冷たいベッドに触れたリナは起きていることを理解できない
昨日は遺跡で散々な一日を過ごし、疲れ切って宿に戻り、そのまま眠ってしまった。
翌朝。カーテンの隙間から射す淡い光で目を覚ましたとき、胸の奥に冷たい風が吹き込んでくるような、不安な感覚があった。
「……ユニ?」
隣のベッドに手を伸ばす。でも誰もいない。どこかに散歩にでも言ったのだろうか――。
いや、違う――。
シーツは冷え切り、寝ていた形跡もない。荷物もきちんと消えている。まるで最初から存在していなかったみたいに。
――違う。そんなはずない。
がばっと起き上がる。胸騒ぎが一気に現実になった。
「お父様の……ペンダントまで……ない……」
サイドテーブルに置いていた大切な形見も消えていた。
慌ててマティアとシラを起こし、三人で部屋を探す。宿の隅々を調べても、ペンダントはなく、ユニの姿もなかった。
――ユニは、何も言わず、一人で出て行ったのだ。
霧に包まれた朝のラコナを、あたしたちは走り回った。宿の周辺、石畳の路地、教会の前。誰に尋ねても手がかりはない。
そのとき、声をかけられた。
「やあ、お嬢さん。こんな朝早くに奇遇ですね。探し物ですか?」
“帽子屋”だった。小洒落た帽子を指先で回しながら、相変わらず胡散臭い笑顔を浮かべている。
「今日は、いつも一緒にいたお嬢さんはいないようですね」
「ユニを……見なかった!? いなくなって――」
「ああ。見ましたよ。真夜中に派手なピンク色の髪の少女と一緒にいるのを」
ピンク色の髪――ユスト。
「ユニは脅されてるんだ……!」
“帽子屋”はさらに告げる。
「黒服の男たちが『ヴァルセノへ行く』と言っていましたよ。ただ……助けを求めているようには、見えませんでしたがね」
その言葉に、あたしの心はざわついた。
……助けを求めていない? そんなはずない。
・
馬車に揺られ、山を越え、混沌とした巡礼の街ヴァルセノに着いた。旅の途中、マティアとシラは慰めてくれていたけど、あたしはそれどころじゃなかった。何より、ユニが心配だった。
でも、そこで見た。黒い教団服をまとい、微笑むフルールフェルト大司教ラルヴァンダード。そして、黒い教団の服を着て、その隣に立っているユニを。
子供たちに囲まれ、やさしく笑っている。
あたしと一緒にいる時とは違う、穏やかで落ち着いた笑顔だった。
「……どういうこと……?」
あたしの声は震えた。
マティアは低く言った。
「彼女は自分で決めたんだ。ラルヴァンダードの側にいることを。宿はきちんと片づけられていた。あれは自分の意思で出たんだ。ユストと一緒にいるのも、その選択の結果だ」
「ユニがあそこにいるのも自由だよ。だから、リナも自分の心に従えばいい」
シラは真っすぐに答える。
「自由って……なに? あたしがユニと一緒にいたいと思うことは、自由じゃないの? ……あたしは、ユニと一緒にいたいよ」
それしか言えなかった。
あたしはユニに手を伸ばそうとしたが、黒服たちが立ちはだかる。
「一般の方の通行は許可されていません」
「待って! ユニにだけでも……!」
その叫びにユニが振り返った。
一瞬、あたしと目が合った。けれどすぐに視線をそらし、ラルヴァンダードの隣へと歩いていく。
その背中は、遠く、冷たく、知らない誰かのようだった。
・
馬車の中。
胸の奥で、声にならない問いが震える。
「……どうして……?」
ユニの笑顔も、手をつないだ日々も、全部嘘だったの?
それでも、あたしは呟いた。
「……あたしは、信じないよ。ユニ」
振り返ってくれる日を信じて。
ガタガタと響く車輪の音が、やけに切なく聞こえた。
――次回「ep38.ユニは馬車に揺られながら自分の“役割”を思い出す」
2025年08月20日 06時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/38




