【SS】魔法使いの養父
エディの養父、エルネストと、その妻の話。
とうとうかわいい息子であるエギエディルズ・フォン・ランセントと、その妻であり、自分にとっては義娘でもあるフィリミナの間に、子供ができたのだという。
その報せを受けた時、エルネスト・フォン・ランセントは、不覚にも涙がこみ上げてくるのを感じた。
かわいい息子とかわいい義娘の子供ならば、さぞかしかわいい子供が生まれてくるだろう。息子夫婦曰く、その子供は、次の夏の始まりの頃の生まれになるのだという。
いずれ来たるそのさいわいの日が、今から楽しみでたまらない。
「ミラベルも、きっとさぞかし喜んだことだろう」
夜のとばりがすっかり天を覆い隠し、月と星が輝く空を窓越しに見上げながら、エルネストは一人そう笑った。
ミラベル。ミラベル・フォン・ランセント。それは今は亡き妻の名前だ。
一瞬たりとも忘れたことなどない、未だに何よりも愛しく、これからも何よりも愛しいその響きを噛み締めて、エルネストは背後を振り返る。
このランセント家本邸の書斎に飾られている、小さな肖像画。そこに描かれているのは、若かりし頃のエルネストだけではない。見事な紅の巻き毛に、翡翠色の瞳が印象的な美しい女性――エルネストの最愛の妻、ミラベルの姿もある。後にも先にもこの一枚だけが、エルネストに残された最後の妻の姿となってしまった。
嫌がる彼女を説き伏せて、当時でも指折りの画家に描いてもらった肖像画だ。絵の中の彼女も大層美しいが、記憶の中の彼女はもっとずっと、輝くように美しい。
初めてであった時のことを、改めて思い出す。あれは、エルネストが魔法使いとして黒蓮宮勤めになったばかりのころ。
まだまだ新卒として雑務ばかりを押し付けられ、体のいい伝書鳩代わりとして王宮中を駆け回っていた時のことだった。
***
いつものように押し付けられた書簡の山を、黒蓮宮から紫牡丹宮に運んでいたときのことだ。
長い回廊を通って遠回りするよりも、中庭を突っ切って近道することを選んだエルネストが、木陰にうずくまっているミラベルのことを見つけられたのは、必然でも運命でも宿命でもなく、きっとただの偶然に過ぎなかった。
「――その、大丈夫ですか?」
木陰にうずくまり、肩で息をする女性のことを放っておくことなんてできるはずがない。
気付けばそのそばまで駆け寄って、隣にうずくまり、その顔を覗き込んでいた。
そして、息を飲んだ。驚くほど強い意志を宿した輝く翡翠の瞳が、こちらを鋭く睨み返してきたからだ。
「へ、いき、よ。放っておいて」
「で、すが」
「いいから!」
放っておいて、と何度も繰り返すその女性に、思わず手を伸ばしていた。簡単な水魔法だ。身体の内部の気の流れの乱れを調整するだけの、なんてことのない簡単な治癒魔法。
けれどそれだけでも女性の顔色はよくなっていったから、エルネストは安堵の息を吐いた。女性自身も、エルネストの魔法のおかげで体調がよくなったことを悟ったらしく、乱れた息を整えて、小さく「ありがとう」と言ってくれた。
「助かったわ。私はミラベル・シド・リーディアス。この恩はいずれ必ず返させてもらうわね」
「いえ、大したことはしていませんから。王宮騎士団副団長殿に恩を売る気はありません」
「……なんだ。私のこと知っているの」
「この王宮で……いえ、この国であなたのことを知らない者はそうそういないでしょう」
見事な紅の巻き毛、翡翠の瞳。青菖蒲宮に駐屯する王宮騎士団勤めの騎士の証である、鮮やかな青のマントを身にまとった、年若い女性。
エルネストよりも四つほど年上であるのだという女性騎士は、「欲がないわね」とからからと笑った。
王宮騎士団初の女性副団長として、憧憬と嫉妬を集める彼女のことは、王宮にて催される様々な式典にて何度か目にしていた。
「私のことよりも、副団長殿。お身体の調子がかんばしくないと見受けられる。このまま白百合宮に……」
「そのことだけど」
医官が集まる白百合宮に向かわれるべきでしょう、と、続けようとしたのだが、それよりも先に、鼻先にぴっと女性の――ミラベルの人差し指が突き付けられる。
思わず口をつぐむエルネストを、やはり強く鋭い瞳で睨み付け、彼女は続けた。
「この件については他言無用よ。もしも誰かに言ったら」
「……誰かに言ったら?」
「その命、ないものと思いなさい」
「それはまた……」
随分と過激なことを仰るものだと思った。どうして、とも、当然同時に思った。
けれどエルネストがその疑問を実際に口にするよりも先に、彼女は青のマントを翻して颯爽と去って行ってしまったから、結局それきりになってしまった。
そう、それきりになるかと思ったのだ。いくら同じ王宮勤めでも、自分は魔法使いとして黒蓮宮に、そして彼女は騎士として青菖蒲宮に務めている。互いに遠目にその姿を確認することはあるだろうが、それ以上の関係にはなることはないだろう。
なんだかそれが少しだけ惜しいと思う自分もいたけれど、かといって自ら何か行動を起こすことはなく、そのまま時は流れ――……そして。
「大丈夫ですか、副団長殿」
「まっっっっった、あなたなの……!?」
胸を押さえて呼吸を乱しながら、王宮図書館の人目のない書棚の裏でうずくまっているミラベルの隣に、エルネストはしゃがみ込み、またいつものように水魔法を行使した。
見る見るうちによくなっていくミラベルの顔色に安堵の息を吐けば、悔しげにぎろりと睨み付けられる。
「いつもいつもいつもいつもいつも! 私がこうなってるときに限って現れて! 何よ、監視でもしているの!?」
「副団長殿、お声を抑えて。ここは図書館ですよ」
「~~~~っ!」
ますます強く睨み付けられても、エルネストは恐れもしなければ臆しもしない。いい加減慣れた。
ミラベルの言う通り、なぜかエルネストは、ミラベルが不調を抱えて人目から隠れているときに限って、彼女に出くわしてしまう。監視しているつもりなど一切ないのだが、そう言われてしまっても仕方がない程度には、その頻度は高い。
「何度でも申し上げますが、私の治癒魔法はあくまでもその場しのぎです。やはり専門の医官に診ていただくべきでしょう」
「いいの。そんな暇があったら部下と模擬試合を重ねるべきだわ」
「健康な身体あっての模擬試合でしょうに」
「そんなの、私は……」
「副団長殿は?」
「……なんでもないわよ。とにかく、余計なお世話だけどお礼は言っとくわ。今回もありがとう。これっきりになることを女神に祈っておくわ」
ツンと顔を背けて一息でそう言い切ったミラベルは、そのまま立ち上がろうとする。
けれど長らくうずくまっていたその反動か、騎士団でも指折りの強さを誇るという彼女の足がまろぶ。
「おっと」
気付けばエルネストは、ミラベルの傾いだ身体を抱き留めていた。騎士団副団長と誉れ高い彼女の身体は、エルネストが思っていたよりもずっと細くて軽かった。
知らず知らずのうちに息を飲めば、「ちょちょちょちょっと!」と慌てふためく声が腕の中から上がった。
「は、はな、放してちょうだい!」
「あ」
飛びのくように腕の中から抜け出したミラベルのかんばせは、いつになく真っ赤になっていた。その赤を、なぜだか美しいと、そう思った。そしてその表情が。
「副団長殿」
「な、なによ」
「あなたはかわいらしい方ですね」
「!!!!」
ミラベルの赤かった顔が、より一層赤くなる。先ほどまでが赤い薔薇のようだったというのならば、今はもうゆでたタコのようである。
な、な、と、わなわなと唇を震わせて視線をさまよわせるその翡翠の瞳は、興奮のあまりか、うっすらと涙の膜が張っているよるに見えた。
「ど、うせ、色んなレディに同じこと言っているんでしょ」
「いえ、私が個人的に親しくしている女性はあなただけですが」
「別に私はあなたと親しくしているつもりはないわ!」
そう言い残すが早いか、ミラベルは足早にその場から去って行ってしまった。ほとんど走っているような歩き方だが、ここが図書館だということを踏まえてか、足音を立てずに静かに駆け去る見事な足取りである。
先ほどまで顔色を真っ白にしてうずくまり、肩で荒い呼吸を繰り返していた女性とは思えない。
「……かわいい、か」
自分で言った台詞であるというのに、なぜそう言ってしまったのか、自分でも不思議だった。
きっとそれが、きっかけだったのだろう。
気付けばエルネストは、意識的にミラベルのことを探すようになった。
黒蓮宮の新卒の雑用係という立場をいいことに、自ら伝書鳩係を買って出て、ミラベルが隠れていそうな物陰を覗き込む。すると不思議なことにいつも彼女のことを見つけられて、彼女にいつものように水魔法を行使し、「余計な真似しないでよ」と言いつつもいつだって「でも、ありがとう」と悔しそうにお礼を忘れない彼女に笑いかけた。
そうして、自分がそういう日々を楽しんでいるのだと気付きつつあるときのことだった。王宮騎士団が駐屯する青菖蒲宮の鍛錬上にて、ミラベルが模擬試合を執り行うということを小耳にはさんだ。
元より若い女の身で副団長という座にある彼女のことを気に食わないと思っている面々が、続けざまに彼女に試合を申し込み、彼女に恥をかかせてやろうと画策したらしい。ミラベルはその申し出を、自ら望んで受け入れたのだと言う。
エルネストはその場に駆け付けたころには、ミラベルは見事全員を完膚無きまでに叩きのめしていたが、その勝利の余韻に浸るような真似をせず、勝者であるにも関わらず逃げるように鍛錬場を後にした。
エルネストはその後を追った。嫌な予感がした。
「副団長殿」
「……ああ、あなた、やだ、またあなたなの」
誰もいない物置の陰に座り込んでいる彼女を見つけたとき、血の気が引いた。そんなエルネストの顔色よりも、ミラベルの顔色の方が、よっぽど悪かった。
慌てていつものように治癒をほどこすと、ミラベルは抗うでもなくエルネストの行為を受け入れてくれた。
「……無茶を、なさいましたね」
そんなつもりはなかったのに、責めるような響きになってしまったことを後悔した。
ミラベルは怒るでもなく「かっこよかったでしょ?」とからからと笑った。その強がりが透けて見える笑顔に、もうたまらなくなってしまった。
「好きです」
「え」
「あなたが好きです」
気付けばそう口にしていた。ぽかんとミラベルの口が大きく開く。その頬に手をあてがって、導かれるように彼女の唇を奪った。
まともな思考回路なんて残されていなかった。ただ目の前の女性が愛しくて、守りたくて、頼ってほしくて、ただそれだけで。そういう自分のことばかり考えていた自分。自分のことだけしか考えていなかった自分。
そんなエルネストのことを、ミラベルが赦してくれるはずがない。問答無用で力いっぱい拳で殴られた。
文字通り跳ね飛ばされた自分を、ミラベルは、顔を真っ赤にして、先ほどまでとは違う意味で肩で息をしながら、ぎっ!!と睨み付けてきた。美しい翡翠の瞳が透明な膜を張ってエルネストを捕らえた。
「~~~~ばか!」
そう言い残した彼女は、そのまますさまじい勢いで走り去っていってしまった。そこでようやくエルネストは、自分がやらかしてしまったことに気付いた。
後を追うこともできず、それでも諦めることなんてもってのほかで、その日以降もミラベルを探す日々が続いた。
だがしかし、今までは驚くほど簡単に見つけられていた彼女は、告白した日以来、ちっとも見つけられなくなってしまった。これは間違いなく避けられている、と悟らざるを得ず、それだけのことをしでかしてしまった自分に落ち込み、けれどやはり諦めることもできず。
平たく言えば、エルネストはとてもイライラしていた。いつも通りの穏やかな笑みを浮かべつつも、常日頃からエルネストに雑用を押し付けてくる上司達からは目を逸らされ、親友には「お前、その顔やばいぞ。何人殺してきた?」と真顔で問いかけられた。いつも通りの笑顔であるというのに、まったく失礼な親友である。
その親友は親友で、鉄の淑女と名高いアディナ家のご令嬢にご執心らしく、エルネストは「私のことよりも自分の心配をしたらどうだい」と笑ってやった。
そして、ミラベルに避けられ続けて二週間。先達ての模擬試合で彼女に叩きのめされた騎士団員達が集まっているのを見つけたのも、偶然だった。
彼らがミラベル・シド・リーディアスに対する暴行を企てているのだと理解してしまった時、文字通り理性が飛んだ。
その時のことは、後からになってもよく覚えていない。黒蓮宮の魔法使いによって自分が取り押さえられてから、ようやく自分が魔法を行使して騎士団員達の命を奪おうとしていたことを知った。
幸か不幸か、エルネストは謹慎処分で済んだ。騎士団員達の企てがあまりにも卑劣かつ悪質だったことがひとつ、そして親友がエルネストに対する減罪嘆願の署名を集めてくれたことがひとつあり、そのおかげだったのだろう。
エルネストの親友はいつだってとんでもないお人好しだ。本人にその自覚がないところが恐ろしいものである。
そして、自分ひとりで暮らしているランセント家本邸にて大人しく謹慎していたところ、一人の来客が現れた。ミラベルだった。
驚き固まるエルネストに、ミラベルは居心地が悪そうな顔で、「お見舞い」と一言告げた。追い返す真似などできるわけもなく屋敷に招き入れ、茶を淹れてもてなすと、彼女はそれらに手を付けもせずに、ぎっとエルネストを睨み付けてきた。
「馬鹿」
「は」
「聞こえなかった? 馬鹿って言ったのよ。本当に馬鹿じゃないの」
疑問形ですらない断定だった。いつぞやのミラベルのようにぽかんとするエルネストを、ミラベルはなおも睨み付けてきたが、やがて大きく溜息を吐いた。
「……ありがとう。私のために怒ってくれて。だめね、だめだわ。あんな奴らでも私の部下なのに、それなのに私、嬉しいって思ってしまった」
「それは」
「でもだめ。だめなの」
ふるり、と大きくミラベルはかぶりを振った。エルネストが手を伸ばしてその頬に触れようとするが、その手をミラベルはつかみ取り、両手で包み込んで、そして苦く笑う。
「私も、あなたが好きよ。好きに、なって、しまったの」
ぽろり、と。大粒の涙が、翡翠の瞳のまなじりからこぼれ落ちる。それは一粒ばかりでは終わらず、とめどなく彼女の頬を濡らす。
『あなたが好き』。そう言ってもらえて、こんなにもどうしようもなく嬉しくてたまらないのに、なぜだろう。ミラベルの表情は、エルネストの喜びを許してはくれない。
その涙をぬぐいたいと思っても、彼女がこの手を握り締めてきて、それは叶わない。
「私ね、もうすぐ死ぬの」
「……は?」
何を、言われているのか。
瞳を見開くエルネストに、ミラベルは泣きながら笑った。
「生まれたときに診断されていたの。もともと身体が弱くてね。二十歳までは生きられないって言われてた。私は今二十六だから、もう期限切れなの。今は随分長い延命期間ってとこかしら」
ふふ、とミラベルは笑った。信じられない、信じたくない言葉の数々に呆然とするばかりのエルネストの手をぎゅうと握り締めて、ミラベルは続ける。
それは告解のような響きをはらんでいた。
「だから私は後悔しない生き方をしようと思っているの。やりたいことは全部やる人生よ。だから憧れの騎士にだってなった。まさか副団長にまでなれるとは思わなかったけど、嬉しい誤算よね」
それは、どれほど強く、そして悲しい決意なのだろう。
後悔しない人生なんて、なんて途方もない願いなのか。
「でも、ひとつだけ諦めていたことがあるわ」
「……それはなにか、うかがっても?」
「ええ。他ならぬあなたに聞いてほしいの」
ぎゅうううううう、と、強く強くミラベルが手を握り締めてくる。
同じだけの力で握り返すと、彼女の白いかんばせは、美しい薔薇色に染まった。
照れくさそうに笑う彼女の、なんて美しいことか。
「恋」
そうして放たれたひとこと。
息を飲むエルネストの顔を覗き込み、ミラベルは続ける。
「恋をすること。私の死に巻き込まれるのは、私だけで十分だわ。だから、だから私は……っ!?」
気付けば身体が動いていた。ミラベルの手から自分の手を引きはがし、その代わりに彼女の身体を両腕で強くかき抱く。
騎士にあるまじき、細く、薄く、軽い、最愛のひとの身体は、驚くほどたやすくこの腕の中に納まってしまう。
「あなたが好きです」
「だ、だから私は……っ!」
「あなたが好きなんです。あなたの残りの人生を、私にください」
「わ、わたし」
「あなたを、愛しています」
「~~~~ばか! ばかばかばか! ばか!」
――――そして、結局どうなったかと言えば、誰もに知っての通りだ。エルネストが押して押して押しまくり、ミラベルはとうとう白旗を上げた。その白旗が、彼女の婚礼衣装となった。
ミラベル・シド・リーディアスは、ミラベル・フォン・ランセントとなり、幸福な晩年を過ごすこととなった。
たった三年の蜜月だった。けれどエルネストにとっても、ミラベルにとっても、奇跡のような三年だった。
いよいよ彼女が天の国に旅立とうとしたとき、枕元で彼女の手を握り締めているエルネストに、彼女は笑った。
「後悔のない、やりたいことを全部やった人生だったわ。ねえエルネスト。私の夢をかなえてくれてありがとう。いやだわ、ねえ、泣かないでよ」
ベッドに横たわり困ったように眉尻を下げるミラベルに、エルネストは何も言えなかった。ミラベルの願いはなんでも叶えてあげたいと思っているけれど、それだけは叶えてあげられそうになかった。
ただただ彼女の手を両手で祈るように握り締めて唇を噛み締めるエルネストに、くすくすとくすぐったそうに笑ったミラベルは「でもね」といたずらっこのようにパチンとウインクをしてみせた。
「一つだけ後悔……っていうか、やり残したことはあるわね」
「……なんだい?」
「私、あなたとの子供が欲しかったわ。この身体じゃ望めない話だけどね、でも、名前だって決めてあったの」
そうして彼女は、こっそり決めておいたのだという子供の名前をひそやかに大切そうに呟いて、ほう、と幸福な吐息をもらした。
「ゆっくりでいいわ。私、いくらだって待てるもの。急いでなんて来るんじゃないわよ。蹴り飛ばして追い返してやるんだから」
嫌だ。嫌だ。嫌だ。私を置いていかないでくれ。
そんなエルネストの言葉にならない思いをすべて理解しているに違いないミラベルは、何よりも誰よりも美しく微笑んだ。
「あいしているわ、エルネスト。またあいましょう」
ーーーーそれが、最期だった。
後を追おうかと考えなかったわけではない。けれど、親友や、その妻となった女性が、何かとエルネストのことを気にかけてくれて、彼らと付き合っていたらそんな暇なんてなくなってしまった。
そうして、それから数年後。エルネストは得難い宝を得ることになる。
エルネストはその宝に、エギエディルズと名付けた。ミラベルが望んだ名前だった。
***
それから、もう十年以上の時が流れ、そうして今がある。
エルネストとミラベルの願いと祈りが込められた名前を受け継いだ子供は、青年になり、いよいよ親になるのだという。
「ミラベル。まだ私は、君のもとには行けないね」
ふふ、とエルネストは微笑んだ。ああ、夏が待ち遠しくてたまらない。




