起こります。
「ウッソぅ…!?」石畳の道、レンガ造りの町並み。行き交う人が、じろじろ見てくるが、こちらもじろじろ見てしまう。「が、外国人…。」慌てて踵を返すがその先はモルタルの壁で行き止まりだ。巾着袋を握りしめ、外聞構わず叫んでいた。「どこよ、ここ~!?」
背後から「おい。」と男の声で呼び掛けられ、驚いて「っひゃいっ!」と飛び上がってしまった。振り向くと、やはり外国人が立っている。背の高い彫りの深い顔立ちに、焦げ茶色の天パがかった、少し長い髪。日に焼けたのか褐色の肌に、緑の瞳。「あ、え、え、エクスキューズミー…。」「何言ってるんだ?」日本語かよっ!「ちょっと、道、教えて欲しいのよ!稲荷、稲荷前駅!」「“い、イナリ”?」「駅、一番近い駅はどこ!?」「おい、落ち着け。“エキ”とは、なんだ?」「…はあ?」言葉を失うとはこの事か。
「ふーむ。」マンガに出てきそうな、レンズの小さい鼻メガネに白いひげ(鼻毛?)、枯れ枝のように痩せた小さいおじいちゃんが、まじまじと見てくる。「解りますか、先生。」先ほどの男が、このおじいちゃんを先生と呼ぶ。「やはり“渡来人”で間違いないのう。」「いや、日本人です。」「ほっほっ。“ニホン”か。」「おい、失礼な態度は止めろっ!」おじいちゃんは笑うし、男は怒るし、なんなんだよ。「これ、アルベルト。そうきつく言ってやるな。お嬢ちゃんからしたら、見知らぬじじいじゃからの。」「しかし…おい、頷くな。」いちいち、うるさい男だな。「ここはどこでしょう。私、こんな所に来る予定じゃないんです。」「こんな所だと?!」細けぇ奴だな、ったく。「アルベルト。」「!…はい。」おじいちゃんが男を諌める。「ここはお嬢ちゃんからしたら、地図にも載らない、聞いた事もない世界。いわゆる、“異界”、“異世界”などと呼ばれとる世界じゃ。」「…はぁ?おじいちゃん、ふざけてる?」まさか、ボケてる?ちょっと中二病と言うには高齢者過ぎない?「お前っ!いい加減にしろよっ!」男が私の肩を掴んできた。「これ!やめんかっ!」おじいちゃんが止めようと声を荒げたけど、それよりも先に私の手が出た。くるりと、男の体が上下逆転し床に男が転がる。「ほほー。たいしたものじゃ。」男はしたたか尻を打ち、悶絶している。「ちょっと、気安く触んないでくんない?」掴まれた肩を払う。「高いのよ。あんた、払えんの?」「…な、にが。」「ほほう、幾らかね?」おじいちゃんが興味深く聞いてきた。「正絹で金糸使ってるの。70はくだらないわ。」「“ナナジュウ”…。ふむ、単価は金貨かの、銀貨かの。」「そーれは、ちょっと私もわかんないわ。けど、一番頭良い学校、大学ね。出た人が働き出して、そうねー、3~4ヶ月分のお給料丸々使うかしら。ピンキリだけど。」「そ、それは…。」男は絶句する。「ふむ、すると、そのような高級な装いをするとなると、お嬢ちゃんはどこぞのご令嬢かね?」おじいちゃんは、ひげ(鼻毛?)を撫でつけながら聞いてくる。「まさかぁ。一般家庭よ。」「なんと…。」なんだか、話しがややこしいな。「とりあえず、座らせてくんない?」ずぅーっと立ち話。「おぉ、これは気付かなかった。」おじいちゃんは、部屋の真ん中に置かれたソファへ座るよう促してくれた。「飲み物は、お茶で構わないかね?」「はーい、ありがとうございまーす。」裾を払い、膝裏に手を添えて布地を引かないようにして浅く腰かける。「さすがに鼻緒が痛くなってきちゃってさ。」軽く草履を足から外し、足袋の上から見るが傷にはなってないようだ。「どうぞ、口に合えばええんじゃが。」可愛いティーカップがソファの間に置かれたローテーブルの上に配膳される。「わぁ、可愛い。頂きまーす。」ソーサーを受けながらカップを口に運ぶ。「あ、美味しい。おじいちゃん、紅茶入れるの上手ね。」「ほっほっ。わしの数少ない得技じゃよ。」「先生っ!いい加減にしてください!こいつにお茶なんかっ!しかも、先生が手ずから淹れるなんてっ!」転がされた男は尻を撫でつつ立ち上がり、私を指差しながら喚く。「うるさい男ね。」「なっ!?」カップを置くと、「おじいちゃんの立場や肩書きは、私にはなんの偉力もないの。私からしたら、一人のおじいちゃんでしかない。だから、おじいちゃんも、私を“お嬢ちゃん”としか言わないの。」背筋を伸ばし、胸を張り、丹田に力を込めて、腹から声を出す。これだけで、「おっ…うぅ。」相手は萎縮する。どうだ、言い返せまい。「ほほー。まったく、豪胆なお嬢ちゃんじゃ♪」おじいちゃんは嬉しそうに言った。




