第4話 彼女はまだ気付いていない④
メインキャラ遭遇が終わって、私がどうしたかというと――
冒険者ギルドに向かいました。
依頼表は実際どんな感じなのか、確認しようと思ったんですよ。
で、討伐モンスター張ってある展示ボードを見ようとしたら、アレンさんが近づいてきました。
冒険者ギルド内に何人かいますが、受付の方も全然忙しそうではないので、どうやら彼は暇な様子。
私の意思では動けないので、イベントシーン中のようですね。
「討伐依頼を受けるのか? アンタ1人で?」
「そのつもりですけど……」
アレンさんは髪と同じオレンジ色の眉をしかめ、じっとルーシェリカさんを見下ろしました。
エドガー様並みに背が高いので、結構迫力があります。
かなり若く見えますが、ギルド長というからには最低でも30代後半くらいはいってそうですし、長年戦闘職についてた人間の凄みみたいなものが、こうヒシヒシと。
見た目、アクセサリーをジャラジャラ身につけた、スーツ姿だったらホストにしか見えないだろう軽そうなお兄さんって印象なのですが、威圧感は出せるようです。
「やめとけ。弱ぇーランクの討伐モンスターでも数が多い。徒党を組んでることが多いからな、そこそこ腕に自信があっても1人で行って、囲まれたらヤバい」
「……動ける時間が限られているので、いつ戻ってくると明確に分からない冒険者を待っている余裕がないのです」
賄賂、いくら掛かるか分からないですからね。
賄賂代を稼がないでほっとくと、貴族支持率ががが。
討伐モンスターをちまちま倒して民衆支持を上げつつ、モンスターが落としたり、捜索中に入手したアイテムを集めてお金に代えるのが1番安定した稼ぎ方でしょう。
「攻撃魔法も使えますから、群れからはぐれたりした対象モンスターを狙って討伐規定数まで倒していく考えなのですが、それでもいけませんか?」
遠距離もいけるんですか。
それなら、持っている戦闘スキル的に、ルーシェリカさんはオールラウンダー型なのでしょう。
近距離はナイフ、中距離は鞭、遠距離はナイフを投げるか攻撃魔法。
レベルが1でさえなければ、1人で充分ザコ集団の殲滅行動出来るっぽい。
「堅実で無理をしないやり方だ。悪くない。けど、運にもよるしなー…………んじゃ、こうしよう。本当に1人で大丈夫なのか、俺が確認してやる。アンタが討伐依頼受けて死んでギルドの評判悪くなるの困るし、今日は暇だしな」
ふっと、空中に選択肢が浮かび上がります。
アレンの申し出を受ける
受けない
モチロン『受ける』ですよ!
だって、ルーシェリカさんは実戦経験があるかもしれませんが、私はありませんから。
中学高校で弓道部でしたが、さすがに日本弓はこの西洋ベースの世界に存在しないでしょうし、動いてる的に当てるなんて真似はやったことないですし、無理無理。
だいたい、ルーシェリカさんは弓スキル持ってませんから。
私の住んでいる場所が田舎の方で、何処に行くにも車が必要という環境のせいなのか、車に跳ねられたイヌやネコやタヌキのグロ遺体は週1程度で見かけたりしますが、自分の手で作り出したことなんてありませんし。
一昔前の名作RPGのような操作ならいいですけど、アクションゲームのようにルーシェリカさんを私が動かさないといけない場合、ザコ相手でも死ぬ気がします。
私はゲームを貸してくれた友人に負けて劣らず、インドア人間なので。
暗殺された時、少しですが痛かったので、ほぼ確実に怪我とかしたら私も痛みを共有するでしょう。
マゾの気はないので、痛いのはノーセンキューです。
……そして、それ以降、彼女の姿を見た者は誰もいない……
とか、天の声に言われたくないですよ。
いくら夢とはいえ。
強そうな同行者、大歓迎です。
「……分かりました。では、お願いしますね」
「ん。素直で結構。まず初心者が受けるんなら、コレ」
アレンさんはボードから、さっと1枚の紙を剥がしてルーシェリカさんに渡しました。
おお。
普通に読めますね。文字自体は読めないですけど、日本語訳が浮かんで見えますよ。
何なに。
『急募!
討伐依頼ランクD
討伐希望数20匹
それ以上は3匹ごとに追加報酬あり。
最近カットバニィが異常繁殖し、近隣の畑や森を荒らしています。
被害拡大を防ぐため、早期に到達をお願いします』
賞金は私に関係ないので、スルーします。
カットバニィって名前からして、ウサギっぽいですね。
実は私が小さい頃、家でウサギ飼っていたんですよ。
随分前に死んでしまいましたけど、可愛いヤツでした。
ビジュアルがリアル風味でないことを、カーティス神に祈ります。
倒した証拠品は爪。
証拠になるくらいです。カットバニィの爪には、何か特徴があるんでしょう。
「アンタ、採取で使えるような袋は持ってんのか?」
「……ありません」
財布とか回復薬とか入れた鞄は現時点でありますけど、そういう袋ではないですね。多分。
「そっか。なら、受付にコレ出した時に袋欲しいって言えよ。有料だが、丈夫なの安価で売ってるからな」
なんだ。タダじゃないんですね。
ちょっとがっかりです。
私の脳内補完が現実志向訂正しているせいかもしれません。
単に、ギルドの利用料なのかも。
アレンさんに連れられて、そのまま一緒に手続きに向かうと、依頼手続きは無事に終わったのですけど、受付嬢サラさんに釘を刺されました。
「ギルド長……いいですか、くれぐれも失礼な真似はなさらないでくださいね」
「わーってるよ」
そう。釘を刺されたのはアレンさんです。
「本当に分かっていますか? 彼女の地位を、くれぐれも忘れないでくださいよ。貴方が普段相手にしているような女性とは違うんですからね? もし、地位を忘れたら年齢差を思い出してください。犯罪者になりたくないでしょう?」
アレンさんは悪い人ではなさそうですけど、外見から想像出来るように遊び人のようです。
冷たい声で忠告する受付嬢サラさんの銀縁眼鏡ごしの眼光は、どう見ても本気でした。
サラさん。心配しなくても大丈夫。
ルーシェリカさんは王城務めというだけでなく、小さい頃から暗殺者の訓練を受けて、職務中でも毒薬と爆薬を持ち歩くような、ちょっぴり危険な人物です。
万が一があった場合、きっとアレンさんを鋼糸できゅっと絞めて、制裁してくれますよ。
50ギラー支払って、背負い袋(大)を手に入れると。
私は同行者を連れて『王都の外に出る』を選びました。
さっきのイベントでターンが経過していたらしく、あまり王都から離れて行かないうちにルーシェリカさんはお弁当を取り出し、食べ始めます。
携帯食を持っていたのか、アレンさんも鞄からパンを取り出して食べ出しました。
この世界、ゲーム調で夢のくせに、イベントでない所でもご飯シーンがちゃんとあるようです。
私も少しお腹が減った感じがしましたし、味覚も作用してるんですよね。
あ、このハムみたいなの、美味しい。
この分だと、一週目20日間は選択肢の影響でカットされているだけで、ルーシェリカさんはちゃんと食事していたっぽいです。
食事を終え、獲物のカットバニィについてウンチクを垂れるアレンさんの声を聞きながら、森の方にルーシェリカさんは投げナイフ片手に進みます。
相変わらず、足音がしません。暗殺者訓練の賜物でしょう。
アレンさんは、むしろ正反対。
堂々と足音を立てています。
クマ避けなのか、鞄に幾つか鈴を付けているので、チリーンチリーンっという風に思いっきり鳴らしています。
耳につく音ではないので、私は気になりません。
肝心のカットバニィが警戒して逃げなければいいな――とは思いますけど。
「お」
「……見つけました」
10メートルほど離れた木の陰からぴょんと、茶色の毛並みのウサギっぽいものが3匹現れました。ウサギじゃないから、単位は匹でいいですよね?
ウサギっぽいものという言い方をしたのは、明らかに違いがあったからです。
私が知るウサギより倍以上の大きさで、目が楕円形ではなく三角形で目つきが悪い。
可愛くありません。
そして、にくきゅうからはみ出ている爪全てが、シャキーン! と効果音がなりそうなくらい、切れ味が良さそうに見えます。
今持っているナイフみたいですね。
けして単独行動しない、爪が凶器――アレンさんのいっていたカットバニィの生態と一致します。
「俺は見てるから、やってみな。1人じゃ無理そうだと判断したら、助けてやるよ」
助力なしですか。
まあ、王城関係者のルーシェリカさんが1人でも討伐こなせるかどうか、見物ないし命綱代わりとなりに来たっていうのが、アレンさんの目的ですものね。
とりあえず、距離があるので手に持ったナイフでも投げるべきでしょう。
「――そこっ!」
おや?
私の考えた直後に、ルーシェリカさんがナイフ投げました。
もしかして、戦闘は一秒以下で生死を分ける世界のせいもあって、私の考えが直接ルーシェリカさんの思考と判断され、行動となるのでしょうか?
ひゅっと風を切る音を立て、真っ直ぐにナイフはカットバニィの1匹に突き刺さります。
ナイフが刺さった1匹はそのまま青い血のようなものを流して倒れました。
そして、動きません。多分、ナイフが見事急所に刺さったのでしょう。
距離があるせいか、断絶魔のようなモノは耳に入りませんね。
倒れた仲間の様子に、ぎらーんと残る2匹の目が光ります。
あ、こっち見ましたよ。
敵討ちでもしようと考えているのか、すごい勢いで近づいてきます。
距離があるうちに何とか片付けないと。
距離的に魔法――は無理っぽいです。
詠唱に時間かかるでしょうし。
ナイフを投げても動いているから、命中率が微妙。
鞭ですね。
「はっ!」
気合一閃。
上着の下に隠していた鞭を取り出し、ルーシェリカさんは迫りくるカットバニィのめがけて振るいました。
びしィ! でなく、ひゅごっ! っていう、鞭ってこんな音が出るの? と、思わず突っ込みたくなるような音です。
スキルがMAXのせいで、威力が増している可能性が大。
美少女の手で振るわれ、唸りをあげる鞭。
ほぼ同時に命中し、左方向に吹っ飛ぶカットバニィ2匹。
映像にしてみると凄い絵が取れそうですね。衝撃映像すぺしゃる的な番組で使われそうです。
片方はすぐに動き出しました。そして、またも突進してきます。こっちはAとしましょう。
もう1匹は急所に入ったらしく、生きているようですがヨタヨタしていますね。こっちはBで。
じゃ、近づいてくるAは一度鞭で、ヨタヨタしているBはナイフ投げです。
「ちっ!?」
今度の一撃はカットバニィAの突進力で外れました。
いや、正確に言うと違いますね。
打撃としては外れた直後、ルーシェリカさんが鞭を操る手首を捻った途端、その先が地面に当たって方向転換。
まるで生き物のように方向転換した鞭がカットバニィAに巻きつきました。
巻きつけた獲物を引き寄せて更に鞭を操作し、そのまま地面に叩きつけるルーシェリカさん。すごい技術です!
今度こそ動かなくなるカットバニィA。
さくっとBの方はナイフ投げて終了です。
……憑依しているとはいえ考えるだけ、実際に動いたのはルーシェリカさんで、中距離攻撃と遠距離攻撃で手応えがなかったせいか、初めて殺戮の現場を見たというのに、私は映画を見ているような心境でした。
流れた血が青かったのも、そんな非現実的な感覚を後押しする一因があったかもしれません。
ルーシェリカさんはスタスタと動かないカットバニィに近づくと、やおらナイフで頸動脈を掻き切りました。念を入れてトドメを刺しているようです。
角度か何か計算して、返り血を浴びないようにしているらしく、その手に握ったナイフだけが青い血で汚れていきます。
「ふぅん……戦闘訓練受けたっていうの、本当だったんだな。筋が良い」
いつの間にか、少し離れた位置にいたアレンさんが傍にいて、私はちょっと驚きました。
トドメを刺した途端、カットバニィの遺体がホロホロ崩れるように消えていきます。
引き換えるようにその場に出現したアイテムを、せっせと拾うルーシェリカさん。その隣に、気付いたらしゃがみこんでいたのですよ。アレンさんが。
この1匹が落としていったのは、ギラリと鋭く太い爪と、ブロック状のお肉です。
それにしても。
ドロップアイテムゲットは、某物語や某最終シリーズと同じようで良かったです。本当に。
料理するのに魚をさばいたりすることはありますが、動物によく似た死体を、血抜き解体していろいろなモノを剥ぎ取る現場を見続けるなんて、想像しただけで鬱になりそうですし。
この辺は夢だけに、リアル路線でなくてよかった。
『ルーシェリカはカットバニィ3匹との戦闘に勝利した。
経験値を9手に入れた。
カットバニィの爪を3個手に入れた。
バニィの肉を3個手に入れた。
バニィの毛皮を1枚手に入れた』
ううむ。
レベルアップに必要な経験値って、何点なんでしょうね?