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Order.10 IMITATION

 いつしか見失っていたんだ、俺は。自らの手で血濡れた銃把を握り、誰かの命を屠るその行為に求めた意味を。



『お前に俺の持つ技術の全てをくれてやる。何でかって? 一つしかねえ、決まってんだろ。復讐の為だ。俺と、お前の』



 ――違うだろ。それは、アンタの復讐だ。俺にまで…………俺にまで、押し付けないでくれ。

 分かってる、分かってるさ。十分感謝してる。――にも恨みはあるし、きっと俺の手で始末しなければならないんだろうとは思う。でも……

 ……でも、俺は本当にやりたかったのか? そんなことが、そんな空虚なことが。――分からない。



『戦え。それが、遺された俺達のやるべき義務だ』

『どうもこうも無ぇさ。それこそが、いやそれだけが、ずっと昔から、俺が生きる為に残された唯一の術だった。それが…………生き残っちまった俺にたった一つ許された、のうのうと生き続ける為の体の良い言い訳。存在証明だ』



 奴の、アールグレイ・ハウンドの――いや、グレイ・バレットの声がふと重なる。きっと、彼はそれを受け入れているのだ。そして、自らの意志でその道を歩き、この先も歩き続けるのだろう。迷いは無い。少なくとも、俺の様には。

 しかし……そこに奴は、グレイ(・・・)は何処に在る。アールグレイ・ハウンドでも無く、そしてグレイ・バレットとも違う。彼自身――グレイは何処に存在しているんだ?




「なぁ、グレイ(・・・)…………」



 ――お前は本当に、戦い続けることを望んでいるのか?











「――斗」

 遠く聞こえる誰かの声に、漸く目を覚ます。

「――、戒斗」

「ん……?」

 重苦しく閉じ切った瞼をゆっくりと開けると、彼――戒斗の視界に映ったのは、窓から差し込む強烈な朝の陽光だった。

 どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。昨日の記憶が曖昧だった。確か事務所でアールグレイ・ハウンドと分かれた後、帰ってきた琴音、それにリサと入れ違いになる形で家を出たのは覚えている。何の為かと言われれば、装備の後片付けだ。故に武家屋敷へと向かい、離れの先にある道場で黙々と装備類を片付けついでに点検していた所までは覚えているのだが……。

「……戒斗、起きた?」

「遥、か……? 居るのか?」

 どうやら、状況を鑑みるに、いつの間にやら眠りこけていた自分を起こしたのは、近くに居るであろう遥の声だったらしい。漸くハッキリとしてきた意識と視界の中で戒斗は首を横へと傾げてみれば、

「……なぁ、遥ちょいと聞きたいことがあるんだが」

「? 何かあった、戒斗?」

「色々と言いたいことは山ほどあるが……」

 一度大きく息を吸い込み、自身の頭の真下を指差すと戒斗は言葉を続ける。

「……なんでまた俺は遥の膝の上なんだ?」

「あー……えへへ」

「えへへ、じゃねーよコラ」

 彼の視線の先には、何故か妙に近い遥の照れくさそうに笑う顔…………そう。今も尚、彼が現在進行形で頭を預けているのは彼女の膝の上だった。所謂膝枕って奴だ。

「ったく……まあいいか」

 呟き、一瞬起き上がろうとしたものの、思いの他寝心地が良すぎる故に戒斗は踏み止まり、結局仰向けに体の向きを変えたのみだった。

「これ好きだもんね、戒斗」

 遥の言葉に、「まあな」と少し視線を逸らしながら返す戒斗。

「というか。一体俺はいつ意識吹っ飛ばしたのやら。分かるか、遥?」

「うーん……私が気付いた頃、確か十時過ぎぐらいにはもうそこで倒れてたし」

 そう言って彼女が指差すのは……当たり前だが、道場の板の間。通りで身体の節々が妙に痛むはずだ。あんなクソ硬いところで眠りこければそうもなる。

「で、なんでまたお前までここに」

「本当なら布団まで運ぼうと思ったんだけど……その」

「その?」

 口ごもる遥。数秒の後彼女は、意を決したようにゆっくりと口を開く。

「その……抱き付かれちゃったもんで」

 ……は?

「ちょ、ちょーっと待て遥。今何か妙な単語が聞こえた気がするが、俺の気のせいだろうか」

 しかし現実は非情である。当の遥は顔を真っ赤に染めながら「だから、眠った戒斗に抱き付かれて動くに動けなくなったんですぅ!」と。

「うせやろ……」

 何やってんだ俺……。

 全力で手で顔を覆う戒斗と対照的に、遥は意外にもまんざらでもなさそうな表情ではあったが。





「……はぁ」

「何よ戒斗、そんな顔しちゃって」

「昨日の……いや、別になんでもねえ」

 それから数時間後、放課後の生徒会室にて、夏制服に身を包んだ戒斗はパイプ椅子の背もたれに深く身体を預けながら、紡ぎかけた言葉を誤魔化した。

「……?」

 なんとなく疑問の残る表情を浮かべた琴音だったが、すぐに視線を自身の仕事――生徒会の処理すべき書類の方へと戻っていった。

「そういや、亜里沙達はどうしたよ」

 生徒会長――真田さなだ 亜里沙ありさ以下、ここに居る三人以外の生徒会メンバーが一向に集まらないことを不審に思い、ふと戒斗はそう言う。すると、

「会長達は、別の会議のはず」

 そう言って、間髪入れずに彼の問いに対する回答を提示したのは遥だった。戒斗が「まな板と一成もか?」と続けて言えば、遥は黙って頷く。

「ふむ……」

 顎に手を当て、思案する戒斗。

「まーた何か悪巧みでもしようってんじゃないでしょうねぇ……」

 怪訝そうに、所謂『ジト目』って奴で見てくる琴音に「悪巧みって程でもねえよ」と戒斗は返す。そして――、

「帰るか」

 一言だけ告げ、すぐさまパイプ椅子から立ち上がってしまう。

「え――えぇえぇぇ!?」

 あまりに突拍子な思い付きに琴音が唖然としている間にも、戒斗はスクールバッグを引っ掴み生徒会室のドアノブに手を掛けていた。

「ちょ、ちょーっと待ってって!」

「んだよ琴音ぇ、お前もさっさと帰るぞ」

「いやいやいや……そうじゃなくって! 突然帰るなんて言いだして、一体全体どうしたってのよ!?」

「どうもこうも、昨日の一件で疲れた。そんだけだ」

「えぇ……」

「それに今日の事務処理ノルマ、もう終わってるだろ」

 戒斗の指差す方向には、既に処理済みの書類の山が。「あっそっかぁ……」と琴音は何故か納得してしまう。

「――ってそうじゃなくって! 会長待たなくて良いの、これ」

「別に構いやしないだろ。なぁ、遥?」

 彼の振り向いた先で、未だパイプ椅子に腰掛けていた遥は黙ったまま頷き、

「……一応、会長からは終わり次第帰って構わないとの言伝を貰っているので」

「な、なら別に良いのか……な……?」

 琴音が半ば説き伏せられる形で、結局三人は本日の生徒会業務を終了し、晴れて帰宅ということになった。

 そうして生徒会室を後にし、廊下から手近な階段に差し掛かった時に、戒斗は独り歩く女子生徒の見慣れた後ろ姿を目にした。若干背の低く、常に何処か不機嫌そうな顔の彼女は……。

「瑠梨か」

「ん? あらあら揃いも揃って。珍しいわねこの時間に」

 桃色のツインテールを揺らし振り向いた彼女――あおい 瑠梨るりは珍しいモノでも見るような目で戒斗を眺めながらそう言った。「まあな」と戒斗。

「お前こそ、こんな中途半端な時間に珍しいことで」

「まあね。私も私で、少し用事があったし」

「なーるほど。んで丁度ご帰宅中に出くわしたと」

「そういうこと。全く嫌になっちゃうわ。折角ウキウキ気分で帰ろうって所で、アンタの顔なんて拝む羽目になるなんて」

「遠藤の間抜け面よりはマシだろ」

「冗談よ。丁度良かったわ。アンタの耳に入れておきたい話があったから」

 瑠梨の言葉は、何処か含みを持っていた。「……それは、社員としての話か?」と戒斗が言えば、瑠梨は頷き肯定する。

「昨日の取引相手について、一応調べておいたわ」

「『アームズ・セル』か」

 ええ、と瑠梨は言った後で、

「ここじゃ場所が悪いわ。丁度近くに空き教室があるから、そっちで話しましょう」





 そうして場所は移り、現在は机などの保管場所となっている空き教室へ。積み上げられた椅子を適当に並べ、戒斗、遥、琴音。そして瑠梨の四人は腰を落ち着ける。

「さて、話に戻りましょうか」

 瑠梨はそう言うと、自身のスクールバッグから取り出したクリアファイルを戒斗へと手渡す。

「一体何だ、藪から棒に」

「ここ数年の『アームズ・セル』の取引相手と、その詳細情報」

 中身の資料をパラパラと捲っていけば、成程見れば見るほど胡散臭い連中のようだ。取引記録は二年前からのモノ。相手はそこそこ有名なPMSCs(民間軍事企業)やその他機関。しかし記録が新しくなればなる程、その胡散臭さは増す一方であった。

「街のゴロツキ共にマフィア連中、途上国の政府機関に欧州某国の軍組織……果てはレジスタンスにテロ組織か。こりゃ厄介なのと関わっちまったな」

「それでも小火器や弾薬程度なら、よく居る武器商人(ウェポン・ディーラー)だったんだけどね」

「歩兵用対空ミサイルに無反動砲。ヘリ用ロケット・ポッドに戦闘機の近代化改修キット……オイオイ、この事例だとハインドまで卸してやがる。それも新品だ。こりゃ一体何処から恨み買うか分かったモンじゃねえ」

「現にCEOのマーシャ・アナスタシアは十や二十じゃ効かないぐらいの回数で命を狙われてる。尤も、その全てをお抱えの私兵軍団で返り討ちにしてるんだけど」

「元デルタに米海兵隊マリンコ、その他諸々……ね。冗談キツイぜ。ハリウッド映画じゃねえんだ。こんな化け物連中相手にしてたら命が幾つあっても足りねえ」

 途中から資料を捲るのすら嫌になり、戒斗はそう言って全てをクリアファイルへと戻した。

 少なくとも、マーシャとかいう武器商人(ウェポン・ディーラー)の女と『アームズ・セル』は極力敵に回さない方が良い相手のようだ。幾ら数多くの修羅場を潜り抜けてきた戒斗とて、所詮は一介の傭兵風情に過ぎない。元デルタフォースやその他諸々、正真正銘の特殊部隊上がり連中に狙われて、無事に生きて帰れる自信なぞ何処にも無い。

「コイツら潰したきゃ俺じゃ役不足だ。せめてメイトリクス大佐かジョン・ランボーでも呼んで来るんだな」

「そうは言ってないわ。ただ……」

「ただ?」

 紡ぎかけた言葉を口ごもる瑠梨に戒斗が聞き返すと、瑠梨は、

「……奴ら(・・)に目を付けられる可能性も、十分にあるわ」

「……成程。利用されるだけされてポイ、って可能性も無きにしも非ず、か」





 その後、空き教室を後にした四人は昇降口にて上履きから履き替え、校門まで続く見慣れた上り坂を歩いていく。

「それにしても、中々に面倒なことになってきたわね戒斗」

「嫌になっちまうぜ、ホントによ……」

 琴音の言葉に、戒斗は大きく溜息をきながら返す。「私の仕事はここまで。後のドンパチはアンタの役目よ」と瑠梨。

「分かってるさ。連中が絡むとなりゃ、俺も知らず存ぜずは出来ん」

 言いながら、戒斗の手は自然と背中に動き、ホルスターに突っ込んだ愛銃ミネベア・シグ(シグ・ザウエルP220自動拳銃の自衛隊向けライセンス生産品)へと伸び、その感触を確かめる。

「……戒斗」

 袖口を小さく引っ張る遥に意識を戻された戒斗は、慌ててミネベア・シグに伸ばしていた右手を戻す。「な、何だ?」と言えば、

「あれって、もしかして……」

 そう言って遥の指差す先を見てみれば。

「――げっ」

 ……最悪だ。

 校門の向こうに微かに見えているそこには、本日の行程を終えて下校途中であろう生徒の群れ。その中心に立つ白人連中の姿は、忘れたくても忘れられない、いや正直忘れたい連中の見覚えのある姿そのままだった。

 ソフィア・エヴァンス、ヘルガ・サンドリア、キッド・マーキュリーとシノ・フェイロン。何故かリサまで居やがる。そして勿論、その中には……。

「アールグレイ・ハウンド……」

 いつも通り銘柄『ラッキー・ストライク』の煙草を遠慮なしに吹かすアールグレイ・ハウンドの姿があった。





「そこまでいじけんなよ、先輩様。悪かったって」

「日本の煙草くれなきゃ機嫌直しませーん、ぷんぷん」

「ガキかテメーは」

「ガキは煙草吸いませーん」

 どうやらサプライズ目的だったらしい突然の来訪を、お得意の潜入スニーキングテクニックで背後から忍び寄ってやることで叩き潰した戒斗は、どうやらレンタカーらしいBMWに愛車のWRXで追走する形で近くのファーストフード店へと連れて来られていた。無論、遥に琴音、そして瑠梨も巻き添えである。

 奴なりに頭を捻って考えたらしいサプライズを完膚なきまでに叩き潰され、ついでにシノ・フェイロンからキツい一発を肩に喰らったアールグレイ・ハウンドは相当いじけたのか、バニラシェイクを吸いながら小学生じみた口調と表情でそう言う。

「はぁ……ったく面倒な」

 戒斗も戒斗で、Lサイズポテトを適当に口へ放り込みながら辟易したように呟くと、

「という訳でシノ、シエラちゃんに電話してくれや」

「任せろ」

 てな具合に切り札を切るもんだから当のアールグレイ・ハウンドは、

「すんませんでしたァッ」

 妙に整った素晴らしきフォルムで、全力の土下座を披露して見せた。

「天下の”死の芳香”アールグレイ・ハウンド様も女にはとびきり弱いってか。こりゃ明日のタイムズ紙で一面に載るね」

 そんなことを言いながら隣に座る遥の方を見やると、丁度ハンバーガーに齧り付いているところ。丁度左斜め上から見下ろす形になっているからか、なんでもないはずのそんな仕草がこう、妙に……。

「ん、どうしたの戒斗?」

「……ッ。い、いや。なんでもねえ」

 遥が突然そんな言葉を投げかけてくるもんだから、思わず視線をそらしてしまった。そんな戒斗の姿を見たからか、アールグレイはニヤニヤとクッソ嫌らしい笑みを浮かべながら、

「へぇ~、ふぅ~ん……、ほぉ~う……。ヘイヘーイ、戒斗ぉ、お前も中々ぁ、やるようになったじゃねえのぉ~ん?」

 中々に鬱陶しい口調でそう言った。「……敢えて意味は聞かん」と戒斗はアールグレイの言葉に辟易しつつも、適当に言葉を返す。

「アールグレイ・ハウンドにシノ・フェイロン。ヘルガにソフィアも変わっていない様で安心した」

 今の言葉を全く意に介していないらしい――いや、そもそも意味が分かっていないのか……?――遥がそう言って話題を切り出せば、「そっちも大して変わりないみてぇで安心した……いや、変わったちゃ変わったか」とアールグレイ。

「はぁ。好きに解釈しやがれ大先輩」

 肩を竦め溜息を吐く戒斗。ちなみに位置関係的には、テーブル席にアールグレイに瑠梨、そしてシノ・フェイロンとキッド・マーキュリーがソファ側。戒斗と遥がそれぞれ椅子に座る形だ。ちなみにその隣にあるもう一つの席の方にはソフィア、ヘルガ、そして琴音とリサの四人がそれぞれ座っている。

「そういや、俺の隣に座ってるこの可愛いちゃんはどちらさんだ?」

 アールグレイにそう言われた瑠梨は、隣に座る彼へと手を差し出し「葵 瑠梨。シカゴの救出作戦で一応、面識はあるかしら? といっても顔を見るのは初めてだけど――ま、よろしく頼むわね」と告げた。

「おうよ、可愛い女の子と握手するのは好きだぜ。こっちこそよろしくな」

 いつも通りのフランクな笑みを浮かべ、アールグレイは差し出された瑠梨の手を握り返し握手を交わす。そういえば忘れていたが、この二人……というか『なんでも屋アールグレイ』の連中と瑠梨が直に会うのはこれが初めてだな、と戒斗は今更ながらに思い出した。

「そうか……あの時のオペレーターか。世話になったな。確か……”ラビス・シエル”だったか?」

 何の気のないシノ・フェイロンの言葉に、顔を真っ赤にしながら盛大に噴き出す瑠梨。彼女にとってその二つ名は……所謂黒歴史に等しかったりするのだが。いや、戒斗から見れば功績相応の名のような気もしないでもないのだが、当の瑠梨本人は今になってそのことを蒸し返されるのがどうにも恥ずかしいらしい。

「はっはははは……その辺で止めてやれってシノ」

 笑いながら戒斗がそう言うと、何故かなんでも屋二人組がこちらを見ながら目を丸くしていたのは何故だろうか。まあいいや。

「あー……それで? マーシャからは金払われたか後輩君」

 話題を切り替えるようなアールグレイの言葉に、「あーもうたんまり。払い過ぎってぐらいにな。お陰で久々に良いモンたらふく食わせて貰えそうさ。流石に天下の”死の芳香”を雇い入れるだけはある」と戒斗は返した。

 すると直後、シノの隣に座っていたヤク中――もとい、キッド・マーキュリーが大口を開けて笑い出した。

「アヒャヒャヒャヒャ!! オメェ、やっぱ面白れェよ。どうだァ? 一丁この俺様とり合ってみようぜェ」

「殺……!? ち、ちょっとアンタ、どうかしてるわッ」

 思わずハンバーガーを取り落しそうになった瑠梨が慄き、そして戒斗の隣に座っていた遥は瞬時に眼光が鋭く変わり身構える。

「待て待て遥。このイカれたドラッガーは常にこんなモンだ」

 しかし、面倒臭そうにキッドを眺める戒斗によって制されてしまった。渋々といった感じで再び座る遥。

「さて、俺の回答だが――お断りだ、クソッタレの”ワイルドバンチ”が。テメーとり合う羽目になんぞなっちまったら、流石にモツが幾つあっても足りやしねーよ」

「連れねぇなァ」

 尚も下卑た嗤いを浮かべるキッドに辟易したようにアールグレイは大きく溜息をき肩を竦めると、思い出したかのように懐から名刺を取り出し、戒斗の方へと机の上を滑らせる。

「ま、今度またあったらなんか言えよ。これ、俺の連絡先ね」

「テメーこれアメリカの携帯だろ。日本で使えんのか」

「一応、全世界設定で解禁済みなんでね。んじゃあそういことで、またな後輩君」

 するとアールグレイは立ち上がり、シノ、キッド、そして隣のテーブルに居たソフィアとヘルガを連れてファーストフード店を出て行った。

「……本当に、おかしな人達」

「同意するぜ、遥。二度と会いたか無えが――大抵何かしらのキッカケでツラ合わせんのがお決まりのパターンなのよね」

「また、会える?」

「さあ、どうだか……尤も、敵か味方かまでは分からんが」

 アールグレイ・ハウンドの名刺――彼の携帯番号やらその他諸々と共に『General practitioner Earl Grey』と洒落た筆記体で書かれたソレを戒斗は懐に収める。

「なーんか、色んな意味で掴みどころのない連中だったわね」

「あれが奴の表向きの顔さ、瑠梨」

「そうかしら?」

「ああ。奴の……先輩様の、いや――アールグレイ・ハウンドは、そう簡単に知っていい奴じゃあない」

「……そう」

 珍しく割と真面目な戒斗の言葉に素っ気なく返しつつ、瑠梨はストローを加えて紙カップ内のコーラを吸う。その隣で、戒斗同様アールグレイ・ハウンド――いや、グレイ・バレットの顔を知るリサもまた、神妙な面持ちであった。

「『復讐こそが存在証明』、か……」

「……? 戒斗、何か言った?」

「いんや、何も。さてさて、俺達も帰るとしますかね」

 そうして戒斗も立ち上がり、一行を連れてファーストフード店を後にしていく。

 しかし、彼の胸にはアールグレイ・ハウンド――いや、グレイ・バレットが放った言葉が、未だ深く突き刺さったままだった。


『――生き残っちまった俺にたった一つ許された、のうのうと生き続ける為の体の良い言い訳。存在証明だ』


「俺は……テメーの様にはなれねーみてぇだ」

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