勇者の足跡を知るものは誰も居ないのかもしれない
修道院は、思っていたよりもすんなりとあたしたちを受け入れてくれた。
この聖ヤーコプ修道院には、多くの身寄りのない子どもたちが暮らしており、彼らは“聖職者”や“役人”になるための学びを受けたり、治安維持を担う“修道騎士”になるための剣術や魔法の訓練をしていた。
あたしは本当のことを話す気などなかった。ただ「リナ」とだけ名乗り、「両親を失った孤児」とだけ言った。それ以上は何も話さなかった。
誰も、あたしが”魔王の娘”だとは思わない。ただの孤児として、扱われた。
それでいい。
(ここで情報を集めて、“勇者”にたどり着いてやる……)
あたしは静かに拳を握る。すべては「復讐」のために。
それから数年。
“魔王”を討伐した“勇者”たちの物語は、修道院の記録に収まるどころか、伝記小説としてベストセラーになった。あたしは、父がなぜ殺されなければならなかったのかを知りたくて、その本を何度も読み返した。
けれど、どこにも「なぜ」は書かれていなかった。
ただ一言――。
「“勇者”に恩寵が下った」
それだけだった。
そんなもので、優しかった父が殺されなければならなかったの?
大きな手であたしの頭を撫でてくれた。
母を亡くして泣いていたあたしに、拙い子守唄を歌ってくれた。
あんなに優しかった人が、殺される理由なんてあるわけがない。
小説の中では、“魔王”の素性は隠され、本名さえも変えられていた。
“勇者”。
今もどこかで英雄として讃えられ、黄金の杯で酒を飲み、美女を侍らせて贅沢三昧な暮らしをしているのだろう。あれから何の偉業も聞かないところを見ると、討伐の瞬間だけ持ち上げられて、あとはただの偶像として祭り上げられた存在に違いない。父を殺した男がのうのうと生きている。それが、許せなかった。あたしはそんな想いを募らせていった。
・
しばらくすると、あたしは修道院での暮らしにも慣れ、ユニとは何でも話せる親友になっていた。
「今日は、新しく仲間になった子もいますので、改めてこの世の成り立ちについて話しましょう」
“院長”の声で、また例の講話が始まった。
「うぇー。また院長先生のありがた〜いお話かぁ」
ユニが大げさに手を合わせて言う。毎回同じ話。何の意味があるのだろう。
「……このように、“恩寵”は三大司教が賜り、国民一人ひとりに与えることで、私たちの“役割”が定まります。“恩寵”こそが世界を照らす光。“秩序”なきところに平和はなく、それぞれが“役割”を果たすことで世界は保たれるのです。皆さんにもいつか与えられる“恩寵”は、絶対のものとして受け入れなければなりません」
何度も何度も聞かされた。“勇者”も“魔王”も、この“恩寵”によって選ばれたという。
「こんなの、古くさいお決まりごとでしょ。“大司教”たちが勝手に決めてるだけで、“本当の神様”なんてどこにいるのよ」
ユニが小声で呟く。
「私はね、自分にしかできないことを見つけたいの。誰にでもできることじゃなくて、私にしかできない“役割”。それを見つけて、私を捨てた両親に胸を張って見せてやるんだ……」
まっすぐな瞳。ユニは、渡り鳥の民ではない。物心つく前に、どこかの街で捨てられていたのだという。サラーがそれを不憫に思い、連れて旅をしていた。
「ユニ。あとで院長室に来なさい」
「あ。やば、聞かれてた……」
最近、ユニはよく院長室に呼ばれる。
「また怒られたの? 大丈夫?」
「んー。まあね。口が悪いし、自由すぎるからさ。……心配しないで」
笑いながら腕をさするユニ。どこか目を逸らしていた。
(……本当に? 前より回数、増えてない?)
「“院長”先生って、“秩序”を重んじる分、怒ると怖いんだよ」
「……そっか」
不安は拭えない。でも、詮索しすぎるのも違う気がした。
「あ、そうだ。“勇者”って、本当に強かったのかな?」
「“魔王”って一人だったのに、超豪華なパーティー組んでたんでしょ?」
「具体的に悪いことをしたって話もないし……逆に大したことないんじゃ……あ、また呼び出される! なしなし!」
ユニは、“勇者”に懐疑的だった。“魔王”に同情的でもあった。
この子になら、話してもいいかもしれない。
「ユニ。実は、あたしの親のことで話したいことがあるんだ」
「えっ? 無理しなくていいんだよ?」
「……あたしの父は、“魔王”カーネル。“勇者”に殺されたの。だから、“勇者”に復讐したい」
「……」
しばらく沈黙があったが、次の瞬間、ユニは笑い出した。
「あはは、やっぱり! 『リナ、何か秘密あるよね』って渡り鳥の民の皆で話してたんだよね」
「実はね、リナと出会う前に『“勇者”が“魔王”討伐に来る』って噂があってさ。で、人影見つけて警告矢を撃ったら、ボロボロの服の女の子が“盗賊”に襲われてて……そりゃ、“魔王”の関係者かもって思うよね」
そして、真剣な顔になって、こう言った。
「話してくれてありがとう。嬉しかったよ。……でもね、私以外には絶対言っちゃだめだからね」
「私も一緒に探す。“勇者”を見つけて、仇を討とう」
ユニは、あたしにとって初めての、かけがえのない“仲間”だった。
――次回「ep07.執事の目に魔王の娘の刃が映る」
2025年08月09日 21時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/7