魔王は研究室に手がかりを残していた
地下への階段を降りると、ひんやりとした空気がじっとりと肌にまとわりついてきた。
石段は長い年月の中ですり減り、あちこち歪んでる。あたしたちは蝋燭を灯しながら、一段ずつ、慎重に足を運んでいく。
ぽた、ぽた――と、どこかで水が滴る音。濡れた岩肌に沿って、ひそやかに響く足音。その反響すら、まるで誰かの囁きみたいに、遠くて静かだった。
冷たい空気が喉にしみて、あたしは思わず咳を噛み殺す。
しばらくすると、暗闇の中に、ぼんやりと何かが浮かび上がってきた。
――小さな、石造りの建物。
まるで、森と川のあいだにひっそりと忘れられた、古びた遺構みたいだった。
「……ここ、覚えてる?」
ユニがそっと聞いてくる。蝋燭の火よりも、優しい声だった。
「ううん。でも……なんか、懐かしい」
記憶じゃない。もっと体の奥に染み込んでるもの――空気の匂い、湿気、風の音、そういう感覚。
扉にぶら下がった風見鶏が、キィ……と寂しげに鳴いた。
扉を開けると、かび臭い空気があたしたちを迎えた。
中は散らかっていた。古びた器具、紙の束、石の標本……インクの乾いた羽ペンまで転がってる。
「うわ。やっぱあったんだ。“魔王”の研究室!」
シラが目を輝かせて突撃していく。椅子を蹴っ飛ばし、紙をばさばさとめくりながら、あれこれ騒いでる。
「ちょっと待ってこれ、やばいやつかも……! 言語構造がガッタガタなのに成立してる前提で書かれてる!? ていうか、〈ロゴス〉無視してるし!? なにこれ、因果律バグってるぅー!!」
……あいかわらずシラは元気だった。
そんな中、あたしはふと見覚えのある小さな箱を見つけた。開けてみると――色とりどりの研磨シートが入ってる。
これ、お母様と一緒に選んだやつ。あたしが、ペンダントを作ったときの……。
「……あたし、やっぱりここに来たことがあるんだ」
手の中で、あの時の感覚がふっと蘇る。
「こっちもやばいぞ。これ見て」
マティアが何かの拓本から、一枚の図を引っ張り出した。円環の中に、何か記号のようなものが書かれている。
「これは……文字か? 五本の線? 魔法陣……っぽいけど」
「魔法陣じゃない。ていうか、これ……! ゼーレン!? エネルゲイア!? なにそれ知らない!! ていうか、この構文! これ、ペンダントに書かれてたのに似てるよ!? マジでなんなのこれぇ~!」
興奮するシラの横で、あたしはその言葉をぽつりと口にする。
「……ゼーレン」
どこかで聞いた気がする。あるいは、呼ばれたような――そんな感じ。
「これ、マジでやばいよ。教団に見つかったら即・黒塗りコース確定。資料ごと抹消されるレベル……!」
シラの声に、興奮と緊張が混ざってる。
「リナ、大丈夫?」
ユニが心配そうにあたしの顔をのぞき込む。
「うん……でも、知りたい。お父様が追ってたもの、ちゃんと知っておきたいの」
「ペンダントのこと、何かわかりそう?」
「資料、まだざっとしか見てないけど……領内の遺跡にヒントがあるっぽい」
「“あそこ”って、古代遺跡のこと……?」
この場所は、過去の断片だけじゃない。あたしたちを前に進ませてくれる、そんな気がした。
「リナ! こっち!」
ユニが古い封筒を掲げている。
そこには――
「『リナへ』……?」
あたしの名前が、丁寧な筆跡で書かれていた。
「きっと、お父様が書いたんだよ。リナに宛てて」
「……うん」
手紙の重みが、あたしの胸にずっしりと乗ってくる。
だけど――その瞬間だった。
ガァンッ!!
轟音が、あたしたちの耳を貫いた。
「動くなァッ!!」
木片が四散し、扉が爆音とともに吹き飛ぶ。塵と煙が舞い、蝋燭の火が揺れる――。
そこに立っていたのは――。
――次回「ep21.黒服たちを従えた小柄な少女は異様な姿で現れる」
2025年08月14日 17時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/21




