桜子さんと大樹くん
べつに俺が変態だから、パンツを欲しがってるわけではない。俺は紳士だ。溢れ出すダンディズム、醸し出すフェロモンにくらっときちまうかもしれないが、健全な男子高校生、秋道大樹だ。パンツごときに喜ぶ変態では、イヤッホォォォォイイ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎、ない。
しまった心の声が。
このパンツはただのパンツではない。秘密があるのだ。
「なに訳のわからないことを、どこに向かっていってんのよ!」
「だまらっしゃい!同級生のパンツなんざ、レア物、簡単に手放せるか!!」
俺は純白なパンツを握りしめる。
このパンツは『ラブリーズ』に変身するためのアイテムだ。
『ラブリーズ』
よくある女児向けのヒーローだ。かわいい女の子が、悪の組織と闘うあれだ。皆のために無償で戦い、傷つき、悩み。悪を倒すあれだ。
数あるヒーローたちの中で実話を元にしてるのは、『ラブリーズ』だけだろう。『ラブリーズ』は実在してる。公式によれば、『ラブリーズ』は警察と連携して様々な犯罪者から人々を守っている。全国に百人ほどいる。彼女たちは、変身アイテムを身につけて、いつでもどこでも、危機に対して現れるのだ。
問題はここだ。いつでもどこでもだ。いかなる時にも、変身アイテムを身につけているわけではない。そうなると、コンパクトやペンなどでもいいが、なくしたり、誰かが持っていったら大変だ。
なら、どうするか。大道寺さんは考えたのだ。
パンツである。
そう、大事なことなので、もう一度言おう。そう、パンツなのである。
大道寺桜子は、『ラブリーズ』になる際に考えたのだ。
普段身につけ、いかなる時も肌身離さず持っているのだ。忘れることも盗まれることもない。大道寺さんはふんぞりかえって鼻高々に自分の妙案を伝えた。担当者は絶句したらしいが、彼女の笑顔に負け、作成し、今に至るのである。
後悔先に立たずとはこのことである。
問題はパンツがパンツたりうるゆえん。
洗濯をしないといけなかったのだ。
彼女の見習い執事たる俺は、彼女の服は下着以外洗濯している。ここまで来たら、俺がなぜ、変身してしまったかわかるだろう。うっかり彼女は洗濯に出してしまったのだ。
賢明な読者のみな、わかっただろう。
そこにパンツがあるなら、かぶりましょう。
100人いたら100人そうすることだろう。
そんなわけで、俺は『ラブリーズ』に変身するにいたり、世界の秘密を知ることになったのだ。
軽く彼女との関係を話そう。
大道寺桜子との出会いの記憶は朧げだが、家族の仕事の関係でよく遊んでいたことはおぼえている。
「指切りげんまん!うそついたら、はらわた引きさいて、腸をひきずりだーす!ゆびねじきった!」
「こっわいですよ!お嬢様!!」
「まーた、お嬢様って、わたしは桜子って名前があるの!ちゃんと呼んでよ!」
「でも、お父さんからお嬢様って呼びなさいって怒られたんだもん」
「また、それ。私たちは友達よ!友達は名前を呼ぶものなのよ!」
幼少期の彼女は、眩しい笑顔の子どもだった。彼女の家の庭で遊ぶ日々。だが、ある日父にそれが見つかった時に、こっぴどく叱られた。
「大樹。お前は大道寺家を支える大きな樹になれ。おれたちはそうやって生きてきた。彼女と友達など恐れ多い。主人だ。主人のいうことは絶対だ。」
執事の家系だった俺の家族からはそう教えこまれていた。叩き込まれていた。
「大樹!!鬼ごっこするわよ。逃げなさい!あたしが捕まえるから!」
「はい、お嬢様!お嬢様が望むなら」
「大樹!ラブリーズごっこするわ!あんたが、怪人役ね!!」
「はい、お嬢様!お嬢様が望むなら」
「大樹、家のお皿を割ってみるわよ」
「はい、お嬢様が、望むなら。」
「……大樹。お母様の会社の資料を盗んで」
「はい、お嬢様が、望むなら。」
彼女のイタズラはエスカレートしていった。その度に彼女は、押し入れに閉じ込められた。俺たちは、壁越しに会話する。
「つまんない、つまんない、つまんない!!大樹はいっつも、いうこと聞いて、犬みたい!!犬樹よ!!そんなんやだ!まるで、ロボットじゃない」
彼女は半泣きになってそう言った。物置の壁から彼女が鼻をすする音が聞こえた。
「ですが、お嬢様。あなたのいうことを聞くように言われて」
「この馬鹿!貴方は血の通った人間なのよ!意思があるの!私が死ねって言ったら、死ぬの!」
「はい、お嬢様」
「…え、…大樹、大樹!ねぇ、大樹ってば、大樹!!!!」
一種の催眠状態だったのだろう。彼女と再会した時には、彼女の目の輝きは失われていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
虚な目をして、彼女は謝り続けた。
「知らなかった、知らなかった、知らなかったの」
何を言ってるのだろう。僕はお嬢様の言ったことをしただけなのに。彼女は、謝り続けた。彼女は必死に俺を看病してくれた。
彼女の命令を遂行しようとして獲た傷も、仕置のため、受けたむち打ちにあった体の傷も、彼女は一生懸命治療してくれた。
「もう二度と、こんなことしないで」
「?」
「私を悲しませることしないで、そしてずっと一緒にいて」
だが、この一件から父は解雇され、引っ越すことになった。
波乱万丈な人生だ。父も俺も恨むことはなかった。新しい町で、生活をはじめ、高校生になり、地元の高校に通い始めた。そんな、ある日。彼女が現れたのだ。大量の荷物を持って、安アパートの我が家の玄関を開けたのだ。
「やっと、見つけたわ!大樹!家出してきたから、匿ってちょうだい!!」
これが半年前の夏だった。
問題は彼女がどうやってあの、大道寺家から逃げてきたのか。考えるべきだった。




