結婚
鈴木の協力もあり、提携先の蔵元や造り酒屋は、徐々に増え始めた。また、ネット広告も打ったので、注文も徐々に増えてきた。
愛田は、ゆっくりと機能し始めたのである。
提携先を増やすため全国を飛び回っていた晃は、実際に地酒を飲んで、それぞれの販売ページを仕上げていった。地道な作業である。
だが、この作業があるからこそ、ネットでも地酒が売れるのだ。
久しぶりに自宅に戻った晃は、自分の部屋で涼子と会っていた。ベッドがあるだけで、余計なものはなにもなく、生活感のない部屋である。
晃の両親も二人の付き合いを暖かく見守ってくれていた。
「晃さん、おかえりなさい。なんだか久しぶりね」
「ただいま。涼ちゃん、ごめんね。なかなか帰ってこれなくて」
お互いの呼び方も変わっていた。
晃は、この時、涼子の様子がいつもとどこか違うのを感じとった。
「何かあった?」
「あの……
大事な話があるの」
「どうしたの?」
「……赤ちゃんが、できたみたい」
晃にとっては、まったく予想もしていないことだったので、すぐには自分の状況が理解できなかった。
「私……
どうしたらいい?」
少しずつ落ち着きを取り戻した晃は、涼子にそんなことを言わせている自分が情けなくってきた。同時に切ない目線を向けている涼子に対する愛しさが込み上げてきたのである。
「どうしたらいいって、こんなおめでたいことはないよ。
涼ちゃん、僕と結婚してくれる?」
「こんな私でいいの?」
「当たり前だろ。涼ちゃんじゃなきゃダメだよ」
「ありがとう。うれしい」
涼子は晃に抱きついた。
晃も涼子を優しく抱き締めた。
「涼ちゃん、とりあえず、両親に報告して、二人の結婚を認めてもらおう。それと、挙式とか披露宴はどうしようか?」
「やっぱり、女性として、ウェディングドレスは着てみたいの。一生に一度のことだと思うから」
「でも、赤ちゃんが生まれる前にできるかな?」
「どうかしら?ちょっと調べてみるね」
「うん。その辺のことは、涼ちゃんに任せるよ。
それにしても、起業したり新しい事業を立ち上げたりする時のエネルギーと、子どもを作るエネルギーが似てるっていうけど、ほんとなんだね」
「なにそれ?変な晃さん」
晃は、ほのかに漂う涼子の香りに心地よさを感じていた。
数日後。
「やばい。なんか緊張してきた」
スーツに身を包んだ晃は、涼子の家の前に立っていた。両親へ結婚の報告に来たのである。
「ピンポーン」
約束の時間ピッタリにチャイムを押した。
「いらっしゃい」
涼子の顔をみたら、少しだけ安心した。
「晃さん、もしかして緊張してる?」
「当たり前だろ」
「なんかかわいい。そんな晃さん、初めてみた」
涼子は少しいじわるそうに微笑んだ。
「おじゃまします」
晃は、リビングへ案内された。
ソファに座っていた涼子の父親が立ち上がった。それに合わせて、キッチンにいた母親もやってきた。
「はじめまして。相田晃と申します。涼子さんにはいつもお世話になっております」
「はじめまして。松下英雄です。こっちは妻の由紀子です」
「あの、これ、お口にあうかわかりませんが」
晃は用意した手土産を差し出した。煌星である。涼子の父親が好きな酒であることを聞いていた。
「これはこれは、ご丁寧に。ありがとう。まあ堅苦しいあいさつはこれくらいにして、座ってください」
「はい。ありがとうございます」
涼子がお茶を運んできて、そのまま晃の隣に座った。
「晃くんは、相田酒造の跡取りなんだってね」
「はい」
「それにしても、この煌星はうまい酒だね」
「ありがとうございます。父親の力作です」
「ほー、お父様の」
「はい」
しばらく続いた雑談がひと段落した。
「あの……
今日は、お願いがあって参りました」
「はい」
晃は、ソファから降りて正座した。なんとも言えない緊張感が漂っていた。
「事の次第が前後してしまって大変申し訳ないのですが……、
涼子さんと結婚させてください」
両手をついて深々と頭をさげた。涼子も晃の隣に正座して、同じように頭をさげた。
「娘をよろしくお願いします」
「はい。ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願致します」
「さっさっ、頭を上げてソファに座ってください」
「はい」
「少し早いけど、お昼にしよう。晃くんは、お酒飲めるんだよね?」
「はい。自分で創ってしまうくらい大好きです」
「ハハ」
由紀子と涼子は酒と寿司の準備に取り掛かった。
「じゃあ、乾杯しましょ」
食事の支度が終わった由紀子は、みんなのコップに酒をついだ。
「それじゃあ、二人の結婚を祝して、かんぱい」
英雄の声で、食事会が始まった。
「晃さん、これも飲んで」
涼子も酒を飲むのだが、妊娠しているので、一口飲んで晃へ差し出した。
「晃くんのご両親には、あいさつしたの?」
由紀子も酒好きのようだ。
「涼ちゃん、あっ、涼子さんには、前からうちの両親と仲良くしてもらっているので、改まってあいさつしなくても大丈夫です」
「ふふっ、いいわよ、もう普段通りで」
由紀子は笑いながら言った。
「はい。すいません。ちょっとほっとしちゃって」
涼子の両親も、とても気さくな人たちだった。酒が入ったせいか、楽しい食事会となった。
「ほんとうに、今日はすっかりご馳走になってしまって、ありがとうございました。今度は、うちの両親との顔合わせも兼ねた食事会をしたいと思いますので、その時は、またよろしくお願い致します」
「わかりました。ご両親にもよろしく伝えてください」
「はい。それでは、失礼します」
涼子が玄関まで見送りにきた。
「晃さん、今日は、ほんとにありがとう。私、うれしかった」
「こちらこそ、ありがとう。あっ、いいよ、ここで」
晃は、涼子のお腹に手を当てた。まだ、赤ちゃんがいるようは見えない。
「マメたん、またね」
マメつぶのような赤ちゃんのエコー写真を見た晃は、勝手にそう呼んでいたのである。