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アリスタルコは自らの拳に信念をかける

 フルールフェルト大聖堂の礼拝堂の脇、地下への階段がある最初の地下室――そこは、密閉され、ひんやりとした静けさに包まれた空間だった。

 そこには人影があった。全身を漆黒のロングコートで包み、長身で筋骨隆々。そんな男は彼しかいない。


「アリスタルコ!」

「やれやれ。待ちくたびれたぜ。ここに来たということは、ユストは負けたんだな。ひとりでやりたいというから任せたんだが……。まぁいい。そろそろ。決着をつけようか」

「ま、待って!」

「そうはいかん。俺にも”役割”があるんでな。本物の強さってのはな、魔法でも剣でもない……この拳ひとつで証明してやらなければならない!!」


 アリスタルコは文字通りの肉弾戦であたしたちに襲いかかってきた。拳一発で石壁が崩れ、床が軋む。


「〈氷霧障壁(グレイスシェル)!〉」

「はっはー。氷か? かき氷でも作るのか?」

 

大地守結界(テラプロテクト)!」

「岩なんぞ容易いぞ!」

 

「〈金殻障壁(オーリックバリア)〉!」

「金属か! しかし、ちょっと硬いだけだな!」


 シラが色々な属性の防御魔法を張るが、アリスタルコは軽々と粉砕してしまう。


「いや、ただのパンチの威力じゃないんだけど」

「アリスタルコさん。すごいな……。毎日筋トレしてるだけだっていってたけど……」

「ちょっと! 感心してる場合じゃないでしょ!」

「そうだな!」


 そういって斬り掛かるが、マティアの鋭い斬撃も、まるで型稽古のようにいなされてしまう。


「ひとりずつでは相手にならないぞ? いいのか? 各個撃破しちまうぞ?」


 そう言ってアリスタルコは連携を促す。


「わかってるよ! 〈灼熱斬光(ヘルファング)〉!」


 マティアの攻撃に合わせたシラの魔法がアリスタルコに襲いかかる。

 しかし――。

 

「殴って止められない火属性か。いい判断だ。しかし、良いことを教えてやる。魔法は我慢できるんだぜ?」

「嘘でしょ?! そんなわけないじゃん!」

「お前たち。本気を見せんか。本気を。三人で来い!」


 そう促されて、あたしも加わるが、それでもアリスタルコは強い――。


「おいおい。こんなものか? 俺を倒さなければ、この先には進めないぞ? そろそろ本気で行かせてもらう! 〈アリスタルコ・タイガー・ショット〉!!」


 アリスタルコは突進してくる。あたしたちは吹き飛ばされてしまった。


「ぐっ!」

「そんなに身体が大きいのに早いなんて反則だよ!」

「はっはっはっ。反則なものか。カッコよさってのは鍛え上げた肉体に宿るのだ!」


 そういって、パンチやキックを繰り出してくる。アリスタルコは、なおも笑っていた。

 額には玉のような汗が浮かび、肌は赤く火照っている。にもかかわらず、その脚は止まらない。


「どうした! もっと来いよ!」

「う、うわぁ……何……ここまで筋肉を推して来られると怖い……」

「(……あの汗……。ひょっとして……。シラ。たくさんの水が出る魔法で攻撃してもらえるか……?)」

 

 マティアがシラに耳打ちする。なにか作戦を思いついたのかもしれない。シラもそれを感じたのか黙ってうなづく。


「〈水撃乱舞(スプラッシュラッシュ)〉!!」


 多くの水の刃が現れ、アリスタルコに襲いかかる。しかし、それらも難なく躱され、アリスタルコには効かない。


「なにがしたいんだ? こんなものは通じないぞ?」

 

 部屋の中はまるでサウナのように熱い。マティアは剣を収め、話し始めた。


「アリスタルコさん。俺達は、どうしてもユニに会って、話をして、ペンダントを返してもらいたいんです。特にリナは、幼い頃、俺に“魔王”カーネルさんを殺され、絶望の中で見つけた唯一の救い――それがユニ。”親友”なんです。リナが一人になった後、”渡り鳥の民(リンドバーグ)”に助けられ、一緒にフルールフェルトに来て、あなたがたの教団の修道院に入った。リナの目的は、父親を殺してしまった俺への復讐が目的だったけれど、それが彼女の生きる糧だったし、そばにユニがいたから、彼女はここまで来られたんです」

「だからなんだ?」

「あたしは、誰も居ないお城で死んでいるお父様を見て絶望した。『あたしはひとりぼっちなんだ』って。でも、ユニは言ってくれた。『あたしたちは、涙の数だけ強くなれるんだよ』って。それからずっと一緒にいてくれた。ユニはあたしの”親友”だったの。そのユニが、なんでお父様のペンダントを……」


 最後は言葉にならなかった。

 それを聞いていたアリスタルコも語り始める。


「……俺は”秩序”は絶対に守らなきゃならねぇもんだと思っている。そのためにはどんな”役割”だろうと果たさなければならない。ユニも”役割”を果たしているんだ。俺はそれを全うさせてやりたい。それが”秩序”のためなんでな! そして、俺の“秩序”は、この拳ひとつで足りる」

「……なにそれ。どんだけ脳筋」

「脳筋で結構。だが“秩序”ってのは、そういうもんだ。人は“なんとなく”間違える。なんとなく流されて、なんとなく魔が差して、気づいたら間違ってるもんだ。でも、“正しさ”は違う。“なんとなく”で正しいことをしていたなんて奴はいねぇ。『正しいことをしようと思い、そして、する』――それだけだ。その意志がなきゃ、秩序なんて守れない……。俺は馬鹿だからよ。誰が言っていたか覚えちゃいないが、昔読んだ本にあったんだ。ある正義の戦士の話だった。『正しいことをしようと思い、そして、する』。たったそれだけのことが、世界で一番難しい。でも、それだけやって死ねたら、そいつは正しい人間だったって言える。そう思ったんだ」

「でも……! それが正しいなんて誰が決めるの……!」

「なんとでも言うがいいさ。それが正しいかどうかなんかわからねぇ。俺がこれまで守ってきた“秩序”がこのまま守られる。それが俺にとっての正しさだ。それからはずっと、この言葉に従って、正しい“秩序”を守るために生きてる。いつか、娘に会えるその時まで、俺は正しくありたい……カッコいいだろ?」


 そう言って、アリスタルコは再び突進を始めるが、先程よりも息が荒い。


「たぶん、もう……この部屋の酸素が足りてないんだ」


 マティアが、肩で息をしていた。空気が薄い。呼吸が苦しい。それに、何より熱い――。シラの〈灼熱斬光(ヘルファング)〉から、すでに数分。熱気がこもり、部屋全体の温度が信じられないほど上がっている。さらに、シラが〈水撃乱舞(スパラッシュラッシュ)〉を放ったせいで、湿度も限界に近い。霧状になった水分が壁を這い、地下で逃げ場のない熱気、湿度はまるでサウナだ。


「(……アリスタルコ。あいつ、自分の汗が全然蒸発してない。こういうとき、人間は熱を逃がせなくなる。……いくら筋肉があっても、体は機械じゃないんだから……)」

 

 アリスタルコの動きが、徐々に鈍くなっていく。踏み込みが甘く、回避も一拍遅い。だが本人は気づいていない。


「クッ……なんだこの、妙な……クラクラする感覚は……」

「それが熱中症ですよ。アリスタルコさん。雪山で高山病になった時と一緒です」

 

 マティアが低く言い放つ。


「っはは、笑わせるな! この俺が、この季節に熱中症ぉ!?」


 言いながら足元がふらつき、壁に手をついて支える。


「マティア、あの小窓……あそこから抜けよう!」

「了解!」


 あたしはマティア、それにシラは高い場所にあった小窓から素早く脱出し、アリスタルコが出てこられないように扉を塞ぐ。


「に、逃がすか!」

 

 アリスタルコは力を振り絞り、あたしたちを追って扉を蹴り開けた。――が、その瞬間。


 ――ドォンッ!!


 外の空気が一気に室内に流れ込み、充満していた可燃性の空気が流れ込んで、一気に引火する。


「うおおおおおおおおおおっっ!!!?」


 アリスタルコの叫びが、炎にかき消された。その地響きは地下空間全体を揺らしたような感覚さえした。

 爆風にあおられて、あたしとマティア、シラは吹き飛ばされる。


 ――ドサッ!


「げほっ……!」

「だ、大丈夫? 何あれ……。い、生きてる……?」

「な、なんとか……。あれ、何? 魔法の威力より全然ヤバいんだけど」

「バックドラフトだ……昔、物語で読んだことがある……この現象を使った連続殺人の物語で……」


 そんなことより、振り返ったその視線の先。

 地下室の扉はボロボロに焼け崩れ、真っ黒に焦げたアリスタルコが仁王立ちで立ったままだ。


「これは……カッコ悪ぃ……」


 そういってアリスタルコは動かなくなった。


「ち、ちょっとやりすぎじゃ……」

「いや、アリスタルコさんは自分で扉を開けたんだし……」

「でも、死んでない……んだよね?」

「た……たぶん……。さ、先を急ごう」


 ――ユニはこの先だ。

――次回「ep43.ユニは自らの心のままに従うために戦いを選ぶ」

2025年08月21日 21時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/43

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