帽子屋は帽子を売りそこねる
「あーあ。私も魔法が使えたらなあ。リナはいいよね。同じ授業しか受けてないのに、すぐ上達するんだもん。どこかで習ってたの?」
「小さい頃にお父様に教わってたからね」
「えっ、会ったとき六歳だったよね? そんな小さな頃からの英才教育ってやつ? すごっ」
「お父様と二人きりで過ごす時間が長かったから、いろんな話をしてくれてたの」
「そんなお父さんを殺した“勇者”は、やっぱり許せないね! 絶対に見つけ出してやろう!」
こんなふうに、あたしたちは少しずつ“勇者”マティアを倒す力を身につけていった。けれど、何年経っても解決できない問題がある。マティアがどんな顔なのか、どこにいるのか――それだけは、どれだけ調べてもわからなかった。
そんな中、ユニはこう言った。
「教団が偶像を禁止してるから、“勇者”の絵とか像は残されてないって言われてるけど……ほんとにどこにもないの? 想像図すらないって、変だと思わない?」
「誰かが隠してるのかな……?」
「いや、知らないけどさ。さすがに不自然すぎるよ」
あたしは修道院の図書室で何度も調べた。他の英雄たちには肖像画も記録も残っているのに、“勇者”マティアだけは存在しない。
図書室の“司書”にも聞いてみた。
「……“勇者”様の御姿、ですか。うーん、私も見たことはありません。公式記録には残っていないことになっていますから」
『残っていないことになっている』。そんな言い回しが気にかかる。
「“勇者”様の出自や、“魔王”討伐後の動向も不明だとされています。教団として関わりがあったのは、“恩寵”を授けてから討伐までの間のみですから、個人的な記録は残されなかったのでしょう」
ユニは思ったままをぶつけた。
「でもおかしいよね? ズナーメン王冠領の〈空白の百年〉だって、大昔の騎士団の肖像画は残ってる。なのに今も生きてる“勇者”が、影も形もないなんておかしい」
「……ズナーメンの〈空白の百年〉は俗称です。公的には、役人の手違いで文書が焼却されただけということになっています」
「ズナーメンは神王国とは異なる体制ですから、行政もずさんで……いえ、失礼。とにかく、無秩序な面があるのです」
“司書”は眉をひそめたが、話を続けた。
「“勇者”様はごく短期間で“魔王”を討伐されたことに加え、その討伐も秘密裏に行われました。実際に会ったことがあるのは、“神王”陛下、“選帝侯”の皆様、そして“勇者”パーティの方々ぐらいではないでしょうか」
「それに、“勇者”様は『すべて皆のおかげ、自分は何もしていない』と褒賞も断られたそうです。とても謙虚な方だったのでしょう」
「ズナーメンの騎士団が自ら肖像画を描かせて記録に残したのとは対照的ですね。“勇者”様との人格の違いでしょう」
(……それだけで、本当に何も残っていないものだろうか。ここまで隠す理由って、何……?)
図書館の帰り道。私はため息まじりにぼやいた。
「“司書”さんに聞いても、結局なにもわかんないじゃん」
するとユニが冷静に言った。
「“院長”に聞いても『秩序を乱す』って言うだけだし、説教に来るテモテって“シスター”も『知らなくていいことは知る必要がない』なんて言ってるしさ。大人たち、絶対なんか隠してるよ」
ユニは笑っていたが、目だけは鋭く光っていた。
・
ある日、市場へお使いに出かけたときのこと。話題はいつものように“勇者”についてだった。
私たちが「なかなか見つからないね」なんて話していると、露天の“帽子屋”が声をかけてきた。派手なシルクハットに水玉の蝶ネクタイ、上下同じ柄の服を着た、顔は一応整っているがいかにも怪しい長身の男。
「お嬢さん方、探し物ですか? 私、探し物にはちょっと自信があるんですよ」
いつもなら相手にしないが、“帽子屋”は、世界中を旅して珍しい帽子を仕入れて売り歩いていて、妙な魅力がある。
「世の中には、見つかるものと見つからないものがあるんです。その違い、わかりますか?」
「えっ、違いって?」
「見つかるものには“目印”があります。逆に見つからないものには、それがない。人でも物でも、同じです」
ユニは興味を持って話しかけた。私は諦めて黙って聞いていた。
「今ね、名前は知ってるけど顔も居場所もわからない人を探してるの。どうすればいいかな?」
「なるほど、まさに見つからないものの典型ですね。ではこうしてみては? その人を探すのではなく、その人しか持っていないものを探すのです」
“帽子屋”はそう言って、私に奇妙な帽子を被せた。なんとも言えないセンスの帽子だった。
「例えばリナさん、この帽子は世界に一つしかありません。これを被っている人を探すなら、名前も顔も知らなくても、この帽子さえ見つければいいのです」
ユニは訝しげに言った。
「……つまり、“勇者”を探すんじゃなくて、『“勇者”だけが持ってる物』を探せってこと?」
「そう、それが手がかりになるかもしれませんね」
「……で、その帽子、売る気でしょ?」
「ご明察。ですが、今日は特別価格で……」
「帽子には興味ないので結構です!」
「残念。ではまたお会いできることを願って。その際にはお茶でもご馳走しましょう。いつの世も、〈帽子屋のお茶会〉は好評なのですよ」
(その人ではなく、その人しか持っていないものを探す――)
そうだ。“勇者”マティアが持っているはずの、あのお父様のペンダント。
私が川で拾った庭園水晶で作ってお父様に贈った、世界に一つしかないペンダント。
伝記では、“勇者”が“魔王”を倒した証としてそのペンダントを掲げたと書かれている。
――なら、探すべきは、あの男じゃない。あのペンダントだ。
(あれ? あたし。あの“帽子屋”に名前を名乗ったっけ?)
――次回「ep09.巡礼の旅は二人の少女に出会いをもたらす」
2025年08月10日 17時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/9