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Order.11 Re;Sight

 その後リサに琴音と別れ、ついでに瑠梨を自宅まで送り届けた戒斗は、一緒に来ると言って聞かなかった遥と共に馴染みの銃砲店『ストラーフ・アーモリー』へと足を運ぶことに。

「よし、着いたぞ」

 愛車のスバル・WRXを狭苦しい駐車場へと停め、降り立った戒斗は隣に遥を連れ、日の没しかけた茜色の空のもと『ストラーフ・アーモリー』のガラス扉を潜る。

 扉の向こうは相変わらずの物騒な品ばかり並べられた空間で、しかも前に訪れた時よりも更に品揃えが凄まじくなった気がする。この間来た時はM240汎用機関銃なんておっそろしいモノなんか飾ってなかったぞ。

「おーい、レニアース」

 いつも通りカウンターの奥へと声を掛けて、店主である少女、レニアス・ストラーフを呼んでみる戒斗であったが……。

「……来ない」

「あのヤロー……要らん時にはすぐ出てくる癖によ……」

 待てど暮らせど、店主が出てくる気配は無く。終いに戒斗は痺れを切らし、店内を物色し始めてしまう。

「……勝手に見ちゃって良いの?」

「アイツのことだ、別に構いやしないだろ――おっ、タボール入荷たぁ珍しいじゃねーか」

 そう言いながら戒斗が手に取ったのは、イスラエル製のブルパップ式新型突撃銃(アサルト・ライフル)のタボールTAR-21。SF映画にでも出てきそうな未来的な外観のライフルを興味津々と言わんばかりに彼が手にしたその瞬間、

「――なーにをやっとるか、このたわけ」

 燃えるような紅色の長いツインテールを揺らす、妙に古風な言い回しの背の低い幼女――もとい、少女の店主たるレニアス・ストラーフは漸うとしてカウンターの奥から顔を出した。「なんだ、居たのか」と戒斗。

「開店中に店主が居ないわけがないじゃろうが、このたわけが」

「つってもお前、呼んでも出て来なかったじゃねーの」

「どうしても手が離せなかっただけじゃ」

「そもそも手が届くのか?」

「うるっさいわ! それよりもほれ、お主の要件はコイツじゃろう」

 そう言いながらレニアスがカウンターの上に置いた重苦しい漆黒の樹脂製ガンケースを、タボールを棚に戻した戒斗はロックを解除し開け放つ。中に収められていたのは――、

「間に合ったか」

「注文が注文じゃ。少々時間がかかったがの」

 ドイツ・AMPテクニカルサービス社のブルパップ型ボルト・アクション式狙撃銃(スナイパーライフル)、DSR-1だった。以前ここで購入して以来、度々戒斗が愛用してきた唯一の長距離兵装である。

 戒斗はそれを手に取り、薬室チャンバーに弾が入っていないことを一応確認してから構える。銃床に頬を付け、上部マウントレールに乗せているリューポルド社製Mk4-M3スコープを覗き込みながら口を開く。

「で、仕上がりの程は?」

「注文通りのガンドリル、銃身製法のワンオフ製作高精度バレルに交換済みじゃ。薬室チャンバーユニットとの噛み合わせはわらわがある程度調整しておいたぞい」

「肝心の精度はどうなんだ」

「レンジは貸してやる故、戒斗自ら試してみれば良いじゃろ」

 そうさせて貰おう。

 戒斗はそう言うと、DSR片手に『ストラーフ・アーモリー』に常設されている射撃場シューティング・レンジの方へと歩いていく。

 扉を潜った先にある常設の射撃場シューティング・レンジは相変わらずの広さで、奥行きは大体25m前後。ライフルの試射にしては少々短い距離ではあるが、贅沢は言っていられない。

 適当なブースに付き、紙のターゲットペーパーをクリップにセット。備え付けられたリモコンを操作し、ペーパーをレンジの限界まで奥へと追いやる。そしてDSRの二脚バイポッドを展開し、ブースの机の上へと置く。手近な椅子を引っ張って来て、戒斗もその前へと座った。ベンチレスト射撃……とは少々違うが、屋内射撃場シューティング・レンジでの一般的な射撃方法だ。

「これはサービスじゃ。たっぷり撃っても構わんぞ」

 そう言いながら、レニアスは戒斗のブースの机へと弾の入った紙箱を一つ置いた。赤地に鷲の意匠が施されたその箱は、紛れも無きアメリカン・イーグル社の.308ウィンチェスター、フルメタル・ジャケット弾。彼のお気に入りの銘柄だ。

「お、たまには気が利くじゃねえの」

 少し口角を緩めそんなことを言いながら、戒斗はDSRの機関部から取り外した箱型弾倉へと、金色に輝く真鍮薬莢の実包を一発ずつ手で込めていく。そうして五発装填した弾倉を銃床部の機関部へと叩き込み、予め後退させておいたボルトを前進させ、薬室チャンバーに初弾を装填。構え、スコープを覗き込む。

「銃身交換という以上、どうしても零点補正ゼロインは滅茶苦茶に狂っておる。最初の五発は全部調整に費やすつもりの方が良いぞい」

「分かってるさ……」

 大きく息を吸い込み、そして一瞬止め、少しずつ吐き出していく。とりあえず狙いを定めるのは……ターゲットペーパーのド真ん中。そこにスコープの十字に切られたレティクルの中心点を合わせる。そして――迷うことなく、引き金(トリガー)を引き絞った。

 機械的に動作するシアの稼働によって解放されたスプリングの力を用い、内臓された撃鉄ハンマー撃針ファイアリング・ピン越しに薬莢底部の雷管プライマーを叩く。その衝撃力によって充填されたコルダイト火薬が爆ぜ、150グレインの7.62mm弾は特注品の銃身内部に刻まれたライフリングを潜り抜け、音の壁を突き破り飛翔する。そして――

「着弾点は?」

「……左上方、かなり大きく外れた」

 余程スコープの調整が狂っているらしい。遥の報告通り、彼の放った弾はターゲットペーパーの端を掠めた程度で、敢え無く壁へと激突しただけだった。

 今回戒斗が特注で依頼した特別製の銃身は、通常多くに用いられる、外側から叩いて伸ばしライフリングを刻む冷間鍛造――コールドハンマー製法とは異なり、ガンドリルと呼ばれる工具などで金属棒に穴を開け刻む機械加工方式で製作されている。どちらの製法が正解とも言い難いが、少なくとも今回依頼した職人はそちらの方式を重んじているらしい。その精度も折り紙付きだ。

 だが、幾ら職人によって制作された素晴らしく精度の良い銃身を装着していたとしても、肝心の照準器、即ちスコープの調整がなっていなければどうしようもない。故に、今回外したのも零点補正ゼロインが分解時に完全にズレてしまったが故の現象であるのだ。

「ダウン4ミル、ライト5ミル……とりあえずはこんなもんか」

 遥の告げた着弾地点を基に、スコープに取り付けられた前後左右それぞれの調整ノブを捻り調整。今一度スコープを覗き込み、再び引き金(トリガー)を引いた。

「命中。でもまだズレてる」

「そうだな……」

 一応当たりはしたが、中心とは程遠い。更に下に3ミル、右に5ミル捻り、もう一度発砲――命中。今度は中心より少し右寄り。高さは大体問題ないが、どうやら右に寄せ過ぎたらしい。

「エレベーションはオーケー。後はレフト……3ミルってとこか」

 左に三目盛り分を捻って戻し、銃把を握り直した戒斗は再び引き金(トリガー)に人差し指を掛け、ゆっくりと引き絞った。

「……命中。大体合ってる」

「ああ」

 冷静な声色の遥の報告通り、戒斗の放った四発目の.308ウィンチェスター弾は概ね中心辺りに着弾していた。

「四発でキメたか。意外に早く済んだの」

「おだてるなよレニアス。まぐれだまぐれ」

 リモコンを再度操作し一度ターゲットペーパーを回収。新しいモノと交換し、再び同じ位置へとクリップを移動させる。次に戒斗は弾倉を抜き取った後でボルトを後退させ、薬室チャンバーを解放すると共に空薬莢を排出。エキストラクターに弾かれ排莢口エジェクション・ポートから飛び出した空薬莢は机の上で二、三度バウンドした後、力なく床へと転がり落ちた。

 紙箱から新たな弾を取り出し、弾倉へ装填。五発フルに収まったことを確認してから機関部へと叩き込み、ボルトハンドルを掴むと戒斗は初弾装填。構え、スコープ越しに標的たるターゲットペーパーを捉えた。ここからが本当の精度試験。今までは単なる零点補正ゼロインの作業に過ぎない。

「さてと、肝心の本題を見せて貰おうか……こんだけ待ったんだ、相応に一撃必中じゃねえとな」

「戒斗の御手並み拝見ってとこじゃな」

「だからレニアス、冗談は止してくれよ。俺はリサ程上手くはなれねぇよ」

「そうか?」

「ああ。逆立ちしたってアイツにゃ届かねえ」

 レニアスとそんな軽口の叩き合いをしている間にも戒斗は狙いを定めており、そう言い放った瞬間には同時に.308ウィンチェスター弾を銃口より放っていた。

「……ド真ん中か」

零点補正ゼロイン済みのライフル使って、たかだか25m程度の距離で当てられねえようじゃこの仕事やっていけねえだろ」

 言いながら、戒斗はボルトハンドルを素早く前後させる。新たな.308ウィンチェスター弾が薬室チャンバーに装填されるとほぼ同じくして机の合板の上に落着した空薬莢は軽快な音を立てて踊り、だらしなくその上を転がる。

「さっさと終わらせようじゃないか」

 呟き、戒斗は続けざまに四発を発砲。彼の放ったフルメタル・ジャケット弾はその全てが一発目に撃ち貫いた穴の周囲5cm以内に収まり、それ以外に一切逸れてはいない。

「常温無風、この距離で5cmのグルーピングか……悪くない」

 回収したターゲットペーパーを眺めつつ、戒斗は満足そうに呟く。「ベンチレストならワンホールも狙える精度じゃぞ」と彼の言葉に付け足すように、レニアスは何処か自慢げに言った。

「相変わらず良い仕事だ、レニアス」

「礼なら銃身を造った職人に言って欲しいの。妾は仲介しただけに過ぎない故にな」

「んでも組み付けと最終調整はお前さんだろうが。良い腕してっぜ、やっぱよ」

「そ、そうか……?」

 ガラにも無く何故か照れ気味のレニアスに「ああ」と肯定の意志を告げてやれば、彼女はたちまち笑顔になり、

「仕方ないの。今回は特別サービスでちょいと色を付けておくぞい」

 なんてことを言いだした。ありがたい限りだが……大丈夫なのか?

「あ、ああ……ところで、支払いは?」

「前金で半分既に貰って折るしの。後半分はどうする」

「今払っとくさ。いつも通りコイツでやっといてくれ」

 言いながら、戒斗は慣れた手つきでいつものキャッシュカードを手渡す。レニアスはそれを受け取ると、そそくさと店の方へと戻っていった。その間に戒斗はDSRを回収し、遥を引き連れ、レニアスの後を追うようにして、二人もまた店の方に戻る。

「ほれ、一応サイン」

「あいよ」

 カウンターの上に置かれたガンケースにDSR-1を収納する片手間で、レニアスの差し出した伝票にパパパッとサインを書き記す戒斗。すぐさま手渡された自身のキャッシュカードを懐に収めると、戒斗は重く大仰なガンケースを引っ張り上げて片手に持つ。そして「今回も世話になったな」と告げて背を向けた。

「にしても、予定より随分と急ぎの手配だったが戒斗、何かあったのかの?」

 そんなレニアスの問いかけに、戒斗は背を向けたまま「いや……」と否定した後、

「何故か……妙に嫌な悪寒がしただけだ」

「悪寒?」

「ああ……俺もよう分からんがな。良く当たるんだよ、俺の勘は」

「考えすぎじゃのうてか?」

「……そうとも言い切れない」

 会話に割って入るようにそう言ったのは、遥だった。「何故じゃ?」とレニアス。

「さっきの瑠梨の情報が気がかり。杞憂であれば良いのだけど。それに……」

「それに?」

「……最も不安なのは、アールグレイ・ハウンドの存在」

 戒斗がああ、と頷き肯定の意を示すと、レニアスは思い出したように口を開く。

「ん? ”死の芳香”のことか」

「知ってるのか、レニアス」

「知ってるも何も、この間から何度も顔を合わせておるぞ」

「……マジか」

「マジもマジじゃ。そういえば、戒斗によろしく言っておいてくれ、なーんて言伝ことづてもこの間預かっておったな」

 事の経緯を聞いてもいないのにブツブツと話し始めたレニアスによれば、どうやらアールグレイ・ハウンド達『なんでも屋アールグレイ』が――厳密にはその雇い主である『アームズ・セル』が日本への装備輸送の仲介に立てたのがレニアスの店。即ちここ『ストラーフ・アーモリー』だったらしい。奇妙な縁もあったものだ、と戒斗は今更にして思う。尤も、あんな疫病神みたいな大先輩との縁なぞこっちから願い下げなのだが。

「にしても、まさか天下の”死の芳香”とお主に面識があったとはの。流石のわらわとて驚きじゃ」

「大分前にシカゴに呼びつけられたことがあったろ、その時だ。全く己の不幸を呪うぜ、俺はよ」

「人との繋がりは大事じゃぞ? 特に相手が名高き『なんでも屋アールグレイ』ともなれば尚更じゃて」

「だからこそ、だレニアス。相手がアールグレイだから俺は気に入らねえんだ」

「何故じゃ?」

「アイツはな、俺にとっての疫病神なんだよ」

「突然何を言いだすかと思えば、疫病神とな」

 やや呆れ気味のレニアスに「ああ」と頷き戒斗は言葉を続ける。

「向こうじゃマフィアの抗争に巻き込まれ、挙句の果てにゃ偶然アールグレイとバッタリ会っちまったせいでとばっちり喰らって囚われの身。予定外のドンパチまで組まされ、終いにゃ無理矢理呑みに連れて行かれる始末だ。んでもって今回の一件。どうにも俺にゃ奴が疫病神に見えて仕方ねえ」

「……でも、何だかんだ楽しかった」

「……ま、その辺に関しちゃ否定しねーよ」

 遥の言葉に対し、何処か照れ臭そうに後頭部を掻きながら戒斗は言うと、「じゃあな、また来るぜ」とだけ告げて、DSR-1の内包されたガンケース片手に出口の方へと歩き出す。それに追随する遥と、二人の背中を眺め見送りながらレニアスは、

「疫病神、のう…………」

 彼の放ったその言葉を、独り呟き反芻する。

「あながち間違いじゃないのかもしれぬの」

 少なくとも――――戒斗、お主にとっては。

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