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Order.17 孤影一閃、舞い散る三重の桜

≪ターゲット・ダウン≫

≪チャーリーよりチーム・デルタ。こっちも完了っス。正面はクリアっスよ≫

「支援、感謝する――そろそろ俺達も動くとしよう。行くぞ」

 視界の中で、眉間に風穴を開け崩れ落ちる三人の敵歩哨。インカムから響く狙撃チームのリサ、そしてリンディスの声にシノは礼を告げると、油断なくRk62を構えながら立ち上がる。

「了解」

「あィよ」

 チーム・リーダーたるシノに続き、AKS-74を携えた遥、そしてドイツ製短機関銃サブマシンガンのUMP-45を肩から負い紐(スリング)でぶら下げたキッド・マーキュリーが続く。先頭にて殿しんがりを預かるポイントマンをキッド、最後尾を遥が担い、その間にシノが立つといった陣形だ。

 敢えて正面は避け、倉庫の外壁を伝い端へと回り込んだキッドは、人気の無い錆びついた青い扉の前へ。

「チッ……開かねェな」

 ドアノブを軽く捻るものの、何かにつっかえた様な感触がするのみで開かない。舌打ちと共に咥えた煙草を吐き飛ばしつつ、「ブッ壊せば解決だなァ」と呟きながらキッドはドアノブへとUMP-45の銃口を向ける。が、

「止せ、ここで発見されるのは得策じゃない」

 横から伸びたシノの腕によって強引に銃口が下げられ、遮られてしまった。

「あァ? んじゃどうすってんだよオイ」

「待てと言っている――というわけだ、任せたぞ遥」

「……仕方ない」

 不機嫌そうに舌打ちを飛ばすキッドと、それを制するシノの間を縫って扉の前へと躍り出た遥。手にしていた突撃銃アサルト・ライフルのAKS-74を一度シノに預けると、左腰に差す二本の刀の内一本、日本刀型高周波ブレード『十二式超振動刀”陽炎”』を抜刀。扉の隙間へと刃を滑らせ、その一閃を以て施錠機構ごと両断した。

「ヒューッ……」

 高周波ブレードを実際に目にするのはこれが初めてなのか、流石のキッド・マーキュリーも驚いたような顔で口笛を吹く。

「これで通れる――ありがとう」

「いや、礼には及ばぬ……相変わらず便利なコトだ」

 一度刃を振り払い、鞘へと納めた遥に預かっていたAKS-74を手渡しつつ、シノもまた感嘆の表情を浮かべていた。

 高周波ブレード――その名の通り、刃を高周波微細振動させることにより生じる驚異的な切れ味を以て両断する、人類科学の生み出した究極の実体剣。理論上は鋼鉄でも切断可能と話には聞いていたが……こうも容易く突破してしまうとは。同じ刀を得物とするシノにとって、これ程までに魅力的なモノは無い。

「さっさと進むとしようぜェ」

「あ、ああ……静かにな」

「保証はしねーよォ、隊長様ァ」

 犬歯を露わに気味の悪い笑みを浮かべながら、完全に扉としての機能を喪失したドアノブを引き、キッドは先行し倉庫の中へと歩き出す。

「誰も、何も居ねェな……」

 怪訝な様子のキッドの言葉通り、扉を潜った先には人影は欠片も無かった。向こう側まで突き抜けた大広間のような倉庫内はがらんどうとしており、精々古びた錆だらけのコンテナが幾つか積み上げられているのみ。他には何もなく、完全に向こう数年は人が寄り付いた形跡すら無かった。

「どういうことだ……?」

 あまりに人気が無さ過ぎるが故に、言い知れぬ不審さを感じたシノの呟きに「とんだ無駄足だったってとこかァ、畜生」と苛立った様子のキッド。

「いや……」

 作戦前のブリーフィングを聞いていた限り、限りなく信憑性の高い情報であったことは確かだ。マーシャ・アナスタシアは確かに、彼らチーム・デルタの居るこの倉庫に居た(・・)のは間違いない。

 言い知れぬ悪寒が、シノの背筋を駆け抜ける。この状況、何か違和感を感じる。あまりにも、不自然な――

「――ッ!?」

 瞬間、突き立てられた悪寒は強烈な殺気へと変わる。ニューロンの思考回路が駆け巡るより早く、シノは半ば本能的に横っ飛びに飛び退いた。

 そして、一寸前まで彼の首があった場所を斬り裂く一閃。

「――――ふむ。よもや悟られるとは思わなんだ。流石に”白鞘”の名は伊達ではないということか」

 埃の溜まった床を転がり反転し、手にしていたバルメ・Rk62を向けた先に立っていた、敵である一人の男のあまりの異様さに、思わず一瞬硬直してしまうシノ。

 流麗な口調でそう言い放った男。身長は190cm以上あるだろうか。長身痩躯な彼の顔立ちは若々しく端正で、青みがかった長髪は紐か何かを用い、頭の後ろで結っていた。

 この場には不相応な程に凛々しい男。口調も何故か古風めいているが、それ以上に異様なのは彼の出で立ちだった。青を基調とした和服と、その上に羽織る深蒼の陣羽織。旧時代の武士然とした彼の手には、一振りの日本刀が握られていた。その長さ、二尺――60cm以上はある。

 そんな、太刀のカテゴリに分類されるであろう得物一振りのみで、この男は完全武装の自分ら三人の前へと現れたのだ。自分もあまり人のことを言えた立場ではないものの、拳銃一つ持たぬ彼の姿にシノは驚嘆と、そして敬意すら覚えた。あまりにいさぎよすぎる。だが、それを裏付ける実力を、シノは確かに男の全身から感じている。

「やはり……貴方はッ!」

 同じく飛び退いていた遥はAKS-74を構えながら、照星の先に捉えた長身痩躯の敵を睨み付ける。口振りから察するに、どうやら彼女は奴と邂逅したのはこれが初めてでは無いらしい。

「なんだァ、知り合いかッ!?」

 目の前に立つ敵の異様さに、流石に動揺の色を隠しきれていないキッドが叫べば、遥は黙ったまま頷き肯定を示す。

「ほう。どうやらお主とそれがしは随分と深い縁があるらしい。それに加え、”白鞘”まで共に現れようとは……いやはや、無駄に生き永らえるのも存外悪くは無いものよ」

「……どうやら、俺を知っているようだな」

 腰に差した愛刀”日秀天桜”の感触を確かめながらシノが問えば、彼は「如何にも」と答える。

「”白鞘”シノ・フェイロン。その名は此の極東の地にも僅かながら届いておる。相当に腕の立つ武士もののふと聞き及んでおったが……成程、どうやら噂は真であったらしい」

「貴様の名も聞かせて貰おう。これではフェアじゃない」

 殺気を織り交ぜたシノの言葉に、男は「ふむ」と一度思案すると、

「丁度良い機会よの。それがし山田やまだ いさお。サイバネティクス兵士実験個体、第十二号と珍妙な別の名もあるがな」

 男――山田は自らの名を名乗ると、一歩退き、下段にて構えを取る。奴との距離はそう遠くない。あの山田という男が事前に聞いていた、義肢による強化人間――サイバネティクス兵士だとすれば、この程度の距離を瞬時に詰めるのは造作もないことであろう。そう目測を立てながら、シノはRk62を構える。

「……気を付けて、紫乃。奴は……!」

「皆まで言うな、遥。あの山田とかいう男がどれ程のモノかなぞ、見れば分かる」

 今にも張り裂けそうな程に緊張の張り詰めた空気の中、それを叩き斬るように山田は呟く。

「”白鞘”、そして宗賀の忍と一度に相まみえるなぞ、今宵が唯一となろう…………存分に楽しむとしようぞ」

「……遥、勝算は」

「五分五分」

 シノ、遥、そしてキッドの三人の銃口は山田を一点に狙い定めているものの、引き金(トリガー)を引く踏ん切りが付かない。それ程までに隙の無い男だった。

「我が全霊を以てお主を斬り伏せてみようぞ、”白鞘”。この刃――其の魂へ、とくと刻み付けて往けぃッ!!!」

「――ッ! 撃てッ!!」

 叫び、矢の如き速さで肉薄する山田の放つ殺気で我に返ったシノは叫び、握り締めた銃把のその先、Rk62の引き金(トリガー)を引き絞る。彼の声に呼応し遥、そしてキッドもそれぞれの手にした火器をフルオートにて発砲し、数十もの銃弾が音速にて山田へと襲い掛かる。だが、

「フッ――」

 山田は避けようとする素振りすら見せず、自身へ向かい来る幾つものフルメタル・ジャケット弾にあろうことか正面切って立ち向かっていく。そして――、

斯様かような無粋極まる飛び道具なぞ」

 目を疑う様な速さで太刀を振るい、その刃を以て銃弾を次々叩き斬っていってしまうのだ。シノは目を疑った。一昔前の漫画やアクション映画じゃあるまいし、まして生身で銃弾を弾き飛ばすなど……!!

(いや……違うッ)

『サイバネティクス兵士――所謂サイボーグ、だとちょいと語弊があるが……ま、身体の一部を機械化した人間ってとこだ』

 ブリーフィングで戒斗の放った言葉が脳内で反響する。奴は……奴は、生身(・・)などでは無い。身体のどこかしらを機械化した、サイボーグ兵士……。

(それなら……辻褄は、合うッ)

「この死合いにおいては――不要ッ!!」

 無くしていたパズルのピースが、漸く揃った時にも似た感覚。しかし、その一瞬がシノの反応を遅らせた。

「紫乃ッ!!」

 遥の叫びにハッと我に返るが、

「”白鞘”――その命、貰い受けるッ!!」

 彼の眼前には、再び下段に構え直し、今にも自分に斬り掛かろうとする山田の姿が。

「ッ――!!」

 シノは咄嗟の判断で手にしていたバルメ・Rk62突撃銃アサルト・ライフルを投げつけながら後方に飛ぶ。

「笑止!」

 山田は唐突に自らへと投げつけられた金属の塊に臆することもなく、素早く手の中でつかを反転させ、刃の裏側。即ち峰を表に向けた下段から逆袈裟に薙ぎ払う一撃を以てRk62を彼方へと弾き飛ばす。が、

「――禊葉一刀流、”雪走ゆばしり”」

 膝立ちになった状態から、立ち上がりざまに放つ居合の一撃――小雪が風の中を駆け抜ける程に優美で、且つ尋常ならざる神速で放たれる、禊葉一刀流が抜刀術の一つ”雪走ゆばしり”を以てシノはこれを迎撃。

「ほう――!!」

 研ぎ澄まされた一撃を、刃を引き戻した山田は太刀の腹で以て、逆袈裟を描くように放たれたシノの一撃を受け流す。その表情は、歓喜の色に満ちていた。

「良い太刀筋だ……!!」

 ”日秀天桜”の刃が流れたときを見極め、手首を捻り刃を返すと、山田は縦一文字の鋭い一閃を繰り出す。シノもシノでなんとか刀を引き戻し、その腹で以て防御。互いの刀に施されたつばつばが激突し、所謂鍔迫り合いの状況へと陥る。

「感服した! 禊葉一刀流、侮れぬッ」

「それは光栄だ――ッ!!」

 歯を食いしばりながら何とか抑えつけるものの、山田の腕力は想像以上に強く――恐らくは義手で強化されているのだろう――、徐々に徐々に押し返されていくシノ。

「ぐっ……!!」

 そして遂に、力の均衡は崩れ去る。シノは半ば押し出されるようにして後方に飛び、膝を突き大きく隙を晒してしまった。

「取ったぞ、”白鞘”ッ!!」

 彼の晒したあまりに大きな隙を、山田が見逃す筈も無く。強く踏み込み距離を詰め、上段より振るわれる、袈裟掛けの鋭い一撃。

(間に合わない……ッ! すまない、ヘルガッ!!!)

 頼みの綱である”日秀天桜”を引き戻す間も無く。心の何処かで自らの死を覚悟するシノ・フェイロン、いや、狩谷 紫乃であったが、

「ほう……! やはり来たか、宗賀の忍よッ!!」

「我が誇りを賭けて貴方を討ち取るッ、今日、ここでッ!!」

 手持ちのAKS-74を放り捨て、膝を突くシノの前へ割り込むように躍り出た遥は、抜き放った愛刀たる日本刀型の高周波ブレード『十二式超振動刀”陽炎”』で以て、振り放たれた山田の一閃を受け流した。

「さぁッ! 存分に死合おうぞ!!!」

「宗賀の忍、嘗めて貰っては――ッ!!」

 上段、下段、突き、袈裟、横一閃――山田の両腕を以て暴風のように次々放たれる重い一撃を、忍者装束に身を包む遥は短い銀髪を靡かせながら一振りの刀のみで全てを捌き、そして流す。

「フッ……!!」

「これでッ!!」

 瞬間、互いの刃が激しく激突した。全力を籠めた一撃同士が衝突し、互いの刃が擦れ合い激しい火花が散る。

 その隙を突いて立ち上がり、体制を立て直したシノは目撃してしまったその刹那の光景を、まるで永遠のようにも錯覚してしまう。それ程までに迷いが無いのだ。双方の剣には。

「ッ……!!」

「中々どうして、やるようになったッ」

 山田、そして遥の二人はほぼ同じタイミングで後方に飛び退き、構えを取り直す。山田は先程と同じように下段の構えだったが、遥のソレは禊葉一刀流・免許皆伝のシノですら目にしたことも無い構えだった。

 両足を開き、身は半身に。両の手で順手に柄を握り締め、右の脇は広げて肘を高く上げ、逆にに左腕は締めるその構え。刃を上に向ける形で水平に倒した刀身を支える柄を、顔のすぐ横まで引き付けた形だった。

「漸く、か……!!」

 歓喜の声を上げ、山田は頷く。

「……そういえば、貴様にだけ名乗らせるのもフェアでは無かったな」

 遥の隣に立ち、同じく中段の構えを取ったシノは告げる、其の名を。

「禊葉一刀流・免許皆伝、狩谷 紫乃」

「此の身、我が背に背負うは月影。我らは輪廻の輪より外れし者共。其の刃、天雷の如し…………蔓延る常世の闇を祓いしは我、上弦の月影を纏いし我が刃――――我こそは、宗賀衆が上忍、長月 遥」

「改めて名乗らせて貰おう。それがし、山田 勲と申す。半ば我流の剣だが……侮ることなかれ、好敵手ともよ」

 闇夜に舞う剣戟の三重奏は、次の舞台へと移り行く――!!


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