秋道流執事術
「流石にこの人数、逃げるが勝ちか……。お嬢様、失礼します」
「え?」
彼女を掬うように抱えあげる。お嬢様を抱えたまま前に倒れる。スローモーションに感じられる。地面が近づき、主人が地面に落ちる直前に1歩進み出す。地面が軋む音がする。
「秋道流執事術、雑巾がけ亜種!!……『お嬢様脱兎』!!!」
土煙をあげて、2人が走り去る。唖然とする不良集団。土煙が晴れた頃には、はるか彼方に人影が。
「な、にー!」「追え、追え!」「なんつー速さだ」
秋道流執事術は、大道寺家のお屋敷で働いていたころに身につけたスキルだ。父によって磨かれ、現在超人的な家事スキルとして日々役に立っている。
通常は広大なお屋敷を素早く掃除するためのスキル。鍛え上げられた足腰は、敏捷性に富み、主人に泥を付けない気概と人一人分重くなった重心により、脅威の速度となる。
「はにゃ?あばばばばばばばばババババば」
ただし、乗り心地は最悪である。お嬢様はがくがくと震えながら、酷い声を出していた。しかし、緊急事態だ。許してくれるだろう。たぶん、おそらく、きっと。
「んなんだよ、ありゃ」
「特攻隊長どうしましょうか。追いかけた者も居ますが」
「追跡隊を半分に減らして、撤収しな。あたしが直接叩く。」
十数分後。流石に体力の限界である。山の中に駆け込み、お嬢様と地面に転がり込む。
「はぁ、はぁ、はぁ、ここまで、くれば」
お嬢様はぐったりと木によりかかって座っている。目を回している。高速お姫様だっこは負担が大きい。
汗をぬぐい、顔をあげる。嘘だろおい。
「すごいな、お前。うちの赤チャリ隊を巻くとは」
特攻服の少女が木刀を肩に乗せて立っていた。木刀は何故か燃えていた。
「は?!な、」
驚きを隠せない。いくらなんでも、早すぎる。木刀を振る度に火の玉が飛んでくる。ゆっくりと近づく彼女に、冷や汗が流れる。
「あいつらの走り込み、増やすか。……火柱高校の三姉妹が、次女。紅蓮特攻隊 のあたしからは逃げきれないぜ。」
「くっそ!火の玉飛ばすとかありかよ!秋道流執事術、製パン亜種!小麦パンパン!!」
懐からだした袋を思い切り叩き割る。白い煙幕が広がる。
「むだぁ!」
木刀の一振で、煙幕を払う。炎と一緒に燃える小麦粉。香ばしい香りが辺りにただよう。
「あたしの木刀X狩葉には、通用しねーよ。」
すごくドヤ顔してなさる。だが、ネーミングセンスが。
「だっさ」
しまった心の声が!
「はぁ?え、嘘。かっこいい!かっこいいだろうが!!大人しく、観念しな。っうわ!」
近づいてきた彼女は体勢を崩す。足もとがずるりと動く。地面にカモフラージュさせた布が仕込んであったのだ。
「秋道流執事術、テーブルクロス引き亜種!『大地崩し』」
煙幕の中敷いたテーブルクロスを踏んだ瞬間、一気に引き抜いたのだった。尻もちを着いた隙に、お嬢様に近寄る。
「大道寺!起きろ!行くぞ」
呆けたお嬢様を引っ張るも、動かない。
木によりかかっていた彼女の服と木が木刀によって、刺しとめられていた。投げられた木刀が、突き刺さっている。いつの間に。
「だから、無駄っての。こちとら、日々犯罪者とやり合ってんだぜ?そうなんどもやられっかよ。ラブリーズでもない人間にしてはよくやったほうだがな。」
冷たく言い放つ。
「まずは、妹分のパンツ剥ぎ取ったそのクソ女からぶちのめす」
「クソ女?お嬢様のことか??」
「当然だろ?目には木刀、歯にも木刀。あたしの家族に手を出したんだ。覚悟しな。木刀、」
切っ先に火が灯る。その火花は、刃先にながれ、輝く。
「X狩葉!!」
遠隔で操る木刀が、お嬢様の首を狙う。
「大道寺!!」
ダメだ!
ダメだ!
ダメだ!!
彼女を守るんだ!!
「させるかぁ!!」
ポケットが輝き、ピンクの煙が立ち上った。
「なんだ、また小麦粉か?馬鹿か?こんだけ近ければ関係ないぜ」
「お嬢様に危害を加えようってか?そもそも喧嘩をうってきたのはそっちだろうが!!」
「なんだてめぇ、ひっ」
ピンクの煙から太ももまでめくれたゴリゴリの足が大道寺の首筋に迫った木刀を蹴りおる。
「ラブリーゲッチュにハグしてベイビー!ラブリーベイベー推参。いいか?うちのお嬢様は、クソ女じゃねぇよ。なにせ、誕生日のロウソクはいつも、必ず消し残しなしに、吹き消しているんだからな」
スカートを翻し、少女を見下ろす。可愛らしい服からチラ見えするゴリゴリの腹筋や腕。
「は、何言って、それよりも、そのかっこ、おま、え、男だろ?」
混乱し戸惑う相手に言い放つ。そんな相手に、向ける。
「メラメラ木刀野郎。ロウソクの炎の消し方を教えてやる。秋道流執事術、お誕生日お祝い法亜種。ラブリー……」
「燃え尽きやがれ!変態」
「そよ風!!」
放たれた正拳突きの拳圧で火はおろか、少女も吹き飛ばした。
「どんな消し方だよ!!」
「お嬢様が誕生日のロウソクを吹き損ねたことはありません。なにせ、俺がいつも傍にいるからな!」




