表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/49

執事の目に魔王の娘の刃が映る

 それから、あたしたちは、修道院ではできるだけ従順な子供を演じることにした。大人たちはそれで満足するから。

 そんな風に過ごしていたある日、いつものように”院長”に呼び出されていたユニが血相を変えて帰ってきた。


「リナ、リナ! “勇者”! 名前! わかった!!」


 え? どういうこと?


「”院長”が口を滑らせた! マティアだって! マティア!!」

「それ、本当なの?」

「うん。”フルールフェルト大司教”のラルヴァンダート様が口を滑らせたらしい。『明かしてはいけない名前だから誰にも言ってはいけない』って口止めされたんだって。”院長”は怖いけど嘘を言うような人じゃないよ」


 マティア――。

 それが、お父様を殺した男の名前……。

 

「それで思ったんだけどさ。伝記小説では、”勇者”は剣術で”魔王”を圧倒したことになってるけど、魔法を使って書いてないよね?」


 ユニはあたしに抱きつきながら、あたしの目を覗き込むように言う。


「リナ。本当に”勇者”本人は大したことないのかもしれないよ? もし、“勇者”が魔法を使えないなら、きっと魔法が使えるリナの方が強くなるよ」


「あとさ、あとさ。考えたんだけど、”魔王”討伐以降、”勇者”マティアの行方がわからないのは、どこかのお城から出てこないからじゃないかな……。贅沢三昧したりして……? だとすると、貴族が囲ってるのかも……」

「あ。そうだ。”勇者”は女の人に弱いって噂を聞いたよ! ……色仕掛けで油断させるのもありかも……。私は……もういけるかな。え? リナ? ……なんか、ごめん」 

「ごめんって何? それ、あたしの体じゃ色仕掛けは無理ってこと!? あたしは着痩せするタイプなだけだもん!」

「えー。リナは手足が長くて、スレンダーなのが魅力なんだから、これでいいんだよー?」


 そういいながらユニはあたしにじゃれついて、和ませてくれる。お母様だけじゃなく、お父様も亡くしてひとりぼっちになったあたしにとって、ユニは心の支えになっていた。

 こんな風にユニと過ごしていると、今の生活も悪くないかなと思う瞬間もある。でも、そんなことはお父様が許しはないだろう。あたしはそんなことを思ってはいけないんだ。


 ・


 さらに数年後――。あたしが十六歳になった頃。


 あたしは魔法の訓練で奇妙なことに気がついた。

 あたしの魔法は、あたしが持っているものにも伝わってる気がする。

 例えば、カップ。例えば、ペン。そして、例えば、剣――。そんなことはできるという話は聞いたことがないのだけど……。ある日、それがはっきりと現れる出来事があった。


 ”フルールフェルト大司教”ラルヴァンダート。古い彫像を思わせるような厳格な顔立ちだが、笑顔を絶やさず、いつも周りに子供を従えている。

 その身の回りの管理をする”執事”アリスタルコ。身の丈は優に二メートルを超え、鋼のような筋肉、無骨な顔立ちで、大きく野太い声で話すたびに、いつも子供たちを怯えさせている。

 そのふたりが視察に来たとかで、お偉いさんにアピールをしたい”院長”が張り切って修道院で学ぶ者たちの模擬戦を設定した時のことだ。


 修道院の訓練場に、金属の打ち合う鋭い音が響く。

 あたしは訓練用の片手剣、ユニは短剣とクロスボウを構え、一瞬の隙も見逃さぬように睨み合っていた。

 クロスボウは、渡り鳥の民(リンドバーグ)が得意とする武器だ。ユニも好んでこの武器を使う。


「お手柔らかにね、リナ?」

「そっちこそね」


 合図と共に、あたしが踏み込む。剣を鋭く振るうが、ユニは軽やかに躱し、素早く距離を取る。

 カン、カンッ!  斬撃と受け流しの応酬。

 あたしの剣に対して、ユニは一瞬の速さで間合いをずらし、カウンターを狙ってくる。


「おっと、残念!」

 

 ユニは挑発するように笑いながら、短剣をリズミカルに回している。


 (速い……!)


 あたしは食いしばる。パワーでは勝っているはずなのに、ユニのスピードに翻弄される。

 ユニが後方に飛び下がると、素早く腰のクロスボウを引き抜く。矢を番え、瞬時に弦を引き絞る。


「じゃ、そろそろちょっと距離を取ろうかなっと」

 

 シュッ――!

 矢が一直線にあたしを襲う。


「くっ……!」

 

 あたしは矢を咄嗟に剣で弾き、前に詰めようとするが、ユニは矢を連続で放ち、動きを制限する。

 一発一発が的確に急所を狙っていた。


「じっとしてたら蜂の巣だよ? リナ?」


(……このままじゃマズい!)


 あたしは、矢を防ぎながら、指先に魔力を集める。力が手のひらに集中し、空間が揺らぐ。


「やるしかない――!」

 

 あたしは剣を振りかぶりながら、魔法を放つ。


「〈爆裂火炎(ファイアバースト)〉!」


 轟音と共に、私の魔法が爆裂し、衝撃波が訓練場を揺らす。土煙が舞い上がり、ユニの視界を覆った。


(今だ……!)


 この隙を突いてあたしは突進する。

 しかし――。


「いやいや、そんな直線的な攻撃じゃ当たんないって!」


 ユニは涼しい顔で側転し、爆風の余波を最小限に抑えながら距離を取る。


「爆裂魔法、すごいねー。でも、あたしには効かないよん」


 あたしの攻撃は、完全に読まれていた。

 

「じゃ、こっちから行くね?」


 ユニは一気に距離を詰め、短剣を閃かせる。あたしは迎え撃とうとするが、ユニの動きが速すぎる。


(えっ……!?)


 次の瞬間、ユニの短剣があたしの防御の隙間を突いた。

 ガキィン!

 あたしの剣は弾かれ、よろめく。


 ユニは一気に畳みかけてきた。短剣で細かい連撃を繰り出し、あたしの動きを封じていく。あたしはなんとか防御するが、明らかに押されていた。


「スピードが違うっしょ?」


 ユニの短剣があたしの肩をかすめ、浅い傷をつける。


(くっ……!  こんなことで負けてたまるか!)


 あたしは無意識のうちに、手ではなく剣に魔力を集めていた。

 刃がかすかに青白く光り始める。空気が震え、周囲の温度が下がる。

 ユニの目が鋭くなる。


「……なに? それ」


 ユニの表情がわずかに険しくなった。

 あたしの剣から、氷の粒が舞い落ちる。魔力の奔流が、剣の周囲を渦巻いている。


(これは……なに?)


 あたし自身、何が起きているのかわからない。けれど、確かに剣に魔法の力が宿っている――ような気がする。


「コイツ……!!」


 ユニはまるでそれを消すかのように、一気に距離を詰め、至近距離でクロスボウを構えた。矢の先はあたしの胸元を狙っている。


 (やられる――)


「まずい! 止めろ!」


 “執事”アリスタルコが叫ぶ。

 

「そこまで!!」


 “審判”の声が響いた。

 指が引き金にかかった瞬間、“審判”の声が飛んだ。ギリギリのところで、ユニの手が止まる。

 矢が弦から外れ、地面に落ちた。


「……」


 あたしは自分の剣を見下ろす。まだかすかに光が揺らめいていた。


「いやー。リナ。危なかったわ。つい本気になっちゃった! ごめんね。大丈夫?」


 いつものユニが手を差し伸べてきた。あたしはその手を握る。


「今の何か……」

 

 (さっき……剣が……魔法を纏った?)


「ん? どうかした?」

 

 ユニは気が付かなかったのだろうか?


「んーん。なんでもない」

「あ。私、”院長”先生に呼ばれているんだった。また行かなきゃ。うざ―」

「うん。わかった。また後で。部屋でね」

 

 あたしは息を切らしながら、ただ剣を握りしめる。

 あの感覚――あたしの不思議な力の片鱗が見えた模擬戦を、観戦していた“大司教”ラルヴァンダードや“執事”アリスタルコたちはただ静かに見つめていた。

――次回「ep08.帽子屋は帽子を売りそこねる」

2025年08月10日 06時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/8

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ