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金と黒の王国2  作者: 朔夜
彼女は手探りで進む
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第15話 彼女は戸惑う②

 今日はフレメイアの月、闇の6日。

 ジェラールと薬草採取に向かう予定の大地の日は、明日です。


 毎朝しているように、まずは神殿に向かって諸々UP作業を済ませ、さっさと王城に戻りました。


 冒険者ギルドに討伐クエストやアイテム依頼を身に行こうかと思いましたが、今日は同行者が居ないので王都から出る予定はありません。

 どっちも、依頼を受けてから達成するまでの日数が報酬に関係しているようなのです。


 討伐クエストの報酬は実質的にありません。

 ですが、なんとなくアレンさんの評価にも影響するような気がするのですよ。

 なので、王都から出ない日はチェックも止めて置きます。


 ルーシェリカさんが歩いているうちに、今日はどう動くのか、考えを纏めました。

 ジェラール、セルマ、ロゼの順に会いに行くことにします。

 

 何故そうしようと思ったのかといいますと。

 ジェラールは薬師なので、比較的他の2人とは違って時間的拘束が緩いです。

 朝と夕方は薬剤院で受付か工房アトリエで薬品製作で、昼間は空き時間なのか、その辺をフラフラしているっぽい。

 頻繁に利用者が来るというわけでもなさそうなので、いつ会いに行こうが、仕事の邪魔になっているという罪悪感を覚えにくいのですよ。


 セルマはアレです。

 昨日は夕方に会いに行って、まともに話にならなかったこともあり、時間を変えたかったのですよね。

 朝行けば、具体的にどんな通常業務か分かりませんけど、その邪魔になるかもしれないじゃないですか。

 ルーシェリカさんはその点も視野に入れて、小休憩の時間を狙って訪ねているっぽいですけど。


 ロゼは午前中は騎士団の人間と鍛練、昼間は基本的に王城内を巡回しているということが彼女との会話から分かっています。

 偶然の重なりですが、自己鍛錬の時間である夕方に会いに行くのは、絶対に仕事の邪魔にならない選択のもよう。

 なので、ロゼは夕方で固定。


 セルマとロゼが決まって、ジェラールは消去法で朝になったのですよ。

 と、いうわけで。

 『ジェラールを探す』を選択。


 ジェラールは職場か工房アトリエ、どちらにいるか固定じゃないからでしょう。

 ルーシェリカさんは先に近い方――薬剤院を選択したようです。


 しかし。

 ルーシェリカさんはが薬剤院に足を踏み入れた瞬間、その場でピタリと立ち止まりました。

 そして、目の前にパッと文字が浮かび上がります。


  堂々と中に入る

  気付かれないようにこっそり逃げる

  気付かれても良いから全力で逃亡する

  

 は?

 何でしょう。この選択肢は。

 何か薬剤院内で事件が発生したのでしょうか?

 三択ですが、うち2つは逃亡を提案していますね。


 ……あ。なんか、場違いなヒトがいますよ。

 嫌な予感がするので『気付かれないようにこっそり逃げる』で。 


 ルーシェリカさんはそっと掴んだままのドアノブを静かに押し、じりっと後ろ足で外に出ようと動きます。


「――待ちたまえ! シリス嬢!」


 そんな退避姿勢にあったルーシェリカさんを、受付に立っていたミゲル先生が大声を張り上げて呼び止めてきました。

 ルーシェリカさんは、見つかったと言わんばかりに小さく溜め息を吐きます。

 なんか、舌打ちでもしそうな様子ですね。

 

 完全に目で捕捉されてますから逃亡は諦めたのでしょう。

 ルーシェリカさんは前進すると、ドアノブから手を離しました。

 どれ選んでも気付かれたようです。


「おはようございます。ミゲル先生……そして、御前失礼いたします。大使様」 


 そう。

 薬剤院内には客人が居ました。


 歳は、30前後でしょうか。

 白いターバンを巻いた艶やかな黒髪、瞳の色は右が青、左が緑のオッドアイ。大柄で、彫りの深い顔立ちをしたハンサムな男性ですよ。

 褐色の肌に映える、ゆったりとした白いシンプルな民族衣装の素材は高級品質で、粒の大きい宝石が幾つも嵌まっている服飾品を何個も身につけています。

 護衛にシークと呼ばれてそうな感じ。


 そんな異国情緒あふれた格好の貴人ですが――何故、薬剤院受付こんなトコロに居るのでしょうか?

 ものすっごく、場違い感半端ないのですが。セリガン公爵。

 もちろん、此処に1人で来たわけではないようです。

 邪魔にならないようにか少し離れていますが、5人ほど護衛のような人間いますし。


「君、ジェラールに用があってきたのだね? 閣下の用件も、ジェラールにあるのだよ。ちょうど、他の人間は今日はまだ来ていなくてね。患者が来るかもしれないから、私は此処から離れるわけにはいかない。

 いやいや。君が来てくれて、助かった。ジェラールは工房アトリエに居るよ」


 まくしたてるように、勢い良くミゲル先生は事情を話しました。

 相当困っていたのでしょうね。

 確かにルーシェリカさんはジェラールに用があるのですが、客人の用件も聞かずに呼びに行かせるとは。


 セリガン公爵を行かせたくない理由は分かります。

 前回のようにジェラールが錬金術で調合していた場合、危険なんですよ。

 うっかり失敗したら、よく分からない現象が起こるかもしれないと本人が言っていましたし。

 ジェラールは集中力が半端なく高いので、来客に気付かない時点で無礼だと処断される可能性もあります。


「分かりました。ジェラール先生を呼んでまいります」


 ルーシェリカさんは言葉少なに頷くと、セリガン公爵に向けて一礼しました。

 そのまま素早い動作でその場から退出すると、工房アトリエへ向けて足早に歩いていきます。


 調合中でないと良いですけど。

 隣国大使を待たせているのが頭にあるので、ルーシェリカさんは前回のように気付かれるまで待つなんてしないでしょうし。


 薬草園の温室の脇を通り、あっという間に工房アトリエの前に辿り着きました。

 ルーシェリカさんは礼儀正しくノックをしましたが、返事がありません。

 前回のようにノックを繰り返すことなく、ルーシェリカさんはドアノブに手を伸ばすと、室内に侵入しました。


「――おはようございます、ジェラール先生。大変です!」

「はい?」


 ジェラールは、ちょうど次の作業工程に入りかけるところだったのでしょう。集中が弱まっていたらしく、声をかけるとすぐに気付きました。

 トゲ付きの木の実のようなモノを右手に、乳鉢を左手にした状態です。

 木の実のようなモノを、今からゴリゴリとすり潰そうとしていたもよう。


「ルーシェリカ。大変って、急用ですか?」


 セリガン公爵のことに思い至らないらしく、ジェラールはおっとりとした様子で首を傾げます。

 ルーシェリカさんは大きく頷きました。


「薬剤院へ、セリガン公爵が直々にお出ましになっています。ミゲル先生がおっしゃるには、ジェラール先生に用があると」

「……わざわざ閣下が? ああ。もしかすると、またアレの件ですかね?」


 どうやら、心当たりがある様子です。

 ジェラールは机の上に手に持っていたモノを置くと、そのまま踵を返し、工房アトリエの奥の方へとスタスタ歩いていきました。


 ジェラールの動きを追うと、前回倒れたことで寝かされていた仮眠室とは逆方向にある金属製のドアに手を伸ばしています。

 入口からすぐのこの部屋は、調合専門室らしく、各種様々な薬の材料は置いてあるようには見えません。

 保存方法もモノによって異なるでしょうし。

 なので、あの先はおそらく倉庫になっているのだと思います。


 ルーシェリカさんは追いかけることはせず、ジェラールの姿が金属製のドアの奥に消えていくのを見送りました。

 すぐ戻ってくると信じているのでしょう。

 ルーシェリカさんは椅子に腰かけることもせず、その場で立って待っています。


 しばらくして。

 ジェラールが戻ってきました。

 数十センチほどの大きさの長方形の金属缶を、小脇に抱えています。

 中身が軽いのか、それともジェラールは優男風の見かけによらず、意外に力があるのか。今のところ、判別出来ません。


 その缶の表面に、他との区別のためか何やら絵のようなモノが描かれているのですが、ジェラールの袖がたっぷりし過ぎているせいで何の絵かまでは不明。


「お待たせしました。じゃ、行きましょう」


 にっこりと微笑むと、ジェラールはそう言い切りました。

 ルーシェリカさんは反論することも無く、ドアノブを手にして入口を開け、その脇に待機すると先にジェラールを工房アトリエの外へと出します。

 そのあとを追って出ると、ジェラールは鍵を手にして待っていました。

 工房アトリエの戸締りは毎回しっかりするもよう。


 鍵を掛け終えると、2人は足早に歩き出しました。

 程なくして、薬剤院に到着。

 ルーシェリカさんが率先してドアを開け、荷物を抱えたジェラールを通します。


「――お呼びと聞き、参上いたしました。セリガン公爵。お待たせして申し訳ございません。本日はどういった用件でしょう?」


 入口から中に入りながら、ジェラールは丁寧な口調で声を掛けました。

 セリガン公爵は国内トップクラスの賓客ですが、あまり緊張した様子ではありません。


「……前に世話になった際、アッディールで良いと言ったが?」


 ルーシェリカさんが薬剤院内に足を踏み入れた瞬間、不機嫌そうに眉間に皺を寄せたセリガン公爵の渋い声が響きました。


 ルーシェリカさんは不興を買ったジェラールを見捨てるより、中の様子の把握を優先したもよう。

 少し離れた、全員の様子が見える位置に移動しました。


 セリガン公爵はロビーの長椅子にゆったりと座っておられます。

 その発言に慌てるミゲル先生と、臨戦態勢に入る護衛集団。

 同じ視界内の出来事ですので、他の人間の様子も見えているはずですが、ジェラールは至って静かに答えました。


「前回、周囲に耳目はございませんでした。その点を考慮してのことですが、御不快に思われたのでしたら改めます」

「そうか。ならば改めよ」

「はい、アッディール様」


 ジェラールが訂正すると、眉間の皺を消して満足そうにセリガン公爵は頷かれました。

 名前を許されているとなると、相当気に入られているんですね。

 どんな事情でそうなったのかが、気になるところ。


「――ん? ジェラール、何を抱えている?」

「ああ、これですか? アッディール様自らお越しだと聞き、今回も前回と同じモノをお求めではないかと愚考いたしまして」


 ジェラールは抱えていた缶を、セリガン公爵にも見えるように自分の前へと持ち直しました。

 片手ではなく、両手で持っているので缶に描かれている絵と文字が良く見えます。

 黒というか、焦げ茶っぽい色の豆のような絵ですよ。

 文字の方は『クァクの実』と翻訳ルビに書いてあります。簡単に開け閉め出来るように、密封可能な蓋がついていますね。


 んん?

 あの絵、見覚えのありますよ。私の居た世界で――ですが。

 機会がなくて直接見たことはないのですけど、テレビで映っていましたし。


「ジェラール。お前の考えた通りだ。先日の雪崩の影響で道が封鎖されたらしく、私宛の荷が予定通りに届かなくてな。在庫を持っているのなら、望みの値で売って貰おうと思ったのだ」

「左様ですか」


 私の知っているモノと同じものか考えているうちに、両者の会話は進みます。


「では、前回と同じ値段で」

「……十倍吹っ掛けてきても、私は納得するのだがな? クァクの実は、我が祖国であるミーミルでも一部の地域でしか採取出来ていない、貴重品なのだから」


 セリガン公爵の言葉は事実らしく、護衛の1人が驚いたようにジェラールをマジマジと見ています。

 このレイニドールでは、相当希少品らしいですね。


「――前回も同じことを申し上げましたが、お譲りすることで正規の市場価格以上に貰っても、使い道に困ります。私どもはそう度々使用するわけではありませんし、求めている方の元で使用された方が倉庫にしまい込まれているよりよろしいでしょう」


 無理をして言っている様子が全く見受けられません。

 多分、ジェラールって、金銭欲とかが薄いんでしょうね。

 人物図鑑の説明を思い出してみるに、変人扱いされてますが、貴重な材料を使った薬品だろうと実験薬なら全く値段取らないようですし。

 国から予算が出ているというのもあるでしょうが、本人に商売っ気が無さそうです。

 あくせく稼ぐ気にならないのでしょう。

 羨ましいことです。


「そうか。ならば、正規市場価格で買おう――おい!」

「「――はっ!」」


 護衛の2人が進み出ると、1人は服の中から何やら紙の束のようなモノを取り出し、セリガン公爵に渡しました。もう1人は、万年筆のようなモノを取り出して、差し出します。

 セリガン公爵は紙の束をめくると、ペンでサラサラと数字を書いていきました。

 この世界には小切手があるようです。

 ルーシェリカさんの位置からは、セリガン公爵の手が影になって全体がよく見えませんが、かなり高額のもよう。


 ビッと音を立てて綺麗に切り取られた小切手を差し出され、ジェラールは受け取りました。


「確かに。では、こちらをどうぞお受け取りください」


 また違う護衛が進み出て、ジェラールから缶を回収。

 セリガン公爵の前に持って行って、蓋を開けると中身を確認しています。


「ああ。良い豆だ。やはり、朝はコレがないとな」


 うん。

 やっぱりクァクの実って、私の世界で言うアレっぽい。

 セリガン公爵、常用しているっぽいセリフですから、多分朝が弱い人なんですね。


「私がいつまでも此処に居ては、利用者に迷惑がかかるな。用件も済んだことだし、今日のところは帰る。ジェラール、また呼んだ時には参れ」

「はい。必ずや」


 そんな風に。

 ご機嫌な様子のセリガン公爵とそのお付き達は、嵐のように去って行きました。


「……ジェラール先生。クァクの実とは、いったい?」

「あれ? 貴女の立場で知りませんか。確かにレイニドールでもミーミルでも珍品に当たりますが、厄介な客に要求された時、分からないでは困ったことになりますよ」


 一般的ではないのは分かりますよ。

 むしろ、今まで嗜好品の飲み物って紅茶しか見ていません。


「……アレは既に加工された状態ですが、更に豆を石臼などで粉末状に挽いて湯に溶かしたり、煮出したりして飲みます」

「え? 飲み物なんですか?」

「はい。クリームや、焼き菓子の生地に混ぜこんだりすることもあるようですが、基本的にはクァクと呼ばれる飲み物とされます」


 やっぱりコーヒーですか。

 私、緑茶派である前に、刺激の強いモノが苦手でして。

 コーヒーはカフェオレくらいに甘くしないと飲めませんし、ワサビ少量でも涙目(だから寿司は必ずサビ抜き)、食べるラー油でも涙がこぼれます。

 カレーは中辛まで、キムチは辛さ控えめなら何とか食べれますけど。


「クァクは、苦いですよ。色は黒です。刺激が強く、覚醒作用がとても高いので、アッディール様のように朝すっきり目覚めたい方が愛飲しています」

「そうですか……そのようなものが……」


 感心したようにルーシェリカさんは呟き。

 ジェラールは頬杖をつくと、呟きました。


「――ところで、ルーシェリカ。ボクに何か用があってきたのでは?」  

何故か、ジェラールが出てくる話は毎回6000字近くなります。



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