巡礼の旅は二人の少女に出会いをもたらす
お父様を奪ったあの男……”勇者”マティア。
どこにいるのかもわからないけれど、あたしは探し続けてきた。この手で、必ず仇を討つ。そのために。けれど、手がかりはあまりにも少ない。お父様が肌身離さず身につけていたペンダント。
もし“勇者”がこのフルールフェルトに来ていたなら、何かしら噂が残っていてもおかしくない。そう思っていたけれど……この十年、何ひとつ見つからなかった。
(どうしたらいいの……?)
行き止まりを感じ始めたその頃だった。
修道院に、“フルールフェルト大司教”ラルヴァンダードの使者が現れた。
「“ノートガルド大司教”ホルミスダスのもとへ、選ばれし信徒を二名送り届けよ。これは信仰心と秩序理解の深化を目的とする巡礼である」
そう言って、使者は命じた。
でも、それは建前にすぎなかった。
本当の目的が別にあることに気づいたのは、もっとずっと後のこと。
ノートガルド――そこは神王国の北部、辺境伯領エルドヴァインの中心都市。
“三大司教”に準ずる地位にあるホルミスダスが治めている、厳格な教義の地だ。
そして、ラルヴァンダードとは裏で繋がっているという噂もある。
――そして。信徒に選ばれたのは、あたしとユニだった。
正直、信じられなかった。
(なぜ……あたしなんかを?)
でも、ユニも一緒だと知ったとき、少しだけホッとした。
「やったー! 旅だよ旅! ノートガルドって北の果てにあるんだっけ? 絶対寒いじゃん。でも街はゴミひとつ落ちてなくて、すっごく綺麗なんだって!」
あいかわらずのユニだった。そして彼女は、そっと声をひそめて、イタズラっぽく笑った。
「ねぇリナ……これ、チャンスだよ。こっそり抜け出してさ、“勇者”、探そね。いひひっ」
あたしはいつもユニの明るさに救われる。彼女はいつも、不安を吹き飛ばしてくれる。
――そんな風に、あたしたちの旅が始まった。
けれど、旅路は甘くなかった。馬車の車輪が壊れたり、橋が崩れかけていたり、宿もない野営が続いた。
凍える夜、あたしは星を見上げ、かつて旅をしていた渡り鳥の民の仲間たちを思い出す。
「ねぇ、リナ。旅って楽しいけど、腰が痛くなるのはダメかも……」
「じゃあ歩く?」
「それはもっと無理!」
そんなふうに笑い合いながら、私たちは北を目指した。
だが、ある夕暮れ。林道で、三人組の男たちに襲われた。
「よう、嬢ちゃんたち。こんな場所で俺たちが出てくる意味、わかるよな?」
あたしは彼らが“盗賊”だとすぐに察知した。ユニが警告の声を上げ、矢を放ったが敵は強かった。
あたしは剣を抜こうとしたが、それよりも早く敵の一人が私の動きを封じた。彼らは明らかに、ただの“ならずもの”ではなかった。動きに無駄がなく、経験と力の差を見せつけられた。あたしは腹を殴られ、その痛みから地面に膝をついた。そのとき、男の手の感触に――どこか懐かしい違和感を覚えた。
(この手……どこかで……?)
ユニも捕まり、あたしたちは完全に無力だった。
しかし、あたしは心の奥で怒りと恐怖が爆発し、魔法を放った。
「〈風槍刃〉!」
突風が“盗賊”のひとりを吹き飛ばした。
「……やっと本気を出したな。だがこちらも――と言いたいところだが。ウェッジ、首尾は?」
「うッス。兄貴。もう済んだッス」
「というわけだ。じゃ、またな。嬢ちゃんたち」
彼らは目的を果たしたように見えた。そしてあっけなく去っていった。
あたしたちの持ち物はすべて奪われていた。水も食料も、旅費も。
その夜、あたしたちは焚き火すら灯せず、寒さと悔しさに震えながら夜を越えた。
(こんな私たちに、本当に“勇者”を倒せるのか……)
けれど、もう引き返すわけにはいかない。あたしたちは最後に残った馬車で、交差点の街・クロイツフェルトへ向かった。
そこは鉄、塩、酒、信仰――すべてが交差する、華やかだが、どこか影のある街だった。
教会で事情を話すと、“修道士”たちは親切に迎えてくれた。路銀をくれ、宿泊場所を与えてくれた。あたしたちは教団に感謝し、少しだけ救われた気持ちになった。
・
夜、あたしはユニと一緒に街を歩き、再びペンダントを持つ男を探していた。だが、また何も得られなかった。
「今日もダメか……ツイてない日だね」
「明日の昼には出発しないといけないから、朝から探そう。まずはご飯!」
そうしてあたしたちは、街のはずれの静かな酒場に入った。看板には『焔のマイスタージンガー亭』とあった。
その中で――私は運命と出会った。
酔っ払いに囲まれた一人の男。旅人風の服、乱れた髪、浮いた存在感。
ふとしたけれど、彼の首には――見覚えのあるペンダントがかかっているのが目に入った。
あたしは息を呑み、頭よりも先に体が勝手に動いていた。男に詰め寄り、その胸元を凝視する。それは、父のペンダントだ。あの形。あの傷。あの感じ。
間違いない。コイツだ。コイツが――父を殺した男に違いない。あたしはそう確信した。
「おのれ……“勇者”マティア!!」
私は叫び、剣を抜いた。店中に金属音が響き渡る。周囲が凍りつき、男がこちらを振り返る。
「あたしはお前を――絶対に許さない!!」
――次回「ep10.魔王の娘に出会った勇者はこれまでを振り返る」
2025年08月10日 21時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/10