第1話 彼女はまだ気付いていない①
私は現在進行形で、あるゲームの中に入り込んでいる夢を見ています。
女主人公、ルーシェリカさんの体に乗り移っている状態で。
ゲームを始めたばかりで、プロローグしかイベントシーンを見たことがなかった私は、夢が覚めるまでターンを進める事を選びました。
ひたすら部屋でゴロゴロ。
本当に何もしなかったので、その結果。容赦なくルーシェリカさんは殺されてしまいました。
ええ。
弁明の間もなく、ドスっと一撃です。
あの時の暗殺者のセリフからして、ご主人様ことナタリー王女の御命令。
怠惰の罪による主人公死亡で、私はそのまま夢から覚めるかとばかり思っていたのですが。
ところがどっこい。
プロローグシーンに逆戻りでした。
以上、前回(一週目)のあらすじ終了です。
誰かに会いに行く
自室に向かう
街に出る
プロローグが終了し、私が廊下に出て少し経って。
一週目と全く同じ選択肢が、空中に浮かび上がってきました。
一週目と全く同じ結末を迎えるのは、夢の中とはいえ面白くありません。
部屋に戻って、ひたすらサボりを実行するのは止めようと思います。
夢だけに、私の脳内補完で補われていると思われるゲーム調の世界ですが、自分の体ではないとはいえ殺されるのも気分が良いものではないですし。
なので、『誰かに会いに行く』を選ぶことにしました。
空中に浮かんでいた選択肢が弾けるように消えます。
消える寸前、一瞬光って無駄に綺麗です。
夢の世界で効果現象をも担当しているであろう私の脳内は、自分で思っていたよりもゲームに侵されていたのでしょう。
そして、新しい選択肢が現れました。
ご主人様に会いに行く
東棟に移動する
西の塔に進む
南館に向かう
北の兵舎に近づく
中庭に向かう
気の向くままに進む
職場へ行く
選択肢、多っ!?
まあ、この世界の背景は政争なのですし、真エンディング条件に必要な有力者もゴロゴロしているのでしょう。単に、ルート別エンディング数が多いのかもしれませんね。
さてさて。何処に行きましょうか?
ご主人様にはついさっき会ったばかりですし、他の人に会うことにしましょう。
一番下にある職場というのは多分、お助けキャラのミレイ嬢がいるメイド詰所ですね。
現在のルーシェリカさんは初期状態ですから、どうせ全部0に決まっています。
今は止めておきましょう。
正直、選ぶのがめんどくさいです。
上から2番目の選択肢『東棟に進む』にしましょう。
選んだ瞬間、空中の文字が光って消えて。
足音を立てずにルーシェリカさんが歩き出しました。
相変わらず、シーン進行中は金縛りにあったように体の自由は効きませんけど、私自身は道を知らないので、移動するには便利ですね。
しばらく歩くと、突然空が明るくなりました。
夜から朝になったのでしょうね。ルーシェリカさんの視界が前しか見てないので、確認出来ませんけど。
不意に、ルーシェリカさんの足が止まりました。
前方には誰もいませんが、さっと壁際に寄ったかと思うと頭を下げます。
私の視界には大理石っぽい、ぴっかぴかに磨かれた床が。
なんで床?
私がそう思った時、カツカツと硬い靴音が聞こえてきました。
1人分ではありません。
だんだん近づいてくる靴音が聞こえてくる様子からして、10人以上の団体さんです。
暗殺者向けスキルを持つルーシェリカさんの耳は、私などよりもずっと鋭敏。
私よりも随分前に誰かが来ると気付いたようです。
壁際によって頭を下げているのは、何年かこの城で務めているルーシェリカさんは、日常どんな人が何処を通るかは把握しているからでしょう。
彼女の身分はメイド長ですが、平民です。
この『金と黒の王国』は身分制度が厳格っぽいので、貴族とは下手に目を合わせられないもよう。
ご主人様であるナタリー王女の評判のためにも、身に余る態度で過ごす事は出来ません。
それに多分ですが、これは強制イベントっぽいです。
だって、団体さんの先頭にいた一番偉いと思わしき人間が、そのまま前を通り過ぎていくことなく、私のすぐ傍――数メートル前で足を止めましたから。
先頭にいる人間が歩くのを止めれば、後続も自然と止まるわけで。
一斉に十数人もの視線が、私に突き刺さるのを感じました。
見られてます。もの凄く見られてます。
「――そこのメイド…………ナタリーのところの者だな。頭を上げよ」
命じる事に慣れきった、威圧感のある低めの美声が降ってきました。
声ヲタの友人なら、きゃーきゃー黄色い声を上げて叫んでいたことでしょう。
命じられ、ルーシェリカさんが下げていた頭を上げたことで、私の視界に団体さんの状況が入ってきました。
一番手前に、暗色系統で纏めた衣装とマントを身につけ、左の腰に剣を下げた長身で体格のいい青年がいます。
纏っている衣装は一見地味な印象ですが、その布地と、ところどころアクセントとなっているシンプルな装飾は高級品質のきらめき。
そんな高級品を当たり前のように着こなしている青年自体から、これでもかと貴族っぽいオーラのようなものが滲み出ているので、受ける印象はいたってゴージャスですね。
20代前半くらいでしょうか?
さらさらの癖のない銀の短髪と、ご主人様と同じ色彩の蒼い瞳。
顔立ちも端正なのですが……切れ長の目が吊り気味だったり、全体的にラインがシャープなせいか、とってもきつそうな――そう、悪役の幹部っぽい印象を受ける美形さんです。
オープニングムービーに出て来たキャラの1人をリアルにしたら、きっとこんな感じですね。
「シャール。誰かわかるか?」
悪役顔の美形貴族は、すぐさま彼から半歩下がった隣で控えている、ベージュ基調の燕尾服っぽい服装の長い赤毛を1つに束ねた男性に尋ねました。
この人もオープニングで見た感じの人ですね。
それにしても。
このシャールさんって、すごく眼が細い!!
目を瞑っているかのように、細い眼です。糸目ってやつですね。
瞳の色も分からないほどなので、本当にちゃんと見えているのかと、ちょっぴり他人事ながら心配になります。
何かのイベントで開眼するキャラかもしれません。
くわっ! と見開いたら、美形に早変わりする気がします。
「はい。エドガー様。ナタリー王女殿下の配下、メイド長のルーシェリカ・シリスです」
「ほう……」
エドガー様とやらは、目を少し細めて私の方へ向き直りました。
怖っ!?
別に睨まれているわけではないのですが、長身で悪役顔のせいか、ただ見下ろされるだけで威圧感が半端ないですよ。
「ナタリーのお気に入りか……何をしに来たのかは知らんが、用事が済み次第さっさと出ていけ。いいな?」
「御意」
ルーシェリカさんは反論なしで、エドガー様の御命令を受け入れました。
私のように迫力負けしたというわけではなさそうです。動揺している様子はないですし。
そもそもエドガー様は、ご主人様の名前を呼び捨てしてます。
それをルーシェリカさんを始めとして、ここに居合わせている人間が誰も咎めないという事は、それだけ高位の方なのでしょう。
そんな事を考えているうちに、エドガー様は護衛または部下達を引き連れて、さっさと廊下の先に進んで行きました。
この強制イベントはここまでのようです。
そして、いつの間にか、見覚えのある部屋の中にいました。
どうやら、1ターン目が終了してルーシェリカさんのお部屋に戻ってきたようですね。
休める場所についたと分かり、私がほっと気を抜いたその時。
ピローン! と聞き覚えのある間の抜けた効果音が聞こえて、目の前にパッと文字が浮かび上がりました。
『ルート共通イベント『遭遇・エドガーとシャール編』を回収しました。
『遭遇』イベントではターン数は経過しません。
他のメインキャラクターにも会いに行きましょう。
メインキャラクターが3人以上登場した結果、人物図鑑を手に入れました。
自室にて人物図鑑がいつでも確認出来ます』
「……え? あの選択肢全部回るの?」
正直面倒です。
机を見ると、確かに図鑑らしい事典が傍にある棚に入っていました。
「ん?」
小さな違和感を覚え、私は部屋の中を見回しました。
20日も過ごしたことで見慣れた私物の少ない部屋の中、無かったものを見つけた気がします。
「この箱……一週目は無かったはず……」
ででんと、部屋の端っこに宝箱の形をした大きな箱らしき物がありました。
少し調べてみましたが、鍵はかかってません。
首を傾げながら蓋を開けてみると、中にはポツンと1つ、白いシンプルな仮面が鎮座していました。
なんだか見覚えのある仮面です。
手にとって持ち上げてみると、パッと文字が空中に浮かびました。
『特殊アイテム『謎の仮面』
暗殺者が置いていった仮面。込められた闇の魔力により、身につけた人間の気配をごく薄くする効力がある。
使用することで、『暗殺』の成功確率UP』
げげっ!?
一週目の暗殺事件の遺留品ですか。
捨てれませんかね?
さすがに夢とはいえ、自分を殺した犯人の持ちものを保管していたくないです。
というか、普通に暗殺なんてやれるんですか!?
このゲーム世界。
確かに、ルーシェリカさんは暗殺者に向いたスキルと装備ですけど。ご主人様も、どんな卑劣な手段使っても良いって言ってたけど。
支持率とか賄賂とかあるし、暗殺もあって不思議はないですけどね。
正統派主人公が取る手段じゃないと思いますよ。
なんだかどっと疲れたので、私は机に近づきました。
予定を立てる
状態を確認する
図鑑を見る
今日はもう休む
何気に選択肢が増えていました。
図鑑は、さっき手に入れたヤツですよね。ちょっと見てみましょう。
『図鑑を見る』を選ぶと、さっとルーシェリカさんが動いて、棚から分厚い事典を取り出し、椅子に座っていました。
目次のページに出ている名前は4つ。
他は面識がないからなのか、????となっていますね。
メインキャラ以外も載るみたいで、30人分くらいあります。さすがに、メインキャラが30人もいないと思いたいというか。
ルーシェリカ
ナタリー
エドガー
シャール
「誰から読もうかな?」
う~ん。
やっぱり、見た目が悪役っぽかったエドガー様にでもしましょう。
ルーシェリカさんはステータスでも読めましたし。ご主人様は味方ですしね。
そう決めると、手が自然にぺらぺらとページをめくっていきます。
選択肢を決定してしまうと、自分で体を動かせないですが、余計な手間がかからないことを考えるに、無駄が省けるから便利と言えば便利かもしれませんね。
『エドガー・ジェラルディ・レイニドール(22)
身長 190c/体重 79k
髪色 銀/瞳の色 蒼
レイニドール王国現王の第2子、第1王子。
母親は、ジェラルディ伯爵家出身の第2王妃リディア。
隣国イネスタの王女であった第1王妃アンジェラを母に持つナタリーと比べて、王位継承権の順位は劣っている。
武術鍛錬が趣味。
自力で暗殺者を撃退するほど剣術を極めており、むしろ自分の護衛達よりも強い』
「……お姫様が言ってた退場してほしい『兄上』って、やっぱりこの人のことかな? 他にいる可能性もあるけど……」
これ以降、空欄になっているますよ。
不自然な空白なので、おそらくイベントとか好感度とか友好度が足りないから、情報が出ていない感じです。
剣術の達人ということは、もしかすると進行状態によって、直接戦闘になったりするのかもしれないので、注意しておく方がいいかもしれません。
この単位らしき『c』=センチメートル、『k』=キログラムっぽいですね。お金の単位である『ギラー』より捻ってない気がします。
「じゃ、次はシャールさん」
『シャール・ラダン(26)
身長 176c/体重 62k
髪色 赤/瞳の色 ??
エドガー付き侍従長。筆頭部下。
王都出身の平民。
職務上、主人公とたびたび接する機会があるが、個人的な交流はない』
「職務上? あ、そっか。お城である行事とかの関係か。夜会1つにしても配置とかの調整でいろいろ話し合ったりするだろうし」
それにしても。瞳の色が不明という点が気にかかります。
やはり、あの糸目が見開かれるイベントがないと、不明のままなのでしょうか?
「あ、ホントだ。ターン経過してない」
ステータスを見てみると、一日目の朝のままでした。
天の声が全員に会って来いと言っているのです。遭遇しておかなければ、発動しないイベントがある可能性があります。
とりあえず、私は遭遇イベントをこなす事にしました。
ああ。
ドアに近づいたら選択肢出ましたよ。
宮廷魔導師達の職場だった西の塔では、導師シュダァとその弟子セルマに出会い。
迎賓館だった南館では、隣国ミーミルの大使セリガン公爵主催のお茶会に、何故か助っ人として駆り出され。
北の兵舎に向かうと、同じシリス孤児院出身の騎士見習いロゼに、差し入れを要求されて。
中庭で散歩すれば、慌てた様子で協力を求める第2王子ミハイルに連れられて、空腹で目を回していた行き倒れ、もとい、宮廷画家のカミルを救助し。
気の向くままに歩いていたら、大荷物を持った薬師のジェラールに、笑顔で手伝いを強要されました。
我ながら、キャラのバリエーションがありますね。
オープニングで出ていたキャラクターに、上手く役柄を振っていて、ゲームシナリオに違和感がでそうな人間は一人も出てきませんでした。
出くわしたのは男性の方が多いですけど(女性はセルマとロゼの2名)、キャラが被ったりしてませんし。
それと、なんとアイテムゲットしましたよ。
異国情緒あふれる風貌のセリガン公爵のところで『ミーミル産高級茶葉』を、巻き毛の宮廷画家カミルから『小さな風景画』を、押しの強い笑顔の薬師ジェラールから『回復薬(小)』を貰いました。
本来の職務以外の行動ですから、お礼でしょう。
売って軍資金にするか、離間工作で使えそうですね。さすがに貰った本人に渡しても、全然効果なさそうですが。
さて行きましょうか。職場に。
初対面なのにエドガーが、主人公がナタリーの部下だと分かった理由。
メイドにかぎらず侍従や女官などの使用人は、担当している部署によって制服の形や色が少し違い、何処の担当か見れば分かるようになっています。