第12話 彼女はすでに巻き込まれている①
今日はフレメイアの月、光の5日です。
昨日はあの後、カットバニィ2匹と遭遇した程度で、他には特に何事もなく王都に辿り着きました。
ロゼを鍛練所内の医務室に連れて行って軍医に診てもらいましたが、異常なし。
拒絶反応は出なかったのか、解毒薬が効いたのか。
どちらにしろ、無事で何よりですね。
自室の外に出ようとしたら、見覚えのない大きな箱が室内にあることに気付きました。
木製で横幅2メートル前後、縦幅・深さが数十センチほどの長方形の箱です。
私が箱に近づくと、空中に文字が。
素材アイテム保管庫『コンテナ』が出現しました。
背負い袋(大)内のアイテム容量が8割を超えています。
自室にあるコンテナ内で保管することが可能になりました。
移動時に所持している全アイテムの総重量が軽いほど、素早い行動が出来ます。
コンテナ内にアイテムを保管しますか?
する
しない
私は『する』を選択しました。
今日持ち出すことが必要なアイテムだけ選んで、残りは全部、いつの間にか部屋の片隅に存在していた木製のコンテナの中に、分かりやすいよう分類分けして入れていきます。
スピードタイプの戦闘姿勢であるルーシェリカさんが、自分の利点を落とすというのは結構な負担ですし、新しい入手アイテムを運べなかったら困りますからね。
昨日は王都に着いたら直行で王城に帰還したので、私はいつものように闇の神殿で『祝福』と『祈り』を済ませた後、<青い鳥>に向かいました。
そこで『鮮度・まあまあ』になったバニィの肉4個と、ボアの肉1個(レッサーボアの戦利品)を売り払います。
鮮度のせいか、以前よりも1個当たりの買い取り金額がちょっと落ちて、バニィの肉は計40ギラー。
ボアの肉は入手しにくいのか、5倍の50ギラーで売れました。
「毎度あり! また来てくださいね」
そんなグレーテルさんの声を聞きながら、私は<青い鳥>を後にすると、そのまま冒険者ギルドに向かいました。
エライ目に遭いましたが、一応、マンドラコラの討伐数は倒し終わったので。
何故か受付に座っていたアレンさん相手に、他の受付は空いてなかったこともあって、私にはどうしても大根の葉っぱにしか見えない、証拠品である『マンドラコラの葉』を提出しました。
直後発生した色とりどりの花火のような演出をぼんやり眺め、響き渡る天の声を聞きます。
『討伐依頼達成しました。
民衆の支持が10上がった!
証拠品として、マンドラコラの葉を10失った』
今回は称号の授与はないようですね。
マンドラコラにトドメ刺した数はロゼの方が多かったですし、条件である一定数に満たなかったのでしょう。
「これで2件目達成だって? 順調だな。マンドラコラが倒せたなら、もう1つ上のランクの討伐クエスト受けてもいいんじゃね?」
「今回は、私1人の力で成し遂げたわけではありませんよ」
「知ってるぞ。可愛い騎士見習いのお嬢ちゃんに手伝ってもらったんだよな?」
「……どうして、貴方がそれを?」
「見慣れない人間が居るなと思って話しかけたら、普通に教えてくれたが」
帰ろうとしたところで、アレンさんに捕まりました。
ルーシェリカさんって、割と押しに弱い人ですよね。
ミレイ嬢(部下メイドその①)といい、ジェラールといい、その他遭遇イベントでも結構勢いに押されて流されていましたから。
まあ、ジェラールに対しては恩人意識がありますし、単純に押し負けたとは言い難いでしょうけど。
「時間あるなら、ちょっとこっちに来てくれねぇか?」
そう言って、アレンさんは受付の後方――初日に通された、特別なお客様対応部屋のある2階へと進む階段を指し示しました。
アレンの申し出を受ける
受けない
これって、冒険者ギルドからのお知らせでしょうか?
アレンさん、外見はチャラいですが、これでもギルド長ですしね
そう判断した私は『申し出を受ける』を選択しましたが、通された先では何故か、アレンさん自らの給仕によりお茶をいただいております。
今、手が空いている適当な人間が他にいないだけだからかもしれませんが……前にも思いましたけど、ギルド長って、案外暇なのでしょうか?
出て来たのは、見た目、色、薫りからして紅茶です。
……私、あんまり紅茶好きじゃないんですよね。
何派と聞かれたら、毎日朝食夕食後、茶葉から淹れて飲んでいたくらいの緑茶派ですよ。お昼は朝淹れた水筒のお茶です。
うぅ……緑茶が恋しい……
ルーシェリカさんは私の嗜好どころか存在すら知らないはずなのですが、2人掛け用のソファーに座って、ほんの一口だけ、申し訳程度に飲みました。
多分、あんまり長居する気がないのでしょうね。
「――それで、今回は私に何の御用でしょう?」
単刀直入に、ルーシェリカさんは尋ねました。
天気の話や世間話すら、前振りで語ることなく。
前言を訂正します。
ルーシェリカさんとしてはアレンさんの用が済んだら、さっさと冒険者ギルドから出たいもよう。
「あ~……ま、手っ取り早いから、いっか」
ルーシェリカさんの礼儀正しいけど、そっけない態度に。
ちょっと困ったような表情を浮かべていましたが、対面のソファーに腰を下ろしたアレンさんは苦笑すると、ズボンのポケットから畳んだ紙を取り出しました。
アレンさんは2人の間にある長方形のテーブルの上に、取り出した紙を広げて置きます。
これは――地図でしょうか?
日本語訳がルビのように振られたこの世界の文字の地名、川や湖、山らしいものが所々記されています。
正確な地図は軍事機密ですから、あまり詳しいというものではありませんが、おそらく庶民が参考にするものとしては上等な部類に入るモノでしょう。
「3日前に、アンタが遭遇したソードバニィの件だ。ソードバニィの生息地は本来、此処――レステ山のふもと辺りで、例えば山火事が発生して、こっちの方に一部が流れて来たと考えてみても……」
アレンさんの示すレステ山は、地図上でも王都からだいぶ離れた位置に記されています。
「この通り、王都からだと早馬を出しても1週間かかる距離、離れている。在りえないとは言い切れねぇが、かなり不自然だ。
レステ山の方周辺は豪雪地域だから、毎年の状況から考えるとまだ雪もかなり残っている状態だろうし、そもそも、山火事が自然発生する可能性は低い。雪崩で住処がやられたとしても、近い位置に豊かな森があるからな。こっちまで、わざわざ長距離を移動する意味がないだろ?」
とんとんと、アレンさんは地図上の森を何箇所かを叩いて示して見せました。
確かに、王都よりも近い位置に森がありますね。
ソードバニィとの遭遇が、かなり不自然な状況だというのがよく分かります。
ルーシェリカさんも頷きました。
「確かに。とても不自然ですね。では、ソードバニィの件は人為的なものの可能性が高いと?」
「……ソードバニィはカットバニィの上位種だ。で、カットバニィの1つの群れにソードバニィを放り込むと、アイツラ的に生命の危機を覚えるのか、もともと強い繁殖力が数倍になるってことが、昔の学者の研究で分かってる」
アレンさんは大きく溜め息をつくと、若々しい顔に苦笑を浮かべしました。
「要するに、最近の異常繁殖の原因は、ソードバニィのせいだ。アンタの倒した他にも、今日までに2匹見つけて狩ったと報告が上がっている。何処のどいつの仕業かはまだ分かってねぇが、ふざけたことをしてくれると思わねぇか?」
つまり、一連の騒動が陰謀の可能性があるということですか。
ソードバニィを何匹か王都周辺の森に放つことで――王都周辺に住まう人間達の経済的なダメージを与えています。
冒険者ギルドの方が対応してくれているようですけど、異常繁殖と確認出来たうえで依頼として出ているということは、すでに被害が出ているという裏返しでもあるのでしょうし。
「まだソードバニィが居るかもしれねえから、全ギルド所属者に対して見かけた場合、必ず狩り尽くすよう命じてある。もう少し状況を調査してから、王宮の方へ正式な報告書を上げる予定だ。
アンタにこうやって話したのは、王宮上層部の奴等にすぐ報告書が通りやすいよう、仲介をしてほしいからだよ。
ソードバニィはカットバニィとは逆で単独行動を好むうえ、行動範囲が広い。アイツラが群れ単位の数で王都近辺に一月以上居た場合、国が手をつけるのが遅れるほど今年の収穫が絶望的になるぞ。桁違いの数まで増えたカットバニィ討伐に、軍部が総出で出張る必要があるだろうからな」
王都周辺のカットバニィ分布状況は知りませんが、事態は引き受けた当初よりも非常に深刻なようです。
「分かりました。私の方から、我が君の方へ現在の状況を報告しておきます」
「ああ。頼むわ。俺の方にも王宮上層部に知り合いは居るんだが、その知り合いまで辿り着く伝手がなくて……」
なんて意味のないコネでしょう。
その言い方だと、アレンさんの知り合いって、かなり上位の人間ですよね。ギルド長でも、簡単に会えない人間ということですから。
「よろしければ、その知人の方のお名前を教えてくださいませんか? 私の方で、伝手を紹介出来るかもしれません」
ルーシェリカさんも私と似たようなことを考えたのでしょう。
そうアレンさんの方へ提案しました。
今回はルーシェリカさんの仲介がありましたけど、次の時はあると限りません。円滑な根回し用の連絡が一大事につかないって、とても深刻ですよ。
「……先に断っとくけど、俺、アンタに感謝はしても、アンタのご主人様の駒になる気ねぇよ」
「そういうつもりで言っているわけではありませんから、構いません」
きっぱりと言い切るルーシェリカさん。
彼女の内心がどうあれ、今回はご主人様のためというより、レイニドールのための提案だったようですね。
「そうなのか。疑って悪かったな」
ルーシェリカさんに他意がないと分かったのか、アレンさんは柔らかく目を細め、微笑ましいものを見るような眼差しを向けてきました。
苦笑ではない優しい笑みが、口元に浮かび上がります。
くぅっ!?
イケメンの笑顔直視は心臓に悪いですよ!
今回のアレンさんは、ジェラールと違って笑顔で何かを強要してませんから、破壊力が半端ないです!
「じゃ、ルーシェリカちゃんだけに教えるけど……年1回、騎士団が一月かけて王国内のモンスター討伐してんの、知ってるよな?」
アレンさんの中でルーシェリカさんの好感度が上がったようです。
今まで、アレンさんはずっと『アンタ』と読んでましたから。
「はい。もちろん、知っていますが……」
ルーシェリカさんは『ちゃん』呼びをスルーすることにしたもよう。
ツッコミせずに、自分の首を少し傾げて、アレンさんに続きを促しています。
「じゃ、それに6年前からある王族が参加してるのは?」
「……! そうですか。その際にあの方とお知り合いになったのですね。貴方の立場と実力からすると、冒険者ギルドの代表として、あの方の護衛兼鍛練相手としての同行ですか?」
「正解。護衛の必要性はちゃんと分かってるから、実力的に劣る相手にも黙って護衛されてくれてるけど……俺くらいのレベルじゃないと、あのヒトの身になる鍛練してやれないし」
私にも分かりました。
エドガー様ですね。
視察で騎士が良いとこ見せようと張り切るはずです。彼等は、自分の眼で第1王子の実力を確認出来ているのですから。
つまり、戦闘能力的にアレン>エドガー。
エドガー様に騎士団長辺りも鍛練相手に不足というのなら、重要人物の中で戦力的最強キャラはアレンさんで、次がエドガー様っぽいです。
それにしても、何で第1王子が参加しているんでしょうね?
アレンさんの様子からして、前線に出ているという感じではないですし。指揮訓練と地方視察を兼ねているのでしょうか?
「で、伝手になってくれそうな人間、教えてくれる?
あぁ、余計な心配はしなくてもいい。俺、あのヒトには王様の器はあっても向いてないと思うから、わざわざ中立から降りて、あのヒトの陣営に入ったりしねぇよ。向いてないのに王様させたら、可哀想だろ」
「? それは、どういう意味でしょうか?」
王の器はある――つまり、能力やカリスマ的にはコレといった問題無く、政務もこなせるという意味でしょう。
それなのに『向いていない』……気になる言い方ですね。
「あ~……ルーシェリカちゃんの立場じゃ、ちょっと難しいかもな。でも、あのヒトに接してれば分かるよ」
答えが知りたかったら、直接エドガー様に会いに行けということですね。
ルーシェリカさんは納得したのか、それとも答えが聞き出せないと判断したのか、シャールさん(糸目侍従)の名前を出しました。
エドガー様の不在中、シャールさんは居残って政務代行者の補佐をしていたようで、アレンさんと面識がないようです。
「数日内にこちらの方へ顔を出すよう、伝えておきます。すれ違いになるといけませんから、教えてもらいたいのですが、何処かに出かける予定はおありですか?」
「午前中なら、風の日以外ギルド内に居るぞ。午後は会議や会合やらでいないことが多い」
なるほど。
確かに、アレンさんが居たのって、全部朝――午前中です。
「分かりました。そう伝えておきます」
その後、挨拶をして冒険者ギルドから辞し――そのまま、ルーシェリカさんは私が選択していない状態なのにもか関わらず、王城へ向かいました。
状況によっては、本当に国政に大ダメージな事態ですからね。
一刻も早く、話を通す必要性があると判断したみたいです。
そして、ルーシェリカさんは道行く部下らしいメイドを呼びとめ、御主人様への訪問の先触れを頼むと、自室に向かいました。
緊急事態であっても、予定の無い客人が居る可能性もあるからでしょう。
素早くメイド服に着替え――初日に足を踏み入れて以来、近辺にすら立ち寄っていないご主人様ことナタリー王女の居室の扉の前で足を止めました。
そろそろ、名前しか出ていない未登場のキャラも出そうかと思っています。
誰出そう……?
出てきてない重要キャラは、魔導師師弟と、他国の大使と、第二王子と、画家の計5人。