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執事は清く正しくあるために全ての支配を企てる

 私の名前は――ニカノール。“トリシア大司教”メルキオール様に仕える七人の“執事”のひとりだ。


 私の“役割”は“内務”。

 施設管理に書類整理、研究成果の監査に人員配置――そして、最も重要な仕事がひとつある。


 それは――『監視』。


 トリシアに“秩序”を見出すあらゆる“混乱”を持ち込まないように、すべてを見張ること。それが私の“役割”だ。


「メルキオール様。研究員シラから長期フィールドワークの申請が届いております。コメント欄には……『いい感じに報告するからよろしく☆』と。“勇者”に“魔王の娘”と接触したようです」


 皮肉っぽく報告すると、メルキオール様はほんの少し目を細めた。


「“勇者”に“魔王の娘”、そしてシラまでもが動き出しましたか……。これは“想定していない想定外”が起きるかもしれませんね」


 そう静かに呟いたその声は、まるで冷えた刃物のように澄んでいた。


「シラの行動を引き続き注視してください。そして……例の件も、よろしく頼みますよ」


「了解しました」


 私は静かに部屋を出る。

 シラ・ウルスス――魔法使いとしては超一流の腕を持つ天才。しかし、とんでもなく扱いづらい“異端児”。

 彼女の“恩寵(サクラメント)”――つまり、神に与えられた“役割”は、「魔法の研究で国家に貢献すること」。それだけならいい。だが、問題は彼女が『自由すぎる』ことだ。


 ”秩序”とは何か?

 ”恩寵(サクラメント)”とは何か?

 私は常に自問する。


 ”秩序”とは、『支配』である。

 ”役割”を与え、義務を定め、行動を規定する。それこそが、人々を混乱から救う唯一の方法だ。

 幸福とは、自由の中にはない。幸福とは、「自分のすべきこと」がわかっている状態にある。だからこそ我々は、神の名の下に人に“役割”を与える。

 自ら選ぶなど、傲慢だ。役割は与えられるものだ――神の、あるいは上位の者から。


 “恩寵(サクラメント)”とは、選別である。

 “資質”を選び、枠組を定め、行動を規格する。それこそが、人々を幸福に導く唯一の手段だ。

 これは、親が子に勉強を課すのと同じだ。子供が何を望むかではなく、何が与えられるべきかが重要なのだから。至極当然だ。

 これは支配の正当化である。人々が幸せであるために与えられる”役割”。それが恩寵(サクラメント)だ。

 

 それを否定しようとした者が、かつていた。その男の名はカーネル。自由を求めた彼は知らなくていいことを色々知ってしまった。

 それを討伐した”勇者”。その”勇者”に何故か新たな恩寵(サクラメント)がくだらない。メルキオール様はバグだと言っていたが――。

 そして今、”魔王の娘”が現れた。何かを知っているかもしれない。

 その娘と、”勇者”。さらにあのシラまで合流したとなれば――これは、予兆である。私が想定内で留めねば。

 

 私は手に持った万年筆を軋ませた。


 私たちは“秩序”を守る者だ。“秩序”とは、役割と義務で人々を導く枠組み。人は、自分のすべきことが分かっていて、それに従事して初めて幸せになれる。

 自由意思で好き勝手動く者は――“秩序”の敵だ。

 

 私は書類を片手に、静かにペンを握りしめた。


「ニカノール様」


 部下の声に思考を遮られる。


「……アリスタルコ様が、トリシア入りされたとの報告です」


「またあいつか……」


 十年前。アリスタルコが動いたせいで、“魔王”カーネルは予定より早く“討伐”されてしまった。

 本来なら、“魔王”は、もっと時間をかけて育て、皆が共通して恐れる“正しい魔王”として完成させるはずだったのに。

 アリスタルコはラルヴァンダードの“執事”。何でも力ずくで解決しようとする脳筋。彼の存在は“秩序”にとってノイズでしかない。


「ラルヴァンダード卿とその“執事”には、そろそろ“自分の役割”を思い出してもらう必要がありそうですね……」


 私たちが描く“秩序”には、共通の敵――“脅威”が必要だ。人は恐れるものがあるからこそ、“秩序”にすがりつく。魔法、軍事、人体……あらゆる技術は、“秩序”を維持するための道具でなければならない。全ては“秩序”を維持するためにあるのだ。

 自由に動きすぎる奴らが、その“秩序”を破壊しようとしている――そんな空気が、ひしひしと伝わってくる。

 このままじゃ、“魔王の娘”が本当の意味で覚醒してしまうかもしれない。自分の意思で“魔王”になってしまえば、それはもう私たちの想定する“魔王”ではない。“想定していない想定外の魔王”の存在は危険極まりない。


 だから――私の“役割”として――。


「よぉ、ニカノールさん。ノートガルドのネズミ騒ぎ。あれ、あんたの仕込みだろ?」


 いつの間にか、背後に気配。振り向けば、そこにはビッグス。“盗賊”まがいの仕事もしている、私たちの協力者だ。


「何のことでしょう?」

「まぁいいさ。『知らなくていいことは知る必要がない』からな。しかし、あんた、“お嬢ちゃんたち”のこと、気になってるんじゃねぇの?」

「彼女たちはまだ子供です」

「……でも今なら、簡単に“摘める”ぜ?」

「強引な手は感心しませんね。あなた方は火傷したばかりでしょう?」

「ははっ。爆発したのはあの街のクズどもがドジ踏んだからさ。小麦粉の爆発で倉庫が吹っ飛ぶとはな……危うく俺もやられるとこだったぜ」

「……想定外の事態は、今は勘弁してくださいよ」

「言ってるだろ。“想定していない想定外”が起きたら即撤退。ちゃんとルールは守ってる」

「……もう一方の件は?」

「そっちのほうは問題なしだ。想定できる想定外は、想定しておかないとな。“盗賊”は“盗賊”の“役割”をするだけさ」


 そう言って、彼の気配はスッと消えた。


 私たちが想定していない混沌の花が咲く前に、その芽は――静かに、確実に摘まねばならない。どんな手を使っても。

 それが私の“役割”だ。

 そう――皆が清く正しくあるために。

――次回「ep18.ナロウボートに揺られる魔王の娘は馬の蹄音を聞きながら実家に向かう」

2025年08月13日 17時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/18

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