の装備類。暗視ゴーグルの取り付けられたヘルメットに、手にした突撃銃はベルギーのSCAR-Lと、正規軍顔負けの装備だった。彼らが、戒斗の借り受けたという西園寺家所有の民間軍事企業に所属するという小隊、今回の作戦で定められたコールサインがベクター・エコーであろう。
「よう。顔合わせんのは初めてか?」
その内一人、先頭に立つ黒人の男が気さくな笑みを浮かべアールグレイに言う。彼が英語圏の人間と分かっていてか、その言葉は西部訛りの英語だった。
「そうなるな。アンタは?」
彼に合わせ、アールグレイも使い慣れた英語でそう返す。
「俺はダニエル・クーパー。エコー小隊長だ。皆にゃダニーって呼ばれてる」
名乗り、握手を求めてきた小隊長――ダニエルことダニーに応じつつ、
「バーで一杯呑みながらと洒落込みたいとこだがダニー、生憎俺達にゃ立ち話の時間すりゃ無さそうだ」
彼の手を離し、KTRを構え直すアールグレイ。
「……どうやら、そうらしい」
ダニーもダニーで真剣な眼差しへと戻り、SCAR-Lの銃把を握りつつ小隊員達に何やら指示を下している。
「――そういうことだ。状況に変化があった」
間に割って入り告げる声の主は戒斗だった。肩からDSR-1を背負っているのには変わりないが、右手の中には追加と言わんばかりにモスバーグM500散弾銃の姿があった。「どういう意味です?」とソフィアが問えば、
「……デルタが奇襲を受けた。キッド・マーキュリーは単独交戦を強いられ、遥はサイバネティクス兵士と交戦中だ」
「ちょっとまて後輩、シノは、シノはどうした!?」
掴みかかるような勢いのアールグレイに対し、戒斗は一度言い淀んでから、ゆっくりと口を開く。
「いいか大先輩、落ち着いて聞け。シノ・フェイロンは――――」
「チッ……!」
一方、武士然とした出で立ちで、尚且つ強敵のサイバネティクス兵士たる山田 勲と交戦を始めたチーム・デルタ。その中でキッド・マーキュリーは唯一人、少し遠巻きな位置から剣戟を傍観せざるを得ない状況となっていた。
「ああクソ、邪魔くせえッ」
苛立ちを露わに吐き捨てるキッド。彼の両腕にはドイツ製.45口径短機関銃のUMP-45が握られており、その照準もこの場で唯一の撃滅対象たる山田へ向いているのだが……その山田当人と、現在進行形で斬り結んでいるシノ、そして遥が邪魔で中々引き金を引くに引けない状況だったのだ。
「よォし……いい子だぜェ……!!」
瞬間、二人と山田の間合いが一度離れる。この隙を突き、あの澄ましたヤローに.45を叩き込んでやろうと、引き金に指を掛けるキッドであったが、
「あァン!?」
唐突に背後へと振り向き、間髪入れずにUMP-45をフルオートにて発砲。電球が切れているが故に生じた闇の虚空へと.45口径弾をありったけバラ撒く。
――聞こえた。壁や床に着弾する音と混ざって、確実にそれとは別の異質な何か――それも金属が銃弾を弾き飛ばす鈍い音が。
「――おや、よもや気付かれるとは思いませんでしたよ」
「……あァ?」
闇の中より現れた一つの影。少年のような顔立ちで、どうやらタンクトップの上から黒のロングコートを羽織った男は言いつつ、まるでキッドを値踏みするような、気持ちの悪いねっとりとした、舐め回すかのような視線を彼に注いでいる。
「へェーェ。他の連中よりか多少は骨のアリそうなガキだなァ、オメー。なんたら兵士って奴かァ?」
「ご名答。一応ここは、礼儀として名乗っておきましょうか――僕はご存知、サイバネティクス兵士・実験個体第百七十二号。名は麻生 隆二」
そう名乗った麻生はロングコートの裾を翻し、黒いズボンの上から腰に巻いたデュアルスタイルの黒染めガンベルトより、一対の回転式拳銃を抜き放つ。
タウラス・レイジングブル。
装填数は五発。.500S&W弾なんて規格外な代物をブッ放す、正真正銘の化け物。それを両手に二挺拳銃スタイルとなれば……考えられるのは、片手での発砲。
.500S&W弾の反動を考えれば、常識上信じられないような話ではあるが……相手がサイバネティクス兵士となれば、話は別だ。反動を抑えつけられる自身があるのだろう。恐らくはあの両腕、義手と見て間違いない。
頭の片隅で敵の戦力分析を行ないつつも、キッドの腸は完全に煮えくり返っていた。
「なんの礼儀かァ知らねえが――」
「貴方を殺す男の名ですよ、キッド・マーキュリー。名乗るのが礼儀というものでしょう。尤も、貴方の”ワイルドパンチ”とかいう二つ名が単なる飾りでなければ、の話ですが」
心底ヒトを小馬鹿にしたような麻生の言葉に、キッドの中で何かが確実に切れた。プツッと音を立て、確実に。
「ケケケケケ…………面白ェ、面白ェじゃねェか。テメーみてェな命知らずの大馬鹿野郎は久しぶりだぜ」
「おっと、もしかして薬物中毒者ですか」
怒りも通り越し、狂ったように笑いだしたキッドを眺め、麻生は若干引いたように呟く。しかしキッドはそんな一言を気にも留めず、
「テメェは俺様がサシで直々に殺す……覚悟しとけクソガキ……俺ァテメーをブッ殺す”ワイルドパンチ”のキッド・マーキュリーだァ」
舌を出し、空いたままの口から涎を垂らしながら、精神病棟送りになってもおかしくない様な表情を浮かべるキッドは手持ちのUMP-45へ新たな弾倉を叩き込み、その名を告げる。
「ったく、折角”黒の執行者”の相手を譲ったと思えば薬物中毒者とは、とんだ貧乏くじを引かされたものですねぇ……」
心底嫌そうに呟きながらも、本心は殺る気満々なようで、麻生は両手のレイジングブルを一度器用にガンスピンさせると、左右同時に銃口をキッドへと突き付ける。
「死んでも文句言わないでくださいよ」
「へへへ……お前のモツはどんな味だろうなァ……?」
得物を見つけた猛獣のようなキッドの視線が、麻生へと容赦なく突き刺さる。