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魔王の娘は馬の蹄音を聞きながら川を上る

 あたしたちが唖然としている中、テキパキと荷造りをしたシラは、大きな荷物を背負い、当たり前の顔で言った。


「んじゃ、行こっか」

「どこへだよ。目的地は決まってんのか?」


 マティアが呆れたように問いかけると、シラはケロッとした顔で指を立てた。


「決まってるじゃん。リナの実家。ペンダントを作った場所だよ」

「えっ、それって……」

「そう、ひとつ。ペンダントを作ったのはリナ。ふたつ。リナはお城の外に出たことがない。なら、その辺で作られたって推論が成立するよね。私の読みでは、その近くに“魔王”の秘密の研究室がある! ワクワクするね~♪」

「……それ、ちょっと無理ない?」


 即座にユニが突っ込む。うん、わかる。


「大胆な仮説って言ってくれる? 研究者ってのはね、仮説を立てるところから始まるのだ!」

「でも、『魔王城』にはそんな研究室なかったけど……」

「それはマティアみたいなド素人には見つけられないだけだよ! 私たちで探してみよう~♪」

「お前な……」


 お父様の研究室……。あったのかな、そんなの。あたしの記憶にはない。でも、避けてばかりじゃ何も変わらない。向き合わなきゃ。あの場所に、きっと答えがある。

 こうして、あたしたちは研究都市トリシアを出て、あたしの故郷ベルグシュタットを目指した。


 ・


 また馬車か――と思っていたら、陸路じゃなく、なんと船旅! シラが「陸路はつまんない」って言いだして、教会に馬車を返してナロウボートに乗ることになった。ナロウボートは、川沿いを馬が引いてゆっくり進む平船で、人も荷物もたっぷり乗れる。セントリオン川ではよく使われてるんだって。あたしもユニも初体験でテンション上がりっぱなし。とくとくと岸を叩く馬の蹄音、水音のリズム。遠い夢を揺さぶるような音だった。マティアが鳥や魚のことを話したり、シラが突然難しすぎる魔法の話を始めたりして、全然飽きない。

 こういう旅、なんか懐かしい。子どもの頃に“渡り鳥の民(リンドバーグ)”のみんなと旅した時の感じに似てる。


 ・


 数日後、無事にベルグシュタットへ到着した。

 見覚えのあるはずの景色は、どこか他人の顔みたいに静かだった。風の音だけがやけに響いて、時間が止まったようだった。


「……リナ、懐かしい?」


 ユニがそっと聞いてくれる。


「うん……たぶん。でも、あたし、お城の外に出たことなかったから、なんかピンとこなくて」

「そうかもね。でも、思い出すかも。少しずつ、一緒に見ていこう」


 ユニの声はいつも優しい。ほんと、あたしの一番の親友だなって思う。

 マティアが「チーズフォンデュが美味い宿がある」とかで先に宿を探しに行ってくれて、しばらくして戻ってきた。


「すまんすまん。そこ満室で、代わりにワインの美味い宿を紹介してもらった。楽しみだな」


 なんかこの人、旅慣れてるというか、すごく自然に土地の人と打ち解けてる。こういうところ、やっぱり元“勇者”だなって思った。

 宿の道すがら、マティアが立ち止まる。ベルグシュタット城の門の前に、教団の兵士が立っていた。


「とりあえず来てみたけど……無理そうだな。城には入れない。裏口から……」

「えー? そんなことないよ。普通に正面から入れるよ」


 マティアが「兵士が入れてくれないってば」と言うけど、シラはお構いなし。


「やっほー! シラでーす。研究員証あるから見てねー。メルキオール様のお使いの人から連絡来てるでしょ?」


 ポーチからカードを出して見せると、兵士がぴしっと敬礼した。


「確認しました。シラ研究員。どうぞ、お入りください。くれぐれも爆発をさせたり、凍結をさせないようにとのことです」

「了解でーす! ちょっとくらい騒音出しても怒らないでねー☆」

「しかし、『もし破損などが出たら報告を』、とニカノール様が……」

「うざっ。あの人、ほんと事務事務しててキライ~!」


 とか文句言ってるシラだけど、なんだかんだであたしたちはすんなり城内へ入ることができた。


「というわけで。ね、マティア。魔法以外も得意なんだよ、私?」

「シラってすごいな……」

「シラが名前を呼んだ……!」


 マティアはなんか嬉しそうだった。名前呼ばれて感動するって……よっぽど人付き合いなかったのかな?


 ・


 お城の中は、冷たくて静かで、でも確かに懐かしい匂いがした。あたしは城側に入ったことがなかったけど、空気の感じが屋敷と似ていた。

 シラはそんなこと気にもせずずんずん先に進んで、マティアは何かをメモしながらついてくる。

 そしてたどり着いたのは――玉座の間。


「ここが玉座の間。私邸に通じる扉があるならここか、隣の執務室だね」


 シラが手をかけようとした時、ユニが静かに言った。


「ちょっと待って。リナに開けさせてあげて。きっと、ここは特別な場所だから」

「え? そうなの? まぁいいけど。日が暮れる前にね~」


 この扉の向こう。お父様がいた場所。お父様が……いなくなった場所。あたしが歩き出すと決めた、あの場所。


「……うん、大丈夫。行こう」


 あたしは深呼吸して、両手で扉を押し開けた。

――次回「ep19.その場所で魔王の娘はあの時のことを思い出す 」

2025年08月13日 21時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/19

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