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魔王の娘に出会った勇者はこれまでを振り返る

「おのれ……“勇者”マティア!! あたしはお前を――絶対に許さない!!」


 そう叫んだ少女は、俺をまっすぐ見つめていた。

 ああ、ついに、探していた娘が現れた。年齢は二十歳くらいだろうか。あのとき、子どもだったろうに、大きくなって……。

 

 ・


 そう。俺、マティアは――“勇者”と呼ばれた男。

 訳もわからず、教団の恩寵(サクラメント)でその称号を与えられた。気づけば“ネームド”の仲間たちと共に“魔王”を倒し、祭り上げられて――俺は“勇者”様になった。

 

 でもさ。


 “魔王”を倒したあと、“勇者”って何するんだ?


 バルナバには〈護るべき国〉があった。

 デマスには〈追い求める夢〉があった。

 テモテには〈信じべき神〉がいた。

 シラには〈極めるべき研究〉があった。

 フィレモンには〈記すべき歴史〉があった。


 みんな、それぞれの〈その先〉を持っていた。


 ……でも、渡り鳥の民(リンドバーグ)のただの“旅人”だった俺には?


 〈何もなかった〉。


 名声? 一時的だったよ。貴族たちにチヤホヤされて、晩餐に招かれて、それで終わり。


「“勇者”様! 剣を掲げてください!」


「“勇者”様、お言葉を!」


「“勇者”様、この子に名前を……!」


 皆、俺じゃなく、「“勇者”様」を見てる。

 誰も、俺の名前なんか呼ばない。俺自身を、見ようともしない。

 少しずつ、少しずつ、何かが削れていった。

 やがて酒に溺れ、自暴自棄になって……人は、離れていった。


 ・


 あとから聞いた話では、俺たちが討伐した“魔王”――カーネルの遺体は、収容に行った騎士団ですら見つけられなかったらしい。

 でも、現場には“神王”オットマール、“大司教”推薦のシラやテモテ、デマス、そして選帝侯が認めたフィレモンもいた。

 それだけの証言が揃っていれば、間違いなく“魔王”を倒した――はず、だった。

 なのに、遺体がない。


(本当に……俺は、“魔王”を、カーネルを倒したのか?)


 俺の手元に残ったのは――あいつの遺品のペンダントだけだった。

 皆はただのガラクタだと言った。でも、俺の名前を呼んでくれた唯一の存在が残したものだ。


 ・


 あの日から、ずっと心の奥に引っかかっていた疑問の答えを探すため――。

 俺はもう一度、ベルグシュタットにある“魔王城”を訪ねることにした。


 城下町のベルグシュタットはあの日とはうって変わって活気があった。

 ”神王”オットマールは「まずは復興をする」と言って、この城下町を教団の管理下においた。

 街の人に話を聞いても、”魔王”カーネルについて話したがらない。圧政に苦しんでいたのなら、悪口の一つもありそうなものだが、カーネルを悪く言う人は一人もいない。これでは埒が明かない。そこで俺は誰もいないはずの城に行ってみることにした。


 あの時空いていた門は閉じられており、教団の兵士たちが警備をしていて入ることはできなかった。

 兵士に頼んでみたが――。


「いくら”勇者”様でも、入れるわけには参りません。どうかお引き取りを」


 だが、ノートガルドで“調理師”をしていたリングイネが言っていた。


「城には、必ず調理場や物資搬入のための裏口がある」


 城の裏を探してみると、案の定――それはあった。使われなくなった小さな扉。鍵もかかっていなかった。

 その先には、薄暗い厨房の倉庫。そして隠された扉。

 誰も知らない、誰も見つけていない――“魔王”の私室への秘密の抜け道だった。

 そこは、誰の手も入っていなかった。まるで、“主”の帰りをずっと待っているかのように。


 ・


 俺は、書斎で一冊の日記を見つけた。

 それは“魔王”カーネルのものだった。

 そこには、誰にも語られなかった彼の苦悩が、静かに、綴られていた。


 ――私は知りすぎた。

 ――人は自由であるべきだ。

 ――だがなぜ、“役割”に囚われるのか?

 ――恩寵(サクラメント)とは、見えない監獄なのではないか?


 カーネルもまた、“役割”に苦しんでいたのだ。


 そして――。


 ――私に“魔王”の役割が下された。私が討たれなければ、彼らは娘を――リナに“魔王”の“役割”を与えるだろう。

 ――リナには、私のようにはなってほしくない。


 そこには、子どもの手で描かれた絵が挟まれていた。


「おとうさま」「おかあさま」「リナ」


 笑って手をつなぐ三人の絵。


 “魔王”とは、“魔王”の役割を与えらた父親だった。“魔王”は、いや、カーネルさんは娘の未来のために、自ら“討たれる道”を選んだんだ。

 ……そんなやり方、あるかよ。


 ・


 半年。あちこちを回って、“恩寵(サクラメント)”について調べた。だが、何も出てこなかった。

 ノートガルドの図書館にも、それらしい情報はひとつもない。あるのは形式的な記録だけ。まるで――意図的に隠されているように。


(……カーネルが言ってた『あそこ』に、何かあるのかもしれない)


 ・


 そして――。 旅の途中、立ち寄った市場で妙な男に出会った。大きなシルクハットに水玉の蝶ネクタイ、上下同じ柄の服を着た胡散臭い男は探し物が得意なのだという。俺が「人を探している」と話すと、男は興味深そうに俺を見て、こう言った。


「人を探しているのに、わかるのは名前のみ。顔もわからない。その人とのつながりはあるアイテムだけ……」


  確かに、俺には何もなかった。 唯一の手がかりは、カーネルから受け取ったリナの手作りだというペンダントだ。

 ”帽子屋”は俺の手元にあるそれを見つめ、ふっと微笑んだ。


「……あなたがそのペンダントを目立つように身に着けていればいいのでは? そのペンダントが世界にひとつしかないものなら、いつかきっと相手が見つけてくれますよ――」

「しかし、目立たねければなりませんよね? そこで! 今回はこちらの帽子を特別にお安くしてお譲りできるのですが……」

「ああ。すまん。俺には帽子はいらないよ」

「おや。そうですか? 残念。まぁ、いいでしょう。”勇者”様の探し人が見つかると良いですね。また、何かの機会にお茶でもしましょう。どうぞ、ご贔屓に」

 

(相手が俺を見つける?……俺が探すのではなく? ずっと、何かを「探し続ける」人生になると思っていた。けれど――「待つ」というのも、ひとつの道かもしれない)


 それは、これまでの人生にはなかった発想だった。


 ――ん? 俺。”勇者”だと名乗ったっけ?

 確認しようとしたが、”帽子屋”はすでに姿を消していた。

 

 ・


 そして、今まさに、リナが――“魔王の娘”が、“魔王”の仇を討つために、ペンダントで俺を見つけて俺の名前を叫んんだ。

――次回「ep11.酒場の店主はそこで起きる騒動に動じない」

2025年08月11日 06時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/11

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