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酒場の店主はそこで起きる騒動に動じない

 あたしは、長い年月をかけて探してきた“勇者”マティアを、ついに目の前に捉えた。


「ついに見つけたぞ! “勇者”マティア! あたしが、お前を殺す!」


 この男は、私のお父様を殺した張本人。その手で父の命を奪い、世界を救った英雄と称えられた“勇者”を、私はずっと――この日を迎えるために探していた。ところが、私の宣言に対し、男の反応はあまりに意外なものだった。


「! き、君……今、俺のことをマティアと……?」


 驚き、そして感極まったような表情。だがあたしは、その反応に惑わされない。これは演技かもしれない。“勇者”は狡猾に違いない。


「あたしは、テルミンタール自由伯・カーネルの娘! あんたが“魔王”と呼んで殺した父の、実の娘だ! この十年間、あたしはお前を探し続けてきたんだ!」


 すると男は、信じられないような口調で呟いた。


「まさか……君が……ようやく……ようやく出会えた……。君が、カーネルさんの娘……」


(何を言っている……!?)


 あたしは混乱していた。あたしがこの十年思い描いていた反応と、まるで違っていたからだ。


「違う! あんたはそうじゃない! あんたは『“魔王の娘”か、面白い。この“勇者”の剣の錆にしてやろう』って言うはずなんだよ! それが“勇者”マティアの“役割”でしょ!」


 だが目の前の男は、泣き出してしまった。

 そんな様子を見かねて、ユニが間に入った。


「ちょっとおじさん。あんたが“勇者”マティアだってことは、もう分かってる。リナは、あんたが殺した“魔王”の娘だよ。修道院で勉強して、“盗賊”に襲われて、それでもずっとあんたを探してきた。そのリナが、やっと“仇”を見つけたんだから、あんたはその“役割”をちゃんと果たさないと」


 マティアは、静かにため息をついた。


「……君は、“復讐者”という“役割”を背負ってしまったんだな。そして君はその“仲間”という“役割”を負っているのだな」


 そう言って彼は何かを考え込んだ後、静かに首からペンダントを外し、あたしに差し出してきた。


「これは、君が幼い頃にお父さんに贈ったペンダントだろう。カーネルさんは大事に身につけていたよ。俺はそれを知って以来、これはカーネルさんの形見として、君に返すべきだと思っていたよ」


 あたしは混乱していた。“仇”であるはずのこの男が、父を「カーネルさん」と呼び、そして、形見を丁重に返そうとしている。

 こんな反応は想定していなかった。あたしは警戒し、“勇者”の狡猾な罠ではないかと疑っている。だが、そう思えば思うほど、目の前の男の表情は、敵意や計略からは遠い、哀しみに満ちた人間のものに見えてきた。あたしが動けずにいると、マティアが口を開いた。


「少しだけ、君のお父さんのことを話させてくれないか」


 マティアはあたしが蹴り上げられた椅子を自分で戻し、腰を下ろすと、懐から一冊のノートを取り出した。それが大事に扱われてきたことは一目でわかった。


「これは、かつて『魔王城』と呼ばれたベルグシュタット城――その私邸部分、カーネルさんの寝室で見つけた日記だ。書棚の奥に隠されるように置かれていた。ここには、“魔王”カーネルではなく、ひとりの父としてのカーネルさんの言葉が書かれていたんだ」


 マティアはその日記の内容を語った。


「カーネルさんは疑問を抱いていた。『なぜ“役割”は与えられるのか』『誰が恩寵(サクラメント)を授けているのか』『それは本当に神の意思なのか?』」

「だが、彼は知りすぎた。“魔王”という“役割”を押しつけられたんだ。そして、君に“魔王”の“役割”が与えられないよう、自ら命を差し出し、『“勇者”が“魔王”を討伐されて滅ぶ』という物語を描いたんだ」


 あたしの頭の中で、何かが崩れていく音がした。マティアは、最後のページに挟まれていた“絵”についても語った。


「これは、君が子供の頃に描いた絵だろう? “おとうさま”、“おかあさま”、“リナ”と書かれていた。三人の笑顔の絵だ。この日記も君に返そう」


 あたしはもう、言葉を出せなかった。涙がこぼれ、止まらなかった。ユニが私の肩に手を置いた。


「リナ、あんたの“役割”はきっと“復讐者”じゃない。お父様が願ったことは、きっと別のことだったんじゃない?」


 拳が、ほどけた。剣を握る力が抜けた。マティアが、まっすぐあたしを見て語りかける。


「俺は、君に殺されてもかまわない。それだけの罪を負っている。でも、その前にどうしても伝えたかった。カーネルさんが、君をどれほど愛していたかを。カーネルさんは、君が“魔王の娘”ではなく、“リナ”というひとりの人間として、自分の意志で未来を選んでいくことを願っていた」


 あたしの心に、何かが届いた。


「……俺は、“勇者”という“役割”を与えられて、“魔王”討伐をした。でも、それは正しいのか? 俺たちは誰かに“役割”を与えられて、それに従って生きなければいけないのか? 俺は今、それを問い続けている。カーネルさんが書き残した『あそこ』という場所――そこに何か答えがある気がする。だから俺は、君たちと一緒に答えを探したい。どうだろう、リナ」


 あたしは、もう迷っていなかった。


「……決まってるよ。今度は、あたしが“あたしのしたいこと”をする。誰かに決められた“役割”じゃなく、自分で選ぶ」

「私もついてくよ。だって私はリナの“親友”だもん」


 ユニがそう言って、あたしたちは強く頷き合った。


 ・


 とはいえ、“大司教”ラルヴァンダードの命令である巡礼を勝手に中断すれば、後々問題になるかもしれない。あたしはクロイツフェルトのあの人の良さそうな修道士に代理に頼めないかと考えながら、宿に戻った。

 すると、その修道士が慌てた様子でやってきた。


「少々、困ったことになりまして……」


 詳しく話を聞くと、“ノートガルド大司教”ホルミスダスが、城内でネズミが出たことを理由に城門を封鎖してしまい、“旅人”や“商人”はおろか、“巡礼者”も立ち入れない状態になっているという。


「“巡礼者”も入れないなんて……そんな話あります?」

「本当に想定外の事態です……。そのため、教団としては『各地の教会を巡って祈りを捧げ続けよ』という方針を打ち出しました」


 つまり、目的地が消えた今、私たちは自由に旅を続けても構わないということだった。旅費も教団が負担するという。


(あたしたちは、好きな場所を自由に巡っていい。しかも教団の金で……)


 あたしたちはマティアにこのことを伝えた。すると、彼は喜びつつ、こう切り出した。


「そのペンダント、実は見てもらいたい人物がいるんだ。その人は研究都市トリシアにいる。君が決めてくれて構わないけど、彼女ならきっと『あそこ』の秘密がわかるかもしれない」


 あたしは頷いた。


 「わかった。お父様が何を思ってたのか、私ももっと知りたい。その人に会いに行こう」


 こうして、私たちはペンダントに込められた謎を解くために、新たな目的地――研究都市トリシアへ向かうことにした。

 そして、あたしたちが、自分で自分の“役割”を決めることになったこの出会いは、やがて「クロイツフェルトの誓い」として語り継がれることになる。

 歴史とは、そういうものだ。

――次回「ep12.地図を広げた者たちは世界の広さを知る」

2025年08月11日 17時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/12

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