魂の会話
「じゃ~んけんぽん」
「勝った。じゃあ、私は今度女性にするね」
「了解。じゃあ、僕は男性か。
場所は、前にふたりで決めた日本でいいよね?」
「うん」
「あっ、僕の身体はそろそろ準備ができたみたいだ。先に行くね」
「待って。
もう一度、私にキスしてからにして」
「わかった。こっちへおいで」
「――んっ」
「君のキス。絶対忘れない。
あっちの世界でも、ちゃんと君を見つけるから」
「絶対だよ」
「うん。じゃあ、また、あっちの世界で」
「またね。私の身体も、もうすぐ準備できそうだから、すぐに行くね」
こうして、晃と碧は、ふたりの絆をより深めるため、また、自分たちの世界をよりよくするため、こちらの世界へ修行にきたのだ。
晃は、老舗の造り酒屋の長男として生まれた。碧の家は、両親とも教職公務員だ。
晃の両親は、跡取り息子の誕生を喜んだ。碧の両親もかわいい長女の誕生を喜んでいた。ふたりとも、とても恵まれた環境の元に誕生したのである。
家も近所で、誕生日も近いふたりだったので、幼いころは、一緒に遊んでいた。碧は、よく晃の家へ遊びに行って、職人の酒造りを眺めていた。晃は、そんな碧を眺めているのが好きだったのだ。
だが、小学生になると、それぞれ、同性の友だちと遊ぶほうが楽しくなっていった。習い事にも接点はなく、晃は空手とそろばんで、碧はピアノと習字と学習塾だった。
中学生になると、晃は人生で唯一のモテ期を迎えていた。バレンタインには、チョコをたくさんもらったりしたのだが、本人は、現実世界の女性より、少年マンガの中の女性キャラクターに夢中になっていたのである。
碧は、とても大人しい中学生になっていた。自分からは行動できずに、晃が自分の存在に気付いてくれるのを待っていたのだ。晃はそんな碧の想いも知らずに、相変わらず、マンガの世界に夢中である。
こうして、晃は大切な碧の存在に気付くことがないまま、ふたりは、別々の高校へ進学することになる。
晃は、男子校へ進学した。
モテ期の終わった晃は、彼女もできずに、つまらない高校生活を送っていた。
碧の高校は男女共学だった。
男女を問わず、たくさんの友人ができ、高校生活をエンジョイしていた。そのうち、晃のこともすっかり忘れてしまったのである。
幼い頃から造り酒屋の跡取りとして育てられた晃は、大学へは行かずに、よその酒屋へ修行に出た。
両親と同じ、教職に興味があった碧は、東京の一流大学に合格し、大学生となった。
こうして、高校時代には、何の接点もなかったふたりは、それぞれ別の道を歩み始めるため、生まれ故郷から飛び出していった。
5年後。
造り酒屋を転々としながら修行していた晃は、実家へ呼び戻された。父親が体調を崩したのと同時に、会社の経営状態も悪化してしまったのだ。
「親父、大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ。母さんが大げさに騒ぎすぎるんだよ」
思ったより、元気そうである。
「店のほうは、僕がなんとかやってみるから、しばらく療養しなよ」
「晃、すまんが、よろしく頼む。
それから、お前も早く嫁をもらったほうがいいぞ。
はやく跡取りの顔を見せてくれ」
「親父、僕はまだ23だよ。まだ、早いよ」
「俺はもう結婚してたぞ」
「時代が違うよ」
晃は、すぐに、会社の立て直しに取り掛かった。父親の太一は、どちらかというと、職人タイプなのだが、晃は違っていた。修行中に、いろいろな職人を見てきたが、自分には向いていないということを早い段階で見極めていたのだ。
「僕はビジネス向きだ」
そのことを大前提に、修行時代を過ごしていたのである。そのため、晃にはチャンスがあったらやってみたいことがたくさんあった。
晃たちの会社である相田酒造は、老舗といっても規模は小さく、地元を中心に直売したり、スーパーや酒屋へ卸したりしていた。
最初に晃がやったことは、まず新聞の折り込みチラシをやめて、お客様をスマホ会員にするシステムである。これにより、お客様に素早く、質の良い情報を提供することができ、広告宣伝費も大幅に削減できた。
同時に、ポイントも導入し、顧客を逃がさないようにもしていたのだ。
徐々に会社の状態も安定すると、太一の調子もよくなってきた。跡取り息子の活躍を見て、安心したのだろう。
「親父、体調はどう?」
「絶好調だよ。完全復活だ」
「じゃあ、早速、やって欲しいことがあるんだけど、いいかな?」
「なんだ?」
「銘柄を増やしたいんだ。高級感のあるブランドを作りたい」
「面白そうだな。なんだか職人魂に火がついてきたよ」
「価格は、今の倍ぐらいにしようと思う」
「そんなに高くて売れるか?」
「ものが良ければ、大丈夫だよ。つまり、親父の腕次第ってこと」
「久しぶりに燃えてきたな」
「その調子で頼むよ」
太一は、もともとやりたかった仕事に専念できて、ますます元気になっていった。
晃は、酒のネット販売も始めた。こうして、先祖が残してくれた老舗という武器を時代の最先端とうまく融合させて得た利益を太一の新銘柄開発に充てていたのだ。
そして、一年後、ついに太一の新銘柄が完成した。
それは「煌星」と名付けられた。深い味わいの中にも何か煌めきを感じるような極上の日本酒である。晃は、その出来栄えに感動して、当初の予定より強気な価格設定をした。