ユストは自らの任務を完遂することに固執する
あたしたちが向かったのは、フルールフェルトの中心――大聖堂だった。
白く輝く双塔と、高くそびえるドーム。その姿は、まるで空から降ってきた白い要塞のようだ。石造りの外壁は、真昼の光を浴びて淡く光り、広場に長い影を落としていた。 聖シルバーベルグと聖ヤーコプの像が青銅の扉の左右からこちらを見下ろしている。
まるで、「ここから先は、覚悟のある者しか通ってはならぬ」と言っているかのようだ。
あたしたちが扉を押し開けると、ひんやりとした空気があたしたちの頬をなでる。
頭上には、遥か彼方にあるような天井。 金の装飾に彩られたドームには、古の物語がフレスコ画で描かれていた。正面には高い祭壇。両脇にはいくつもの小さな礼拝堂と蝋燭の灯り。
ステンドグラスから差し込む光が、赤、青、緑と、床の大理石に広がっていた。
でもその光は、『選ばれし者を祝福する』というより、『裁きの場』へと案内しているように感じる。
ついこの間――修道院にいる頃にはそんなことは感じなかったのに今はまるで違う空間に見える。
「ここに……ユニがいるんだね」
小さくつぶやいたあたしの前に、柱の陰から誰かが現れた。
「やっぱり来たねー、リナちゃんっ♡」
明るくて高い声。
ピンク色の髪、自分の身体の魅力を最大限引き出す服装、そして、高すぎるテンションの女。ユスト。
「ユスト……ユニはどこ?」
「ふふっ。聞いたって無駄だよ。あのコは長い“役割”を終えて、“秩序”の中に戻ったの。アナタに用なんて、もう無いよ?」
「あたしにとって、ユニの“役割”は親友だった。それを……伝えたい」
「“役割”は“恩寵”によって“秩序”のために与えられるもの。誰かが勝手に決めちゃダメでしょ?」
ユストの瞳が、ぎらりと光った。
「ワタシはうれしいんだ……リナちゃん。ワタシの“役割”は、ここでアナタを止めること。つまり、今この瞬間、アナタたちとワタシが向き合うのは、神の計画ってわけ! これは”秩序”を守るための聖なる戦い。それもこんなにきれいな、フルールフェルト大聖堂の中で、ワタシはワタシらしく戦って、それで”秩序”を守るの!」
彼女はそう言って、小瓶を取り出すと――。
「最初から、キメていくよ♡」
一気に中身をあおった。
直後、ユストの体に異変が起こる。血管が浮き出し、瞳が充血する。あの目――『赤白目』だ。
「なにそれ……ヤバ。でも、物理攻撃だよね? 〈岩障陣壁〉!」
あたしたちの前に、岩の壁が現れ、ユストのリボンを防ぐ。
「魔法なんて! そんなもので、アタシの努力は負けない!」
そういって、ユストはリボンを振りかざす。
パンッ――。
また、例の乾いた音が響き、リボンとは異なる打撃が与えられてく。そして――。
ドンッ――。
衝撃波がシラの 〈岩障陣壁〉を打ち破り、マティアに直撃した。
「な、なんだあれは……。見えない何かに殴られたみたいだ……。」
「なるほど……。土属性の壁をこんなに簡単にサックリ貫通するってことは、あのリボンの攻撃は風属性ベースってことね。この前は、碑文に夢中で見てなかったけど、タネさえわかれば対抗できるのが魔法だよ」
シラはにやりと笑う。
「ど、どういうことだ?」
「ま、私が天才たるゆえんをご覧入れましょう~。〈閃雷斬〉ッ!」
シラの放つ雷撃がユストを襲いかかる。
「そうか! ユストの武器は長い金属。雷は金属に引き寄せられるってケルシオンの印刷屋のベンジャミンさんが言っていたな」
「ま、それもあるけど、魔法工学的に言えば、ユストは木属性なんだよね。木属性の人は雷属性に弱いから、ダメージも大きいはず」
実際、ユストには効果てきめんだ。
「くっ。だからなんなの? 天才かなんか知らないけど、『誰れも努力はすれば必ず報われる』! それが、”秩序”でしょう!? ワタシは“努力”でここまで来たの! “才能”だけの人間なんかに負けない!」
そういってユストは、リボンをしならせシラに襲いかかるが――。
「〈電盾障壁〉。私ね。それなりにあなたにはムカついてるんだ」
雷の防壁がユストの攻撃を防ぐ。
「あんな貴重な遺跡をメチャクチャにして、私の研究の邪魔をした。あれで、この国の研究は数十年遅れた。あなたにはその重大さがわかっていないともうけど、旧世代の遺物は貴重なものだった。それをわけのわからない薬で暴れ、駄目にした。雷迅槍ッ!」
「ぎゃっ!」
「あなたが使ってるその薬は、メルキオール様が研究途中で辞めたものでしょう? それを盗んで、使っているのだろうけど、その薬は筋肉の増強と気持ちが高ぶらせる効果があるだけ。体に、特に心臓への負担が大きいの。そんなものを使っても、あなたは私には勝てないよ。諦めて道を譲りな。〈雷鳴轟嵐〉ッ!」
「ぐぁぁ!」
金属製のリボンでは雷撃はかわすことはできず、ユストは成すすべがない。
「『この薬は痛みなんて忘れる』って……ッ!」
ユストはこれまでの液体とは違い、ポシェットから紫色の錠剤を大量に取り出し、ボリボリと食べ始めた。あんな色の錠剤がまともな訳が無い。
「私は、私はぁ! 私が私でいるために”役割”が絶対なの! だから、私は死んでも”役割”を果たす!」
ユストは怒気混じりに叫ぶ。
「これは、ラルヴァンダード様がくれた新薬……。どうなるか、私でもわからな……ぐ、ぐぅぅう!」
これまで見せた液体の薬とはまったく異なる反応。白かった肌の色はより白くなり、目の赤さと元来のピンク色の髪の毛がより際立つ。しかし、明らかに異様な姿だ。
「ふふふ。気分いい! イイよ! これ!」
そういってユストはリボンを放つ。まるで踊るかのように、ユストが舞い、その攻撃は手が付けられない。シラも防戦一方だ。
しかし、 軌道が、次第に乱れ始める。最初は正確で鋭かったのに、今はまるで酩酊したダンサーのように、意図のないステップを繰り返している。
「ふふ。見て……リボンがきれい……ああ。まるで、あたしの心そのもの……」
ステンドグラスに映るユストの姿は、頬が赤く、瞳が開ききっていた。けれど、その笑顔の奥には、明らかに『自分を失っていく恐怖』が見えた。
バキィ!
リボンが、吊るされていたシャンデリアのひとつを破壊する。崩れた色ガラスが、床に散らばる。その散らばったガラスにユストの顔が無数に映った。
「え。こんな白い蛇みたいな気持ち悪い化け物みたいな女いた……?」
「……え? やだ……これ、あたし? 可愛くない……! 違う、こんなのあたしじゃない……こんな顔、誰も見ないで……!!」
「え。最初から、あなたはそんなでしょ? 〈雷鳴轟嵐〉ッ!」
容赦のない、シラの極大雷魔法がユストに炸裂する。
「アタシはただ……”秩序”を守り……」
「君は自分を見失った。『誰かに見てもらう』ために、必死に努力し、その”役割”に自分を見出したんだろう。だけど、その”役割”は、誰かのためのものだ。教団の都合のためのものじゃない。君がするべき努力は、自分の本来の力を伸ばすことだったんだ」
「説教なんかいら……な……小さい頃……アリスタルコ様が言ったんだもん。『可愛い子は役に立つ』『娘は大きくなったらお前みたいだったかもな』って……だから、アタシは……」
そう言いかけて、ユストは気を失った。
「……あなたの努力は、本当は間違ってなかった。ただ、向ける先が、違っただけだよ。ユスト」
あたしは、そう言ってユストの髪と服装を整えてやって、ユニがいる地下に向かった。
――ユニは、この先にいる。
――次回「ep42.アリスタルコは自らの拳に信念をかける」
2025年08月21日 17時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/42




