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金と黒の王国2  作者: 朔夜
彼女は手探りで進む
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第16話 彼女は戸惑う③

 ジェラールから薬草の採取における必要な道具について聞くと、ルーシェリカさんは自室に戻ってきました。


 ジェラールが言うには、摘み方が下手くそでボロボロになっても、たいして薬効に影響しないモノの方が多いそうですが、形が綺麗であった方が良い値がつくことは間違いなく。

 手ではとても採取出来ない硬いものも結構あるらしいので、良く研いだナイフや綺麗に採るための植物用ハサミが必要とのこと。

 手袋も必須。

 植物から自分の手を守るためもあるそうですが、体温に触れることで薬効が変化するモノもあるとのこと。


 そういうわけで、私は今、家探し中です。

 ナイフは一応持っているので、手袋を探しています。

 <青い鳥>で販売している付与付きの手袋は高いので、出来れば避けたいところ。

 レイニドールは雪国ですから、普通のモノなら持っているはず。

 と、いうか、最初に部屋を漁った時に見た気がするのです。


 あ。やっぱりありました。

 しかも、3つ。

 最も薄いのは、掃除用らしい布製の手袋です。

 次が柔らかい革製の黒い手袋で、裏うちのある内側がモコモコですね。オシャレ。

 最後に、見るからに分厚い、毛糸で何重にも編んだ手袋です。明らかに実用重視の寒波対策用。


 布はトゲ対応には薄過ぎる気がしますが、革は今の季節にはちょっと暑そうですね。

 一応、両方持って行くことにします。

 分かりやすい場所に出して置きましょう。


 さて。目的のモノは見つかりました。

 セルマに会いに行きましょう。


 ドアに近づいて選択肢を出して、『セルマを探す』を選びます。

 今日はどうなりますかね?


 ルーシェリカさんは西の塔に向かいました。


 ちょうどお昼休みの時間に当たったからでしょうか?

 昨日よりも格段に行きかう人々の数が多いです。

 穏やかな太陽の光が差す中、セルマと色違いで細部が微妙に違う格好の魔導師達が――実はアレって宮廷魔導師の制服のようです――連れ立ってゾロゾロ歩く様子は、私が見慣れていないせいでしょうか、とても異様な光景に思えます。

 背景のレイニドール王城が実用重視の機能美の作りではなく、いかにもお姫様が住んでいそうな白亜のお城だったとしたら、更に浮いて見えたことでしょう。


 私がそんなことを考えていると、塔の傍にある大きな池の方から話し声が聞こえてきました。


「――やり直し」

「えぇ~?! またですか~!」


 ルーシェリカさんのピタリと足が止まります。

 多分、両方とも聞き覚えのある声だったからでしょう。


「またも何も。お前の術が下手くそなのが悪い。なんだ、その雑さは。最初からやり直してみろ」

「師匠に言われた通り、昨日は半日ず~っと術発動していましたけど、気付いたの1人だけだったんですよ~! 師匠の求める水準が高過ぎるだけでしょ~!!」


 ルーシェリカさんは声の聞こえる方向に目を向けました。


 ルーシェリカさんから十数メートル離れた生垣の向こう。

 ベンチの近くで、2人の男女が対峙していました。


 1人はカソックに似た黒い衣装の上から白い肩布と銀の装飾を身につけている、20代半ばに見える金茶色の髪に長身痩躯の美男。

 他の宮廷魔導師とは違って、ベールを使って頭部や顔を隠していませんし、布の素材が遠目で見て分かるほど上等です。明らかに位階が高いと分かります。


 もう1人は両腕で抱え込むように大きな杖を持った、紫色の衣装のうら若い女性。


 やっぱりというか、シュダァとセルマの魔導師師弟コンビですね。

 セルマは目を潤ませた半泣き状態ですが、シュダァはそれに動じた風もない無表情。その蒼い瞳が冷め切っているように見えます。


「セルマ。誰が口答えしろと言った。俺はやり直せと言ったはずだぞ。しかも1人だろうが、見つかっているだと? 失敗を誇るな。修行不足だ」

「あぅぅぅ~。あの術疲れるんですよぉ~」


 垂れ目で端正な顔立ちなためか、一見穏やかそうで優しげに見えるシュダァですが、弟子を叱る声は氷柱のように冷たくて鋭いです。

 しかも、眼差しや声は感情豊かですが、無表情。

 下手に怒りの表情なんかを浮かべているより、怖いですね。


「それがどうした。さっさとやり直せ。渋った分、昼食が余計に遠ざかるだけだ。そんなに昼休み抜きになりたいか?」

「うぅぅ~。分かりましたぁ~」


 セルマはしょんぼりと両肩を落とし、抱え込んでいた杖を両手に持ち直しました。

 目を閉じて、杖の先端を地面に触れさせています。


 先程まで両者共に強い声音で話していたので具体的な内容まで聞き取れましたが、元々2人の居る場所からは距離があるのです。

 今、何かセルマが唱えている様子は見て取れるものの、私には聞こえません。


 ルーシェリカさんは足音も立てず、数メートル先の木の陰に移動しました。

 しかし、それ以上は近づくことなく、そんな師弟の様子を見つめています。

 多分、どちらかに気付かれて、とばっちりを喰らうのを避けるためでしょうね。


 セルマの足下から、彼女を中心として光が円状に湧き出し、その姿から見る見るうちに色彩が消えていきます。

 5も数えないうちに、セルマの姿が完全に見えなくなりました。

 先程の会話から想像ついていましたけど、昨日使っていた術ですね。

 

 シュダァは何処からか指揮棒を取り出すと、そのままセルマが居た位置にひゅっと振り降ろしました。


「――あたっ?!」


 その瞬間、光が弾けてセルマの姿が現れます。

 指揮棒の一撃は、見た目よりも威力があったようですね。

 打たれたらしい額を右手で押さえたセルマが、涙で目を潤ませているのが見えます。


「……魔力の練りが甘い。そのせいで強度がまちまちだ。この程度の衝撃で崩れるのがいい証拠だな。それに展開が遅過ぎる。2秒で発動し終えることが出来るようになるまで、自己修行時間にこの術以外は使うな」

「ええぇ~! 2秒なんて無理です無理ぃ!」

「俺は半秒で出来る。お前にも出来ないはずはない」

「100年に1人の天才と言われる師匠と一緒にしないでくださいよぉ~!!」


 ……この師弟の遭遇イベント、実は今の状況と同じような流れでした。

 シュダァが容赦なくセルマの未熟さを指摘して、セルマが嘆くという形でしたからね。


「俺が天才かどうかは関係ないな。そもそも、不可能なことは要求していないぞ。実際、修練を積み重ねれば誰でも可能だ。キールの弟子どもだって出来る」

「ほ、本当ですか? あの人達も……」

「……口答えするだけは飽き足らず、俺の言葉を疑うと? お前、何様のつもりだ」


 今まで以上に温度の無い声でシュダァが言い捨てました。相変わらず無表情ですけど、疑われてカチンときたようですね。

 師匠の機嫌の悪化を悟ったのでしょう。

 ひぃっ! と、一気に蒼褪めたセルマが咽喉に引っ掛かったような悲鳴を上げます。


「さぁ、昨日と同じように、今から夕食の時間まで術を持続させ続けろ。もちろん、昼休み返上でな」

「で、でも師匠。昼食が――」

「俺は今からやれと言ったはずだが」


 最後の一言は冷たくも温かくもなく、ものすっごく淡々としている声でした。


 それがまた冷気が漂っている時よりも怖く感じましたよ、私。

 ルーシェリカさんも息を呑んで小さく震えましたから、相当です。

 シュダァ、いえ、シュダァ様。マジ怖い!


 セルマも同じように感じたのでしょう。

 ガタガタ震えながら、何度も何度もぶんぶん頭を縦に振っています。頭に被っているベールがよく落ちないなと思うほどの勢いですよ。


「ああ。俺が居ないからってサボろうとするなよ。昼も食うな。もし言いつけを破ったりしたら……分かっているな?」

「はい!! サボりません! お昼も食べませんから! 的当てだけは嫌ぁぁ~!!」


 的当て?

 何のことでしょうね。ついに泣き出したセルマの怯えっぷりを見るに、相当過酷なモノのようですが。


「じゃあ始めろ。俺は休む」


 シュダァ様はそう言ってセルマから離れ、スタスタと歩き出しました。


 え?

 ちょ。こ、こっちに来る! 近づいてきちゃいますよ!?


 偶然かと一瞬だけ期待しましたが、目がバッチリ合っています。

 こんな時こそ選択肢が出ないものかとも期待しましたが、時は止まりません。

 十メートルもなかった距離はあっという間に詰まり――


 ポン!

 シュダァ様に肩を軽く叩かれました。


「時間あるだろ? アレの見張り、よろしく」

「――承りました。いつまで見張ればよろしいのでしょう?」


 ルーシェリカさんってば、即決。

 いや、気持ちは充分に分かりますけど。

 なお、セルマを見もせずに言っているので、だいぶ前からルーシェリカさんの存在に気づいていて、シュダァ様に気付かれていたことを双方理解している状態のようですね。


 シュダァ様は、にぃっと口端を吊り上げます。だから怖いって。


「そうだな……馬鹿弟子の監視なんかに、夜まで付き合わせるのはお姫様にも悪いし。夕方まででいい」

「分かりました」

「そう。じゃ、頼んだ」


 割とあっさりと、恐怖の化身シュダァ様は去って行きました。


 気を取り直したのでしょう。

 ルーシェリカさんがセルマの方に再び目を向けます。

 セルマはその場に留まったまま、涙を拭っていたところでした。


 ルーシェリカさんはその場で監視をすると思いきや、セルマに向かって歩み寄っていきます。


「あれぇ? 今日もこっちに用があったの?」


 声をかける前に、セルマの方が気付きました。

 ルーシェリカさんは頷き、近くのベンチに腰を降ろします。

 さっきの位置から長時間の監視行為は、道行く人の目についてしまうからでしょう。


「――導師シュダァより、夕方まで監視の役目を承りました。セルマ様」


 ぶっちゃけましたね。

 セルマの目の前で、堂々見張るつもりのようです。


 多分ですけど、ルーシェリカさん、きっと今回もセルマに対する何かの話を諦めたのでしょう。

 セルマ、今からお昼ご飯抜きで長時間隠形結界の修練をしなきゃいけませんからね。

 ルーシェリカさんが他の話題振ったりすると、セルマの思考が分散して集中力を削ぎかねませんし。


「………さすが、師匠。弟子を信用しないなんて、酷いぃ……」 


 がっくりと両肩を落とすと、暗雲を背負っているかのような表情で、セルマは囁くように嘆きました。

 しばらくの間、ブツブツとシュダァ様への文句を口にしていましたが、セルマは再び杖の先端を地面に触れさせると、何やら唱えます。

 術が完成し、すうぅっとセルマの姿が目の前から消えていきました。


 そういえばこの術って、発動している間は移動出来ないのでしょうかね?

 そこに居ると分かっていても、一般人には見えない状態なんですよ。

 発動し続けてさえいれば、別段ダラけようとも傍目には分かりませんし。


 私はそんなことをぼんやり考えながら、セルマの監視任務が終わるまでのんびりしました。


 太陽の位置が下がっていき、言われた時間になったからでしょう。

 ルーシェリカさんは帰る旨を視えないセルマに告げ、自室に帰りました。

 時が止まり、体の操作権が私に移行します。


「いち、にぃ、さん、しっ!」


 軽く体を伸ばしたり屈伸運動を行って、長時間ベンチに座っていたことにより固まった気がする筋肉をほぐします。

 ルーシェリカさんは何もせず、普通に歩いて帰ってきたので本来そんなことしなくても全然問題ないのでしょうから、私の気分的な問題。

 久々にラ○オ体操を第2まで実行です。

 真面目にやるとラ○オ体操は結構疲れるのものなのですが、さすがルーシェリカさんの肉体は私よりよっぽど鍛えているだけあって、全然平気でした。


 一通り終わって満足した私は、そのままドアに向かい、『ロゼを探す』を選択します。


 今日も鍛練所でしょうかね?

 私がそんなことを考えていると、やはりというか、ルーシェリカさんは鍛練所に向かっていきました。

 向かう途中、食堂に寄って差し入れを持っていくのも忘れません。


 今日も模擬戦か、1人で戦鎚メイスを振り回しているものだと思っていたのですが――当のロゼは、鍛練所の端の方で話し中でした。


 ロゼと話している相手は、白色人種のレイニドール基準では小柄に入るであろう男性です。目測で170あるかないかくらいですね。

 ちなみに。

 何故分かったかというと、ロゼとの身長差からです。元の私と同じくらいの身長であるルーシェリカさんより、ロゼは少し低い程度なので。


 騎士団は男性の方が多いようなので、別に同僚と話しているとしたら、おかしな光景ではないのです。

 でも、相手の男性は明らかに騎士ではありません。

 ドレスシャツにタイ、上等な生地のサーコートにステッキ。

 白いものが混じる金髪を後頭部へ向けて綺麗に撫でつけていて、煌びやさはないものの品が良く、明らかに貴族といった初老の紳士です。


「――話はそれだけだ。それと、時々は屋敷の方に顔を出せ」

「……分かりました」

「では、また」


 ちょうど話が終わったところのようです。

 紳士はコツコツと硬い靴音を鳴らして、ロゼの前から立ち去りました。

 進行方向である出入り口傍に居たルーシェリカさんは、失礼にならないように通路の脇に寄って頭を下げ、紳士の靴音が遠ざかるまでその場で待機します。


「――ロゼ」

「あ、ルー。今日も来てくれたんだ。差し入れ?」


 難しい顔で何やら考え込んでいたロゼですが、ルーシェリカさんが話しかけるとパッと明るい顔を見せました。

 ルーシェリカさんが頷いて差し入れの入った籠を差し出します。

 嬉しそうに籠を受け取る様子は、私の見慣れつつあるロゼと相違ありません。


「ついさっき、クエレ伯爵とすれ違ったわ。貴女に会いに?」

「ああ。ちょうどすれ違うよね。うん、お義父様、会いに来てたよ」


 何となく想像出来ていましたが、やっぱりロゼの父親だったようです。

 ロゼは気の無い様子で肯定すると、はぁっと大きく溜め息を吐きました。

 

「何か無理難題でも言われたの?」

「そうじゃないよ。次の国王陛下主催の夜会はクエレ伯爵令嬢として出ろ――って、言われたくらいで」


 騎士見習いとして務めているロゼに対しては、充分無茶だと思いますよ。それ。

 ロゼの声はただ気が重そうなだけで、嫌悪感は滲んでいません。


「あたし、リズム感全然ないのよ。夜会なんて出ても、壁の花にしかならないの分かってるのにさ。何考えてるんだろ」


 夜会というのは、ただダンスを踊って御馳走を食べるだけのモノではありません。

 各自情報収集や交渉、今後、新しく付き合いたい人間との接点作りを兼ねた社交場です。

 未婚の男女にとって、出会いの場所としても機能しています。

 その側面から考えると、伯爵は令嬢としてロゼに誰かを紹介させたいのではないですかね。つまり、お見合い。


 ルーシェリカさんは舞台裏の人間なので、私の考えたようなことはすぐに思い至ったはずですが、口には出さず。頑張って――と、だけ返しました。 

これ以降、中の人はシュダァを様付けで呼ぶようになります。

ちなみに。

『導師』は宮廷魔導師筆頭者に与えられる称号です。

最近、裏設定が書きたくてたまらなくなってきました。登場人物紹介を載せるべきか……

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