季節の移り変わりが戦況を変える
遠くからドスドスと走ってくるもう一人。その巨体。ルセリアの橋の上で、そしてシルベルク峠で激突した相手――。
「アリスタルコ……!」
「やぁっと来た。アリスタルコ様。遅いですよ」
「すまんすまん。ユストは脚が速いな!」
「馬車じゃ遅いとか言って走ってくるからですよ。馬にも乗れるようになってください!」
「俺が馬に乗ったら馬が可哀想じゃないか。はっはっはっ」
ふたりの掛け合いは本当の父親と娘のようにも見えるが、そんな呑気なことを言っている場合ではない。
「アタシたちの“役割”は、リナちゃんとユニちゃんを連れ戻すことです。さっさと済ませましょう」
「おう。そうだな。手荒い真似はしたくないが、もはや仕方あるまい」
そういってアリスタルコは拳を構え、ゆっくりと歩み出る。足音一つで、地面が揺れるようだ。――と次の瞬間、その右腕が、重力を無視するかのようにリナの目前まで迫る。
「アリスタルコさんは義理堅い人だが、“役割”には忠実な男だ。リナ、いったん下がれ! あいつらは本気だ!」
マティアが叫ぶが、ユストは悠々とリボンを巻き取りながら微笑んだ。
「アタシたち。“役割”はいつも本気で取り組むよ?」
そういってユストはリボンが振るう。切っ先が風を裂き、次の瞬間、アリスタルコの拳が襲う――。
「そういうことだ。〈アリスタルコ・ギャラクティカ・マグナム〉!」
「ぐっ……!」
マティアが剣で受け止めた。だが衝撃で膝を折った。
「おいおい、今のは肩慣らしだぜ? オレンジジュースを奢ってもらったぐらいちゃ、手加減はできねぇなぁ」
――と、クロスボウから放たれた矢がアリスタルコを狙う。だがアリスタルコは悠々と鉄甲で弾く。
「よしよし。ちゃんと狙ってるな。次はちょいと本気出すぜ! おりゃ! 〈アリスタルコ・ビッグバン・インパクト〉!」
アリスタルコの拳が再び振り下ろされ、地面が粉砕される。土埃が舞い、足場が破壊される。その余波であたしはバランスを崩し、慌てて支えてくれたユニが叫ぶ。
「なにそれ!? ただ地面にパンチしてるだけじゃん! あんな派手な名前つける意味あるの!?」
「なにそれって……カッコいいだろう? 他にも色々あるぞ?」
アリスタルコは得意げに笑う。
「ねぇねぇ! こんなおっきい相手にどうするの!」
「もう少しだ! 持ちこたえろ!」
アリスタルコが突進してくる。マティアがすかさず横から援護に入る。
「リナ、右だ!」
マティアの剣がアリスタルコの脇腹を狙うが、重厚な鉄甲が軋む音を立てて弾かれた。
「ちぃっ……やっぱり硬いな」
その隙にユニがクロスボウを構え、アリスタルコの足元に矢を放つ。
「動きを止めて!」
しかし、それもアリスタルコは意に介さない。
マズい。
圧倒的なフィジカルのアリスタルコと中距離から的確にリボンで攻撃してくるユストのコンビネーションは完成されていて隙がない。
「こんなのはどうだ? 〈アリスタルコ・スーパー・サイクロン〉!」
「こっちもいるよー♡」
そういってアリスタルコは腕を回転させ、力を溜めただけのパンチを繰り出してくる。それに合わせてユストも攻撃してくる。あたしたちは徐々に追い詰められていった。
このままでは連れ戻されてしまう――。
体の奥から冷たい感覚が流れ込んでくる。まるで凍てつく風が心臓を貫き、剣を巡るように血管を駆け巡る。ペンダントは青白い輝きを増し、手に持つ剣は薄氷を纏って煌めいた。
「これ……は?」
最初に異変に気がついたのはマティアだ。
「それって、ひょっとして……。リナ! そのまま、魔法の力を剣に広げられるんじゃないのか?」
「え? なに?」
あたしはマティアの言う通り剣に力を込めた。体の中から何かが流れ込む感じがする。ペンダントが青白く光りはじめ、冷気を帯びていく。
これは――?
「リナちゃん? 隙だらけだよん」
ユストのリボンがあたしに迫る。ユストのリボンがあたしの剣に巻く。しかし――。
キィィィィィン――!
薄い金属製のリボンは一瞬で氷付き、剣と交わったところが粉々に折れた。
「え……?」
「な……」
呆然とするユスト、とあたし。
「模擬戦のときのものだな? それを放っておくわけにはいかんな!」
ユストのリボンが砕けたことに気がついたアリスタルコが突進してくる。
「ちょ、え、なに!」
あたしは辛うじて冷気を帯びた剣で対応するが、アリスタルコは構わず拳を振るってくる。
あたしも負けじと交戦する。あたしの剣が氷の刃をまとい、アリスタルコの拳を受け止めた。一瞬の冷気が流れ、アリスタルコの手甲が凍りつく
「はっはっはっ。いいな! いいぞ! こうでなくては! 昔を思い出す!」
リボンを持っていないユストはアリスタルコを見守るだけだ。
あたしとマティア、それにユニとシラでアリスタルコに立ち向かう。二対一では歯が立たなくても四対一ならさすがにこちらが優勢だ。
「4人で来られちゃ、手も足も出ないぜ……てのは嘘だがな! 〈アリスタルコ・ドラゴン・ジャンプ〉!」
アリスタルコが地を蹴った瞬間、巨大な影が上空に跳ね上がる。飛び上がったアリスタルコは、あたし達をめがけて落ちてきた。
――ズゥゥゥゥゥン!
まるで小さな地震でも起きたかのように周辺が揺れる。船着場の小屋は崩れてしまいそうなほどだ。アリスタルコの足下を見ると、降ってきた地面は陥没してしまっている。あたしたちは辛うじて躱すことができたが、この巨体が空から降ってくるのは間違いなく脅威。
「あぶなっ……! 何あれ!? あの巨体で飛ぶの!? 物理法則どこいったのよ!?」
「いや、あいつに物理法則とか期待するなって!」
シラが息を切らしながら叫ぶと、アリスタルコは笑いながら拳を掲げる。
「ユスト! お前にはできることがあるだろう! 思い出せ!」
「!! はい!」
ユストが腰につけたポーチから何かを出そうとした時、山の方から冷たい空気が漂ってきた。
「この空気は……! まずい! みんな船に乗れ! 船長さん! 頼んます!」
そういってマティアは船に走った。戦いを遠目から傍観していた船員たちも慌ただしく動き始めた。
何がなんだかわからないあたしたちは船に走る。
「シラ! 足止めだ! ふたりを近づけないでくれ!」
「ほい! 〈泥縄捕縛〉!」
シラがそういって魔法を唱えると、ユストとアリスタルコの足元の地面が黒く波打ち、粘土のように膨れ上がった。ふたりの足はずぶずぶと沼に沈み、動きを封じられていく。
「きゃあ。なにこれ!」
「むぅ。なんだ。これは。いきなり沼に……」
「足元が緩んじゃ得意のジャンプもできないよね♪」
「なるほど! シラとか言ったか! やるな! お前も!」
シラはアリスタルコに褒められ得意げだ。
一方、ユストはリボンを使ってどうにか抜けようとするが、身動きができない。
「ちょっと! 泥だらけじゃない! どうすんのよ〜これ〜」
この隙にあたしたちが船に乗り込むと船員が叫ぶ。
「帆を上げろ! アルペンからの山おろしが来るぞ!」
船員たちが一斉にロープを引きると、帆が風を孕んだ。その前にアルペン山脈から吹き下ろす強い突風が船を捉え、この日残っていた最後の一艘は桟橋から一気に離れていく。
振り返ると、腰まで泥に埋まり、立ち尽くすユストは、リボンを振りかざしながら叫んだ。
「ぜっったいに逃がさないんだからねぇぇぇぇ!」
その声が遠ざかり、船は川を滑り出す。夕陽の中で、小さくなっていくユストとアリスタルコの姿を最後に、あたしたちは息をついた。
――次回「ep29.疲れ果てたリナはベッドの上に倒れ込む」
2025年08月17日 06時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/29




