転じます。①
「母さん、すまないけど古着を貸してくれないかな。」朝食を終え、片付けをしていると三男のアルベルトが頼み事をしてきた。「誰の服だい?ショーンかい、ジョージかい?」長男と次男の名前を出したが、「…いや、母さんの…。」なんとも難しい顔で言ってきた。
「はぁぁ、渡来人。あたしゃ初めて会ったよ。」アルベルトの母、マリナが自身の服を持ってマーリンの家にやってきた。「鏡子です。数日お世話になる事になりまして。」「まぁまぁ、そりゃ奥様の服じゃ、ちょっと短いわよ。あたしの服でも足りるかどうか…。」「今より長かったらいいよ。このままじゃ外にも出れない。」アルベルトは、こちらを見ないようにそっぽを向いている。「先生は?」「街の魔道士と一緒にキョーコが来た場所を調べに行ってる。後から連れてくるよう言われてるんだ。」俺も一緒に行きたかったのに。と、ぶつくさ言っている。「そうかい。お嬢さん、とりあえず袖を通して着ておくれ。」「はーい。」服を受けとり、早速、服を脱ごうとすると、「ばか、部屋に行け!」と、アルベルトに客間兼おじいちゃんの仕事部屋兼ダイニングから追い出された。「ったく、うるさいわね。」しぶしぶあてがわれている部屋に戻る。上のブラウスを脱げば、その下は半袖のシャツ。スカートの下はトランクス。これがこの世界の女性下着。ハッキリいって、恥ずかしい要素がない。「下手すりゃこの格好のままコンビニだって行けるわよ。」
「夕べ、帰ってくるのが遅かったのはお嬢さんの世話をしていたからかい?」マリナは裁縫道具を出しながらアルベルトに聞いた。「世話っていうか、手伝いはしたよ。」何やら釈然としない物言いだ。「まぁ、あんたからすりゃ、若いお嬢さんの相手なんて、魔物を狩る方が容易いかもしれないがね。」「あいつ、俺より年上だぜ?」危うく、糸を落とす所だった。「ええっ?じゃあ…24…?」「26だと。」驚愕だ!マリナは、肝の太さには自信があったが、これはさすがに驚いた。「はぁ~。渡来人ってのは若く見えるもんなんだね。あたしゃ、ミリアやセシルくらいかと思ってたよ。」16歳と18歳の妹の名前がでる。18歳のミリアは先月、隣街に嫁入りした。「なあに、26歳なら、あたしがリリーを産んだ歳だ。背が高いのは気になるが、そこはほれ、うまい具合に…。」「なんの話だよっ!」母親ってのは何で要らん事を考えるのか。と、アルベルトは顔を覆った。
「どうかな?」母親のブラウスとスカートを着た鏡子は、二人が待つ部屋に戻ってきた。「さっきより、だいぶいいよ。」「まだ、マシ。」こいつ…。「裾にリボンをぐるり、縫い付けたら目立たないだろ。ほら、じっとして。」マリナは手早く縫い付けていく。あっという間に出来上がる。「よし、先生の所に行くぞ。」「はいはい。マリナさん、すみませんがお借りします。」鏡子はマリナに頭を下げた。「いいって。気をつけていっといで。」マリナは二人を送り出し、さて、来たついでに食事の支度でもしようかと、キッチンに向かう。しかし、なにか違和感がある。廊下、窓、洗面所、何かわからない違和感。キッチンに入って、彼女は二回目の驚愕を受けた。作業台の上には、既に料理が盛られた皿が並び、虫除けに小さな蚊帳がかぶせられている。流しもコンロも床もキレイになっている。マリナは慌てて廊下に出て、改めて見た。隅に埃がない。ホウキじゃ取りきれない砂や、綿ボコリがないのだ。「はぁ~。さすが渡来人…。」マリナは、それしか言えなかった。
「へぇ、よく見りゃ街って、遊園地みたいな物だね。こう言うコンセプトの。」巾着袋をぶらぶらさせながら、鏡子は街を観察する。「あまり離れるな。スられるぞ。」「おっと。」鏡子はアルベルトの隣にピタッと並ぶ。「…おい、少し離れろ。」「はぁ?」「独身の男女が、あまり並ぶものじゃない。」「…へーへー。」やってらんないわ、ったく。夕べも食事を終えたのが夜7時前。そりゃ、朝日と共に生活している方々ならそれでいいけど、こちとら現代っ子。眠くないし。聞けば風呂も入れるようだが、明かりが据え付けていないのだとか。みな、明るいにうちに全てをすます。キッチンに明かりがあるのは、使用人が、まだ日が昇る前から仕事をし家の主人を待たせないためなんだとか。えぇー…。スマホも使えないし、する事ないじゃん。仕方ないから、キッチンを掃除する。板張りの床と、一段下がった石敷きの流し下。デッキブラシと、固くなった粉石鹸、着古した下着の雑巾を見つけだし、磨き倒してやった。その後、野菜の芯と叩きまくって柔らかくした塊肉を鍋に入れて湯がいている間に廊下の埃をとる。「ホウキを使わないのか?」とアルベルトが聞いてきたが、それ、竹ぼうきぐらい荒いじゃん。割いた雑巾を束ねた、即席モップで取り除く。そんなこんなで、この家の柱時計が10時を差した頃に、アルベルトは帰っていって、私もベッドに入った。やっぱり自分の家の布団が恋しい。ママ、パパ、じいちゃんばあちゃん、心配してるかな?なんて、しんみりした気がしたけど、気づいたら朝になってた。




