魔王の娘はその場所で勇者の復讐を誓う
――時は少し戻る。勇者が魔王を討った、その場所。
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戦いが終わったあとの玉座の間は、戦いの残骸が散らばっていて、ひどく静かだった。冷たい石畳に、月明かりだけが差し込んでる。
あたしの足音だけが響いて、やけに大きく聞こえる。
そこに、お父様がいた。
動かなくなって、横たわってるお父様のもとへ、あたしは震えながら近づいた。
「……お父様……?」
返事はなかった。
涙が頬を伝って、あたしはそのまま膝をついた。
冷たくなったお父様の手を握って、叫んだ。
「お父様ーーーーーーーッ!!!」
あたしの名前はリナ。“魔王の娘”。
あたしはずっと、平穏な日々が続くと思ってた。何事もなく、変わらない毎日がこの先も続くって。でも、あの日、全部が終わった。
お父様の言いつけ通り、秘密の部屋に隠れてた。誰にも見つからないように、息をひそめていた。
のだけど――もう、隠れてなんていられない。あたしには、やるべきことができたんだから。
この手で、きっと復讐を果たす。お父様の仇を――。
そう誓って、暗闇の中を、ひとりで歩き始めた。
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あの日のお父様は、いつもと違ってた。
「リナ。大丈夫だよ。秘密の部屋に隠れていなさい。私は私の“役割”を果たさねば。でも、少し待たせるかもしれない。でもきっと私は迎えにくるよ」
あの言葉を思い出すたびに、胸が焼けるように熱くなる。
お父様が部屋を出たあと、誰かが来る音がした。剣のぶつかり合う音、魔法の爆発音。
(……怖い)
耳を塞いで、じっとしていた。
でも、どれくらい時間が経ったのか……気づけば、あたりは静かになっていた。
あたしはふらふらと立ち上がって、禁じられていた扉を開けて、玉座の間へ向かった。
そして、あたしは見た。
動かなくなったお父様。
冷たい指。血に濡れた鎧。
もう、あの優しい手はどこにもなかった。
拳を握りしめる。爪が食い込んで、痛みが広がった。
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どれくらい時間が経ったのか、わからない。
草に覆われた石畳の道を、あたしは歩き続けた。
壊された部屋、血に濡れたお父様、あの日の景色が頭から離れない。
でも、立ち止まったら終わっちゃう。
お腹が空いて、喉もカラカラで、もう足元もふらついてた。
城の周りの森を抜けて、山道が見えてきたころ、あたしの意識はもう朦朧としてた。
そのとき、森の奥に明かりが見えた。
火……? 人がいる……?
ふらふらしながら近づいたら、焚き火のまわりに男たちの影。
「へへ……今夜は何を襲うんスカ?」
「もうすぐ塩を売ってる商隊が通る。金になるぞ」
「ビッグスの兄貴はやっぱ頭いいッスね」
(……“盗賊”……?)
その場を離れようとしたとき――足元の小枝を踏んだ。
パキッ。
「ん?」
「今、音が……」
バレた。
身を伏せたけど、もう遅かった。
「おいおい、いまさら隠れても無駄だよ。お嬢ちゃん」
乱暴に腕を掴まれて、振り向く間もなかった。
金髪の男。蛇みたいに長くて冷たい指。
「……っ」
怖い。痛い。体が震える。
「黒髪に茶色の瞳……まさか、城から逃げてきたんじゃ……?」
「へへへ、こりゃ当たりッスよ!」
焚き火の光が揺れて、二人の盗賊がじりじりと近づいてくる。
黒髪、震える目、擦りむけた膝、汚れたパジャマ。
――あたしを、モノみたいに見てる。
必死で腕を振り払おうとしたけど、動かない。
(誰か……助けて……)
「大人しくしてな。高く売れ――ぐっ!」
ピエットが突然手を離した。
「な、何だ……手が……!」
あたしの手が、白く凍ってる。
周囲の空気も急に冷たくなった。
(え……なにこれ……?)
「魔法か?」
(ちがう…… 魔法なんて使えない。でも、これ……あたしの力……?)
「こいつ、まさか“魔王”の……そうか。“勇者”が“魔王”カーネルを討伐するとか言っていたな。『魔王城』から逃げてきたのか」
(“魔王”? “勇者”? お父様は“勇者”に殺されたの?)
怯えてなんかいられない。
睨み返した。怖くても、強くなりたかった。
「……やれやれ、面倒だな」
「ガキ相手でも、全力でいくッス!」
三人があたしを囲んだ、その時だった。
パン!
破裂音。
「……あ?」
「何をしている!」
闇の中から、武装した人たちが現れた。
長剣やクロスボウ。隊列を組んでる。
「こんな夜に大の大人が子供相手に三対一か。やるじゃねぇか」
“盗賊”たちは目配せして、森の中へと逃げていった。
「大丈夫か?」
目を開けると、民族衣装を着た人たち。
四枚羽の鳥の模様――渡り鳥の民。
「……誰もいなくて……ひとりなの……」
あたしの言葉に、男たちは顔を見合わせた。
「……孤児か?」
「まあ……見捨てるわけにはいかねぇな」
やさしい目の男、アラン。
クロスボウを持ったスコット。
そして、サリーと名乗った長い髪の女性が手を差し伸べてくれた。
「誰だって、悲しみの夜はあるよ。今はつらくても、顔を上げな」
その手を取ったら、荷馬車に乗せてくれた。
水をくれて、体があったかくなって、心も少し落ち着いた。
「名前は?」
「……リナ」
同い年くらいの子が顔を出す。
「ね、いくつ?」
「六歳。あなたは?」
「ユニ。八歳だよ! よろしくね!」
涙が止まらなくて、でも、ユニは何も聞かずにそばにいてくれた。
「あたしたちは、涙の数だけ強くなれるんだよ」
その夜、あたしは泣きながら眠った。
・
それからは、荷物を運んだり、道具を磨いたり、仕事を手伝った。
「お前、なかなか仕事ができるな」
「……ありがと」
渡り鳥の民の人たちは一団と呼ばれるグループで行動していて、彼らは町を巡って塩を売って旅してる。
あたしはその中で、少しずつ人間の世界に馴染んでいった。
「リナ、星がきれいだよー」
見上げた空は、広くて果てしなくて。
お父様といた城の中庭から見える小さな空とはまるで違った。
(お父様は、こんな世界をどう見てたんだろう……)
アランが星について教えてくれた。
「あの星だけは動かない。あっちが北だ。空にある目印を見れば、俺たちはどこにでも行けるんだ」
忘れない。
あたしの目的は、“勇者”を見つけて仇を討つこと。
それだけが、あたしの生きる理由――。
――次回「ep05.渡り鳥は少女の真意に気付かない」
2025年08月09日 06時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/5