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魔法使いの婚約者  作者: 中村朱里
本編:フィリミナ
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毎日は平穏で、そして、ほんの少し退屈だった。


あの男という婚約者が既におり、最低限以上にわざわざ夜会や茶会に出席する必要もない私は、屋敷でダラダラと、もとい、刺繍や読書に勤しんでいた。

言い訳の様であるが、貴族の令嬢とはそういうものなのである。アディナ家は領地を賜っている訳でもなく慈善事業をする余地もないし、弟のように父の後を継ぐでもない私が、ある程度ならともかく、我が家に伝わる魔導書写しの秘術を極める訳にもいかなかった。できることはと言えば刺繍や読書ばかりだったのだ、うん。


ああでもそうだ、時々は他のご令嬢から頼まれて、代筆屋紛いのことをしたことも何度かある。

昔から本ばかりを読んでいた私ができる唯一の特技が、恋文書きだったのだ。まあそれも、噂になって軌道に乗り始めた時点で止めてしまったけども。


貴族の令嬢が“金銭を稼ぐ”ということは好まれないことだ。娘に稼がせるほど生活に困窮しているのかと、父の評判を貶めることなどごめんだった。決して、その恋文関連で何やら勘違いされ渦中に巻き込まれかけ、色々と面倒になったからだという訳では無い。

肉体年齢はともかく中身は既に五十代に差し掛かるかという年齢で、ちょっとお早い隠居生活をやってみたかったからとかそういう訳では無い。ええ決して。


この世界における結婚適齢期についてなどとうに諦めていた。

あの男と再会してから早数年、「落ち着くまでは」と先延ばされた結婚はそのままで、ちっとも最後の一歩を踏み切る気配がない。

そろそろ本気で不味いんじゃないかという危機感が半分、まあいいかという投げやりな気持ちが半分。いざとなったら家を出て本気で代筆屋になってやるとまで思いながら、日々を過ごしていた。


その平穏が、その退屈が、どれだけ希少価値の高いものか知りもしないで。



そうして、そんな頃。魔王復活の報が、世界を激震させたのだ。



正直に言おう。「魔王とかwww RPGktkrwww」などと思ってしまったということを。他には剣と魔法の世界で魔王とかマジありきたり乙だとか、散々なことを当初は思った。つまりはそれくらいに現実感がなかったのだ。


魔王と勇者の物語は、小さい頃から絵物語でよく見知っていたが、それが本当のことだとは思ってはいなかった。王道ファンタジーの開幕に、少しばかり心躍らせたのもまた事実。


けれどそんな興奮は、あっという間に消し飛んだ。

各地で聞かれる魔族による被害。心無い貴族の買占めと逃亡。王都のあちこちで囁かれる不安は、そのまま私の心にも忍び込んできた。

これは戦争なのだと、何となしに理解した。せざるを得なかった。

それでもまだ王都であり、自分が貴族であるという恵まれた立場にいるおかげで、なんとか耐えていた。

いいや違う。耐えていたのではなく、目を逸らしていたのだ。他人事であってほしかったのだ。


先だっての、魔法使いも動員した騎士団の魔王討伐作戦は失敗に終わり、騎士団長とその他数名が命からがらこの王都へと戻ってきたという話は私とて聞き及んでいた。そして先日、とうとう勇者が聖剣に選ばれた。


ならば次の一手は。


「まあエディ。こんな時間にどうなさったの?」


聖剣が勇者をとうとう選んだという知らせが国中を駆け巡ったその日の、遅い夜のことだった。

あの男は夜露に濡れながら、いつものように突然やってきた。

夜着にガウンを羽織って出迎えた私に、単刀直入にこう言ったのだ。


「陛下に謁見してきた」

「陛下に?」

「ああ。―――――勇者と共に、魔王を討伐せよと」


息を飲んだ。声を上げずにいられたことは奇跡だった。

そのくらいの衝撃を受ける一方で、私はどこかで納得していた。ああ、やっぱりと。奇妙なまでに冷静だった『私』。

そんな『私』を見下ろして、淡々とあの男は続けてみせた。


「姫と騎士団長と共に、明後日出立する」

「…それはまた、随分と急なお話ですこと」

「逃げ出せないようにだろう」


いつもと変わらないはずの皮肉げな笑み。いつもの私であれば「無礼ですよ」と窘めつつ笑うくらいの芸当をしてのけるのに、その時の私は笑えなかった。笑う代わりに、ふいに私は思った。


この男、実はとんでもないフラグ持ちであったのではないかと。


非常に今更ながら、その時になって初めて私は、その事実に気が付いた。

この状況は、所謂剣と魔法の世界における王道ファンタジーである。


王道。改めて鑑みるに、それは恐ろしい言葉である。


王道とはすなわち、誰もが認める運命のようなものである。世界が定めた未来のようなものである。ここで鑑みるべきは、あの男のポジションだ。

勇者御一行(笑)の中の魔法使いと言えば、様々なパターンが存在する。その中でも、まず一番危惧するべき、誰にしも当て嵌まるそのなのは、所謂死亡フラグという奴ではなかろうか。勇者を先に行かせて自分は残るだとか、命を代償に大魔法を使うだとか、勇者を庇うだとか、ヒロインを勇者の代わりに庇うだとか。そしてそんな仲間(=魔法使い)の死を乗り越えて勇者は見事ヒロインと共に魔王を打ち倒し、世界を救う。そう、ヒロイン。この場合はそのヒロインのポジションは姫様だ。


其処まで考え、私は思い出してしまった。「そういえばこの男、既に姫様相手にフラグ立ててんじゃねーか」と。


あの男は姫様を「変わった御方」と評した。それだけならば私もそう気に留めなかったのだろうが、実はフラグはそれだけではなかった。あの男、どうやら初めて姫様と出逢った茶会以来、なんやかんやとご指名頂いていたらしい。

何それあの姫様にとか羨ましすぎる、とつい思ってしまったことはさておこう。ここで問題なのは、つまり、私の知らぬ間にあの男は姫様と親交を深めていたということだ。

生ける宝石と名高い姫様と、夜の妖精と謡われるあの男。並び立てばさぞかし豪華な絵面になるに違いない。


つまりあの男の持つフラグ。それは死亡フラグともう一つ。姫様との恋愛フラグである訳だ。例えこの男が無事に帰ってきたとしても、この私とこのまま婚約を続け、そのままゴールインできる可能性などゼロに等しい。

勇者が現れた時点で姫様とどうこうなる可能性は低くなるとはいえ、口を開けば嫌味や皮肉ばかりのくせになんだかんだで律儀なこの男が、他に想い人がいる状態で私と結婚するなどとは到底思えない。

「婚約を解消したい」と言い出す様が簡単に目に浮かんだ。


だから私は、覚悟を決めることにした。

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