愛田
煌星は、強気の価格設定が裏目に出たのか、店頭での売り上げはなかなか上がらなかった。
だが、太一が煌星に込めた想いを映像にして、ネットショップで紹介したところ、徐々に注文が入り始めた。
すると、レビューも集まり始め、贈り物としての注文も入るようになってきたのだ。
晃の狙い通りである。
次にネットのレビューを店頭で表示すると、徐々に売れるようになってきた。太一にとっては息子同然のこの酒が世に認められ始めたことをとても喜んでいた。
卸しているスーパーや酒屋にもレビューを張ってアピールしてもらうようお願いした。
こうして、煌星の知名度も上がっていったのである。
仕事も軌道に乗ってきて、少し、余裕ができた晃は、とある飲み会に参加した。
そこで、涼子という女性に出会った。
涼子は化粧品の販売店で働いていた。もともと美しい女性なのだが、バッチリ決まったメイクと、タイトスカートが、それを一層引き立てていた。
晃は男性陣の視線を集める涼子とたまたま隣の席になったので、じっくり話をすることができた。
「涼子ちゃんは、彼氏いるの?」
「今は、いないんです。相田さん、彼女は?」
「僕もいないんだ。つきなみだけど、仕事が恋人状態だから」
「そうなんですね」
それから、晃はなんとなく、涼子と付き合うようになっていった。
「お前も早く嫁をもらったほうがいいぞ」
晃は、地元に戻ってきたばかりの頃、太一に言われた言葉をふと思い出した。
涼子のことは嫌いではないし、むしろ好きだったが、それよりも晃の頭の中は仕事のことで一杯だった。
そんな時、晃は面白いことを思いついてしまったのである。そこで、太一に提案してみた。
「親父、全国の蔵元や造り酒屋と提携して、地酒に特化したネットショップをやろうと思うんだ」
「なんだ。またネットか」
「ネットはただのツールさ。重要なのは、全国にあるうちみたいな小さなところを見つけ出して提携するってことだよ」
「俺には、よくわからないから、お前の好きなようにやってみろ」
「うん。ありがとう。まずは、販売システムを制作して、そのあと全国へ提携先を探しにいくよ」
晃は、早速システム会社を訪ねて、打ち合わせを始めた。
まずは、注文が入ると、その商品の注文内容が提携先の蔵元にも届くようにして、情報を共有できるようにしたかった。同じ蔵元以外の商品は、一緒のカートに入れられないような仕組みも必要である。さらに、在庫管理は、直接蔵元の端末で行えるようにもしたかった。
お客様への注文確認、商品発送の連絡は、蔵元がステータスを変更するだけで、自動で行うシステムも必要だ。なるべく、蔵元の手間を減らしたかったのである。
また、大手の運送業者とも提携し、それぞれの蔵元からの発送を相田酒造が一括で契約するようして、代引きも利用できるようにすることも考えていた。これにより、送料の交渉も有利にすすめられるはずである。
面倒な売り上げ管理は相田酒造が行い、月ごとに仕入れ代をまとめて、蔵元に支払うという契約にすることを想定していた。
配送業者も巻き込んで、システム会社と試行錯誤を繰り返した。そして、数か月後、ようやく晃も納得のいくものが出来上がったのだ。
だが、当初予定していた予算をかなりオーバーしていた。
「いよいよこれからだっていうのに、全国の提携先を探す予算がないな。仕方ない。老舗のチカラを利用するか」
晃は、事業計画書を用意して社長である太一と一緒に銀行を訪れていた。
「これから、新しい事業を始めます。これが事業計画書です。軌道に乗れば、全国の地酒がうちを通して流通するようになるでしょう。性格上、借金は嫌いなのですが、システム制作で予算オーバーしてしまいました。なので、プライムレートで1000万円ほど貸していただけませんか?」
「あなたが、相田酒造の跡取り息子さんですか?なかなかのやり手だと聞いてますよ」
「そんなことはありませんよ。老舗の看板があってこそです。社長からもお願いしてくださいよ」
「なんとかひとつお願いします。すでに、販売システムは完成しているので、早いに越したことはありません」
「相田酒造さんとは長い付き合いですし、早速、上に通してご連絡致します」
「それでは、よろしくお願い致します」
その後、すぐに、融資を受けることができた。
「まずは、修行時代にお世話になったところから当たってみるか」
晃は早速、内部の事情も良く把握している造り酒屋を訪れた。
「鈴木さん、お久しぶりです」
「おお、晃くんか、久しぶりだな。元気だったかい?」
「お陰様で元気です」
「鈴木さんも、お元気そうで、安心しました。あの、今日は、ビジネスのお話しできたんですけど、少しお時間よろしいですか?」
「いいよ。何だい」
「全国地酒の専門店 愛田というネットショップをオープンしようと思うんです。基本は日本酒でいこうと思うので、相田と田んぼを愛するというのをかけてます」
「うまいね」
鈴木は感心していた。
「で、何するの?」
晃は持参した端末を使って説明を始めた。
「まず、ネットショップで鈴木さんの酒を紹介します。商品の写真や紹介文などの販売ページは、僕が準備するので大丈夫です。
そして、注文がはいると、うちで一度確認します。決算方法によって異なりますが、入金確認まで含めて、注文が確定すると……
こうして、初めて鈴木さんのところへメールが届きます。
そしたら、このURLにアクセスして、IDとパスワードを入力します。
そうすると、注文商品とお客様の情報が表示されます。
次に、うちと提携している配送業者の送り状をセットして、ここをクリックして頂いて、発送予定日と配送指定日時を設定してください。ここのプリントボタンをクリックすると送り状が簡単に印刷できます。
そしたら、ここでステータスを確認済みに変更すると、お客様に発送予定日と配送指定日時をお知らせする確認メールが送信されます。
また、普通用紙をセットして、こっちをクリックすると、納品書がプリントできます。
あとは、納品書を入れて、商品を梱包して、指定の配送業者へ集荷の連絡をしてください。
発送のお問い合わせ番号は、システムと連動しています。出荷が済んだら、ここをクリックしてステータスを出荷済みにしてもらうと、お客様に発送メールが送信されます。
代引きの場合もシステムが自動で処理するので、やることは、まったく同じです。
お客様からの集金はうちが一括で管理します。そして、月末締めで、翌月末までに出荷した商品の仕入れ代をお支払致します。
ざっと、こんな流れなんですが、どうでしょうか?」
「うん。ネットとかは年寄りには、よくわからんが、これならできるかもしれないな」
「パソコン音痴な鈴木さんが、使っているところをイメージしながらシステムを作ったので、その言葉を聞いて安心しました。これから日本中の小さな蔵元や造り酒屋と提携したのですが、どう思います?」
「登録料とか利用料はどうするんだ?」
「それは無料です。僕は、全国の地酒を日本中に届けたいだけなので。その土地へ実際に足を運んで、飲むのもいいですけど、みんな忙しいですからね。ネットで手軽に好きな地酒を購入できるのもいいかなと思ってます」
「あの晃くんが、立派になったな。
人口も減って今はどこも厳しいから、新しい販路ができればみんな喜ぶよ。俺も全面的に協力するから」
「ここは僕が一番最初に修行に来た場所です。鈴木さんにもよく怒鳴られましたね。
でも、鈴木さんみたいな頑固な職人さんに、そう言ってもらえると、僕も心強いです。よろしくお願いします」
こうして、晃の地道な全国地酒廻りの旅は始まったのである。