勇者は凱旋の中で違和感を拭えない
「“勇者”さん、さっきのアレ、すごかったですね! “魔王”の黒剣をへし折るなんて……!」
記録係のフィレモンが興奮した様子で俺に話しかけてきた。
「ああ……あれは、昔、ヴァイスブルクで“鍛冶屋”のペーターじいさんから聞いた話を思い出したんだ。金属って、急激な温度変化に弱いんだってさ」
俺は渡り鳥の民として各地を旅してきた。そういう中でいろんな人から話を聞いて、覚えていることも多い。
「小さい頃から好奇心が強くてさ。聞いた話はノートにメモしてるんだ。簡単な走り書きだけどな」
「へえ、ノートに……。それ、私に近いですね」
フィレモンが興味深そうに頷き、メモを取る。彼女は五感で得た情報をすべて記憶できるというが、こうして補足情報も注釈に入れていく。まさに『歩く議事録』だ。
そこにシラが割って入る。
「すごいすごーい! よくあの場面でそんなの思い出せたね!」
俺が剣を折った瞬間を思い出してはしゃいでいる。フィレモンも説明を補足してくれた。
「〈氷刃〉って…あれは魔法? 剣に氷属性が付与されていましたよね?」
「そーそーそー! あの〈氷刃〉ヤバかったの! 魔法ってなにかに固定させることはできないんだけど、あれはずーっと冷たくて! 魔法が剣に固定されてたの! 意味わかんないくらいすごかった!」
シラは早口でまくし立てる。魔法オタクの彼女にとって、あの剣は相当気になる代物だったようだ。そこへ、仲間の一人デマスが“魔王”の遺体から何かを取り出して、俺に放った。
「ほら、これやるよ。“魔王”倒した記念だ。遠慮すんな、“勇者”」
「え、いや……」
戸惑う俺をよそに、デマスはフィレモンの方を向いた。
「なあ、フィレモン。これは問題ねぇよな?」
「はい。見たところ手作りのペンダントのようですし、資産価値もなさそうなので……」
手のひらに収まったそのペンダントは、透明な水晶のような石の中に、土のようなものが入っていた。不思議な重さと輝きを持っていたが、それに触れた瞬間、背筋にひやりと冷たいものが走った。
(なんだ……この感覚)
・
そうして、俺達は聖徒レギオナに凱旋し、“魔王”を討伐した俺達“勇者”一行を労う宴が開かれた。
宴は続いていた。皆が酒を酌み交わし、街も歓喜に沸いている。でも、俺は一人、ペンダントを見つめていた。
「“勇者”様、それ……本当に受け取ったんですね?」
テモテが呆れたように言った。
「えっ? もしかして、これ……呪いのアイテムとか……!?」
「ちがーう。ただのペンダントだよ」
シラがあっさり否定する。
「ちゃんと調べたけど、何の力もなかった。完全にただのアクセサリー。つまんなーい」
デマスも渋い顔で補足する。
「素人が拾った石を加工しただけのガラクタさ。でもな、“勇者”となったお前には意味があるだろうよ」
そこへフィレモンが思い出したように言った。
「そういえば、記録によれば、“魔王”カーネルには、シエルという“妻”がいたらしいですよ。その人が作ったペンダントではないかと」
「え……」
俺は返す言葉がなかった。
「しかも、“娘”もいたという話が……。けれど、『魔王城』にはその姿はどこにもいませんでしたし、誰も見ていないのですが」
(“娘”が……?)
そのとき、“トリシア大司教”メルキオールが現れた。選帝侯のひとりで、この国の最高位の一人だ。
「“勇者”さん、“役割”お疲れ様でした。シラから話は聞いていますよ。彼女、迷惑をかけてませんでしたか?」
「かけてないもん!」
「おや。シラ。レポートはしっかり書くんですよ?」
「わかってるよーだ」
とシラは即答し、そそくさと逃げていく。
「……あたし、なんかあの人キライなんだよね」
そう言い残して。
(なんだ、あれ……)
メルキオールの視線がペンダントに向けられた。少しだけ、目つきが鋭くなったように見えた。
「そのペンダント……」
「ああ、これは”魔王”の……」
俺が説明をしようとすると、そこにバルナバが酒を持ってやってきた。
「おお! メルキオール様! ”魔王”カーネル戦の”勇者”殿は見事な活躍でしたぞ! 我が兵団に入れていただきたいくらいですな!」
(俺は、最後の一振りしかしていないんだが……)
「ほう。それは素晴らしい。しかし、人の役割は恩寵が決めるべきもの。そうでなければ“秩序”は保つことができません。恩寵には誰であれ必ず従わなければなりません。”勇者”さんの役割は”勇者”ですよ」
メルキールはにこやかに笑ったが――。
(ん?一瞬、空気がピリッとした?)
「はっはっはっ。そうでしたな。こりゃ失敬」
「メルキオール様。よろしいでしょうか? ラルヴァンダード卿が早く話をしたいと――」
「おや。そうですか。また、あの男……。わかりました。行きましょう。では、”勇者”さん。ご苦労さまでした」
メルキオールは“執事”に促されてどこかに行ってしまった。
「”勇者”殿! 何の訓練も受けていない渡り鳥の民のお主が、”勇者”として聖剣グラムを持って、あそこにいただけでも十分立派だった! それなのに、”魔王”の剣まで折ってみせた! 今日は飲め!」
そう言って、バルナバは豪快に笑う。
……そう。俺は、ただ「そこに立っていた」だけだった。
実際、俺がやったことといえば、最後の一振り。
それも、みんなに押し出されて、勢いのままに振っただけだ。
「では、”勇者”さん。ご苦労さまでした」
メルキオールのその言葉に、どこか冷たいものを感じた。
やがて宴は終わり、仲間たちはそれぞれの道へと帰っていった。
俺は残されたまま、空になった盃を見つめていた。
(……ほんとに、これで世界は救われたのか?)
思考は、冷めた酒とともに沈んでいく。
(『“勇者”殿』『“勇者”様』。でも、“勇者”が俺である必要あったのか……? ……誰も俺の名前は呼ばない。……俺の名前……なんだっけ? ……ふふ……酔ってるな――俺)
朝焼けの中で、ペンダントが淡く光を返していた。
・
その頃、遠く離れた暗闇の中で静かに物語の続きを見つめる者がいた――。
――次回「ep04.魔王の娘はその場所で勇者の復讐を誓う」
2025年08月08日 21時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/4