勇者は魔王の部屋の入り口で戸惑いを隠せない
まさか、こんなことになるなんて……。誰かの言うがまま、導かれるがままに道を進んで行ったら、とんでもない出来事が待っていた。
この物語は俺の話じゃない。俺がしでかしたことに巻き込まれていく、ある女の子の物語だ。
その子の話に入る前に、まずはことの始まりを聞いてくれ。
……。
ああ、俺の名前はマティア。今の肩書きは……一応“勇者”ってことになってる。
今、訳もわからないまま、魔王城の前に立っている。正直、実感なんてまるでない。
(……そのへんの話、まず説明させてくれ)
俺は渡り鳥の民っていう、特定の国や土地に縛られず、あちこち渡り歩いて暮らす民族の出身だ。見た目は地味。茶色の短髪に茶色の瞳、身長も体格もごく普通。どこにでもいる青年ってやつだ。
このまま特に大きな波もなく、なんとなく気楽に生きていくんだと思ってた。ところが――。
成人登録の日、教団から届いた“恩寵”が、俺の運命をぶっ壊した。
「聖剣グラムを以て“魔王”を討伐し、世界を救え」って……は?
“恩寵”ってのは神様から授かる“役割”のこと。教団を通じて、国民全員に割り当てられる決まりになってる。俺に割り当てられるのが普通の“農民”とか“兵士”ならわかる。でも……“勇者”? 俺が?
俺みたいなフラフラした渡り鳥の民に、そんな重役が来たのは前代未聞らしい。
……まあ、俺自身も「は?」って思ったけど。
でも、それ以上にびっくりしたのは、“勇者”に与えられたパーティーメンバーの面子だ。
――紹介しよう。俺の仲間たち(全員めっちゃ強そう)。
“神王兵団守備隊隊長”、〈神王の盾〉バルナバ。白髪短髪、鎧ガチ装備のタンク系おっさん。隙がなさすぎて逆に怖い。
“冒険者”ギルドのエース、〈青髪の流星〉デマス。癖っ毛の青髪イケメン剣士。スピードタイプで手を出すのがめちゃくちゃ速いらしい。
大聖堂の“シスター”、〈才媛〉テモテ。睨まれたら泣きそうなレベルの凛々しい美女。声より眼力が強い。
魔法研究所の史上最年少“研究員”、〈トラブル魔法少女〉シラ。見た目は子ども、頭脳は……魔法オタク。魔法が凄すぎて何をしでかすかわからない。
記録係、〈歩く議事録〉フィレモン。ショートカットに眼鏡。目にしたこと、聞いたこと、読んだこと――要するに五感で感じたことは全部記憶してるっていう“書記官”。
――うん。俺以外、全員ネームド。どう考えても、俺が一番浮いてる。
しかも聖剣グラムまで、“神王”オットマール本人から授けられた。長髪と髭が神々しい、見るからに偉い人の手で。
(いや、なぜ俺なんだ……?)
そんな疑問を抱く暇もなく、旅は始まり――そして今。
俺は魔王城の目の前に立っている。
「フィレモンさん……あれが、『魔王城』?」
「はい。ベルグシュタット。昔は鉱山都市でしたが、今は『魔王城』と呼ばれています」
「とても禍々しい気配です。一刻も早く倒しましょう」
「さっさと終わらせて帰ろうぜ、“勇者”さんよ」
「どの魔法使おうかな〜♪ あの子? この子? 楽しみだな〜♪」
「シラ、はしゃがないで。あなたの“役割”を忘れないように」
「ま、お祭りの始まりってことで」
――あれ? 俺以外、全員ノリノリじゃないか?
(いやいや、作戦会議とか緊張感とかないの!? 俺、今でも場違いすぎる……!)
「これより、我らは“勇者”殿と共に“魔王”討伐に向かう! ギシャルト神王国に伝わる聖剣グラムを携えた“勇者”殿が、“魔王”を倒すのだ!」
バルナバの声が響く。頼もしい皆さんがどんどん魔王城に突入していく。俺は後ろからついていくだけだ。
……けど、何かおかしい。
魔王城に来るまで、物語ではよく出てくる魔物もモンスターも出てこなかった。
(この国にはモンスターなんていないんだけど)
人気のない城下町、誰もいないのに、生活感だけは残ってる。
「今朝まで人がいた」としか思えない痕跡――でも、“門番”もいなければ、襲撃もされない。
その不気味な静けさが、逆に怖い。
そして、俺たちはついにたどり着いた。
黒く沈んだ玉座の間。その扉の前で、フィレモンが静かに言う。
「ここが“魔王”の居場所です。準備が整い次第、扉をお開けください、“勇者”様」
このときの俺は、まだ何も知らなかった――。
この扉の向こうにいる“魔王”が、俺の人生を根底から変える存在であること。そこで俺がしでかす出来事がその後に色々な人の人生を巻き込んで、とんでもないことになっていくことを。
――次回「ep02.魔王は自らの役割を終えて舞台から降りる 」
2025年08月08日 06時00分公開→https://ncode.syosetu.com/n8261kh/2