ユストはリボンで華麗に舞う
「やーっと捕まえた……♡」
ツインテールが揺れて、ユストがにっこり笑う。その背後、鉄の鎧を着た巨体――アリスタルコが、地響きを立てながら現れた。
「狭い通路は嫌だったが……我慢してきた甲斐があったな。こんなところに来るとは、もはや巡礼ではあるまい。逃がさんぞ、リナ。……そしてユニ」
「なんでここが……」
「これ、なーんだっ♡」
ユストの手には――お父様の、あの手紙。
「それ……どうして、あなたが……」
「ふふふ。ここに書いてあったの♡ お父さん、リナちゃんをここに呼びたかったんだって。でも、知らなくていいことって、あるじゃない?」
――逃げ場は、ない。
「リナ、どうしよう……修道院に戻る……?」
「……ううん。このまま戻ったら、お父様のこと、何ひとつわからないまま。“役割”に縛られ続けるだけ。それって、あたしが望む未来じゃない」
「でも、ラルヴァンダード様の許可を取ればきっと……」
「ダメだよ、ユニ。ここで止まったら、きっと後悔する。あたしは――走りたい。前に」
「リナ……」
「そうだ。振り返ってばかりじゃ、真実には辿り着けない。信じるんだ、いつか――きっと、カーネルさんの想いを知ることができる」
「マティア……」
「ん? 手紙が欲しいのか? だったらユストに返してもらえばいいんじゃないか?」
ビッグスが軽口を叩く。わずかに、空気が緩んだ。
「ビッグスぅ? ファルデン以来かしら? アタシたちの邪魔をしに来たんじゃないでしょうね?」
「まさか。俺はラコナに用があるって言ったろ? お宝探してただけだ」
でも――アリスタルコとユストの殺気は、本気だった。
戦うしか、ない。
「うるさーい!!」
突然、シラが怒鳴った。
「こっちは今、超重要な碑文を読み解いてるんだから! 静かにしてよねっ!」
ノートを片手に怒るシラの額には汗が滲んでいた。
「シラよ。俺ァ難しいことはわからねぇが、知りすぎるとロクなことにならねぇぞ? あの男みたいにな」
「それでも、知りたい!」
「そうか。なら仕方ねぇな」
そういってアリスタルコは構える。あたしたちも――武器を構えた。
「こうして……お前らとやりあうのも4度目になるのか……なんかうれしいな! ここからは本気で戦わせてもらう!」
「来るぞ――布陣を組めっ!」
最初に動いたのは、アリスタルコだった。
「〈アリスタルコ・ギャラクティカ・マグナム〉ッ!」
咆哮とともに、巨腕がシラに向かって振り下ろされる。マティアがすんでのところでそれを防いだ。
「シラ、今はそっちじゃない! 抑えきれないぞっ!」
「ああもう、わかってるってば!!」
シラは両手を前に突き出す。
「〈烈火弾〉ッ!」
赤い火球が炸裂し、アリスタルコの腕をかすめた。……でも、びくともしない。
「へっ、いい感じに温まってきたぜ!」
マティアは足元をじっと観察していた。
「ジャンプに、あの突進……あいつの戦いの要は、爆発的な脚力……?」
「シラ、足場を崩せるか?」
「任せて! 〈岩砕衝〉ッ!!」
地面が隆起し、足場が歪む。その一瞬の隙を狙って、マティアの剣が鋭く突き込まれる――けど、鉄の鎧が鈍い音を立てて、受け止めた。
「くっそ……やっぱ、硬ぇ……!」
「おっ? こっからは白兵戦か? いいねぇ、アツいじゃねぇか!」
――そして、マティアとシラ、そしてアリスタルコの戦いは一気に激しさを増していった。
・
一方、あたしとユニ、それにビッグスはユストと対峙する。
「ふふふ、ビッグス。今日はリナちゃんと楽しそうじゃない? お友達はどうしたの?」
「そっちこそ、この間はいい面の皮だったじゃないか。今日はその借りを返すぜ」
「リナちゃん、ユニちゃん? 今日はビッグスもいるし。本気をいかせてもらうね♡」
そういうとユストはその厚い上着を脱いだ。肌の露出が増える。
「ユストよ。えらい格好だな。それは俺に対する視線誘導が目的か?」
しかし、よく見ると露出された肌には数多の切り傷がある。
「それはどうかなぁ? 可愛いでしょう? いくよ♡」
ユストがリボンを振るう前に、ビッグスが距離を詰めた。両手に構えたナイフが閃き、鋭く斬り込んでいく。その動きは、あたしたちと戦ったときとはまるで別人だった。機敏で、正確で――これが本気のビッグス……?
でも、ユストも負けてなかった。くるくると舞うように身を翻し、軽々と攻撃を躱すと、すぐさま距離を取ってリボンを放ってきた。
前に戦ったときのそれとは、まるで別物。動きも速さも段違い。身軽になったユストの仕草は、本当に踊ってるみたいだった。だけど――そのリボンは金属製。鋼のようにしなやかで、鋭くて、そして……自身も傷つけている。えげつないくらいに痛そうだ。
「これじゃ、近づけねぇ……」
ビッグスが舌打ちする。
ユニはクロスボウを構えている。
「ユニ、援護をお願い……!」
「……わ、わかってる……」
だけど、矢は放たれなかった。ユニの指先が震えてる。瞳も揺れていた。矢を握ったまま、動けない。最初から怖がってたんだ。足がすくんで、撃てないのかもしれない。
ユストのリボンはあたしたちを寄せつけない。でも、よく見るとユストも傷を負ってる。あの上着は……自分の体を守るためだったんだ。リボンを振るたび、パンッと乾いた音が響く。
そのとき――。
「ぐっ……」
ビッグスが呻いた。太ももから血が流れてる。鋭利な刃物で切られたような傷。
「隠し武器……? なんだあのリボン……」
「まるで魔法みたいでしょ?」
ユストが笑う。
「魔法が使えなくても、努力すれば――こーんなこともできるんだよっ♡」
ドンッ!
リボンの射程外のはずなのに、あたしとビッグスに衝撃が走った。
「なに……? 見えない何かで……攻撃されてる……?」
「あはは♡ ビックリするよね。アタシのリボンの先端が音より速くなる時、衝撃波が出るんだよ」
(このまま、何もできずに……? このまま捕まっちゃうの……? やらなきゃ……あたしには、やらなきゃいけないことがあるのに!)
その瞬間、また体の奥から冷たい力が流れ込んできた。剣が、ペンダントが、光り始める。
「……この感覚……また……」
剣に魔法を込める――この前みたいに。でも、もっとはっきりと、もっと強く。今度の力は、前とは比べものにならない。
「またそれ……!」
ユストの視線があたしに向いた。すべての攻撃が、こっちに来る。でも、大丈夫。〈氷刃〉(仮)なら、リボンにだって対抗できる。
「おっと、ユストさんよ……こっちが隙だらけだぜ?」
ビッグスが背後から切りかかる。
「くッ……! ビッグス……! 血筋や才能が“秩序”を乱すなんて、アタシは認めない! アタシは努力と覚悟で、“秩序”を守る!」
ユストがポケットから明らかに異様な色をした小瓶を取り出し、その中身を一気に飲み干す。次の瞬間――彼女の肌に血管が浮かび上がった。
「ふふふ。これヤるとどうなっちゃうかわからないから、覚悟してね?」
ユストは自分が傷つくことも厭わず、リボンを無差別に振り回す。その威力は先ほどよりもさらに跳ね上がってる。手がつけられない。それに明らかに様子がおかしい。錯乱している?
そのリボンから放たれた衝撃波が、ホールを破壊していく。
そのときだった。
ホールの中心にあった庭園水晶が、ペンダントに呼応するように光り始めた。眩い光が脈動し、剣が震える。
「なに……これ……剣が……!」
抑えようとしても、どうにもならない。どう動いているのかさえ、わからない。
「リナちゃん? それ、ズルいよ?」
そういうとユストはあたしに襲いかかってきた。あたしは思わず、光る〈氷刃〉(仮)でユストを切りつけた。
すると、ユストの破れた服の一部やリボンが凍りついた。
「何……これ……。”魔王の娘”ってだけで、ろくに努力もしないで……ッ!」
ユストがあたしに襲いかかる。そのリボンは、あたしのペンダントに共鳴したのか、光り始めていた庭園水晶のひとつを倒した。
ズズン――。
とても重たいものだったのだろう。部屋全体が揺れるほどの振動があった。
すると、天井からの光が点滅し、空間全体が揺れ始める。
ゴゴゴゴゴゴ――。
そして、ゆっくりと……少しずつ床が沈んでいくような感覚。
「え? ひょっとしてこの下って空洞なの? それなのにさっき〈岩砕衝〉なんか使ったから……不安定になって?!」
「やばい……っ! これ、崩れるやつだ……! そんな構造だったのか!」
脱出するしかない。しかし、ユストは構わずにあたしを狙ってくる、
「……ユスト! 引き上げるぞ! ここで死なれちゃかなわん!」
「デも! コイつラ知らなクテモいいこトヲ……!」
「それより、脱出だ! こんなところで死んじまったらカッコ悪ぃだろ」
そう言うとアリスタルコはこっちを振り返った。
「すまんな! お前たちとの勝負は楽しいが、勝敗はお預けだ。生きてたらまたやろうぜ! いや。またやれる気がするぜ! じゃあな!」
そう言い残して、彼はユストと共に通路の奥へと消えていった。
ゴゴゴゴゴゴ――。
――明らかに、ヤバい。
――次回「ep36.崩壊する遺跡の中でビッグスは煙草を燻らせる」
2025年08月19日 17時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/36




