第14話 彼女は戸惑う①
自室に戻ったので、賄賂方法について気になっていたこともあり、用語図鑑を読むことにしました。
むしろ、チェックするのは今更な感じかも。
現時点で、異世界発覚から4日経ってますし。
今までスルーしていたのは、ただ、賄賂といえば高額になるだから、もっともっと溜めてから考えよう――と、いう想いがあったからにすぎません。
机に近づいて、『図鑑を見る』で『用語図鑑』を選択すると、ルーシェリカさんが椅子に腰かけて事典を開きます。
さてさて。賄賂は載っているでしょうか?
『賄賂。
貴族支持率を手軽に効率良く上げる手段。
イリスに話しかけ、規定以上のギラーを支払うことで数値上昇。
ちなみに、賄賂の金額は一律100000ギラー。所持金がそれ以下の場合、イリスに話しかけたとしても話題にすら上らない』
わぁ。
普通に載ってましたね。
それにしても、10万ギラー……
高いだろうなと覚悟していましたが、やっぱり賄賂ともなるとそれくらいは掛かるんですね。
確か、今の所持金って2万ちょっとくらいだった気がします。
異国の大使がくれた手間賃代わりの『ミーミル産高級茶葉』と、行き倒れてたカツラ装着画家がくれた『小さな風景画』を売り払った合計が、そんなもんだったハズ。
鮮度が買い取り金額に関係ある肉類などは、即日か翌日に全部売り払っていますが、稼ぎとしてみたら微々たるものです。
まだアイテム依頼受けていませんから、それほどの額が動いていません。
一応、ちゃんと幾らあるのか確認してみましょうかね。
『ステータスを確認する』を選択です。
5日目・夕・自室
ルーシェリカ・シリス(17)
レベル5
HP 122/123
MP 101/102
称号 ナタリー王女付きメイド長
ばにぃ・きらー
属性・闇
状態・健康
所持金 25532ギラー
戦闘スキル 短剣A(MAX)
鞭A(MAX)
格闘C
闇魔法B
急所攻撃S(MAX)
連続攻撃B
緊急離脱C
投擲D
一般スキル メイドA
薬学知識C
スキルポイント 残り10P
装備 投げナイフ/皮の鞭
上級メイド服
所持品 爆薬(液体)/鋼糸/毒薬(効果・麻痺)
回復薬(小)4
解毒剤4
背負い袋(大)
イヤーマフ
素材アイテム(コンテナ内・五十音順)
カットバニィの爪4
キラービィの触角5
キラービィの羽17
キラービィの針17
ソードバニィの毛皮1
ソードバニィの角1
バニィの毛皮8
マンドラコラのカケラ10
マンドラコラの根3
レッサーボアの牙1
贈り物アイテム なし
特殊アイテム 謎の仮面
宝くじ5
うむうむ。
予測通りといえば、予測通りの金額です。
賄賂可能金額まで、約75000ギラー。まだまだ先は長いもよう。
HPとMPが1ずつ減っているのは、今日の祝福の成果でしょう。
スキルポイントも然り。
やっぱり装備していないモノは、所持品行きになるんですか。
王都外での戦闘だと、『上級メイド服』が『孤児院卒業祝い・院長特製ワンピース』に変化しますから、これも予想内ですよ。
それにしても……空の様子から気付いては居ましたけど、もう夕方です。
今日は2ターン分、強制消費したようですね。
もう今日は私、王城の外に外出するつもりはありません。
夕方のターン、誰に会いに行きましょうか?
ロゼかジェラールに会いに行くか、それとも、今までスルーしてきた人間に会いに行くか。
ロゼは昨日1日一緒でしたし、ジェラールは大地の日に一緒に過ごす予定。
この2人はこのまま週末まで時間を進めた場合、会いに行った回数が同じになりますね。
まぁ、ロゼのPT加入可能日は週2なので、すぐ彼女が1番になるでしょうが。
強制的に過ぎることもありますが、1日は3ターンです。
討伐に出ない日、定期的に会いに行く人間をもう1人、決めた方が良さそうな気がします。
一緒に討伐モンスターと戦ってくれるヒト、大募集。
……アレンさんは申し出てくれましたけど、初日の様子からしてあんまり当てになりそうにないですしね。
エドガー様は戦闘能力超高そうですし、ミハイル王子も義務行使するために鍛えているでしょう。
今日のお茶会の途中、ご主人様が扇を膝から落としたのを拾い上げて気付いたのですが、アレ、一般的に出回っているモノの重さではありませんでした。
見た目はごく普通なのに、手首にずしっとくる重さ――内部の骨組みが金属製っぽかったです。多分、中身は鉄製。
今まで扱っているのに違和感がなかったので、護身用暗器として昔から持っているのでしょう。
つまり、戦闘能力ゼロではないご様子。
そんなご主人様を簡単に取り押さえていたレディ・マクスリールも、おそらく護身術を齧っているでしょうね。
王族4名とも全員戦えそうですけど、本人がOK出しても問題が発生。
戦えるといっても、公務でもないのに王族を戦場に連れていったと周囲に知られたとすれば、当然のように不敬罪です。
本人の了承があっても、国が良いって言わなきゃ駄目。
このレイニドール王国は専制君主制ですから、牢屋で臭い飯どころか、物理的に首が飛んだとしても全然おかしくないですよ。
ルーシェリカさん、平民ですから縄でぎゅうっと絞首刑でしょうね。
服毒かギロチンでスパンは貴族、この世界にあるか分かりませんが、銃弾でハチの巣は軍人の処刑方法です。
当然、地雷は避けます。あの4名は選びません。
レディ・マクスリールは降嫁したので、現在は貴族の括りに入っている可能性はあります。
でも、彼女は国王直系の血脈を持つ未亡人という立場なのですよ。
世界観的に再婚を阻害するような宗教ではなさそうですし、彼女は美貌の持ち主で、まだ若く健康そう。
国王様が、他の自国貴族や他国の王族に嫁がせることが出来る有力な駒として扱っている場合、ヤバさはたいして変わりませんね。
シャールさん。
使用人立場の人間の半数は護衛兼任(byロゼ)だそうなので、戦闘能力を持ち合わせている可能性はそれなりにあります。
ですが、明らかにライバル陣営の人間です。しかも、特に付き合いが深いというわけでもなく、至って事務的な間柄ですよ。
協力してくれるようになるまで、かなり時間が掛かることでしょう。
セリガン公爵――他国の親善大使様に、いちメイドの職務を手伝わせる。
無いです。
モンスターと戦わせるなんて、もってのほかですよ。
本人が了承していても、駄目でしょう。下手をすると――それが原因で怪我でもした日には、戦争勃発ですし。
宮廷魔導師の師シュダァと、弟子セルマ。
休みの日に手伝ってくれるなら、あんまり問題なさそうですね。
カミル――画家に戦闘能力って必要でしょうかね?
平民出身だった場合、パトロンを無事に捕まえるまで苦労を重ねているでしょうから、武術の心得があったとしても、おかしくありませんけど。
うん。
戦力目当てにするのなら、シュダァかセルマのどっちかですね。
凄い魔法を見たいのならば、シュダァ。
見た目の方は若かったですけど弟子がいるんですし、それだけ実力もあるでしょう。
ルーシェリカさんの負担を考えるなら、セルマ。
忘れてはいけません。
ルーシェリカさんが、隠れ人見知りだということを。
なんといっても同性ですし、見た目の年齢も少し上程度でしたから、シュダァより負担はなさそうです。
……うん。決めましたよ。
シュダァよりレベルは低かろうと、ルーシェリカさんの精神的な負担を減らすことにします。
私は扉に近づいていきました。
浮かび上がる文字の中、『誰かに会いに行く』を選択して、その次に『セルマを探す』を指でタッチ。
ルーシェリカさんはそのまま建物の外へ出ていくと、西の塔に向かって歩き出しました。
折しも、時間帯は夕方。
空の色はそこまでオレンジ掛かっていませんけど、西日が目に刺さります。
ルーシェリカさんも、やはり眩しいのか、やや目線が下を向いていますね。
……魔導師の職場である塔が西にあるってこと、すっかり度忘れしていましたよ。
もし私が憑依状態じゃなかったら、目を押さえて天空の城の某大佐のセリフを口に出していたことでしょう。
時折、通りすがりの人間に話しかけながら、目的の人物を探します。
あっちに行ったり、こっちに行ったり。
うろうろうろ。
そんな風にルーシェリカさんが探し続けていると、空の色が燃えるような赤へと変わり――赤みが抜けて、薄闇の藍がかった水色へと変化していきました。
……なかなか見つかりませんね。
もしや、今日は王城内に居ないとか?
でも、魔導師らしい人間にもセルマのこと聞きましたけど、今、何処に居るか知らない――とは言っていましたが、今日は城内に居ない――とは言いませんでした。
嘘をついて、誰かの命令を受けて探しているかもしれないメイドを騙す利点はありません。運が悪ければ、身の破滅に繋がりかねませんから。
だから、確実に王城の中の何処かに居るはずです。
不意に、ルーシェリカさんがピタリと立ち止まりました。
お昼が早めだったので、その分お腹は空いていますが、諦めて夕食取りに行こうと結論を出したのではないようです。
だって、じっと何もない一点を見つめていますからね。
私には何も見えませんが、何かを感じるからそうしているのでしょう。
ルーシェリカさんと私は感覚は共有していますが、全く同じ程度に感じるかというとそうではありません。
ルーシェリカさんの方が、明らかに鋭いのです。現に、エドガー様と初遭遇した際、私よりも早く接近に気付いていました。
私の場合は自分の体の時と同じくらい。
ルーシェリカさんはひたすら、その一点を見つめ――おもむろに両手を振って、袖の内側に隠していた投げナイフをそれぞれ手の中に移動させました。
はい?
いきなりのことに戸惑う私をよそに、ルーシェリカさんは右手のナイフを投擲しようと降りかぶり――
「――ああ! まってまってぇ~! 私、怪しい奴じゃな~い!!」
慌てたような女性の声が、何処からともなく響きました。
薄闇の中、ルーシェリカさんが見つめていた場所。
そこに、円と幾何学模様を組み合わせた薄ぼんやり光る魔法陣の上に乗った人物が現れました。
被った大判のベールからこぼれている冬の空のような灰色の髪、切れ長の眼は青紫。
金具で固定した違うベールで口元を覆い、ほっそりした体をカソックによく似た衣装で包んだ若い女性です。
ベールも衣装も落ち着いた紫色で、白い肌によく映えて似合っていますね。
占い師と神父がごちゃ混ぜになったような、顔半分を隠していることといい、怪しいといえばこの上なくも怪しい格好の人物ですが――私にも見覚えのある女性でした。
「――セルマ様でしたか。失礼いたしました」
ルーシェリカさんは声がした時点で、ナイフを降りかぶった体勢のまま、ピタリと停止していました。
彼女――探し続けていたセルマの姿が確認出来ると、両手のナイフを元の位置にしまい込みます。
「ですが、王城内で今のように隠形結界を張っておられると、私のように賊が居ると勘違いする者も居ることでしょう。おやめになった方がよろしいかと」
「それは分かる~」
うんうんとセルマは大きく頷きました。
彼女が手にした杖を振ると、足元の光る魔法陣が掻き消えます。
「でもね。師匠からの課題で、結界術の訓練しなくちゃいけないから半日やってたんだけど……君が初めてだよ~? 私に気付いたの」
「そうですか?」
「そうそう。君が凄いのか、それとも、食事の時間になったせいで私の集中力が落ちてたのか。どっちだろ?」
セルマ。そんな風に首を傾げて心底不思議そうに聞かれても、ルーシェリカさんは立場的にはっきり答えられませんよ。
魔導師の方が社会的立場は上のようですし。
私はルーシェリカさんが凄いに一票ですが。
「……セルマ様はお腹が空いておられるのですか?」
「うん。お腹空いた~」
セルマは自分のお腹を両手で押さえると、とても悲しそうな顔で俯きました。
ルーシェリカさんがどう返したものかと戸惑っている様子です。
そうしている間に、セルマは何故か、ハッと息を飲んで目を見開くとポンと手を打ちます。
「そーだ。一緒に行く?」
悲しげな顔からひらめきの表情、そして、今度は童女めいた幼い笑顔を浮かべて、セルマが聞いてきます。
目元周辺しか見えませんけど、すごく表情豊かですね。
くるくる変わって、目が離せません。
「? 何処へ、ですか?」
「え? 食堂だよ~? お腹空いたし」
……遭遇イベントではシュダァの方が印象が強かったので気付いていませんでしたけど、セルマってちょっぴり不思議ちゃんというか、天然さんっぽい印象ですね。
単に、とてつもないマイペースな可能性もありますけど。
「ね? 行こう? まだ食べてないでしょ~?」
「……はい。それはそうですが……」
「良し! 食堂はこっちだよ~」
にぱっと嬉しそうに目を細めて笑みを深くすると、セルマは戸惑うルーシェリカさんの手首を握って歩き出しました。
引っ張られ、つられたような足取りでルーシェリカさんは歩き出します。
「塔の方が近いから、そこで食べよう。たまに部署の違うヒトも食べていくから、大丈夫!」
「わ、分かりました。あの、セルマ様。そのようにされなくても、歩きますので」
「そう? じゃ、ハイ」
セルマは食事中もずっとそんな感じで。
普段は足を踏み入れない場所であることも影響したのでしょう。
ずっとセルマのペースに乗せられっぱなしで、上手く話の糸口を掴めなかったらしく、ルーシェリカさんは夕食を済ませるとそのまま自室に帰りました。
風邪引いて、数日ダウンしてました。
最初、鼻が痛いから花粉症にでもなったかと思っていたら……熱は下がりましたが咳と鼻詰まりが酷くて睡眠が浅く、夜中何度も目が覚めてつらいです。
皆さまも体調管理にお気を付け下さい。