お茶会
狭い台所でお湯を沸かしながら、俺はちらりと見る。
うちのリビングに、お嬢様大道寺桜子と赤チャリ隊のカシラ 炎城川奈が向かいあって座っていた。正直、赤チャリ軍団のリーダー。洞爺湖さんや夏海さんの喧嘩っぱやさを見ていたので荒くれゴリラが出てくるのかと、思っていたのだが。凛とした表情に黒髪。インナーカラーの紅色が映える。素直に思う。
「綺麗な人だな」
「大樹!鼻の下伸ばさないとさっさとお茶入れる」
「やってるよ」
お湯を注ぎ、カップをあっためる。1度湯を捨て、茶を入れる。お屋敷にいた頃に身につけたスキル。もしも敵対した相手なら一服盛ることもできそうだが。秋道家家訓3条『おもてなしは骨の髄まで』に、抵触してしまうから辞めておこう。
「川奈姉。何も、こんな敵陣に」
「川奈姉ちゃん。車椅子も降りる必要無かったんじゃ」
2人に支えられた炎城さんは、2人の言葉に首を振る。
「いい機会ですからね。大丈夫。あの執事のお兄さんもこちらが手を出さないかぎり、攻撃はしてきませんよ。ね?お兄さん」
こちらの意図を読まれているのか。一服盛らないでおいて良かった。
「まぁ、そうっすね」
一応パンツはポケットに入れてるし、お嬢様を害さないなら、こちらから手を出す理由はない。茶菓子と紅茶をテーブルに出す。これらは帰りしなに炎城さんが購入したものだ。全員にお茶を振る舞い。お嬢様の後ろに座る。
「あら、美味しい。うちでいれるより、断然美味しいわ」
「そうでしょ!そうでしょ!大樹はお茶を入れるのも上手なのよ!」
先程までの不機嫌さは吹っ飛び桜子お嬢様はご満悦だ。危機感が無さすぎる。
「ごめんなさい。みんな着いてくるって聞かなくて。」
こちらの視線に気づいたのか。炎城さんはそう言った。そして、お嬢様に向き直り姿勢を正す。
「この度はうちの子がごめんなさい。改めて謝罪するわ。はじめましてにしときましょう、大道寺桜子さん」
「……えぇ。こちらこそ大樹が、そこの子を吹っ飛ばしてしまいごめんなさい。炎城さん」
おいおいおいお嬢様。言葉をきちんと選んでくれ。ミシッと、カップが軋む音が隣から聞こえた。
「こ、こらえて剣姉!?高そうなカップだよ。あの人の服も高そうだし。このぼろ部屋もきっと数あるアジトの1つだよ」
我が家をボロ部屋言うな。
「まぁ、今うちにあるカップの中で1番いいものだからな」
フリーマーケットで税込300円で買ったが、嘘は言ってない。うちで1番高いものだ。ちなみに彼女の服も、自分が仕立てたものだ。図書館でファッション雑誌を読み、トレンドを抑えてある。秋道家家訓6条 『身だしなみは気品を映す』。お嬢様も背筋を伸ばし相手に相対してる。
「ふふふ。華。勝手に憶測で相手を測るものでは無いよ。自分で敵を増やしてたら、キリがない。」
冷静に言った。
「そう敵。大道寺さん。我々紅蓮はある目的のために行動しています。あなたもかつて我々と歩みを同じくしていたことがありました」
「知り合いだったのね。私の忘れてしまった記憶の」
「知り合いだったのよ。私は友人だとも思っていた」
少し、言い含めて。また言葉をつないだ。
「ラブリーズとして」
「お部屋綺麗。赤くてキラキラ」
お嬢様は虚ろな目をして窓の外を見た。俺はパンツをポケットの中で握りしめながら、立ち上がる。
「これが、記憶にロックがかけられた状態というわけですね。秋道くん。目の当たりにしてみて、ようやく実感がわきました」
寂しげに言った。お嬢様の状態については、あらかじめ話をしておいた。
「そうです。あんたらが、お嬢様をこんな状態に?」
望みをかけて言った。お嬢様を元に戻す手がかりがあるかもしれない。
「違います。我々ではない。ラブリークール。大道寺桜子は、決して強力な能力があった訳ではなかったけれども。類稀な記憶力と機転、冷血さで四天王まで上り詰めた実力者。」
お嬢様が実力者だというのは、執事として嬉しいが、印象がだいぶ異なる。冷血さ?機転?どうなっている。
「今はだいぶ丸くなってるようですが。ある日、私と同じく。特異な力を奪われた」
彼女は自身の足をさすった。後ろの2人も悔しげな表情だった。
「あたしらがその場にいれば」
力を奪われた。つまり、実行犯はラブリーズの中にいる。
「あなたも?」
彼女は頷きました。
「証も大部分が奪われました。紅蓮として活動して集めたものもほとんど」
「証ってのは?」
「ほんとに何も知らないようですね。証は、ラブリーズとして活動した報酬といいますでしょうか。100個集めたら、願いが叶うというもの」
「願いが叶う。」
大道寺はどんな願いのために戦っていたのだろう。
「えぇ。善行を積んだり、他者からゆずられたり。方法はいくらでも。ラブリーバトルロワイヤルが開始されてからは勝負の勝ち負けで証の移動が行なわれるように。開始直後に狙われたわけですが」
さきほどラブリークリムゾンを吹き飛ばしたときに出た宝石みたいなものか。
「秋道大樹くん。君の願いはなんですか」
「俺の願いはお嬢様が幸せになれば」
「あなたがラブリーズとして活動していけば、必ず、他者からの妨害を受けるでしょう。今わたしに証を譲渡し。この戦いを抜けることもできますよ。なんなら、紅蓮であなたたちを支援してもいい。」
「俺は、お嬢様にかけられた呪いを解きたい。手がかりが欲しかった。あなたのおかげで手がかりが知れた。降りるつもりはない。願いが叶うなら、お嬢様をもとに戻す。それがいまの俺の願いだ。」
お嬢様をもとに戻す手段が見つかった。それに全霊で望むだけだ。
「剣」
「はい、ラブリーランキング」
彼女がそう唱えると、目の前に光があつまり表をつくる。
32位 ラブリークリムゾン 12個
「あら、あなた1個減ってるわね」
「あ、はい。そいつに」
「へ、あ、いや、そんなつもりは。かえしましょうか」
まずい。
「構わないわ。餞別ということでさしあげましょうラブリークールの後継者さん」
空中の画面を操作していく。何人かはテレビやネットで見たことある名前もチラホラあった。ラブリーピンクなんかは、大人気のラブリーズだ。1位の名前は知らなかった。
ランキング1位 ラブリーホワイト 56個
ランキング2位ラブリープリティ42個
ランキング3位ラブリーピンク 38個
ランキング97位 ラブリークール 2個
「証の数はそのまま実力と捉えていいでしょう。大道寺さんの証とラブリークリムゾンの証で現在二個。私が襲われ、大道寺さんを襲った相手は、上位メンバーでしょう。特にラブリーホワイト。ここ半年で一気にランキングをかけ上った。」
「いま、ラブリーホワイトに勝てば一気に証が手に入るんですか?」
「証の数は勝負の内容によりますが、勝ちの目はないですよ。ゾウにありが挑むようなものです」
「そう……ですか」
「力を磨き、蓄えなさい。あなたがラブリーズでい続けるなら、いつか互いの夢をかけて戦うこともあるでしょう。今日の所は帰ります。剣、華。行きますよ」
今彼女を討てば、お嬢様をもとに戻す可能性がたかまる。ポケットの中の手に汗がしみる。ドアの外に視線を外に向ける。夏のセミかと思うくらいにチリンチリンとチャリンコがアパートを囲み、異様な光景だ。これは変身しても突破できそうもないか。
「みんな着いてくると聞かなくて。また会いましょう。美味しいお茶をありがとう。また仲良く飲めたらいいですね」




