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その旅人は自身について語らない

 深夜。

 あたしとユニは寝付けず、マティアに対して小さな苛立ちを口にしていた。


「元“勇者”なのに、なんで何もせずに引き下がったのかな?」

「本当にあれで終わりにするつもりだと思う?」


 その時、あたしたちはマティアがそっと宿を抜け出していくのを目撃した。


「……やっぱり、動くんだ」


 あたしとユニは直感的に、マティアの行動に『何かある』と察し、その後を追った。

 向かう先は、あの酒場の裏口。あたしたちは外で様子を伺っていた。

 だが――。あたしたちは見つかり、“ならず者”たちに捕まってしまう。


「兄ちゃん、あんた、儲け話があるってんで、俺たちの仲間になりに来たんじゃなかったのか?」

「いやぁ、まさかあの小娘どもがついてくるとは思わなくてね。まぁ、縛り上げて倉庫にでも放り込んでおけばいいさ」


 なんとマティアは、あたしたちを裏切るような言葉を口にした。


「え……?」


 混乱する間もなく、あたしたちは背後から襲われ、縄で縛られ、倉庫へと連れてこられた。


 ・


 倉庫の中は、穀物と粉袋で埋め尽くされている。

 あたしたちは、その一角に縛られ、マティアが裏切ったことに混乱して呆然としていた。

 しばらくすると、マティアは、普通の顔でその倉庫にやってきた。


「よっ、元気?」

「元気なわけないでしょ!!」


 ユニの怒声に対し、彼はまるで予定通りかのように言った。


「ま、ついて来るのは読めてたけどな。じゃ、手伝ってもらおうかな」


 マティアはそう言って手早くあたしたちを解放すると、こう続けた。


「この粉袋、全部ぶちまけて、粉が倉庫中に舞い上がるようにしてほしいんだ。で、空気が粉でいっぱいになったら、あの木の下に避難してくれ。あ、小さい色の違う袋は触らないで」


 マティアの意図は分からなかったが、あたしたちは言われた通りに粉をばら撒いた。倉庫中がうっすらと白くなるほど、空気が粉で満ちた。それから、あたしたちは外へ移動し、マティアの指示通り待機していた。

 すると――。


「小娘たちがブツを狙ってるぞ! 倉庫で逃げ回ってやがる!」


 マティアの大声が響く。“ならず者”たちが一斉に倉庫に突入していった。当のマティアは建物の梁を伝って屋根へ移動し、そこから外へ脱出する。そして、外から倉庫の扉に鍵をかけた。閉じ込められたことを知った彼らは叫んでいる。あたしたちのところへ戻ると、マティアはリナに一本の矢を渡した。


「この布巻いた矢、火をつけてくれる?」

「……ええと、こう?」

「ユニ。それを、俺が出てきた窓の中に撃ち込んで」


 ユニは躊躇いながらも矢を放った。火矢は正確に飛び、倉庫の窓へ突き刺さった。


 ――そして。


 ドゴォオオオオン。


 轟音とともに爆発が起こった。倉庫の屋根が吹き飛び、衝撃波が街の一角を揺らした。夜空が赤く染まり、粉塵と炎が混じる光が一帯に広がった。


「……すごすぎ……」

「はは。うまくいった。小麦粉でも、こうなるんだな」


 マティアは軽く呟いた。


「ヴァイスブルクの小麦粉農家のワッシュバーンさんが言ってたんだ。『粉塵が充満した空間に火を入れたら爆発する』って。……まさか、ここまでとはね」


 ・


 翌朝。町の人々は爆発の痕跡に驚き、あたしたち三人に感謝の言葉をかけた。


「あなた方がやってくれたんですね!? 本当にありがとう!」

「いや、自分は何も……」

「あなた、もしかして“勇者”様じゃないですか?」

「いやいや、違いますよ。ただの“旅人”です」


 だが、人々はその名を問わなかった。


「あの方が“勇者”様らしい」

「お名前を……聞くのは畏れ多い……」


 小さな女の子が花を差し出すと、マティアは笑ってそれを受け取り、優しく頭を撫でた。

 あたしは、そんな彼の背中を見つめながら思った。


(もしかしたら――“名前も顔も知られない勇者”って、こうやって生まれていくんじゃないだろうか)


 静かに人々を助け、名を告げずに去る。ただ、人々の心にだけ残る存在。マティアは、きっとこれまでにも何度も、そうしてきたのだろう。

 季節の変わり目、乾いた空気に優しい風が混ざっていた。それは、誰かが誰かを想った、静かな余韻のような風だった。

――次回「ep15.誰もが理解できない言葉を語る魔法少女はそれでも言葉を緩めない①」

2025年08月12日 17時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/15

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