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湖に向かう馬車の中で勇者は国の仕組みをざっくり語る

 巨大なアルペン山脈を超えた先にあるラコナの街を目指す途中。あたしたちは馬車に揺られて、最初の目的地――湖の街ルセリアを目指していた。

 紅葉が始まる季節。心地よい風の中で、あたしとユニは、のんびりおしゃべりしていた。


「……ねぇ、そういえばさ。シラって、あのとき兵士に止められないで、すんなりお城に入れてもらってたじゃん? 戻ってきたときも特に何も言われなかったし。マティアは断られてたのに。なんでなの?」

「へへーん、私は研究目的なら、割とどこでも自由に出入りできるんだよ~。この研究証を見せればね」


 シラが自慢げに胸元から金印のついたカードを取り出して見せる。……でも、説明がざっくりしすぎて、何もわからない。


「……どゆこと?」


 あたしがぽかんとしていると、見かねたマティアが説明してくれた。


「俺が入れなかったのは、怪しすぎる自己申告をしたからだな。『昔、勇者でした』なんて言ったら、普通は泥棒か詐欺師だと思うだろ」

「たしかに、言い方が怪しいよね。棚とか勝手に漁ったり、壺を勝手に割ったりしそう」

「そうそう。金色の羽の生えた珍しいスライムを狙ったり、北の大地で黒い結晶に氷系魔法を放ったり……って、誰が“ニセ勇者”だ!」


 マティアが理由のわからないことを言っているが放っておこう。


「で、シラの研究証には、“トリシア大司教”メルキオールの金印がある。この金印は滅多にもらえるものじゃなくて、限られた人が”役割”を行うために、例えば、”神王”の金印とかな。これがあると、大抵の場所に出入りできるし、色々融通してもらえるんだ。俺の知っている人だと、他に”シスター”テモテが持ってるな」

「それって、さっき兵士が言ってたニカノールって人のことと関係ある?」

「ある。ニカノールはメルキオールの“執事”で、特に”秩序”にこだわる男だ。シラが自由なことをするのを嫌ってる節があるからな。そのシ0ラが『研究目的でベルグシュタットに行く』って申請したから、”役割”をスムースに行って、余計なことをしないように先回りで通達してたんだろうな」

「えー、私、”秩序”を乱さないよ?」

「街の半分凍らせたこと、忘れたか?」

「あれは事故だもんっ! 夏だったし、ちょっと扉が開かなくなった家とかあったけど、冷えてみんなからは好評だったんだから!」


 ……いや、それは好評って言わない。


「ねぇマティア。私たち修道院で勉強してたけど、なんで教団の”大司教”の”執事”が、神王国の”兵士”たちにそんな影響力あるの? シラの研究って国の研究でしょ? なんで教団の人の名前が出てくるの?」


 ユニの質問に、マティアが肩を竦めながら答える。


「それを説明するには、この国の仕組みをざっくり理解する必要がある」


 ・


「まず、ギシャルト神王国ってのは、七人の”選帝侯”が集まって、”神王”を選ぶ国なんだ」

「知ってるー。マイン、ケルシオン、トリシアの”大司教”様に……あと、おじさん二人と、若くて美人の女王様と、若くてイケメンの人!」

「偏った覚え方すぎるだろ……」

「覚えやすいからいいの!」

「……まあいい。マインのカスパール、ケルシオンのバルタザール、トリシアのメルキオール。この三人が“大司教”。教団側のいわゆる“聖俗諸侯”だ」

「うん。ラルヴァンダード様もその人達の名前はよく言ってた」

「で、残りの四人が“世俗諸侯”。つまり教団とは関係ない貴族たち」

「ふむふむ」

「まず、聖都レギオなのあるヴェルフベルク地方のレオンハルト大公。名門の家の出でプライドが高い。今は一応“宰相”ってことになっていて、国のまとめ役を任されてる」

「おじさん①だね」

「次、北部エルドヴァイン地方を治めるヴィルヘルム辺境伯。真面目で堅物、異民族の侵入を防ぐために要塞に籠もりきりで、あんまり話題には出ないな」

「おじさん②だ」

「三人目。ズナーメン王冠領の女王ノエルミナ。〈姫様〉と呼ばれていて、俺も酒場で奢ってもらったことがある。気さくで豪快。国王だった父と母を事故で亡くし、六歳で〈女王〉になったとき、政治的にちょっかいをかけようとした”宰相”レオンハルトをやり込めた武勇伝がある」

「その人、会ってみたい!」

「『酒場の二十四時間監視任務』とか言って、一日中飲んでることもあるらしい」

「最高じゃん!」

「最後がローエン宮中伯。アルデンラントとロタリンギアを治めてる。若くてイケメンで、気さくに一般人とも話すから人気もある」

「シラのパトロンさんだよね?」

「ローエン様は研究費もたくさんくれるし、報告書を書かなくてもいいっていってくれるし、派手な魔法が好きで褒めてくれるから、あたし的には超いい人!」

「シラのテンションがすごいな……。ちなみに、ローエンとメルキオールはふたりとも同世代で適齢期なのに独身なんだが女性の噂が一切ない。妙に仲が良くて、二人で話しているときに距離感が近いこともあって、色々噂がある」

「えー。へー。へー。……ふーん……!」


 ユニがテンション上がってる。何を想像してるのかは知らないけど、なんかすごく捗ってる様子だ。


 ・


「というわけで、神王国はこの七人の”選帝侯”によって治められていて、彼らはいろんな機関に影響を与えられるんだ」

「……じゃあ、お父様は?」

「カーネルさんは“自由伯領テルミンタール”の領主だな。選帝侯じゃない地方領主。でも自治が認められてたから、神王国の支配権はあんまり及んでいなかったはずだ」


 あたし、そんなこと知らなかった……。


「“執事”っていうのは大司教をサポートする役職で、”大司教”に何人か付いてる。メルキオールには七人いて、ニカノールはその一人。内務担当だな」

「でも、ラルヴァンダード様の”執事”はアリスタルコ様だけだよ?」

「えっ、ユニ、アリスタルコに会ったことあるの?」

「あるよ。修道院にも来てたし、模擬戦のときに挨拶したもの」

「そうなんだ……。あたしは見かけただけかも」

「ちなみに、バルタザールの執事たちは、なぜか全員高身長イケメンばかりで、陰で“ハーレム”って言われてる」


 ・

 

「ここで不思議なのは、彼らには恩寵(サクラメント)が出ていることで、恩寵(サクラメント)は“役割”を与える神の仕組みってことになっているのだけど……その割に、権力者の都合がいいようになっていることがあるし、その人になんでその“役割”が与えられるのか、はっきりしないんだよな。そこに、カーネルさんが“魔王”にさせられた謎も関係してる気がする」


 そう言いながら、マティアはふと空を見上げた。

 ――話を聞いて、あたしは改めて思った。

 世界は広くて、知らないことばっかり。でも、こうやって少しずつ知っていける。だから、あたしはこの旅を続けてる。あたしの“役割”を、見つけるために。

 ……って、シラはいつの間にか寝ちゃってるし。

 ……うん。たまには、ああいう自由さも、見習ってみようかな。

――次回「ep23.元勇者マティアはゆっくりお茶を飲むこともできない」


2025年08月15日 06時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/23

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