Order.14 Drastic Blue.
「――成功よ。これでアールグレイ・ハウンド以下『なんでも屋アールグレイ』が手駒に揃った」
今時珍しい二つ折りの携帯をパタンと片手で折り畳みながら、瑠梨はそう告げる。
「これで、大体の駒は揃ったか……」
戒斗のそんな呟きを遮るように、「いや、まだよ」と香華は言う。
「どういう意味だ?」
「今回も、私の部隊を投入する。別に異存は無いでしょ?」
「い、いや……ありがたいんだがな香華。流石に今回はお前に頼る訳には」
「何を今更言ってんのよ戒斗。このぐらいじゃ返せないぐらいの借りはアンタにあるんだから、私は当然のことをするまで。それに……」
香華は逡巡したように口ごもるが、意を決し口を開く。
「――それに、”方舟”が絡んでるとなれば話は別。私は連中を叩き潰す為の助力を惜しまない理由がある」
「……すまない。なら、今回もお前に頼らせて貰う」
若干申し訳なく思いながらも、彼女の決意が揺るがぬモノだと察した戒斗は、香華の申し入れを受け入れた。
「と言っても、そう大規模には動けない。実働部隊は投入出来て、精々一個小隊が限度」
「それ以外は?」
「プレデターUAVと、おまけにキエラ一人。後は武器弾薬のサポートぐらいなもんね」
十分だ――そう言うと、戒斗は机の傍らに置いてあった作戦地域周辺の地図を手に取り、用意されていたホワイトボードへと磁石で貼り付ける。
「さてと。大先輩ご一行がご来訪なさる前にさっさと考えるとしよう――まずは作戦区域の詳細な地形マッピング・データが欲しい。準備できるか、香華?」
「それぐらいなら一時間も必要ないわ。任せて」
「了解した。連中が来るまでに、せめて大雑把な計画ぐらいは組み立てておくとしよう」
「で? 例のお客人ってのはまだ来ねえのかい」
「さあな。俺達はいつも通りここで突っ立てるのが仕事だ。何も変わりゃしねえ。そうだろ相棒?」
「違えねえ」
戒斗達の来訪から数時間後、西園寺の屋敷の正面にそびえ立つ門の前に立ち、そこを守護する私兵二人は相も変らぬ雑談を交わしていた。彼らは比較的軽装の装備なものの、その首から下げているのはベルギー製、5.7mm口径PDWのP90。尤も、ここの警備を担当し始めてから結構な年数の立つ彼らが、この銃を本番にて撃つ機会は未だ訪れていないのだが。
「……ん?」
他愛のない会話を交わしていた門番の一人が、ふと視界内に見慣れぬ車の姿を認めた。色は黒、車種はアウディ。真っ直ぐこちらへ向かって来ている。
近づいて来るそのアウディ、よく見れば運転席に座っているのは、白人の男だった。他の同乗者も皆同様に、見るからに日本人ではない連中ばかり。
「おい、アレ……」
自身の相棒たるもう一人の門番に話し掛けてみれば、「……ああ」と神妙な面持ちで彼は頷く。どうやら気付いているようだ――そのアウディから漂う、なんとも形容し難い異様な雰囲気に。
「アレが、例のお客人か?」
「分からん……だが用心しろ」
隣を見れば、既に相棒はP90の銃把を握り締めていた。自分もそれに倣うように、自身の首から下げるP90を握り締め、安全装置を人差し指で解除――連射へと合わせる。
向かい来るそのアウディは放つ雰囲気とは裏腹に、滑らかな制動で門の前にピタリと止まった。期せずして、門番の二人が両サイドから車を挟み込むような形だ。
「……どちら様、でしょうか」
相棒の門番が神妙な面持ちでアウディの運転席側の窓をコンコンとノックし、開いた窓のその先に現れた白人の男へと告げる。
「アンタらんとこの嬢ちゃんに頼まれて馳せ参じた『なんでも屋アールグレイ』。話は通ってるんだろ?」
「え、ええ」
そんな相棒の様子から、もう一人の門番の彼はアウディに乗る連中を眺めながら成程、と納得していた。彼らが先程通達があったお客人――『なんでも屋アールグレイ』。彼らは正規の傭兵でなく、どちらかといえば非合法スレスレの、所謂裏の稼業の連中である。その名は以前、一度だけ耳にしたことがあった。
「そーゆーことだ。通して貰うぜ兄ちゃん」
「承知しました――ゲートを解放してくれ」
無線機に向かって相棒が告げると、閉ざされていた屋敷の門が遠隔操作にてゆっくりと開かれていく。
「どうぞお通りください。地下駐車場へは……」
「分かってる。事前に聞いたからな。後からもう一台、ウチの奴が追い付いて来る予定だからよ。一応頭に入れておいてくれ」
それだけ告げて立ち去ろうとするアウディを引き留め、門番はハンドルを握る彼に問う。「そのもう一台と、そして貴方のお名前を一応確認しておきたいのですが」
「俺か? 俺は……そうだな。アールグレイ・ハウンドとでも名乗っておこうか。もう一人の方はシノ・フェイロン。女みてーなツラのヤローだからすぐに分かると思うぜ」
「よう、待たせたな後輩君」
西園寺の屋敷。その応接間の大仰な木造りの扉を無遠慮に開け放ったアールグレイ・ハウンドが開口一番放った言葉は、なんとも呑気なモノだった。
「オイオイ、大先輩ともあろう御方が、まさか遅刻とはね。デートに遅れるようなルーズな男は嫌われるぜ?」
「誰がテメーとデートなんぞ。積まれてもお断りだ」
「そりゃ結構。俺だって御免被りたい」
アールグレイに対し、冗談交じりに吐き捨てた戒斗は今一度、彼が大先輩と呼ぶ……いや、半ば呼ばされているアールグレイが引き連れてきた面々を見渡す。キッド・マーキュリーにリンディス・ミラフェリア。そしてリサの三人。
「他の奴らはどうした」
「俺はたまたま居合わせたコイツらを連れてきただけ。ソフィアとヘルガはシノが拾ってくる筈だ」
言いながらアールグレイが一歩踏み出し、開け放たれたままだった扉をリンが後ろ手に閉めた瞬間、
「――悪い、遅れた」
すぐさま開かれた扉の向こうから、今度はシノ・フェイロンご一行が姿を現したのだった。「……噂をすればなんとやら、か」と戒斗。
「んああシノ。早かったな。俺達も丁度来たところだ」
「そういうお前らは遅すぎるぞグレイ。一応ソフィアを拾ってから来たんだがな」
「ご生憎。こちとらショッピングがあったもんでね――ほれ」
思い出したかのようにアールグレイは、肩から下げていた似合わないボストンバッグの中から何かを取り出し、それを投げ渡した。「これは……?」とシノ。
「CAA・ロニ。拳銃用のカービン・コンバーションキット。勿論、お前さんのグロック対応のだ」
「あ、ああ。それは分かるんだが……これを、俺に?」
「そーゆーこと。不可抗力といえ、大事なデートをフイにしちまった詫びの代わりみてーなもんさ」
そんなやり取りを交わす『なんでも屋アールグレイ』の面々を、ソファに腰掛けたままの戒斗は頬杖を突きながら改めて眺める。
アールグレイ・ハウンドにシノ・フェイロン。ソフィア・エヴァンスにヘルガ・サンドリアの見慣れたいつもの連中に加え、例の薬物中毒じみたキッド・マーキュリー。そして恐らくはなんでも屋の新戦力であろうリンディス・ミラフェリアの六人。予想外に多くの手駒が揃ったものだと、戒斗は改めて思う。
「あーそうだ後輩君。そこの可愛らしい嬢ちゃんはどちらさん?」
急に話を振ってきたアールグレイの問いに応えようとする戒斗であったが、それを遮るように一歩前へと歩み出たのは、質問の当事者たる香華。
「歓迎するわ、『なんでも屋アールグレイ』。一応会うのは初めてかしら? 私は西園寺 香華。厳密にはちょっとアレだけど……一応、ここの家主みたいな感じね」
「へぇ。西園寺財閥のご令嬢ときたか。話に聞いた以上に美人さんじゃないの」
「褒め言葉として受け取っておくわ。こっちは私の近衛兼、ウチのメイド長の麻耶よ」
「……ご紹介に預かりました、南部 麻耶と申します」
いつも通りの完璧な動作にて、スカートの裾を摘まみ淑女の如きお辞儀をする、古式めいたメイド服姿の麻耶。
「メイド、とは……まさか実在していたのか」
「分かるぜシノ、その気持ち。その上こっちはこっちでまた可愛いと来た」
そんな麻耶の姿を眺め、何故か戦慄したように呟くシノと、ニヤニヤしながら彼にそう返すのは勿論アールグレイだった。
「おっと、気を付けた方が良いぜお二方。これで麻耶さん、実は未来から送り込まれた殺戮機械だから」
なんて戒斗が割と大真面目な表情で言うが、
「流石にそりゃ冗談キッツイぜ後輩君よぉ。こんな可愛いメイドちゃんが殺戮機械だって?」
アールグレイは特に信じた様子も無く。隣に立つシノも同様のリアクションであった。まあ無理もない。当の戒斗本人とて初見の時は似たり寄ったりな反応だったのだから。
「それが冗談じゃねーんだよ大先輩様。麻耶さんだけはヤバイ」
「中身は筋肉隆々のシュワルツェネッガーってか? ハハッ、ソイツぁ傑作だ。ウィンチェスターでも似合いそうなもんだ」
「どっちかてとランダル・カスタム……いんや、シモノフPTRS対戦車ライフル担いで来てもおかしくねーな」
本当に大真面目に言っているのだが、なんでも屋の面々は誰一人信じる様子も無く。ただ寡黙なままで香華の傍に控えるピンク髪のメイドを単なるか弱い拾仕としか見ていない様子だった。実際の所、彼女は世界一.357マグナムの似合う死臭まみれのメイドなのだが。恐らく今も多重構造になっているメイド服のスカートの背中にS&Wの回転式拳銃、M686を古式めいた革製サムブレイク・ホルスターと一緒に隠し持っていることであろう。
「与太話はその辺にして。さっさと本題に入るわよ」
割と強めの口調で会話に割って入った瑠梨の一言によって場の空気は変わり、一気にシリアスムードに。そんな皆の様子を一度見渡し頷いた瑠梨は、今回召集するに当たった事態の状況を大雑把に説明し始めた。
「事前に『なんでも屋アールグレイ』に連絡した通り、この間の案件において我々共通の依頼人であった『アームズ・セル』CEO、マーシャ・アナスタシアが何者かに拉致されたわ」
「ざっくりでいい。マーシャの居場所は分かってるのか?」
アールグレイがそう問えば、瑠梨は頷き、
「北西、港湾部埠頭にある倉庫群の何処かが最終確認ポイント。Nシステムのデータを用いて彼女の該当車両を調べた結果、該当ナンバーの車両は往路でしか確認されていない。つまり……」
「マーシャはそこに居る、というわけか」
「確信では無い、けど確率は高い。大体どの倉庫かも目測は付いている。香華に飛ばして貰ったUAVで写した、現地の偵察画像を考慮に入れても、ほぼ確定と見て間違いないわ」
言いながら、瑠梨は手元のラップトップを操作。スクリーンに一枚の航空写真を映し出す。西園寺の所有する無人偵察機、MQ-1プレデターより撮影した画像だった。
「この倉庫ね。外周には軽装の、恐らくは警戒要員と思われる連中が、少なくとも六人以上。その他周囲数百m以内に多数の怪しい人影が確認されてるわ。それに不審車両の出入りが激しい。恐らくは……」
「”方舟”の実働部隊と見て間違いないだろうな……」
瑠梨の言葉を補足するように、戒斗は呟く。
「…………”方舟”」
何処か疑問符を浮かべるような、イマイチすっきりしない表情を浮かべたシノ・フェイロンであったが、すぐにその顔色を戻し。視線は再びスクリーンの方へと向けられた。
「地形データなどから事前に考慮した結果、比較的狙撃支援の行いやすい地形であることは分かったわ。運の良いコトにね」
「そういうことで頼む。琴音とリサ、それにヘルガとリンディスはとりあえず狙撃支援を」
立ち上がり戒斗が告げると、何故か苦い表情を浮かべる『なんでも屋アールグレイ』の面々。
「? 何か問題でもあるのか」
「――ッ。な、なぁ後輩君」
何かを言おうとしたアールグレイだが、それは先に踏み出したシノの片腕によって遮られる。
「待てシノ、此処は俺が……!」
「いや、構わない――遅かれ早かれ、言っておかねばならなかったことだ」
「だけどよオイ、こういうのは俺の役目だろ!?」
「ありがとう。だがすまんな、グレイ。此処を譲る訳にはいかない。こういうことだからこそ……俺に、俺にやらせてくれ」
「……ッ、勝手に、しやがれ」
渋々といったように引き下がるアールグレイ。そして更に一歩進み出たシノ・フェイロン――。そんな彼らの様子に妙な違和感と、そして言い知れない予感を感じつつ、戒斗は何も言葉は発さず、ただ黙ったままで正対する。
「戒斗」
「……ああ」
いつになく真摯で、そして何処か悲壮感すら内包した複雑な面持ちでシノ・フェイロンはゆっくりと、何かを堪えるように言葉を紡ぎ出し――そして、告げる。
「ヘルガは……ヘルガは、もう…………戦えない。彼女の右腕は――――二度と、銃把を握ることは叶わないんだ」