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リナは暗闇の絶望の中で光を見つける

 あたしたちは、出口を求めてただひたすら走っていた。頭上からは天井の骨がきしみ、崩れた瓦礫が矢の雨みたいに落ちてくる。粉塵が肺に刺さって息が続かない。熱いのに、背筋の芯だけが氷みたいに冷えている。


「このままじゃ、全部崩れるよっ!」


 シラの悲鳴は轟音に呑まれた。たどり着いたのは――お父様のノートが並ぶ、あの部屋。けれど分厚い石の扉は外から押し潰され、瓦礫の層が重なり、光も風も閉め出されていた。静かすぎて耳が痛い。誰も、何も言わない。

 どれくらい時間が過ぎたのか、もうわからない。崩落はやみ、世界は墓みたいに静まり返った。マティアは震える指先でノートをめくり、解答の糸口を探す。シラは冗談ひとつ言わず、すすけた膝を抱えたまま唇を噛む。ユニが小さく、でもはっきり言った。


「……詰んだ、ね」


 その一言で、胸の奥に積もっていた冷気が形になった。あたしは手探りでペンダントの感触を確かめ――もう、そこには何もないことを思い出す。暗闇の中で、心だけがもっと暗く沈んでいく。

 その時だった。頭上の瓦礫が鳴り、細い砂の雨が降った。

 つづいて、荒い呼吸と鉄の擦れる音。闇に、土煙をまとった影が落ちる。


「お前ら、なに勝手にクライマックスしてんだ? 死ぬ気か、バカ共が」


 ビッグスだ。煤と埃で顔は汚れているのに、口元だけはいつものニヤリで、むしろ元気そうに見える。


「ビッグス……! 生きてたの!?」

「当たり前だ。お前たちとはくぐった修羅場の数が違うって言ったろ」


 さらにもうひとり、瓦礫の隙間から器用に滑り込んでくる。


「ほんと、こんな所で勝手に終わられると困るんッスよ。マジで」


 ウェッジ。困ったように笑いながらも、差し出された手は迷いがなかった。

 やっぱり。あの“盗賊”のビッグスとウェッジじゃない。


「さ、出口はこっちッス。文句は外に出てからで」


 涙があふれそうになったけど、飲み込んで、その手を掴む。冷たいはずの掌が、火よりも温かい。――忘れない。この命は、あたしたちだけのものじゃない。何本もの手で、何度も引き上げられてきた命だ。


 狭い瓦礫の隙間をロープでよじ登る。ビッグスが先に上がり、ウェッジが下から背を支え、マティアが次の足場を示す。シラは魔法で光を最小限に灯して、揺れる明かりで足元を探る。ユニの指が何度も震えて、そのたびにあたしは手首を握り返した。ここで離したら二度と届かない気がして。

 最後の瓦礫をどかした瞬間、風が頬をなでた。湿った土と草の匂い。続けて、眩しい白が視界を焼く。朝だ。崩れた地表の裂け目から、夜明けの光があふれ込んでくる。


「……生きてる」


 誰かの声が空に溶けた。一部が崩れた大聖堂の向こう、太陽が山の肩から顔を出す。赤金色の光が瓦礫の輪郭をやさしく縁取り、黒くなった指先さえ綺麗に見せる。

 

 ――忘れない。この命は、たくさんの人たちが繋いでくれたんだ。

 お父様。

 渡り鳥の民(リンドバーグ)のみんな。

 ユニ。

 マティア。

 シラ。

 ビッグスとウェッジ。

 そして、アリスタルコさん。

 その誰ひとりが欠けても、あたしはここに立てなかった。


「ほら、立てるだろ」


 マティアが肩を貸す。


「ねえ、泣くのはあとでね。まずは水。喉、焼けてるでしょ」

「……うん」


 ユニが頷き、あたしは頷き返す。言葉は足りない。でも、いまはそれでいい。


 空を見上げる。雲は薄く、青がどこまでも高い。あの高さまで、いつか届くだろうか。お父様の残したノート、ラルヴァンダードが持っていってしまったペンダント、ここに来るまでに失くしたものと、手に入れたもの。全部を数え直すには、時間がいる。


 それでも、いま決められることがある。


 ――この命は、繋ぐ。あの光のほうへ。


 あたしは深く息を吸い、ひとつだけ泣いた。涙は土に落ちて、すぐに乾いた。顔を上げると、みんなも同じ方向を見ていた。


「行こうか」

「うん、行こう」


 朝は、もう始まっている。ここが終点じゃない。ここから、また物語を続けるんだ。

――次回「エピローグ “役割”を見つけた者たちは自らの道を歩み始める」

2025年08月23日 17時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/48

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