渡り鳥は少女の真意に気付かない
数週間後、あたしたちは聖都レギオナを後にして、大きな街・フルールフェルトに向かっていた。その道すがら、あたしは渡り鳥の民の男たち――ゴードンやジョンハーシェルたちの話を耳にした。
「レギオナで聞いたんだけどよ。あの“勇者”、もう本になるらしいぜ」
「マジかよ。出世したなぁ」
「修道院とか図書館に収められるらしいぞ」
「“恩寵”のご加護でございますぅ〜」
「ありがたや〜ありがたや〜」
……“勇者”の本が修道院に? あれからそんなに日は経ってないのに? でも、修道院なら“勇者”に関する記録があるかもしれない。教会や修道院は、歴史や“秩序”を管理してる場所っていうもの。
「ねぇ……その修道院って、あたしも入れるのかな……?」
思い切って声をかけると、ゴードンはちょっと驚いた顔で振り返った。
「お? リナ、お前、修道院に興味あったのか」
「たしかにな、このまま子どもを旅に連れ回すのもな……」
「最近は孤児を受け入れる修道院も増えてるって聞くぞ」
「フルールフェルトの“院長”先生も、そんな話してたな」
「あそこは物好きだからな。飯くらいは食わせてくれるだろう」
「ちょうど道中に修道院がある。見に行ってみるか? 実際入るかどうかは、そのあと決めりゃいい。アラン、構わねぇか?」
ゴードンがそう尋ねると、アランは頷いた。
「ああ。リナが自分で決めたことなら、構わん」
「……だったら、見に行ってみたい」
「よし、決まりだな」
そのとき、後ろからユニが声を上げた。
「……リナが行くなら、あたしも一緒に行くよ!」
「えっ? ユニはみんなと一緒に……」
「ううん、私もちゃんと勉強したいなって思ってたとこだったし。みんなと一緒にいるのも悪くなかったけど、これからの時代、女も勉強しないとね! サラーも言ってたし!」
「そうだな、俺たちじゃ勉強は教えられんし。今がチャンスかもな」
「じゃあ、まずは修道院に行って、“院長”先生に話を聞いてみよう」
そして数日後、あたしたちは〈塩の街〉フルールフェルトに到着した。
昔は〈花の都〉とも呼ばれていたらしいけど、今は岩塩の産地として知られている。
その丘の上にある修道院。高い石壁に囲まれた大きな修道院の中からは子供達の声がする──聖ヤーコプ修道院。
やがて中から聖職者が現れ、アランが事情を話すと、あたしたちを“院長”先生のもとへ案内してくれた。
「おお、“院長”先生。前に連絡した子たちです。家族を亡くして……もしよければ、面倒を見ていただけませんか」
あたしとユニを見つめた“院長”先生は、やわらかな笑みを浮かべて言った。
「それは、辛い思いをされたでしょう。けれど、ここでは誰もが神の子です。安心なさい。ここで共に“秩序”のなかで、あなたたちの“役割”を見つけましょう」
「よかったな。教団がよくしてくれるだろう。俺たちとはここでお別れだ」
「俺たちは“マーキュリー”って一団だ。この先渡り鳥の民に会うことがあったら、その名を出せば力になってくれるはずだ」
「塩に困ったらいつでも言えよ。いくらでも売ってやる」
「……売るんかい! そこは『タダでやるよ』でしょ!」
ユニが笑いながらツッコむと、渡り鳥の民の皆も楽しそうに笑って出発して行った。彼らがいなかったら、今のあたしはどうなっていたか――。
「ありがとう……」
自然と、口をついて出た。
こうして、あたしとユニは渡り鳥の民と別れ、修道院での新たな生活を始めることになった。
――次回「ep06.勇者の足跡を知るものは誰も居ないのかもしれない」
2025年08月09日 17時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/6