ユニは神の名前を踏み外す
あたしたちは、狭い通路を進んでいた。壁には蜘蛛の巣がびっしりで、ちょっと気を抜くと顔にベタッと張りつく。
「ひぃ……もう、やめてほしい……!」
ユニが何度目かの悲鳴をあげながら、クロスボウの先で巣をはらう。
通路の奥には、次の部屋があった。入った瞬間、空気が変わる。
――床一面に、石板がびっしり。
アルファベットや数字、見たことない記号までが整然と並べられていて、ところどころ崩れてる。落ちた床の下は真っ暗で、底が見えない。
「……え、なにここ。言葉の授業?」
「レギオナで会ったインディアナさんが言ってたんだ。『古代遺跡には文字盤型のトラップがよくある』って。順番間違えると……床が抜けるんだって」
マティアが真顔で言うと、全員が思わず足元を見つめる。
「順番って……どの?」
「うーん、たぶんヒントが……」
すると、ユニがピンと天井を指差した。
「あった! あれ!」
石の天井には、風化した文字がこう刻まれていた。
『神の御名によって窓は開かれる。混沌の中に秩序の光を求め続けよ』
「簡単じゃん! 神の名前でしょ? 『COSMOS』! C-O-S-M-O-Sだよね!」
「待って、それちが――!」
そのまんまの回答を選び「C」に足をかけたユニにシラを叫ぶ。
――ガシャアアンッ!
「ひゃっ!?」
床が崩れ、ユニが落ちかける!
「ユニッ!」
あたしはすぐにその手をつかんで、全力で引っ張り戻す。
「う、うわ……危なかった……」
その直後、部屋のどこかで――。
ゴゴゴゴゴ……!
不気味な地響きが鳴り響いた。
「な、なに? なんの音!?」
全員が固まる中――どこからか男の声が飛び込んできた。
「バカか! 今すぐ出るんだ!」
あたしたちが振り返ると、旅装にしてはやたらラフな男が立っていた。この男、どこかで……。
入り口の扉がズズーン……と重たく閉まる音。
「あーあ、また閉まっちまった……運が悪ぃ。クソ。想定外だ……」
悔しそうに天井を睨むその男……なんか、見覚えがある。
「お前、“盗賊”だな? 目的は盗掘か?」
マティアが鋭く問う。
「いやいや、“トレジャーハンター”って呼んでくれ。『とんでもねぇお宝が眠ってる』って聞いてさ。ロマンがあるだろ? ところが、『C』の床を踏んだら抜けちまった。それに驚いてるうちに入口の扉が閉まってさ。で、仕方ないからちょっと一眠りしてたってわけ。が、また閉じ込められたってわけさ。どうだい? ここはひとつ手を組まないか。そっちはお嬢ちゃんばかり。力を合わせれば、きっと脱出できるだろ?」
「本当に閉じ込められてるなら……どんな相手でも協力するしかないけど……」
「『想定してない想定外が起きたときはすぐに撤退』に限るってな」
『想定していない想定外』って……この回りくどい言い方をするのは……あいつしかいない。
「あ、あなた、前にもあたしたちに襲ってきたよね? ひょっとして、狙いがあるんじゃ……?」
「ん? だから、俺は“トレジャーハンター”のビッグス。”盗賊”なんかじゃないって」
「やっぱりビッグスじゃない! 仲間のウェッジとピエットもどこかにいるんでしょ!? 騙されないから!」
「へぇ。ビッグスって“盗賊”にもいるんだな? でもな、ちょいと“役割”が違うんじゃないか?」
ビッグスがニヤッと笑う。
「こいつだよ! 前に何度も襲ってきた“盗賊”!」
「……どうやら、リナとユニは以前お前に“世話”になったらしい。何が目的だ?」
「さっきも言った通りさ。目的は遺跡の秘密と、脱出。そんだけだ」
「こんなやつ、信じられない! またリナが狙われるよ!」
ユニが強く訴える。正直、あたしも同じ気持ちだ。
「私はどっちでもいいかなー。とにかく早く先に進みたいよ?」
シラは、いつも通りマイペース。
「……わかった。このまま放っておくのも危ないし、出るまでは組もう。ただし、俺たちは奥に用がある。その後で脱出に協力する。それと、リナやユニにはもう手を出すな」
「了解、マティア。任せとけ」
「ちょっと! マティア、本気でこいつと組むつもり!?」
「だよな。俺もタダで信用してくれとは言わない。利用してくれていい。罠よけでも何でもな」
「いや、そういうことじゃないんだよ……。でも、さっきの罠を見ても分かるだろ。ヘタすれば命に関わる。今は協力すべきだ」
あたしたちは納得できない気持ちを抱えたまま、マティアが小声で耳打ちしてくる。
「(あいつの目的はわからないが、それに名乗っていないのに俺を『マティア』と呼んだ。奴の狙いは別にある。目を離すと何をするかわからない。見えるところにいてもらったほうがいい)」
「(でも……!)」
「(最悪、シラの魔法がある。拘束系のもあったろ? ここは様子を見よう)」
……納得はしてない。でも、あたしはマティアの判断に従うことにした。
「さて、お手並み拝見といこうか」
ビッグスの言葉に促されたシラが前に出て、さらりと解説を始める。
「じゃあ、いくよ。答えは簡単。教団の神様の名前は『COSMOS』。普通ならC-O-S-M-O-Sだけど、ここは大昔のサンフィオーレ時代の遺跡。当時の表記では、K-O-S-M-O-Sだったの。だから最初は『K』」
そう言って、シラはためらいもなく「K」の床に飛び乗った。
「で、次はO、S、M、O、S……と」
彼女は軽やかに駆け抜ける。
「へぇ……さすが勇者マティア一行の“魔法使い”。博識だな」
こうして、あたしたちはシラのあとに続き、無事に2つ目の試練を突破した。
「でも……あの扉、開かないし。元の道も戻れないんじゃ……?」
試練は越えたはずなのに、入ってきた扉は開かず、道も塞がれたまま。
『窓は開かれる』――てっきりあの扉のことかと思ってたけど、そうじゃなかったのかも。こうなると進むしかない。
(……あたしたち、ほんとに外に出られるの……?)
――次回「ep33.断崖を前に立ち尽くしたリナたちは勇気を試される」
2025年08月18日 17時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/33




