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秋が深まる高山でリナは思わぬ人物に出会う

 シルベルク峠の道は、最近ようやく整備されたとはいえ――やっぱり険しい。旅慣れた渡り鳥の民(リンドバーグ)ですら、高山病になったくらいなのだから。この先は馬車は使えないということで、マティアは、ちゃっかりヤギを数頭手配してくれていた。どうやら荷物運搬用らしい。賢いし、こういうところが頼れる。

 初雪が降り始めた山道は、秋の陽射しがあっても容赦なく過酷だった。ぬかるんだ足元、霜をまとった岩肌、乾いた冷たい空気。吸い込むたび、肺の奥がキリキリと痛む。

 

「なんか山越えも楽しいね! あの岩とか魔法の実験台にちょうど良さそう!」


 シラは相変わらず魔法のことしか頭にない。ユニはしっかりと防寒具を整えながら、マティアは慎重に前を歩き、道を切り開いてくれていた。

 そして、――岩で作られた小さなチャペルが見えた。ここが峠だ。

 その時だった。一人の影が扉の影から現れる。


「ようやく来たな。今日も来なかったらどうしようかと不安になっていたところだ」


 橋の床板を踏み抜いて川に落ちてった、あのフィジカルおばけが、なぜか生きていた。いや、生きてるとは思ってたけど。どう見ても元気だし、なぜか先回りしてるし、こんな高山でひとり待ち伏せって……。


「……アリスタルコさん。どうして……」


 あたしが尋ねると、アリスタルコは素直にこう答える。


「“秩序”を守るためだ。ラルヴァンダートに頼まれてんだ。このままでは『“秩序”が乱されかねん』と判断したそうだ。よって、俺はお前たちを連れて帰らねばならん。今度はこの前のようにはいかんぞ」

「今日はひとりで?」

「部下たちは街道にいる。俺がこっちで待っていたのはくじ引きのハズレだったからだ。しかし、高山はもう寒くて敵わんな。体が固まっちまった」

 

 そりゃ、こんな高山で薄手の黒ノースリーブでいたら寒いよ……などと、他にも色々と突っ込みたい気持ちがあるがあえて触れないことにする。

 

「俺の部下は仕事ができる。俺が指示しなくても、お前たちの居場所を見つけるなど容易い。情報提供者もいるしな。だが、上司が一人でこんなキツい雪山で待ち伏せをし、街道でのんびり待つ任務は部下に任せ、一人で任務を達成して連れ帰ってくる。カッコいいだろう?」

「(奴はゴリゴリの武闘派だ。前回の戦いでもそうだったしな。バトルは避けられないだろう。この山道で騒ぎになると面倒だ。穏便に済ませたいから、三人は大人しくしててくれ。特にシラ。ここはガレ場だ。山崩れが怖い。デカい魔法は我慢してくれよ)」


 あたしたちはうなづく。

 

「アリスタルコさん……。この間は失礼しました……リナとユニはこれから南の方に巡礼に行くんですよ。その後、ノートガルドに私が案内しますから……。それで納得してくれませんかね……?」


 マティアの低い声が重く響いた。空気が緊張する。


「お。そうか。じゃあ、”勇者”に任せるわ!」


 と言って、アリスタルコは去ろうとする……。


「とでも言うと思ったか! 俺も手ぶらじゃあ帰れねぇんだわ! いくぞ!!」


 次の瞬間、アリスタルコが突っ込んできた。

 シラが魔法を展開するより先に、リナとマティアが受け止める。


「強……っ!」


 アリスタルコはやはり特に武器は持っていない。腕につけた鉄甲だけであたしたちの攻撃に全て対応している。

 

「ビリっとするよー!〈雷撃針(サンダーニードル)〉!!」

 

 稲光のような軌跡がアリスタルコの肩をかすめ、火花が散った。

 だが、アリスタルコは振り向きもせず拳を振りかざす。


「効いかない!?」

「ちょっとビリっとしたな!」

「効いてないじゃん!」


 シラは慌てて物陰に飛び退いた。攻撃も防御も純粋なフィジカル。その圧倒的なパワーにあたしたちは徐々に押され始めた。

 ――しかし。


「でも、こんな標高の高い場所で、あんなに体の大きい人が、冷えた体でいきなりあんな激しい動きをしたら……」


 シラが意味ありげにつぶやく。その異変はすぐに起きた。急激にアリスタルコの動きが鈍くなった。

 

「あれは……?」

 

 それでも構わず、アリスタルコが何やら構えをしている。

 アリスタルコは助走をつけ、おそらくは必殺の一撃を繰り出そうと、思いっきり踏み込み、高く飛び上がろうとするが――。


 飛び上がれず、足を滑らせ、アリスタルコは受け身も取れずに肩から転倒した。

 呼吸が荒くなり、身体が痙攣しはじめていた。


「やっぱり高山病だ! 暴れたりするから!」

 

 マティアがすぐに駆けより、外套を脱いでアリスタルコに被せる。


「む……。な、情は無用……!!」


 アリスタルコは強がり、続けようとする。


「本当に死ぬぞ! 言うことを聞け!」


 ・


 あたしたちは、なんとかアリスタルコを小さなチャペルの中まで連れていき、そこで一夜を共にすることにした。

 薪の火がぱちぱちと鳴る中で、アリスタルコがぽつりと呟いた。


「すまんな……あれだけ大見得を切って、強引に連れ帰ろうとした相手に介抱されるとはカッコわりぃ」

「いや、気にするな。山の中では敵味方関係ない」

 

「……俺には娘がいたんだ。小さな頃にいなくなってから会っていない……もし今でも生きていれば、嬢ちゃんたちくらいの年頃だ。教団の”秩序”の中で過ごしていれば、その中でいい”役割”を与えられていることだろう。人々の輪の中で誰かに望まれる”役割”を果たす。それが幸せのことのはずだ。俺ぁ難しいことはわからねぇが、ラルヴァンダートの言っていることは正しいと思う。いつかお前たちにもわかる時が来るだろう」

「……そうかな」


 ユニはただ、何も言わずに膝を抱えていた。

 マティアは静かにこう答える。

 

「与えられた”役割”に、そして、自分がしてしまったことに苦しめられることもある」

「ふっ。『魔王討伐』のことか。たしかにな。名も知られていないお前が”勇者”に選ばれた時には誰しもが驚いた……。しかし、それも俺がもっと強ければそれも……。いや、それはいいか」


 アリスタルコは再び眠りについた。

 

 ・


 翌朝。


「俺ぁチャペルで一晩寝過ごした。お前たちはその間に通過した。俺たちは会っていない。いいな。ラルヴァンダートに言いつけるなよ? 今回のことは借り一つだ」


 アリスタルコはそう言い残し、ふらつきながらも山道を降りていった。


「……また来そうだね」

「来るかもな」


 あたしは小さく笑って、みんなと一緒にラコナに向けて峠を下り始めた。

――次回「ep26.山を越えたリナたちは湯けむりに癒やされる」

2025年08月16日 06時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/26

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