執事の目に魔王の娘の刃が映る
それから、あたしたちは、修道院ではできるだけ従順な子供を演じることにした。大人たちはそれで満足するから。
そんな風に過ごしていたある日、いつものように”院長”に呼び出されていたユニが血相を変えて帰ってきた。
「リナ、リナ! “勇者”! 名前! わかった!!」
え? どういうこと?
「”院長”が口を滑らせた! マティアだって! マティア!!」
「それ、本当なの?」
「うん。”フルールフェルト大司教”のラルヴァンダート様が口を滑らせたらしい。『明かしてはいけない名前だから誰にも言ってはいけない』って口止めされたんだって。”院長”は怖いけど嘘を言うような人じゃないよ」
マティア――。
それが、お父様を殺した男の名前……。
「それで思ったんだけどさ。伝記小説では、”勇者”は剣術で”魔王”を圧倒したことになってるけど、魔法を使って書いてないよね?」
ユニはあたしに抱きつきながら、あたしの目を覗き込むように言う。
「リナ。本当に”勇者”本人は大したことないのかもしれないよ? もし、“勇者”が魔法を使えないなら、きっと魔法が使えるリナの方が強くなるよ」
「あとさ、あとさ。考えたんだけど、”魔王”討伐以降、”勇者”マティアの行方がわからないのは、どこかのお城から出てこないからじゃないかな……。贅沢三昧したりして……? だとすると、貴族が囲ってるのかも……」
「あ。そうだ。”勇者”は女の人に弱いって噂を聞いたよ! ……色仕掛けで油断させるのもありかも……。私は……もういけるかな。え? リナ? ……なんか、ごめん」
「ごめんって何? それ、あたしの体じゃ色仕掛けは無理ってこと!? あたしは着痩せするタイプなだけだもん!」
「えー。リナは手足が長くて、スレンダーなのが魅力なんだから、これでいいんだよー?」
そういいながらユニはあたしにじゃれついて、和ませてくれる。お母様だけじゃなく、お父様も亡くしてひとりぼっちになったあたしにとって、ユニは心の支えになっていた。
こんな風にユニと過ごしていると、今の生活も悪くないかなと思う瞬間もある。でも、そんなことはお父様が許しはないだろう。あたしはそんなことを思ってはいけないんだ。
・
さらに数年後――。あたしが十六歳になった頃。
あたしは魔法の訓練で奇妙なことに気がついた。
あたしの魔法は、あたしが持っているものにも伝わってる気がする。
例えば、カップ。例えば、ペン。そして、例えば、剣――。そんなことはできるという話は聞いたことがないのだけど……。ある日、それがはっきりと現れる出来事があった。
”フルールフェルト大司教”ラルヴァンダート。古い彫像を思わせるような厳格な顔立ちだが、笑顔を絶やさず、いつも周りに子供を従えている。
その身の回りの管理をする”執事”アリスタルコ。身の丈は優に二メートルを超え、鋼のような筋肉、無骨な顔立ちで、大きく野太い声で話すたびに、いつも子供たちを怯えさせている。
そのふたりが視察に来たとかで、お偉いさんにアピールをしたい”院長”が張り切って修道院で学ぶ者たちの模擬戦を設定した時のことだ。
修道院の訓練場に、金属の打ち合う鋭い音が響く。
あたしは訓練用の片手剣、ユニは短剣とクロスボウを構え、一瞬の隙も見逃さぬように睨み合っていた。
クロスボウは、渡り鳥の民が得意とする武器だ。ユニも好んでこの武器を使う。
「お手柔らかにね、リナ?」
「そっちこそね」
合図と共に、あたしが踏み込む。剣を鋭く振るうが、ユニは軽やかに躱し、素早く距離を取る。
カン、カンッ! 斬撃と受け流しの応酬。
あたしの剣に対して、ユニは一瞬の速さで間合いをずらし、カウンターを狙ってくる。
「おっと、残念!」
ユニは挑発するように笑いながら、短剣をリズミカルに回している。
(速い……!)
あたしは食いしばる。パワーでは勝っているはずなのに、ユニのスピードに翻弄される。
ユニが後方に飛び下がると、素早く腰のクロスボウを引き抜く。矢を番え、瞬時に弦を引き絞る。
「じゃ、そろそろちょっと距離を取ろうかなっと」
シュッ――!
矢が一直線にあたしを襲う。
「くっ……!」
あたしは矢を咄嗟に剣で弾き、前に詰めようとするが、ユニは矢を連続で放ち、動きを制限する。
一発一発が的確に急所を狙っていた。
「じっとしてたら蜂の巣だよ? リナ?」
(……このままじゃマズい!)
あたしは、矢を防ぎながら、指先に魔力を集める。力が手のひらに集中し、空間が揺らぐ。
「やるしかない――!」
あたしは剣を振りかぶりながら、魔法を放つ。
「〈爆裂火炎〉!」
轟音と共に、私の魔法が爆裂し、衝撃波が訓練場を揺らす。土煙が舞い上がり、ユニの視界を覆った。
(今だ……!)
この隙を突いてあたしは突進する。
しかし――。
「いやいや、そんな直線的な攻撃じゃ当たんないって!」
ユニは涼しい顔で側転し、爆風の余波を最小限に抑えながら距離を取る。
「爆裂魔法、すごいねー。でも、あたしには効かないよん」
あたしの攻撃は、完全に読まれていた。
「じゃ、こっちから行くね?」
ユニは一気に距離を詰め、短剣を閃かせる。あたしは迎え撃とうとするが、ユニの動きが速すぎる。
(えっ……!?)
次の瞬間、ユニの短剣があたしの防御の隙間を突いた。
ガキィン!
あたしの剣は弾かれ、よろめく。
ユニは一気に畳みかけてきた。短剣で細かい連撃を繰り出し、あたしの動きを封じていく。あたしはなんとか防御するが、明らかに押されていた。
「スピードが違うっしょ?」
ユニの短剣があたしの肩をかすめ、浅い傷をつける。
(くっ……! こんなことで負けてたまるか!)
あたしは無意識のうちに、手ではなく剣に魔力を集めていた。
刃がかすかに青白く光り始める。空気が震え、周囲の温度が下がる。
ユニの目が鋭くなる。
「……なに? それ」
ユニの表情がわずかに険しくなった。
あたしの剣から、氷の粒が舞い落ちる。魔力の奔流が、剣の周囲を渦巻いている。
(これは……なに?)
あたし自身、何が起きているのかわからない。けれど、確かに剣に魔法の力が宿っている――ような気がする。
「コイツ……!!」
ユニはまるでそれを消すかのように、一気に距離を詰め、至近距離でクロスボウを構えた。矢の先はあたしの胸元を狙っている。
(やられる――)
「まずい! 止めろ!」
“執事”アリスタルコが叫ぶ。
「そこまで!!」
“審判”の声が響いた。
指が引き金にかかった瞬間、“審判”の声が飛んだ。ギリギリのところで、ユニの手が止まる。
矢が弦から外れ、地面に落ちた。
「……」
あたしは自分の剣を見下ろす。まだかすかに光が揺らめいていた。
「いやー。リナ。危なかったわ。つい本気になっちゃった! ごめんね。大丈夫?」
いつものユニが手を差し伸べてきた。あたしはその手を握る。
「今の何か……」
(さっき……剣が……魔法を纏った?)
「ん? どうかした?」
ユニは気が付かなかったのだろうか?
「んーん。なんでもない」
「あ。私、”院長”先生に呼ばれているんだった。また行かなきゃ。うざ―」
「うん。わかった。また後で。部屋でね」
あたしは息を切らしながら、ただ剣を握りしめる。
あの感覚――あたしの不思議な力の片鱗が見えた模擬戦を、観戦していた“大司教”ラルヴァンダードや“執事”アリスタルコたちはただ静かに見つめていた。
――次回「ep08.帽子屋は帽子を売りそこねる」
2025年08月10日 06時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/8